番外編 孤高の空
ハンガーの各出入口で待ち構えている憲兵を予想したハワードは、窓ガラスを突き破って外に飛び出した。そこからガラスの破片を払う時間も惜しく走る。
今考えている事は一つ。基地からの脱出だ。いずれは自分が爾落人であると周りに露呈して軍から狙われるのは覚悟していたが、それは予想よりかなり早かった。
脱出のために車輌か航空機の強奪を考えたが今は駐車場に向かっている。
航空機は撃墜の危険があるが振り切る自信がある。しかし離陸の段階で滑走路を押さえられる可能性が高い。考えは必然的に車輌強奪に行き着いた。
ハワードは駐車場目掛けてさらに走る。移動する整備員やオペレーターが怪訝そうに視線を向けたが、無視して走り続けた。
自暴自棄になりかけていた頃にランニングしていたのがこのような形で活きるとは思いもしなかった。
ハワードは駐車場に出た。辺りは広く、見通しは良い。目当ての車輌としては野戦ジープ、装甲車、ハンヴィー、中型トラックとそれぞれが数台駐車されている。より取り見取りだが先客がいた。
「……」
憲兵だった。ハワードの行動を予測していた憲兵が待ち伏せをしていたのだ。
この状況はマズかった。ハワード自身、格闘は自信があったが憲兵は人数が多い。数で押されれば拘束されるのは目に見えていた。
「……」
爾落人とは言え、対人戦では訓練を積んでいる憲兵に劣る。ハワードは自分にとって都合の良い「G」を寄生させておけばよかったと今更ながら後悔した。
憲兵がハワードを取り押さえようと数人が接近する。ハワードはとにかく格闘の姿勢で構えた。
「……!」
瞬間、身体に異変が起きた。この感覚は先のアリゲラ遭遇時のベイルアウトと同じだ。"彼"が干渉したのだとすぐに分かった。
「……」
ハワードは屈んで回し蹴りする要領で憲兵に足払いすると、仰向けで倒れた憲兵の腹を踏み付けた。憲兵は苦痛にうずくまりながらハワードから距離を取る。
今の格闘はハワードの意思ではない。"彼"によってあの時のように身体が勝手に動いたのだ。
……君か。
……余計な事をしたのならすまない。
……いいんだ。続けてくれ。
続いて別の憲兵のストレートを屈んでかわすと顎に掌底を叩き込み昏倒させた。
さらに残った憲兵の腹を片手で押す。すると車と衝突したかのように勢いよく突き飛ばされた。
それを見た控えの憲兵はそれぞれナイフを構えると牽制しながら接近戦の間合いに入る。
ハワードは振り下ろされたナイフの刀身を躊躇いなく掴むと、バラバラに握り潰す。刃を素手で掴んだはずの手は無傷で、憲兵を驚愕させるには十分だった。
ハワード自身、これには驚いた。
警戒した憲兵はハワードから距離を取って自動小銃を向ける。
銃撃を察知したハワードは近くに停まっていた野戦ジープを左足で蹴って90゚横転させると盾にした。憲兵は銃の射線軸を確保するために散開する。
「ハッ、ガラ空きだぜ…」
建物の屋上に配置されていた狙撃手は、ジープの陰に隠れるハワードを目視した。狙撃手は麻酔弾を装填しておいた狙撃銃でハワードを狙う。
狙撃手はスコープ内の十字マーカーの中心にハワードを捉えると、銃爪に指をかけた。しかし、発砲直前にスコープ越しのハワードがこちらに振り向いて目が合ってしまう。
察知されたのか。初めての経験に狼狽しつつも銃爪を引く。
サイレンサーで抑えられたマズルフラッシュに見送られた弾丸。弾丸は目標を射抜く事だけを考えて飛ぶ。
が、弾丸は難無くハワードの左手で受け止められ、グシャグシャに握り潰された。
狙撃手はスコープ内に映し出される光景に目を見開く。我に帰った狙撃手が頭を切り替えて再び麻酔弾を装填した時には、ハワードは再び走り出していた。
『止まれ! 止まらなければ命は保証しない!』
ハワードの進路上に突撃銃を構えて展開する憲兵が拡声器で警告する。
だがそう言われて素直に従う者はほとんどいない。それは"彼"も同じだった。
ハワードは進路上に展開している憲兵に向かい、駐車してあるハンヴィーをサッカーボールの要領で蹴る。
憲兵は横転してくるハンヴィーを慌てて避け、ハワードはその隙間を走り抜けた。そのまま基地と外界を隔てる鉄条網を跳躍して飛び越える。憲兵は唖然とした後に銃撃するも命中しなかった。
ハワードは行くアテもなく基地から脱出した。ハワードは身体の主導権を握っている"彼"に語り掛ける。
……何故助ける?
……君が爾落人である事が露呈したのは私の責任なのだろう?
……確かにそうだが、露呈するのは時間の問題だった。ただ時期が早まっただけだ。
……そうか…
数十秒後、コンロイも部下を引き連れて車輌で追跡を始めた。