番外編 孤高の空
総合戦術指令室
「これは…」
ロドリゲスは閉口した。
スクリーンの地図には戦闘機と爆撃機のマーカーが点滅しており、これらの墜落を示していた。
「前線と回線が繋がりません。地上部隊と艦隊が健在なのは確かですが、一切の連絡が取れなくなっているようです。」
「アリゲラが電子錯乱をしたというのか…」
予想外の展開だった。生物型「G」がこのような電子錯乱紛いの芸当をやってのけるとは、誰が想定できるか。ロドリゲスは内心頭を抱えた。
アリゲラはそんなロドリゲスを考慮せず、基地の広域レーダーに飛行物体として捉えられる。
「EE9788方面から、当基地へ接近する飛行物体を捕捉。アリゲラと思われます。」
観測員がレーダーを注視しながら緊張感ある声で報告した。ロドリゲスは作戦開始時より覇気の減退した声で言う。
「防衛態勢。地上部隊はA-3陣形で迎撃しなさい。」
「今の命令は無効だ。」
見かねたロックウェルが口を挟む。思わぬ横槍に指令室中の要員が2人に視線を向け、ロドリゲスは立ち尽くす。
「准将の任務はアリゲラ殲滅の指揮だ。私の基地の防衛は私が指揮を執る。」
ロックウェルは納得できない様子のロドリゲスから指揮官用のイヤホンマイクを取り上げる。
「負ける戦いでも他人に任せて後悔するより自分で指揮を執る方がマシだ。」
ロックウェルはそう吐き捨てた。指揮官としての威厳を失っているロドリゲスの傍ら、内線通信を基地の管制室に繋ぐ。
「管制室、コンディション・レッドでスクランブルかけろ。」
『了解。』
返答から間もなくして非常用サイレンが基地全域に鳴り響いた。
コンディション・レッドとは、基地が敵軍からの空爆の恐れがある場合に発令される。非戦闘要員までもが危険に晒されるため、肝を冷やす人員が多く、発令が宣言された瞬間に必ず空気が変わる。
『管制室より全部隊へ通達。コンディション・レッド発令。アリゲラと思われる飛行物体がEE9788方面から、当基地へ向けて侵攻中。稼動可能な部隊は、指示に従い順次発進。地上部隊は例外なく防空態勢へ移行せよ。繰り返す―――』
この時代、基地に勤続し続けて聞けるか聞けないかのサイレンに、ヴィートや歩哨までもが顔色を変えた。普段は戦火に巻き込まれる事のない、言わば安全圏で仕事をしている彼らにとってコンディション・レッドは死刑宣告のようなものだった。
また、普段は基地の隅で訓練している地上部隊兵員が野太い怒声を上げながら所定の位置に移動している。彼らの任務は基地の生命線である滑走路の防衛にあり、彼らの行動で基地の寿命が決まるのだ。
一方のアリゲラは既に地上部隊が使用する対空レーダー圏まで侵攻。肉眼で視認できる距離まで迫っていた。
『1号車、SAM(地対空ミサイル)発射!』
『STOL(短距離着陸)機の離陸を優先させるぞ! パイロットはまだか!?』
『地上部隊は弾幕を張って離陸を援護しろ! 「G」を近寄らせるな!』
『フォースゲート、オープン!』
準備の整ったハンガーの扉が開放されて戦闘機が離陸態勢に入る。パイロットは管制室の指示と誘導員に注意しながら機体を滑走路に進入させた。
その傍ら先制攻撃で地上部隊の地対空ミサイルがアリゲラに飛ぶ。さらに対空砲や高射砲を牽引する車輌が滑走路脇に展開、近づけさせまいと弾幕を張る。
対するアリゲラはミサイルを探知するとパルス孔からの光弾で破壊し、そのまま地上に光弾を乱射した。
弾幕を突破した光弾が地上部隊、離陸待ちの戦闘機を襲う。いくら高性能な戦闘機でも離陸できなければ二流の爆撃機にでも簡単に破壊されてしまう。
さらに巻き起こる爆風が滑走路をえぐり、誘導員や機体調整中の整備員も呑み込んだ。
『1番滑走路は破壊された。当該機、管制指示を待て。』
『3班はSAMと弾薬を持ってこい! 足りねぇぞ!』
『6番ハンガーに火災だ! 消火班を寄越してくれ!』
『キティ小隊、離陸確認。迎撃へ。』
無事な滑走路から離陸できた戦闘機も、新たな敵として認知されたアリゲラに速攻で撃墜されている。
炎を纏った残骸が広域に降り注ぎ、地上部隊へ落下する。さらに残骸が弾薬に引火して誘爆、爆風が兵員を吹き飛ばし車輌を横転させた。拡大する火災に消火車輌が命懸けの作業にあたっていた。
これらの光景は、戦場と呼ぶに相応しかった。
一方のアリゲラは先程の反応を見失っていた。近くの地表に飛翔の「G」がいるのは分かってはいるが、先程より反応が微細で正確な位置を把握できない。そのため手当たり次第無差別に攻撃していた。
この戦闘のさなか、スコットも戦闘機に搭乗、他の分隊と離陸を待っていた。ハワードが抜けて僚機のいないスコットは急遽別の分隊に3機1個編隊として組み込まれている。
『08分隊、09分隊、4番滑走路へ。』
『クリシス1、了解。』
『クリシス2、了解。』
『ダガー1、了解。』
指示を受けた分隊とスコット機は離陸する。付近に敵がいるさなかの離陸は初めてだが、幸いアリゲラは別方面を飛行していて妨害はなかった。
『対空監視、何をやっている!』
『救助に手が回らない! 空いてる隊は来てくれ!』
『給弾急げ! 弾幕を絶やすな!』
『チームα!? 応答しろ!』
通信越しから伝わる不利な状況にロックウェルは焦燥感を覚え始める。このまま蹂躙を許すのであれば管制塔やこの指令室が破壊されてしまうのは時間の問題だ。最悪の場合は基地の放棄、撤退も考えられる。
「SW2721方面、新たな飛行物体を捕捉。当基地へ侵攻中。」
「……」
さらに、レーダーがもう一体の飛行物体を捕捉した。ロックウェルの脳裏に最悪の可能性が過ぎる。
『―――』
『クソッ! マーズもやられた!』
アリゲラと交戦した3機も苦戦を強いられた。離陸後真っ先に1機が撃墜され、瞬く間にもう1機も撃墜された。残るスコット機に狙いを定めるアリゲラだが、突如としてアリゲラは転回し、スコット機とは明後日の方向へ飛行していった。
スコットは何が起こったのか分からなかったが、アリゲラの行く先にある飛行物体をレーダーで確認して理解した。
『ネクスト…』
アリゲラはネクストの存在を感じ取り、標的を替えていた。スコットはネクストが出現した事により結果的に撃墜を免れたのだ。
『ネクストが出現した。各部隊、警戒を怠るな。』
今にも迎撃しそうなアリゲラの前に、俯せの姿勢で前方に腕を広げる形で飛行するネクストが現れる。アリゲラは問答無用で光弾を放つがネクストは上昇して回避、そのままアリゲラを誘導するように引き付けて高度を上げた。
2体は続けて上昇、基地から離れていく。
『各機、哨戒態勢に移行。「G」再来に警戒せよ。AWACS機は離陸を繰り上げる。急げ。』
『各部隊、ダメージレポート報告。被弾率20%以下の部隊は引き続き警戒・待機。』
戦いの場は、空に変わった。