番外編 孤高の空


『ダガー分隊、現空域の哨戒を続行せよ。』
『ダガー1、了解。』
『ダガー2、了解。』


離陸したダガー分隊は飛行物体が離脱した空域の領空ギリギリを哨戒していた。既に一時間強もの間哨戒飛行しているが何の収穫はない。時間が経っているので仕方ないと言えばそれまでだが。


ハワードとスコットの眼下には世界三大洋の一つ、大西洋が広がっている。それにもう二つ、沿岸警備隊の対潜哨戒機と警備艦も哨戒活動にあたっていた。
先程AWACSから連絡があったが、国籍不明の潜水艦が領海侵犯しているらしい。


……「G」だ。近くにいる。

……何を言っている。レーダーに反応はないし、AWACSも友軍機以外に飛行物体を捕捉していない。

……下だ。


刹那、海面から水柱と共に巨大な「G」が飛び出してきた。


『!』


「G」は対潜哨戒機を体当たりで破壊しつつこちらに真正面から突っ込んで来る。HUDもマーカーで捕捉し接近を知らせている。紛れも無く存在している証だ。


ハワードは操縦しているにも関わらず"彼"に寄生して強化された視力で「G」を目視する。


目が存在しない頭部。先端がトロフィー型の尻尾。赤褐色と藍色の体。
肩部は戦闘機の空気吸入口を彷彿とさせるパルス孔があり、背部にもジェットエンジンの排出口のような器官がある。両腕は不格好な手裏剣の形をした硬質の主翼になっている。まるで戦闘機の構造を取り入れたかのような生物だ。


ハワード機は「G」と交錯した際にタイミング良く全身図を撮る事に成功した。ハワードは画像情報をAWACSに送信し操縦に集中する。


『ペンドラゴン、巨大な生物だ! 画像を送る!』
『こちらも捕捉した。衛星で追跡する。』
『ハッ…何が敵国だ。JCSの取り越し苦労じゃねえか!』


スコットは毒づく一方、「G」は編隊飛行を続けるダガー分隊の背後に着く。


『ブレイク!』


スコットの指示で散開するダガー分隊だが、「G」はスコット機の背後を取る。「G」はそのままスコット機を撃ち落とさんと肩のパルス孔からオレンジの光弾を発射した。


『クソッ!』


スコットは勘と感覚で直進してくる光弾を避けるが、4発目で限界を感じ機体を放棄。ベイルアウトした。直後に機体に光弾が当たり爆発四散する。


難を逃れたはスコットはパラシュートを展開させ、戦線を離脱。「G」はスコットに目もくれずハワード機の背後を取った。


……この乗り物では奴に対抗できない。脱出するんだ。

……黙っていろ。


ハワードはスロットルレバーを最大まで押し込み、アフターバーナーも点火して一気に加速する。同時に操縦桿を手前に引いてほぼ垂直に上昇した。その代償としてGでシートに身体が押し付けられ、呼吸しにくくなる。
「G」も追って上昇したがそれを見越しているハワードは操縦桿を一旦ニュートラルに戻し水平飛行に戻る。


『!』


そこから仕掛けようとするハワードだが突如として体の自由が効かなくなった。さらに腕が勝手に脱出レバーを引く。


ハワードは座席ごと機外に射出され、体は自由を取り戻す。無事にパラシュートも展開した。


しかし後続していた「G」が通過した衝撃波に巻き込まれたパラシュートは複雑に絡まり、すぐにその意味は成さなくなった。


「!」


生還する術を失ったハワードを、地球の重力は無惨にも母なる海に呼び戻そうと引き寄せる。この高度だと海面に落下しようと助からないだろう。


「(フッ…今度こそあの世行きか……)」


その時、今度は血流のような熱い何かが全身に巡った。続いて落下する感覚から、宙に浮くような感覚に変わる。落下はしなくなったが、再び自分の意思で体が動かなくなった。
そして自分が全く違う姿になっている事に気付く。


人の形をしているが人間とは桁違いに大きく、体色は銀。胸に象徴的な赤いY字型のコアが存在し、全身に血流のように張り巡らされた赤いラインは筋肉繊維を彷彿とさせる。


ハワード自身は、"巨人"になっていた。


「(これは…)」


……勝手にすまない。このままでは君の命が危なかった。

……君か。

……もう少し、君の身体を借りる。

……!


「G」がこちらに突撃してきた。本能で敵だと判断したのか、動きには殺気が滲み出ている。
巨人は衝突寸前に最小限の動きで回避。すれ違い様に「G」の翼を掴んでジャイアントスイングの要領で一回振り回すと海面に投げ落とした。


「G」は特に抵抗せず、されるがまま海面に突っ込む。それっきり「G」は浮かび上がらない。
巨人は「G」に狙いを絞られないよう、旋回飛行しながら海面を見下ろす。


……驚いたな、君には。

……これが私の本来の姿だ。

……立派な姿と力じゃないか。

……そんな事はない。宿主に寄生しなければ本来の体を維持できない、貧弱な「G」さ。

……君はえらく謙遜する「G」なんだな。

……私は、自身の力を過信しないだけだ。

……悪くない心掛けだな。気に入った。…あの「G」は死んだのか?

……いや、だがしばらくは警戒して動かないだろう。それに追撃はできない。

……何故だ。

……君の友軍が来たからだ。


気がつけば、巨人=ハワードの元に戦闘機2機が迫っていた。「G」の出現から哨戒を中断しこちらに急行したのだろう。素早く対応したのはいい事だが今は迷惑な事だった。


『ペンドラゴン、「G」を視認した。巨人だ。』
『フレイム1、確かに巨人か?』
『確かに巨人だ。間違いない。』
『攻撃開始。「G」は他にもう1体いる可能性がある。攻撃中も警戒せよ。』
『フレイム1、了解。』
『フレイム2、了解。』


パイロットはHUDの照準レティクルに飛行する巨人を捉える。


『フレイム1、FOX2!』
『フレイム2、FOX2!』


パイロットは操縦桿に備えられている赤いボタンを押すと、主翼からミサイルが切り離される。ミサイルは獲物を求め直進を始めた。


……やむを得ない。あれを破壊する。

……そうするまでもない。あれは恐らく赤外線誘導だから静止すれば目標を見失う。


巨人は飛行を止め、ハワードの助言通り空中に静止する。するとミサイルは誘導プログラムが目標を見失い、明後日の方向へ駆けて行く。


……危機を脱した以上、長居は無用だったようだ。

……同感だ。

……海上で変身を解いて大丈夫か?

……そうしてくれ。その方が都合が良い。


巨人は黒い光に包まれ人間大に収束したかと思うと警備艦付近の海域に降りた。光が消えるとそこにいるのはハワードだ。


『!』
『ペンドラゴン、巨人が消滅した!』
『こちらのレーダーからもロストした。フレイム分隊はダガー分隊の救出が完了するまで現空域を哨戒せよ。』
『フレイム1、了解。』
『フレイム2、了解。』


巨人の正体など知る由もなく攻撃態勢から哨戒飛行に移行するフレイム分隊。
ハワードは遠ざかる戦闘機の夜間警灯を見送りながら救助に来る艦載ヘリに自分の存在を知らせる。
そして上空でホバリングを始めた艦載ヘリを見上げ、"彼"に聞こえるように呟いた。


……ありがとう。
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