本編
数日後
都内某所。制服警官が立ち入る家の前に覆面パトカーが止まる。
運転席からは木内、助手席からは伊吹が降り立ち、いつもの手順で殺人現場である家に入った。
「ご苦労様です。ガイシャの名前は上原雅史33歳、職業コンビニ店長でこの家の家主。死亡推定時刻は昨晩0時から1時の間、死因は腕部切断による大量失血です。」
先行していた若い刑事が手帳を見ながら伊吹に報告する。遺体は既に鑑識員が運び出そうと担架に移しており、伊吹は鑑識員を呼び止め木内と一緒に遺体を確認した。
「お……最近は切断が流行り始めてるんでしょうか。」
「下らん。最近は酷い手口が増えすぎている。」
2人は遺体の有様に意見を述べているといつもの鑑識員が寄ってきた。
「伊吹警部補。凶器の事ですが…」
「特定できないか?」
「いえ、それが先日の連続通り魔事件で使用された凶器と同一の物なんです。」
鑑識員の報告に2人は顔を見合わせた。
「何だと…」
「もしかしてあの「G」の仕業では…」
「いや、それも可能性としてあるが考え難い。今までは屋外での犯行だったのに今回だけわざわざ家に侵入するのはおかしい。岸田、他に手掛かりはあるか?」
「はい。この家でガイシャ以外の指紋が採れました。」
「指紋? ガイシャは1人暮らしだったな?」
「はい。」
「指紋照合が終わり次第連絡を入れろ。」
「了解しました。」
伊吹と木内は手袋をはめて一通り現場を物色し手掛かりがないか探す。しかしめぼしい物が見つからず2人は捜査の次の段階に入った。
「木内、ガイシャと同じ職場の人間に聞き込みに行くぞ。」
「はい。」
2人は処理を鑑識に任せ覆面パトカーに乗った。
上原と同じ職場の人間に話を聞き始めた2人はまず最初に、今日は非番の店員、荒木美香の住所に向かっていた。
そして2人はあるアパートの前に着く。そこは偶然か否か連続通り魔事件の現場付近のアパートだった。
木内は呼び鈴を鳴らし中の住民が姿を現すのを待つ。
すると音を立ててドアが開き、チェーンにより半開きの隙間から女性が顔を覗かせた。
「荒木美香さんですね。」
「…はい。」
見ず知らずの男性2人に警戒している女性に伊吹は警察手帳を見せた。
「警視庁捜査一課の伊吹です。」
「同じく木内です。」
「警察の方がどういったご用件で?」
警察と分かった2人に警戒を解く荒木。
「今朝遺体が発見された上原氏の事で二三伺いたい事がありまして。」
「…立ち話も何なんで上がって下さい。」
「では、お言葉に甘えて。」
2人は荒木の部屋に上がる。部屋は整理整頓されておりいかにも几帳面な女性の1人暮らしと言える様子だった。
しかし必要最低限の家具や生活必需品しか置かれておらず、人並みの部屋とは言い難かった。
「コーヒーで良いですか?」
「あ、お構いなく。」
荒木の申し出を丁重に断る2人。ここでコーヒーをご馳走になってしまえば後々厄介な事になってしまうからだ。
「しかし「G」の仕業なのに事情聴取みたいなのががあるんですか?」
「…ええ。ごく形式的なものですよ。上原氏の関係者全員から話を聞かなければならないんです。」
「昨夜0時から1時の間、あなたはどちらにいらっしゃいましたか?」
「ここですよ。その時間は寝てました。」
「それを証言できる人物はいますか?」
「いません。…これではアリバイとかを立証できませんよね。」
「アリバイの立証だなんてそんな…。あなたがその時間に寝ていたと言うならば、我々はそれを信じます。」
「…ありがとうございます。」
荒木を窘めた伊吹、木内は質問を続ける。
「他に1つ、上原氏が何か他人に恨まれるような揉め事など抱えていませんでした?」
「…いえ。」
「そうですか。」
「木内、引き上げるぞ。」
伊吹は聞き込みを切り上げ荒木の部屋を後にしようとする。
「すいません、お茶も出さずに…」
「お気になさらず。」
そう言って部屋を後にした2人。それから無言で車に乗った伊吹の目つきが変わった。
「あの女、怪しい。」
「はい。彼女は上原について殺人としか聞いていない筈だし、遺体の悲惨な状況は知らない。しかし犯人が「G」の可能性であるのを知っているかのような言動でした。」
「及第点だな。荒木美香、徹底的に洗うぞ。」
「はい。」
早くも目星を付けた伊吹と木内は機嫌良さ気に次の人物へ聞き込みに向かう為、車を走らせた