本編







「ねぇ紀子、東京での数年間はどうだったの?病気の具合は?」
「ずっと、病院暮らしだったかな。勉強は病室でしてたけど、学校に行ってたわけじゃなかったし。」
「そうなんだ・・・」
「でも病気はだいぶ良くなって、あともう少しで治せるみたいだから、安心して。」
「うん!早く病気を治して、またここで暮らしたいよね!」
「そ、そうね。」




所戻って、能登沢家。
居間では憐太郎と紀子が色々な事を話し合っていた。
ここ数年の近況から10代視点の世間話、好きな番組にこの6年間で変わった事・・・それはまるで、離れ離れの6年間の隙間を埋めるかのような勢いであった。




「そういえば紀子と話してて思ったんだけどさ、紀子ってだいぶ雰囲気が変わったよね。」
「えっ?そう・・・?」
「6年も離れてたからかもしれないけど、けっこうクールになったと言うか、僕の知ってる昔の紀子と違う感じになってると言うか・・・そ、そう。大人っぽくなってる。」
「私、まだ中学生よ?」




こちらを見つめる紀子に見惚れてしまい、つい憐太郎は言葉を詰まらせる。
紀子は気づいていないが、先程から憐太郎は紀子の言動一つ一つに見入っていた。
そのどれもが絵になり、憐太郎は紀子から目を逸らす事が出来ずにいた。




「レン?」
「なっ、何でも無いよ。あっ、そうだ!ガメラは元気にしてる?験司兄ちゃんは?」
「うん・・・元気よ。でも今回は荷物が多くなったから、今は親に預けてあるの。ごめんなさい。」
「いいよ、気にしないで。紀子はガメラを大事にしてくれてるのは分かってるからさ。」
「ありがとう。あと験司兄ちゃんだけど・・・今何処にいるか分からないの。」
「えっ、東京に用事が出来たって言ってたよね?なのに何で?」
「来てからしばらくは私の病室によく来てくれたの。けど、それから1年くらいして全く来なくなって・・・親は仕事先でいきなり転勤になったからって言ってたけど、やっぱり心配。」
「そうだね・・・験司兄ちゃん、何してるんだろ・・・」




かつて世話になった近所の青年、験司の身を案ずる憐太郎。
彼にとって験司の存在もまた大きく、ふと脳裏にかつて験司が言った一言が浮かぶ。




――・・・もしもオレがこの町からいなくなったとしたら、お前らがこの町を守ってくれるか?・・・


「・・・大丈夫さ。験司兄ちゃんの事だから、何とかやってるよ。」
「そ、そうね・・・」






時間は瞬く間に過ぎ去り、能登沢家の夕食が終わった所だった。
台所では3人分の食器を晋と憐太郎が洗っており、憐太郎は早く紀子の元に行きたい一心から、凄まじい早さで食器を洗っている。




「・・・!」
「憐太郎、そんなに急いで洗ったら皿が割れちゃうよ?」
「大丈夫!お気に入りのこの青い皿を割るわけないよ!」


――ほんと、いつもこれくらいの早さで洗ってくれると助かるんだけど。
まぁ、紀子ちゃん効果があるからだろうけどね。



「・・・よし、終わり!お父さん、ちょっと紀子のとこ行ってくる!」
「はい、行ってらっしゃい。」




そう言うや否や台所を走り去って行った憐太郎を、晋は微笑ましく見つめる。




「・・・今はそっとしておこうか。なんせ、紀子ちゃんはあと3日しか居れないからね・・・」






二階の憐太郎の部屋では、紀子が窓のガラス越しに外を見ていた。
か細い、純白の首元から下げた翡翠(ヒスイ)の勾玉を左手でそっと握り、何処か遠くを見つめている。




「・・・いない。」
「紀子ー!」




と、そこに勢い良く部屋へ憐太郎が入って来た。
まさに一秒でも早く、紀子と話したい様子だ。




「あっ、レン。」
「えっと、どう?久々の僕の部屋。」
「昔はおもちゃばっかりの部屋だったけど・・・今は教科書とかサッカーボールとか置いてあって、小学生の男の子の部屋って感じ。」
「へへっ、そうかな?」
「うん。でも、ソフビ人形がいっぱいあるのは相変わらずね・・・あれ?このイカみたいな怪獣は何?」
「えっと、バイラス。」
「バイラス?」






それから2人は時間を忘れて語らい続け、気付けば夜9時を回っていた。




「そこからバイラス達の逆襲が始まってさ・・・って、もう9時!?」
「ほんとだ・・・レン、私そろそろお風呂に入ってもいい?」
「えっ・・・う、うん!いいよいいよ!レディファーストって事で・・・」




何故かお風呂と聞いただけで紀子の入浴姿を想像してしまい、顔を赤らめながら慌てて下を向く、思春期待ちの少年。
それを知ってか知らずか、紀子はいきなり様子が変になった憐太郎の顔を覗き込む。




「レン・・・?」
「な、なんでもないよ。早く早く・・・」
「う、うん。」




憐太郎を怪しみつつも、入浴の為に紀子は部屋を出て行こうとする。
しかし紀子が階段を降りようとする寸前、顔を上げた憐太郎が彼女を引き止めた。




「あっ、そうだ紀子。」
「レン?どうしたの?」
「・・・紀子、あの日僕が、君を追い掛けた時に言った事・・・お、覚えてる?」
「あの日って・・・」
「ぼ、僕と君が、離れ離れになった日。僕があの時、君に伝えた事の答え・・・・・・聞かせて。」




振り絞るように、6年前の告白の返事を紀子に聞く憐太郎。
顔こそ平然なふりをしているが、固く握ったその両手は震えている。




「・・・ごめん。あの時レンがなんて言ってるのか、分からなかった。」
「えっ・・・」
「また、後で聞かせて。じゃあ・・・」
「う・・・うん。」




やや素っ気なくそう言い残し、紀子は階段を降りて行った。
憐太郎はショックの余り、しばらくその場を動く事が出来なかった。




「・・・伝わってたと、思ってたのに・・・僕の勘違いだったの・・・?あの時、僕を見た君の目がそうだと信じてた、僕が間違ってたの・・・?」
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