番外編 孤高の空





『新たな情報だ。IFFに反応はなし。対象は友軍機ではない。敵だ。』


IFFとは敵味方識別装置の略称である。対象に電波を発射して既定の返信があれば友軍であると判断するのだ。


『どこの国の機体か不明なのか…』
『こりゃ後の外交問題に発展しかねないな。』
『そんなの、俺達が気にする事じゃないですよ。』
『緊張感が足りんぞ、アクセル分隊。そろそろ無線にフィルターを掛けとけ。』


AWACSからの厳しい一言にアクセル分隊は黙る。
やがて自機のレーダーが侵犯機を捉えた。恐らく侵犯機もこちらを捕捉しているだろう。


『お? あれだな。』


パイロットのHUD、ヘッドアップディスプレイに小さく映る侵犯機は緑の四角いマーカーに囲まれる。侵犯機との相対距離が近付くにつれマーカーも徐々に大きくなり、パイロットの視覚にその接近を訴える。


その時だ。HUDに"WARNING!"と表示されてコックピット内に警告のアラートが鳴り響き始めたのは。


『少佐、レーダー照射されている!』
『アクセル2もです。』


レーダー照射とは、簡単に言えばロックオンの事である。つまり、こちらに照射されている間はいつミサイルを撃たれてもおかしくはないのだ。


『そりゃ侵犯機の分際でご挨拶だな。』


マクドネルが呟いた刹那、今度は不快なアラートがコックピットに鳴り響く。


『おいおい!』
『!』


それはミサイル接近を警告するミサイルアラートだ。四六時中聞くには体に悪くなりそうで、最近のパイロット達の間では「命を削る小悪魔」と呼ばれている。


悪い事にアクセル分隊は侵犯機とヘッドオン、互いに向かい合っている事からすぐに回避しなければ真正面からミサイルとぶつかるだろう。


『少佐! 撃たれた!』
『チッ…責任は俺が持つ。立場を弁えない侵犯機に応戦しろ。やむを得ない場合は撃墜を許可する。』
『心強い言葉だ。アクセル1、了解!』
『アクセル2、了解。』


アクセル2はスロットルレバーを押し込んで加速、機体とミサイルの相対距離を測り真正面から左へ急ロールを敢行。回避に成功した機体の腹を、ミサイルがスレスレで通過した。
行き場を失ったミサイルは蛇行した後に信管が限界を迎え、星空に不細工な花火が煌めいた。


それを確認する余裕がないアクセル2は全ての兵装セーフティーを解除すると、兵装選択でガンアタックを選択する。さらに操縦桿に備えられているトリガーに指を置く。


それからスロットルレバーをMAXまで押し込みつつアフターバーナーも点火、一気に最大加速するとHUD上の照準レティクルを侵犯機の機体に合わせてトリガーを引いた。
すると機首に空けられた僅かな穴が火を吹き、ステンレスで構成された弾丸が侵犯機に直進する。
アクセル2は航空機関砲の直撃を確認しないまま機体を90゚左ロールさせると操縦桿を引いて急旋回。侵犯機の射軸から逸らす。
直後に先程までいたコースに侵犯機の放った弾丸が通過していた。やはり侵犯機も同じ事を考えていたようだ。


侵犯機のパイロットはかなりの荒れくれ者らしく、並みのパイロットでは成し得ない空中機動でアクセル2の背後に着いた。


『ケツにつかれた!』
『捕捉している。もう1機はアクセル1と交戦中だ、気にせず回避行動を取れ。』


絶え間無く照射されるレーダー波により、アラートが故障したように鳴り続け、終いには再びミサイルアラートが鳴り響き始めた。


『アクセル2、ミサイル接近!』
『……』


そんな事は言われずとも狙われている自分がよく分かっている。
同時に焦った様子のアクセル1から通信が入る。


『ハワー…アクセル2、こりゃチンタラ飛んでると撃ち墜とされるぞ!』
『了解!』


もう落とされかけている。


アクセル2は自嘲しながら機体を直線に飛ばす。フレアと呼ばれるミサイル欺瞞用の燃焼剤を撒くと急旋回。これでミサイルから回避できたと思われた。


しかしミサイルはフレアを突破して大幅に軌道修正すると弾頭をアクセル2に向けて再度追ってきた。


『アクセル2! ARHだ!』
『!』


ARH、アクティブレーダーホーミング。ミサイルにレーダーを内蔵し、ミサイル自身が対象を捕捉して誘導を行う自律型の誘導方式である。至近距離で放たれたら回避は難しく、フレアにはまず騙されない。


ARHのミサイルに対して、アクセル2はシュミレーターでしか回避方法を訓練していない。実戦でARHに遭遇するなど、運が悪いとしか言いようがなかった。


『……』


しかしやるしかない。
アクセル2は機体をある程度上昇させると高高度から海面へダイブ、高度計を凝視しながらタイミングを見計らって操縦桿を思いきり引いた。


機体は高度10数mで急上昇。執拗に追尾していたミサイルは内蔵されている機器の軌道修正が間に合わず海面へ突っ込んだ。


今の空中機動はかなり高度な操縦技術である。体に掛かるGは半端ではなく、ブラックアウトで墜落の危険もあった。普通のパイロットなら一度の出撃でそう何度も披露できない。


しかしアクセル2の身体は大して堪えておらず、ARHミサイルの回避に動揺しているであろう侵犯機の背後に付いた。アクセル2は兵装選択でミサイルを選択、レーダー照射を実行。侵犯機がHUDに赤のマーカーで囲まれると共にミサイルロックを知らせる軽快な電子音が響いた。


すぐさま発射ボタンを押すと翼下に取り付けられていた短射程ミサイルが切り離されて数秒間自由落下、直後に燃料に点火されて侵犯機を追う。


今放ったミサイルの誘導方式は赤外線ホーミングだ。対象が空気との摩擦で放射する赤外線を感知するもので、フレアに騙されやすい。よってARHとは違い回避方はいくらでも存在する。


何故今回に限って持たされたミサイルがこれで、相手が優秀なパイロットなのか。アクセル2は己の悪運の強さを再び呪う。


案の定、侵犯機はフレアを撒いて急旋回。最新型の赤外線誘導も最新型のフレアにあっさり騙されて役目を果たさないまま散った。


回避を予想していたアクセル2はガンアタックを選択、HUD上のガンレティクルが侵犯機を捉える。


しかしガンアタックを予測していた侵犯機は航空機関砲の射軸から外れようとランダムな軌道を描き始めた。


『チッ!』


アクセル2は侵犯機の背後を取り続けようと同じ軌道を辿る。
それを見越している侵犯機はスロットルレバーMIN、エアブレーキを展開して操縦桿を右斜め下に倒すと機体を螺旋状に一回転させた。減速しつつの鮮やかなバレルロールだ。


『!』


オーバーシュート。バレルロールに対応できなかったアクセル2が侵犯機を追い越してしまい機体の背後を晒す。


この僅かな時間。レーダー照射によるロック、ミサイル発射の動作を侵犯機は素早く行った。


回避不可能。


そう判断したアクセル2は操縦席左後ろにある黄色のレバーを思いきり引く。すると風防を突き破って操縦席ごとベイルアウト。星空に白いパラシュートを咲かせる。


一方、パイロットを失った機体はミサイルをその身に吸い寄せ空中で爆発四散した。その際に少しだけ周囲が明るく照らされる。


それとほぼ同じ時間に別の戦闘機も爆発した。アクセル2はその空間を凝視するが、それが侵犯機なのかアクセル1なのか分からなかった。
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