本編







日が沈み、秘密基地を出た憐太郎は「フラワーショップ のとざわ」と書かれた店に入った。
この花屋こそが、憐太郎の家だ。




「ただいま~。」




店内には丁寧に手入れされた鮮やかな花達がバケツや植木鉢に入っており、程良い室温を保つ為に暖房が付いている。
憐太郎は花を避けながら店の奥に向かい、奥にある扉を開く。
扉の先はそのまま玄関になっており、ここが能登沢家の居住場所だ。




「ただいま~、お父さん。」
「お帰り。」




居間で菊を手入れしながら憐太郎にそう返した30代後半のこの男は、憐太郎の父親・晋。
4年前に妻・美愛(みあ)を亡くし、憐太郎の姉・亜衣琉(あいる)も結婚して家を出ている都合、花屋を経営しながら男手一つで憐太郎を育てている。




「最近帰りが遅いけど、どうしたんだ?拓斗君と透太君の家にも連絡してみたけど、別に遊んでるわけじゃないみたいだし。」
「えっと・・・あっ、そうそう、野球やってるんだ。」
「野球?」
「う、うん。最近学校で流行ってて、僕もやろうかなって。そういう事だから!」
「憐太郎?」




本当の事を言えるわけもなく、適当な言い訳を濁した口調で言いながら二階へと上がる憐太郎。
やや素っ気無い憐太郎のその様子からは、この親子が仲睦まじい親子であるとは言いかだい事を示していた。




「・・・やっぱり、お父さんに本当の事は言ってくれないか。お友達が出来ても、お母さんっ子の憐太郎がお父さんと仲良くするのはまだ難しいか・・・」




二階の自室に姿を消した憐太郎を思い、菊の手入れを再開させながら悲しげな表情で晋は言葉を零す。
それは憐太郎が母が死んで以来、未だ自分に対して距離を置いている事への悲しみと、それを分かっていながら息子に上手に接してやれない自らの苦しみも包括されていた。










翌日、授業が終わった憐太郎達はいつものように通学路を歩いていた。




「なぁ、昨日やってた『バイラス人東京に現る』は見たよな!」
「もちろん。ぼく達の冬の楽しみのバイラスシリーズを、見逃すわけないよ。」
「来年の最新作の予告もやってたけどよ、来年も絶対やべぇよな!」
「バイラス人とパイラ人の全面戦争・・・第五弾だけあって気合いが違うね。」
「だよなぁ・・・って、憐太郎!お前も混ざれよ!」
「えっ?」




好きな特撮映画について熱弁する拓斗と透太をよそに、一人だけ上の空な憐太郎。
どうも考え事をしていたらしい。




「お前も昨日見ただろ!『バイラス』!」
「えっ、う、うん。何度見ても飽きないよね。」
「・・・そっけないな。『バイラス人東京に現る』を観に行った時に一番楽しんでたの、レンだったのに。」
「そうだぜ?なのにそんなつまんねえ反応しやがってよ!」
「ごめん、考え事してて・・・」
「「考え事?」」




見事にシンクロした返事を返す2人に対し、憐太郎は悩ましそうな顔付きで下を見る。
だがすぐに憐太郎は2人に顔を向け、こう言った。




「あ・・・あのさ、ちょっと亀見に来ない?」










やがて3人は、憐太郎の秘密基地の前にいた。




「へぇ~、この川にこんなのがあったんだ・・・」
「ずりぃぞ!こんないい所を独り占めするなんてよ!」
「ごめんごめん。でも、これから見せるのはもっと凄いから。拓斗に透太、これ見ても腰抜かさないでよ・・・?」




ドアの南京錠を外し、憐太郎はドアを開くと同時に納屋の中を2人に見せる様に横へ逸れる。
そして拓斗と透太が目撃したものは・・・




「「・・・」」




ひっくり返った、とても大きい亀だった。




「ど・・・どう、かな?」




期待3割、不安7割が含まれた口調で憐太郎は2人に聞く。
しかし2人は何も言わず、ただじっと目の前の亀・・・ガメラを見ている。




――・・・や、やっぱり有り得なすぎたかな・・・?
思い切って見せてみたけど、まだこんな有り得ない秘密を言うには早かったのかな・・・?




内心不安を増していく憐太郎をよそに、2人は未だ直立不動を続けていた・・・が、2人はいきなり大急ぎで納屋の中に入ったかと思うと、すかさずガメラに駆け寄った。




「す、すっげぇーっ!!」
「・・・えっ?」
「こんなに刺激を受けた事なんて、いつ以来だろ・・・!お陰で身動きする事をつい忘れちゃったよ!」
「え、ええっ?」
「やっぱずりぃぞ、レン!おれ達に隠れて1人でこんな楽しい思いしやがってよ!」
「そうだよ!ぼく達3人は、辛い事も楽しい事も一緒の仲じゃないか!」




拓斗だけでなく、あの冷静な透太までも憐太郎に向かって叫ぶ。
面食らいつつも、すぐに安堵の表情になった憐太郎の本心、それはガメラを見せる事によって2人から避けられないか、黙っていた事を責められた末2人を失いはしないか・・・と言う不安が密かにあった。
なのでこの秘密基地の事も含め、ガメラと出会ってから憐太郎はこの事を言うのを悩んでいた。
しかしながら、その不安も2人の荒みの無い反応で全て取り除かれたようだ。




「・・・へへっ、ごめんごめん。だって僕以外の人に会わせるの、初めてだったからさ。」
「そんな理由かよ!レンもほんと白状だぜ!そんなの、大丈夫に決まってんだろ?おれがそんな怖がらせる事なんて・・・」
「一番怖がらせる可能性があるの、拓斗だけど。」
「うっ・・・お前もきついぜ、透太・・・」
「でも、その理由だったら仕方ないね。こんなに大きい亀がもし暴れたら、まさに怪獣だよ。」
「てっきりおれはガールフレンドでも作ったんだと思ってたけどよ。」
「な、何言ってんだよ!僕にそんなわけ・・・と言うか・・・」
「んっ、どうした?」
「早く、ひっくり返ってるガメラ起こしてよ。」
「「・・・あっ。」」






それから2人はようやく起こされたガメラを興味深々な眼差しで見つめていた。
起こされるや否や憐太郎の傍に歩み寄ったガメラも、特に拓斗と透太に対して怯える様子は無かった。




「いや~、何度見てもすげぇよなぁ~。」
「大きい亀自体はいるけど、初めて見る姿をした亀だよ。」
「だろっ!僕はお腹にある模様がお気に入りかな。なんか、炎みたいで。」
「ひっくり返ってた時に見たけど、確かにそう見えるよね。」
「なぁなぁ、ガメラと何処で会ったのか教えろよ~!」
「・・・この事、誰にも話さない?」
「何か、わけあり?」
「うん・・・結構。」
「何言ってんだよ!おれ達は同じ秘密を持ち合った仲なんだ、レンの嫌がる事なんかするわけねぇだろ?」
「ほんと、ありがとう。じゃあ特別に教えるよ。それはね・・・」
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