番外編 孤高の空
総合戦術指令室
「艦隊は艦砲射撃を絶やさずアリゲラを地上に釘付けにしなさい。奴を離陸させたらこちらの負けです!」
スクリーンにはアリゲラと艦隊、地上部隊の現在位置と撤退するメビウス中隊がアイコンで表示されている。
今の地震による被害は、近場に展開していた地上部隊の兵員がバランスを崩したくらいで、津波は艦隊を転覆させる程ではなかったようだ。
「他の基地からも長距離ミサイルと爆撃機をスクランブル、正確な座標と海抜を計算しなさい。」
ロドリゲスは転んでもただでは起きないらしく、作戦は失敗しようともこのまま集中砲火で殲滅するつもりらしい。
だがそれだけではアリゲラを殺すに至らないのは分かっていた。それ故にロドリゲスは指揮を執りながら策を構じる。
メーザー兵器で攻撃する。最新の冷凍兵器を使う。レールガンで狙い撃つ。ナパームで焼き払う。
数々の候補の中に1つの手段が脳裏に過ぎる。
核兵器でなら殺せるかもしれない。しかしあれは直撃させなければ意味がないし、大統領の許可がいる。第一、現政権の大統領が国内の実験場以外で使用許可を出すとは思えない。それに殺せずに残留放射能だけが残ればノースカロライナ州周辺は金輪際住めなくなる。
非情手段だが最終的な手段として自分に言い聞かせ、他の策を吟味する。
今一番投入したいのはメーザーだ。だが周辺の陸軍基地からメーザー殺獣光線車を呼んだのでは間に合わない。試作とはいえメーザーを積んだスーパーXⅢを失ったのは悔やまれた。
次は冷凍兵器。これは最近兵器化に成功したが生産するには扱いがデリケートであり、量産するのはまだ難しい。数も十分な量が生産されておらずこれも取り寄せに時間がかかる。
次はレールガン。これも兵器化に成功したばかりであり、威力・命中率共に信頼できる。しかし、一番小さいサイズでやっとミサイル駆逐艦に載せられる程度である。また、空中の目標を狙うには問題ないが、地上の目標を狙う場合は弾丸が目標を貫通して周囲の建造物まで破壊してしまう可能性が高いため使用し難い。
最後にナパーム。アリゲラは爆発に耐えたが焼尽には弱いかもしれない。だがこれは希望的観測でしかない。
ここまでかと思った時、記憶の片隅からある兵器が呼び起こされた。
フルメタルミサイルとD-03削岩弾。
前者は硬度の高い金属を使った運動エネルギーミサイルである。爆破ではなく貫通に主眼を置いており、デモンストレーションでは何枚も重ねられた鉄筋コンクリートの壁を通過して軍幹部を驚かせている。
後者は強力な推進式搾孔ミサイルだ。先端がドリルになっており着弾後に弾頭を固定、高速回転して目標に侵攻、内部で爆発してダメージを与える。開発当初のイメージは地上からでも発射できるバンカーバスター。
どちらも同じような用途の兵器だが試す価値はある。ある程度の数がどの基地にも配備されていたはずだ。勿論、この基地にも。
「後続の部隊にはフルメタルミサイルとD-03弾を持たせなさい。」
ロドリゲスはあたかも落ち着いているかのように指示する。
「(若造が…)」
ロックウェルはロドリゲスが焦っているのが手に取るように分かっている。彼は自分より下の階級で年下のロドリゲスがこの指令室を使っているのが気に入らず、作戦開始から様子を見ていた。
「コマンダー。MPから通信が入っています。」
「今は取り込み中だ。」
「あちらは急を要すると言っていますが…」
「…繋げ。」
通信員はロックウェルのイヤホンマイクの通信回線に繋いだ。
「シーモア・ジョンソン空軍基地司令のロックウェル少将だ。」
『こちらは国防総省所属第1憲兵中隊中隊長のコンロイ・ファーゼンバーグ少佐です。実はこれから―――』
コンロイは用件を伝えた。ロックウェルは予想より早いMPの対応に内心渋る。
「こちらは作戦行動中だ。作戦中の基地に部外者の立ち入りは自粛してもらいたい。」
『しかし我々も急を要しているのです。上層部は一秒でも早く彼を欲しがっているんですよ。』
「その上層部とは?」
『将官の貴方はご存知でしょう。「G」の研究を専門とするペンタゴン内のセクションを。』
ロックウェルも聞いた事があった。28年にとある機関がその影響力を一時的に失った事件の舞台である南極。そのある場所から回収した"失敗作たち"の残骸をベースに確立した、「G」についてさらに踏み込んだ非公式の研究セクション。
設立には「G」に盲信的な幹部が絡んでいるらしい。今回のMPの対応もその幹部の指示だろう。抵抗するには分が悪い。
「…早く済ませろ。こちらの邪魔はするな。」
『ありがとうございます。"コマンダー"』
最近は生意気な若造が増えた。上層部を盾に調子に乗る士官は、ロックウェルの気に入らない軍人の種類だった。