本編




「やっぱり、防空壕跡の洞窟とかが怪しいわね」
「……でも、防空壕は半世紀前に掘られたものばかりだろ?」

 蒲生村で裏山と呼ばれて親しまれている山の中にある滝に近くで自転車を止め、3人は探検の打ち合わせをする。足を川へと入れて涼みながら、銀河は元紀に聞いた。

「ふっふっふ! ちゃんと昨晩の内に調べておいたわ! 防空壕の中でも、自然壕であるもの。特に何かが隠されている可能性のある深いものを!」

 元紀は滝の上にある岩の上に立って、胸を張って言った。汗と水しぶきで、いつもよりも体型をはっきりとさせている。

「そいつは楽しみだ」
「じゃ、ちょっと準備するから、あんた達はそこで待ってなさい」
「へいへい………ん?」
「ど、どうしたの?」
「……別に」

 滝の上でなにやら準備をしている元紀を惚けた表情で眺めていた吾郎に、銀河が視線を向けると彼は慌てた。当人は隠しているつもりらしいが、元紀以外の人間は皆、彼が元紀を好いている事を知っている。

「青春だな……」
「ん? ……そういえば、銀河は好きな人っているの?」
「一応」
「え! もしかして、元紀じゃ……」
「そんな物好きじゃねぇよ! それに、俺の好きな人は手の届かない所にいる人だ」

 不安な顔で聞く吾郎に笑って銀河は言った。しかし、胸に下げているペンダントを思わず握ってしまう。写真でしか知らない母親。深い緑色の黒髪を伸ばし、白いワンピースを着た美しい女性。彼の初恋の女性は、既にこの世にはいなかった。

「……銀河?」
「ん? どうした?」
「それはこっちの台詞だよ。凄い顔をしてたよ」
「え? ………大丈夫だ」

 銀河は心配する吾郎に答える。しかし、彼も自覚している。彼女の事、自分の過去の事を考えると、いつも不気味な感覚に囚われる事に。そして、それが自分自身にとってパンドラの箱の様に感じている事も。

「「うわっ!」」
「お待たせー! さぁ、探検に行くわよ!」

 突然、滝の上から飛び降りてきた元紀に驚く銀河達に気にする様子も無く、彼女は笑顔で言った。彼女の服装は、麻色のショートパンツと半そでに例の帽子というものであった。

「雑誌のグラビアでもこれほど酷いものはないな?」
「う、うん」

 小声で話す男子達に気に留める事もなく、元紀は水を滴らせながら岩の上に上がると、短い髪を払う。水しぶきが銀河の顔にかかる。
 そして、銀河の持っていたドラムバッグから、ハンディカメラと三脚、更にマイクを取り出し、彼に渡す。

「銀河、あんたがカメラマンよ。機材を水につけて壊したら、弁償だからね!」
「はいはい」
「ハイは一回!」
「はーい!」
「吾郎、あなたはアシスタントよ。このドラムバッグにある小道具を駆使して、演出をするの。大体の指示は台本に書いてあるから!」
「わ、わかった」

 吾郎はドラムバッグからヘビやサソリのおもちゃを出してみている。銀河はそれらを眺めて呆れつつ、台本を抜き取り、内容を確認する。

「……元紀、これ。昨晩だけで仕上げたのか?」
「当然じゃない」
「………」

 銀河は自分の手の中にあるパソコンで打ち出された分厚い台本を見つめて、完璧超人という言葉が彼の頭に浮かんだ。





 

「それじゃ、この自然壕に入るわよ! どうやら、この近辺は出土品が無かったみたいで、発掘や調査は行われなかったみたい。残り物には福がある!」
「本当の残り物は微妙なものが多い気がするのは俺の気のせいか?」
「銀河にはロマンが足りないわ。さぁ! ロマンをいち早く感じなさい!」

 元紀は懐中電灯とヘルメットを渡して言った。

「なぜ、俺が先に入るんだ?」
「だって、カメラマンじゃない。カメラが先に入ってないと、私の未開の地への第一歩を撮影する事ができないでしょ?」
「………」

 未開の地への第一歩をカメラマンが先にしていていいのか、という疑問を抱きつつも、銀河は反論を諦め、壕の中へと入っていく。
 壕は大人一人が中腰が限界の高さで、幅も同じく大人一人分位、そして奥は懐中電灯の灯りが届かないくらいに深い。

「どう?」
「深いな。……こりゃ、正真正銘の洞窟だ」
「やっぱりね。資料を見ても、戦時中でさえ、奥へ進む事を禁じていたらしいわ」
「……は? そんな危険地帯にカメラ片手に俺は進まなきゃいけないのか?」
「はい」

 銀河が入口で様子を伺う元紀に文句を言うと、彼女は何かを投げつけてきた。手に取ると、それはトラロープであった。

「うちにあった一番長いのだから、多分500mか1kmはあると思うわ。反対側を木に結んだから、万が一の事があっても、大丈夫よ」
「……わかったよ。ほら、カメラ回したぞ」

 銀河は諦めて、自分の体にロープを結ぶと、カメラの録画ボタンを押した。
 途端に元紀が迫真の演技で洞窟へと入ってくる。

「この洞窟はまだ調査が行われていない。……秘宝が眠る可能性も高いが、危険もある可能性が高い。慎重に行こう。………これが、未開の洞窟への、第一歩だ!」

 そして、元紀は慎重に懐中電灯で洞窟内、つまり銀河を照らしながら、ゆっくりと彼へと近づいてきた。彼の目の前に立つと、大声で言う。

「カーット! いいわ、銀河。さぁ、先に進みましょう。ほら、吾郎も荷物を持って、早く来なさい」
「う、うん!」

 呆れる銀河を他所に、元紀は携帯電話を取り出す。入口では吾郎が慌てて荷物をまとめている。

「やっぱり、圏外ね」
「そりゃ洞窟だからな」
「こんな洞窟の入口で圏外にそうそうなる訳ないわ。……ほら、入口にかなり近づかないと電波はこない」
「何が言いたい?」
「資料で見たんだけど、当時の調査では最新の電波を使った調査も行われたらしいわ。発掘調査とかを行わなかった場所は、地上からその装置を使って調査したらしいの。でも、この洞窟の存在は他の防空壕と同じ扱いで、調査されず。数千年所か、数万年前からあってもおかしくないようなこの洞窟に、一人も調査に入らなかったのは、電波の調査で他の壕と同じように、調べる必要のない深さのない壕と判断されたから。……きっと、ここの地層か、岩石かはわからないけど、電波を遮る性質が強いのね」
「なるほどな。……つまり、本当に土地の人間でしか、目をつけられない穴場ってことか。………ん? 待てよ。この壕は奥へ入るなって、言われていたんだよな? 絶対に入っちゃマズい感じじゃねぇのか?」
「そうよ。だから、お宝が眠っているんじゃない。土地の伝承ってのは、真実を明かす為に、打破しなきゃいけないものなのよ!」
「………蒲生家本家の次期当主の発言とは思えんな」
「いいのよ」
「お待たせ~」

 吾郎がおもちゃのサソリやヘビをドラムバッグからはみ出させて、洞窟の中へと入ってきた。

「カメラ! ……さぁ! 冒険へ出発よ!」

 元紀に催促され、銀河はカメラの録画をした。残念ながら、暗がりの為、殆ど元紀の姿は映っていない。





 

「おや? 銀さんじゃないか、畑はいいのかい?」

 蒲生家の玄関に出てきた和服の似合う体格のいい老人、蒲生源一郎は、玄関で待っていた銀之助に挨拶をした。銀之助は笑顔で答えた。

「なに、朝方に一通り終わらせてしまいました」
「そうかそうか。立ち話もなんだ、久しぶりに来たんだ。上がってくれ!」

 同世代の2人は幼少より仲がよく、源一郎は銀之助を自分の部屋へと通した。

「銀さんの坊主、今朝も駐在の息子と元紀の三人でどこかへ出かけて行ったぞ。わしらもあいつらの頃は、夕方まで遊んだもんだな」
「そうだな。源さん、あの子達が何をしているか、話を聞いているかね?」
「んにゃ、どうもあの子はわしを怖がっているみたいでな。あまり遊びの話はせんよ。まぁ、わしも餓鬼の時は、親父に何して遊ぶなんざ、怖くて話せんかった」
「……やはりか。子どもの遊びだから、わしも笑って銀河の話を聞いておったのだが、やはり源さんの耳には入れておいた方がええと思ってな」

 座って話す銀之助の顔から笑みが消えた。源一郎の目も真剣になり、腰を直す。

「あいつら、何をしてんのや?」
「能々管を探しているらしい」
「! ………クマソガミの封印に触れる気か?」
「流石に、わしもあの子達が能々管を見つけるとは思っておらんが、万が一という事もある。……それに、銀河もいるしの」
「………」

 突然、源一郎は立ち上がった。銀之助は彼を見上げる。

「どうした?」
「親父が口を滑らせて、お前さんには知られる事になったが、本来能々管の秘密は、代々蒲生家当主になるものだけの秘密。わしも、一度元紀に蒲生家当主が受け継ぐ秘書の存在をうっかり話した事があった。場所までは知らぬが、もしやという事もある。……蔵へ行こう」

 源一郎は足早に縁側から外へ出ると、蔵へと入っていく。銀之助も後を追う。

「源さん?」

 銀之助がカビ臭い蔵へと入ると、源一郎が奥に立っていた。手元には古びた木箱があった。

「あったかい?」
「うむ。……秘書は無事だったが、元紀の奴、以前考古学者共が置いていった資料と蒲生村の歴史書を持って行きおった」
「歴史書?」
「大層に行っているが、ただの代々の村の開発記録だ。しかし、考古学者共にも渡していない戦前資料まで持って行きおった」
「………防空壕か?」
「うむ。自然壕の存在と、あの学者共の資料を組み合わせて考えたら。………万が一が、万が一でなくなるやもしれん!」
「マズいな。……秘書を見たならば、能々管の伝承も承知の上でアレを見つけるが、あの子達は能々管をただの宝としか考えておらん」
「………行くぞ」

 源一郎は木箱から秘書を抜き取り、懐へしまうと銀之助に言った。





 

「また分かれ道だ。……どうする?」
「右よ」

 カメラに懐中電灯をくくり付けた銀河は、分かれ道を照らして聞くと、元紀は即答した。既に頭上の高さは一番背の低い吾郎でもギリギリ立てるくらいになっていた。

「よくわかるな」
「おじいちゃんの資料の中に、昔からの開発記録とかもあったのよ。それこそ江戸時代とかの昔のね。その中にこの洞窟もあったんだけど、今進んでいる道は記録が存在していないものなのよ」
「………あぁ、そういう事か」
「え? ど、どういうこと?」

 銀河が納得すると、吾郎が慌てて2人に聞く。どうやら内容がわからないのが嫌らしい。

「この洞窟の奥は、蒲生村にとって一種の聖域だ。仮に此処を採掘だの、それこそ財産の隠し場所だのに使うとしても、その場所以外を掘るはずだ。……それに、元紀も思ってんだろ?」
「えぇ。この洞窟は人の手で掘られているわ。物凄い昔だけど」
「そ、そうなの?」
「あぁ。痕跡がないから、俺も確信を持てなかったんだが、数千年もの時間を殆ど形を変えずに存在できる洞窟なんて、自然には作れないんじゃないか?」
「ここ、電波を通さないだけじゃなくて、かなり硬い地層よ。しかも、人が一人ちゃんと通れる様にされている。痕跡なんか、風化してなくなっていると思うけど、それなりに技術がある人間の手によるものじゃないと、こうは上手く洞窟は出来ないわ」
「そもそも、洞窟は雨水や地殻変動によって、大地が侵食される事でできるんだろ? 理科の授業でやってたのだと」
「そ、そうか。地層の中にこんな空間ができないのか!」
「まぁ、地殻変動でありえないわけじゃないけど。こんな都合のいい形には、わたしはできないと思うわ」

 元紀は自信満々の表情で、考えを話した。既に彼女はその視線の先に秘宝を見ているかの様であった。
 銀河も彼女に頷き、右の洞窟へと進む。

「………元紀、当たりみたいだ!」
「え?」

 洞窟は、分かれ道からすぐに大きく曲がっていた。銀河の後を元紀と吾郎も体を捩じらせて、奥へと進む。
 突然、洞窟が広くなった。銀河の懐中電灯が洞窟内を照らす。

「見ろよ。角まで綺麗に削られているぜ?」
「間違いなく、人工的な構造物ね!」
「す、凄い!」

 三人はそれぞれ驚きながら、照らされた洞窟内を見る。

「ん? これはもしや……。元紀、ライター」
「はい」

 元紀はポケットから百円ライターを取り出し、銀河に手渡す。ライターを受け取った銀河は息を呑むと、火を壁へと近づける。
 突然、洞窟内が明るくなった。

「!」
「サイコー!」
「映画みたい……」

 ライターの火がかざされた壁には、窪みがあり、動物の油と思われる液体が溜められていた。しかも、それは洞窟内に流れており、一箇所に火がつくと、洞窟内を照らすほどに火を広げる構造になっていた。
 洞窟は、綺麗な直方体構造をしており、天井には空気取りと考えれる隙間が開けられている。銀河達が入ってきた所以外に、出入り口はなく、入り組んでいたのは巨大な一枚岩が入口を半分蓋をする形に立てかけられていた為であった。

「別に壁画とかはないみたいね。でも、能々管は見つかったみたいね!」

 元紀は満面の笑みで、洞窟の奥に置かれている石に近づいた。
 石を囲む様に、地面に何か紋章か呪文らしき溝が掘られているが、時代の推移で見えなくなっている。石も近づいて見ると、何かの形になっている。そして、その中心に能々管と思しき棒状の石が刺さっている。

「鬼かしら?」
「一本角の鬼に見えるね」

 元紀と吾郎が石を眺めて話す。
 一方、銀河は洞窟の壁を眺めてみていた。

「………ここ、もしかして人が出入りしているのかもしれないぞ?」
「「え?」」

 銀河の言葉に、2人は石から振り向く。銀河は、火の入れられた溝の端から木を取り出した。

「これ、木だ。多分、前に入った人が松明に使ったんだと思う。でも、ここに、ペンキがついてる」
「……じゃあ」

 元紀が言うと、銀河は頷いた。

「何百年とか昔じゃなくて、過去数十年間の間に、ここに人が入っている。……多分、元紀のじいちゃん」
「………じゃあ、学者の人達が調べに来た時、おじいちゃんは最初から能々管の存在を知ってたの?」
「多分。……蒲生家はこの村で一番古い家だ。きっと、当主になって受け継ぐ秘密ってのも色々あるんだと思う。能々管も、その一つじゃないか?」
「………」

 元紀は黙って俯いて銀河の話を聞いている。恐らく、悔しさで唇をかみ締め、涙をこらえているのだろう。

「げ……?」
「だぁあぁああああ! だったら、あのクソ爺に確認してやる! コイツが秘宝能々管なのかを!」
「ちょっ!」
「あぁ……!」

 元紀は瞳に涙を溜めて、能々管を石から引っこ抜いた。

「……な、何も無さそうだな。おい! もしも、これでインディー・ジョーンズみたいに洞窟が崩れたら洒落にならねぇぞ?」
「うるさい! 何もなかったんだからいいでしょ!」

 怒る銀河に元紀は言い返す。そして、石と能々管をまじまじと見比べる。
 石はやはり一角鬼の頭を模した形をしていた。しかし、目と鼻は風化したのかわからない。口は不気味に剥き出しの牙が何本も並んでいる。能々管は、鬼の顔の中央の穴に刺さっていた。

「何で、こんなグロいものに刺しておくのかしら? 普通に地面に刺しておけばいいのに……」
「気のせいか? この構図は封印に能々管を使っていたように見えるんだが……?」
「じゃぁ、そうなんじゃない?」
「なっ!」
「別に騒ぐ事ないわよ。昔の人がそれこそ伝染病か何かが流行った時に、鬼を封じると病もおさまるって考えたんじゃないの?」
「………そもそも、一体いつの時代にこれを作ったんだ? 下手したらオーパーツっていうんじゃないか?」
「だったら、かなり面白いわね! ……ん? 何かしら? の?」

 元紀は細長い円柱構造をした、能々管の先端に書かれた文字を見つけて呟いた。2人も能々管を見る。

「ひらがらの、"の"に見えるね」
「能々管って、"の"の管って事か? くだらねぇ!」
「ま、詳しくは外に出て調べてみましょう。お宝が見つかれば、もうここには用ないし。あ、銀河、ちゃんとカメラ回しときなさいよ!」
「言われんでもやってるよ」

 銀河は洞窟内を細かくカメラで撮影した。

「ん?」
「どうかした? またお宝見つけた?」
「いや、あの石の穴、少し小さくなってる気がしただけだ」
「んなバカな事あるわけないでしょ! さ、いきましょ!」

 元紀に押されて、銀河は直方体の洞窟から出て行き、後に続いて2人も洞窟から出て行った。


 


 

「帰りはロープを辿るだけだから、楽ね!」

 元紀は上機嫌で洞窟を戻っていく。彼女の後ろに続く二人は、重いロープを回収する。

「あ、出口よ!」

 元紀は外の明かりを見つけ、出口へ向って一人、先に向う。重いロープを巻き取って進む二人はそう楽にはいかない。
 しかし、彼女は二人が追いつくまで、出口の前に立っていた。

「どうした? ……うげっ!」
「あ、あぁ……」

 洞窟の前には、銀之助と源一郎が仁王立ちで待ち構えていた。

「能々管、持ってきたのか?」
「はぃ~」
「返事ははっきり!」
「はいっ!」

 源一郎に元紀は気をつけして、返事をする。銀河と吾郎もこそこそとロープを地面に置き、元紀の横に並ぶ。

「お前達、そいつを知っているのか?」
「蒲生家の秘宝だと……」
「同じく」
「それ以外には何も………」

 彼らの答えに源一郎は溜息をついた。銀之助も苦笑している。

「とりあえず、ここは危ない。一度家に行くぞ。荷物を早くまとめろ」

 源一郎は銀河と吾郎に指示を出すと、元紀の前に右手を差し出す。

「能々管、渡せ」

 元紀はしぶしぶ源一郎に能々管を渡した。
 荷物もまとめ終わり、源一郎と銀之助に先導され、彼らは山を下りた。
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