本編











翌朝、朝食を終えた憐太郎は自室にて学校へ行く準備をしていた。




「えっと、今日は理科と社会と・・・」




準備の最中、ふと憐太郎は後ろを見る。
そこには二段ベッドの下で静かに息を立てて眠る、紀子の姿があった。




「紀子・・・」




昨晩、結局憐太郎は紀子に告白の事を言い出せぬまま寝てしまい、あれだけ愛おしく思っていた紀子を見るのが、今は少し辛く感じていた。




――紀子がここにいれるのはあと2日しかないのに・・・なんでこんな時にこうなっちゃうんだ。
次はいつ会えるか分からないのに、なんで紀子を見るだけでこんなにも心が辛くなるんだ・・・






憐太郎が部屋を去り、学校へ行って数十分後、紀子が目を覚ました。




「う、ううん・・・」




眠気眼をこすりながら紀子は階段を降り、居間に向かう。
居間には晋がテレビでニュース番組を見ており、机には紀子の分の朝食がラップを掛けて置いてある。




「おはようございます。」
「おはよう、紀子ちゃん。憐太郎ならもう学校へ行ったよ。」
「はい・・・あっ、これってもしかして私の分の・・・!作って頂いたのに、もっと早く起きてれば・・・」
「いいよいいよ。紀子ちゃんを無理に起こすわけにはいかないし、気にしないで。今温めるから、まぁ座って。」
「すみません、ありがとうございます・・・」




自分の分の朝食を冷ましてしまった事の責任を顔に出す紀子に対し、晋は特に気分を悪くする様子も無く朝食をレンジに入れ、朝食を温める。




「温めてる間に、ちょっと話そうか。そうだなぁ・・・あっ、そういえば紀子ちゃんは憐太郎から最近の自分について聞いた?」
「えっと・・・バイラスの事と・・・」




ふと部屋を見渡した紀子の目に、部屋の端に置かれた仏壇が映る。
丁寧に手入れされてあり、埃一つ付いていない。




「・・・昨日から気になってたんですけど、あの仏壇って・・・」
「・・・美愛の仏壇さ。4年くらい前に流行り病で亡くなった。」
「そう、ですか・・・あのお母さんが・・・」
「紀子ちゃんは知ってると思うけど、憐太郎ってお母さんっ子だっただろう?その分お母さんがいなくなった事への悲しみが大きくてね・・・1年くらい、全く口を聞いてくれなかったんだ。」
「えっ、あのレンがですか?」
「姉の亜衣琉はとっくに結婚して家を離れて、兄貴分の験司君は東京へ。それなのにいきなりお父さんと2人で暮らしていかないと駄目になって、色々追い詰めてたんだろうな。当然学校でも上手く行ってなくて、いつしか憐太郎から笑顔が消えた。」
「そんな・・・」
「だけど2年前、憐太郎を救ってくれる存在が現れた。新しく越して来た転校生の遊樹拓斗君と城崎透太君、それに新任の光蛍先生。この3人が憐太郎に話し掛けてくれたお陰で、憐太郎はまた立ち直れたんだ。今や憐太郎と拓斗君、透太君は近所で有名な仲良しトリオだし、光先生もすっかり2人目のお姉さんって感じだね。」
「そうなんですか・・・ちょっと信じられないくらいですけど、お父さんがそう言うんですから、本当ですよね・・・」




晋の表情と仏壇をもう一度見つめ、紀子は先程の話が事実である事を確かめる。




「でもそんな事、私に話していいんですか?レンが話したがらなかった事なのに・・・」
「まだ自分で話すのには時間が必要だと思うけど、紀子ちゃんには憐太郎の事を知っていて欲しかったから。それに自分から話すのは嫌なだけで、紀子ちゃんに聞かれれば答えていたさ。と言うか、仏壇がある時点でバレてはいるけどね。あっ、レンジレンジ・・・」




急いで晋は台所のレンジを開け、中の朝食を取り出す。
このトークの間に、朝食は少し冷めてしまっていた。






少し遅れた紀子の朝食は10分足らずで済み、朝食が入っていた皿とお碗は空になっていた。




「ごちそうさまでした。」
「はい。あっ、皿は置いといていいよ。私が洗っておくから。」
「えっ、ですが・・・」
「いいよいいよ。紀子ちゃんはゆっくりしてて。」
「は・・・はい。ありがとうございます。それと先程の話も・・・」
「なに、私がちょっと口を滑らせただけさ。気にしないで。」




台所のシンクで洗い物をする晋に対して申し訳無さそうにしつつ、紀子はテレビのニュース番組を見る。
ニュースでは天気予報をやっており、今日の青森が晴天である事を伝えていた。




「よし、終わりっと。」
「本当にすみません。あの、ちょっと外に出てもいいですか?またこの町の景色を見たくて・・・」
「分かった、行っておいで。でも、あまり遅くなっちゃ駄目だよ。」
「分かりました。それでは、行って来ます。」
「いってらっしゃい。」




晋に会釈し、紀子は水色の靴を履いて玄関を出た。
玄関先の花屋の先に広がっている光景、それは数年とは言え確かに自分が育った、懐かしい町の姿であった。




「・・・昨日も見たけど、やっぱり懐かしい。」


――でも、私にこの光景を懐かしんでいる暇は無い。
早く、探さないと・・・




何かの決意を固め、勾玉を握り締めながら紀子は町を歩き出した。






正午、稲垣小学校の空き教室で1人憐太郎が椅子に座っていた。
この昼休みを拓斗・透太との遊びに費やす憐太郎が何故こんな所にいるのか、それは誰かに呼ばれている以外に理由は無い。




「お待たせ、能登沢君。」




と、そこに憐太郎をここに呼び出した張本人、蛍が密やかに入って来た。




「先生。」
「ごめんね、いつもなら遊樹君と城崎君と遊んでるのに。」
「今日は特に遊ぶ気はなかったのでいいですよ。それでこんな所に呼び出して、何の話ですか?」
「あのね、能登沢君。最近、何か困った事はあった?」
「えっ?」




てっきり成績の事で話があったのかと思っていた憐太郎にとって、蛍の問いは意外だった。
しかし、蛍の表情は真剣だ。




「どうも最近、能登沢君の様子がおかしいと思って。授業中はいつも上の空だし、昨日も変に早く帰ったりして・・・そういえば、昨日も遊樹君と城崎君とも遊んでないんでしょ?」
「・・・」
「もし、いじめか何かで困ってるんだったら、私に言って。2年前、私や遊樹君と城崎君に心を開いてくれた時みたいに。」




昨日から消えない、紀子に対してのモヤモヤで顔を暗くしている憐太郎に、優しく語り掛ける蛍。
その様子は生徒を心配する教師と言うよりも、弟を心配する姉に見えた。




「・・・先生。僕、一つだけ困ってる事があるんです。」
「何?言ってみて。」
「僕・・・実はずっと好きだった女の子がいたんです。その子は何年も前に病気を治す為にこの町を出て行ったんですけど、最近やっと帰って来たんです。でも長くはいれなくて、明日にはまたこの町を離れてしまうんです。僕はこんなにもその子の事が好きなのに、その子は僕の気持ちに気付いてないみたいなんです・・・僕、どうすればいいんでしょうか・・・?」
「そうだったの・・・じゃあ、能登沢君。貴方はその子の事がどれくらい好き?」
「世界中の誰よりも。」
「なら、その気持ちをその子に伝えるべきよ。」
「え、でも・・・」
「気持ちは持ってるだけじゃ駄目。伝えなきゃ。その子だって、もしかしたら能登沢君がその気持ちを伝えに来るのを待ってるかもしれないのよ?」
「気持ちを・・・」
「それに、その子が次に来るのはいつなのか分からないんでしょ?だったらしなくて後悔するよりも、して後悔する方がすっきりすると思うわ。男の子なら、当たって砕けてもいいくらいにがむしゃらでいなくっちゃね。」
「当たって砕けろ・・・そう・・・そうだ!僕、やるぞ!」
「吹っ切れたみたいね。じゃあ、思いっきり行って来なさい。先生、応援してるわ。」
「はい!先生、ありがとうございます!」
「ただし、授業はちゃんと受ける事。」
「は・・・はい。」




今にも紀子の元に行きそうな所を蛍に静止されつつ、憐太郎は蛍に一礼して教室を出て行った。




「・・・頑張れ、純情少年。」
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