番外編 孤高の空


2030年10月

アメリカ合衆国
ノースカロライナ州
シーモア・ジョンソン空軍基地



翌朝、起床したハワードは着替えて食堂へ向かう。食堂には夜勤明けの管制官や地上警備の兵員が大人しくテーブルに座っており、彼もそれに紛れて朝食を採った。


ハワードは朝食を終えるが、スクランブル待機の交代までまだ時間はある。彼はそのまま、滑走路全体を見渡せる宿舎の屋上へ向かった。




ここは、近代アメリカ史上において重要な戦闘で活躍した第4戦闘航空団を擁する基地である。その広大な敷地は多くの滑走路や航空機を保有し、多数の地上部隊も駐留している。

主な任務は大西洋方面から領空に侵入しようとする航空機の迎撃や哨戒飛行だが、大規模な軍事作戦にはこの基地から出撃する部隊も少なくない。ここは合衆国空軍屈指の猛者揃いとも呼ばれている。


屋上に着いたハワードは滑走路の脇に駐機されている戦闘機や離陸待ちの戦闘機、車両に牽引されてハンガーに収容される戦闘機を眺め始める。


南極での「G」発見以前から存在する戦闘機も一部を除いてはまだ現役だった。

F-15やF-16は改修しながらも相変わらずの汎用性を発揮しているし、輸入国ではまだ運用している国も多い。アメリカ空軍でもまだ多くの部隊が好んで運用している。

F/A-22は生産数が少ないながらも一時期はアメリカ空軍の主力を担った。現在は現存する機体の少ないプレミア機と化してしまっているが要所ではまだ活躍している。

運用寿命の延命が決定していたA-10は2028年で全機が退役。長きに渡り空対地攻撃機のトップとして君臨していた生涯に幕を降ろした。

各国で長年運用されたF-4も完全に退役。F/A-18とハリアーⅡが代わりに航空母艦の艦載機としてその座で輝き続けている。

某ダークファンタジー漫画に出てくる女性軍人キャラの名前で有名なE-2"ホークアイ"は後継機のE-10と共に現役だ。ただ新たな後継機の登場により主力ではなくなったが。

「G」発見後に登場した戦闘機は、単発単座のステルスマルチロール機としてF/A-35"ライトニングⅡ"が2016年にロールアウト。これからのアメリカ空軍の主力を担っている。

空の様子は徐々に変わってきているようだ。いずれは一撃離脱の戦闘機ではなく、アニメに出てくるような飛行能力を持つ汎用性の高いロボットが開発されるだろう。もしかすると戦闘機に変形する人型ロボットなんかも登場するかもしれない。


「ハワード・レイセオン!」


そんな事を考えながら離陸するF/A-35を眺めているハワードに、背後から刺すような声がかけられた。


彼が振り向けば、出入口につなぎを着た男が刀を持ってこちらを睨んでいた。


「父の仇…覚悟ぉ!」


つなぎの男は刀でハワードに斬りかかるが、彼は避けようとしない。ハワードは間もなく斬られてしまう。


「……」
「……」


斬られたハワードは少しも動じず、距離が詰められたつなぎの男をひっぱたく。


「痛ッ!」
「何やってんだ?」


この非常に痛い男の名はヴィート・ギルロイ。ハワード達の戦闘機が格納されているハンガーの整備員である。
感情の起伏が分かりにくく無愛想なハワードに一方的に絡むのが彼という男である。これでも2人はハイスクールからの付き合いで、洞察力や物事の本質を見抜く力を持ち合わせている変わった男だ。


「これはどうやって手に入れたんだ?」
「欲しいのか?」
「断じて違う。」


ニヤつきながら質問を質問で返すヴィートに、ハワードは速攻で否定する。ヴィートはレプリカの刀を侍の要領で構えた。


「遊びに来たニッポンの友人からのプレゼントさ。ただ国内に持ち込む時に空港で一悶着あったらしい。」
「……」


そりゃそうだ。空港のX線スキャンであんなのが引っ掛かれば警察沙汰だろう。リアルなレプリカだと理解してくれてもブタ箱で夜を明かすのは確実だ。
そもそもどうやって持ち込んだのか。


「お前が今、何を考えていたか当ててやろう。」
「当てられるなら当ててみろ。」


ヴィートは自信ありげに指摘する。


「フッ…このカタナの事だろう。」
「…君はエスパーか?」


ハワードは内心驚愕した。


ハワード・レイセオンは寄生の爾落人である。
普通のパイロットはGによってブラックアウトやレッドアウトが起こるが、爾落人である彼には血流の問題はほぼない。後はGを受けながらの操縦技術を行う彼の力量が、無茶な空中機動を成し遂げている理由だった。


爾落人であるハワードの脳裏にある可能性が過ぎる。


「あ! 当たったのか?」


今のは勘だったらしい。
一瞬でもヴィートの事を爾落人か能力者である可能性を疑った自分が非常に馬鹿馬鹿しい。
まだ暑さの残る秋の風が、彼らの体に当たった。
5/39ページ
スキ