本編











憐太郎の回想は、ここで終わった。
あれからずっと表には出していないが、憐太郎は紀子と過ごしたあの日を片時も忘れる事は無かった。
この6年間の想いが、明日ようやく叶うのだ。




――・・・待ってて、紀子。
学校が終わったら、すぐ会いに行くから・・・










翌日。
案の定憐太郎は眠れず、学校の授業をまともに受ける事は出来なかった。
彼の今日の行動は寝るか紀子の事を考えているかで、右の耳から入った授業の内容はすっかり左の耳から抜けている有り様だ。




――6年後の紀子って、どうなってるんだろうな・・・
絶対可愛くなってるのは確かだけど、どう可愛くなってるか・・・


「じゃあこの式の答えを・・・能登沢君、答えて。」
「・・・へえっ!?え、あっ、ええっと、サインコサインタンジェント!」
「能登沢君・・・それは中学校でも習わないくらい難しい言葉なんだけど・・・」
「えっ?え、ええ・・・」






そうこうしている内に授業が終わり、憐太郎が待ち望んだ下校時間がやって来た。
既に帰宅の準備を終わらせ、鞄を手に今にも教室から飛び出しかねない様子の憐太郎を誰もが怪しんだが、彼が放つ猛烈な何かのオーラが、彼への質問を阻んだ。



「それでは皆さん、さようなら。」
「「「さようなら!」」」




終礼の掛け声が教室中に響いた・・・その瞬間、憐太郎の姿が教室から消えた。
いや、正確には掛け声を合図にマッハの如き勢いで走り去ったのであるが。




「・・・あれ?レン?」
「の、能登沢君!?」
「・・・50m走に出たら、絶対優勝出来る早さだったなぁ・・・」







「早く、早く・・・!」




それはまるで韋駄天か、目の前の人も猫も自転車も、何もかもを回避しながらスピードを保ち、憐太郎は自宅へ向かって駆ける。
もちろんこの「回避」は単にぶつかっていないだけの話で、幾度となくぶつかりかけては人々をよろめかせてはいる。




――あとちょっと・・・もうちょっとで紀子に会える・・・!




いつもならば拓斗と透太と別れる公園の道も、今日の憐太郎は1人で通り過ぎる。
何か話し合いをしている5人組の集団とぶつかりそうになるが、すんでの所でかわして先に進んだ。




「うわっ!ちょっとほんま、気ぃつけぇや!」
「関西弁になってるぞ、岸田。」
「えっ、あ、まずいまずい・・・つい地が出ちまった・・・」
「しっかしあの坊主、あんなに急いで何をしよってんだ?」
「俺は好きなテレビ番組があるんだと思うがな。なぁ、弟よ。」
「僕も兄者に賛成だよ。あの子見てると、まるで『ダイゴロウの大冒険』を見る為に任務そっちのけでテレビに走って行った、この前の兄者を思い出すよ。」
「そ、それを言うな。弟よ・・・」
「あの坊主の話はいいからとりあえず、聞き込みの続きやろーぜ。」




5人組の男達は口々に少年の話をしつつ、通りすがりの人々へ聞き込みを始めた。




「あの~、すいません。亀ヶ岡遺跡で何か異変はありませんでしたか?」






一方、憐太郎は自宅兼花屋がようやく見えた所だった。




「よっ、よぉし・・・!ラストスパート!!」




息の乱れもお構いなしに憐太郎は更に加速し、花屋の中に滑り込む。
流石にここでは減速したが、それでも客や花にぶつかりかねない早さで店内を移動し、玄関の扉を開いて靴を脱ぎ捨てると、居間へ駆け込んだ。




「ただいま!久しぶり、のり・・・」




居間に入り込んだ憐太郎は何故かそこで動きを止め、茫然と立ち尽くす。
体力が尽きたわけでは無く、ショッキングな光景が広がっているわけでも無く、彼の前にはそれ以上の衝撃があった。




「・・・レン?」




憐太郎の方へ振り向く、7と3の割合で綺麗に分けて整えられた前髪に2つの黄色い髪当てを付けた、艶やかな翠の髪が光るショートカットの細身な少女。
世間ではこういう存在を「美少女」と呼ぶに違いない、端正な容貌。
彼女こそ、憐太郎が再会を願い続けていた少女、守田紀子の6年後の姿であった。




「あ・・・あっ・・・」
「レン・・・よね?」
「えっ、あ、うん・・・久しぶり・・・」




まさに感動の再会・・・なのに憐太郎が紀子に対してたどたどしい口調な理由、それは想像を絶する程に紀子が美人だったからであり、現に憐太郎の顔はすっかり真っ赤になっていた。




「レン、顔が真っ赤よ?風邪引いてるの?」
「え、いっ、いや!早く紀子に会いたくて、走って来たからだよ・・・」
「そう・・・私、嬉しい。レンがまだ私の事を、そんなに思っててくれたなんて。ただいま・・・レン。」
「おっ・・・おかえり、紀子。」






その頃、つがる市郊外の空き地にて、工事が行われていた。
工事現場の外には立派なマンションのイメージ絵が書かれた立て札が置かれており、このマンションを建てる為の工事をしている事が窺われる。




「どうだね、工事の状況は?」




ショベルカーや大型クレーン車が轟音を立てて工事現場の土を掘り返す中、作業員詰め所にはこの場に少々似つかわしくない初老の男が現場の作業長と話をしていた。
この男は今回の工事を依頼した会社の社長であり、現場の様子を視察に来たのだ。




「今のところ、特に問題はありません。数日もすれば建築作業に取りかかれると思います。」
「そうか。」
「ただ一つ、気になる事がありまして・・・」
「気になる事?それは何かね?」
「ここの地質を調査した所、地層の中に何か巨大な岩石のような物が埋まっているようなんです。場所は地下500m程なので工事に支障は無いと思いますが、一応お知らせしておこうと。」
「巨大な岩石か・・・その中から得体の知れない物が出てこない事を祈るばかりだね。例えば『G』の化け物とか。」
「そんなご冗談を・・・ですがもし、それが本当でしたら工事の振動で起きてしまう可能性もありますね・・・」






「は~あっ・・・やっぱレンの奴、来ねぇな。」
「だね・・・」




同刻、珍しく憐太郎が欠けた拓斗・透太組は憐太郎の秘密基地にいた。
目的は勿論、秘密基地のガメラの世話だ。




「レンに頼まれて透太と来たけど、ガメラの世話をおれ達に任せてまで、何してんだ?」
「今日のレンって、1日中変だったよね・・・算数や終礼の時間もだけど、それ以外だってずっとうわの空だったし。」
「おれや透太、それに光先生に聞かれても適当にはぐらかしてたし・・・ああっ!もしかしてあいつ、本当にガールフレンド作って・・・!」
「川に行ってた件のネタばらしをして、たった1日だよ?多分それは無い・・・かも。」
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