Date of Nativity


 2

 あれからさほど時間も経っていない。彼の前進も止まらない。あの皇帝との時間も結局は無駄ではなかったことになる。皇帝に対して終始快く思っていなかった彼でも、今この時だけは感謝の意を持ってもよいとまで思えるほどだった。こんなに気持ちが高ぶり、こんなに胸中が充実しているなんて、初めての感覚かもしれない。初めて彼は明確な目的を持ってこの宇宙を進んでいるのだ。明確に倒したい相手がいること自体に微かな興奮を覚えている。忘我の域にまで達してしまっているかもしれない。だが、その勢いに全てを任せてもいい。それに乗って今彼は地球に向かっている。
その為に、自分の行く手を阻もうとする者達の接近に気付かなかった。気づいたときには、目の前に、そして彼を取り囲むように、銀色の巨人たちが立ち構えているところであった。

「止まれ。これより先は宇宙警備隊特別保護区だ。一切の立ち入りを許可しない。すぐに立ち去れ。勧告に背く場合は強行手段も辞さない」

 そういえば皇帝は言っていた。皇帝とゴジラ以外にいる強者の話。秩序の保持者とか言っていた。ならば詮索する必要も無い。考えるまでもない。この者たちがそうなのだ。彼の高ぶりはさらに増した。強者ならば、皇帝のように、ゴジラのように、彼を忘我させるほどの何かを有してはいないか。その期待に胸が高まる。そんな思いから、彼が次の行動に出たのは必然だった。
彼は破壊光線を正面の巨人に向かって放った。巨人たちからすればそれは不意打ち以外の何でもない。防御もできず、胸で光線を浴びることとなった巨人は怯みながら後退する。

「な? 宇宙警備隊員に対する攻撃行為が何を意味するか分かっているのか!」
「……」

 彼は落胆した。この巨人たちは皇帝のように彼を前にして悠然とした立ち振る舞いで彼を前にして構える度量が無い。自分自身が持ち合わせていない借り物の権力で脅しているだけだ。

「狗め」

 そして、巨人たちの行動は彼の眼には権力と秩序という名前の主人に従っている実態と意味のない行動に見えた。皇帝のように楽しんでいる様子もない。
ここまで考えて、彼は心のどこかで皇帝に感心していたことを思い知らされた。別れ際に言い放った言葉が彼の本心であり、いずれ好敵手になろうぞという誓いだったのだろうか。
いずれにせよ、今確定している事は、この巨人たちはそういう対象にはなりえないという事だった。ならば、あの皇帝と出会う前に戦ってきた連中と同じ。踏みつけるだけの障害でしかない。たとえ4対1でも6対1でもそれに変わりはない。

「何故我の行く手を阻もうとするのだ」
「この先には、宇宙全体で見ても貴重な生態系が広がっている惑星がある。だが、その惑星人は外宇宙への航行手段を持っていない。彼らだけの手で作られた生態系だ。だから、
今は我々が守っているのだ」
「どけ。この先に我が求めているものがある。邪魔をするなら、ここで消えてもらうぞ」

 意味が分からなかった。要は他者のためにここを守っているということらしいが、彼にそのことが理解できるはずも無かった。彼は初めて自分のために行動している。自分の為以外の行動する動機が理解できない。だからこそ、この銀色の巨人は彼の敵となった。

「消えてもらう……か。隊長。実力行使しか無さそうです」
「やむを得ないな。みんな、行くぞ!」

 巨人たちが一斉に飛びかかる。正面から二体が向かってくる。全速力の速さから繰り出されるパンチを彼は右手左手で受け止めた。その隙に他の巨人が背後に回った。
背後に回った4体の巨人全員が左腕を縦に、右手を横にする形で胸の前で十字を形造った。左手から放たれたのは直線に延びる光線だった。その威力は彼が相手にしてきたどの怪獣の物よりも強力で、彼を怯ませ、体制を崩すくらいは 容易に結果として残せた。正面の二体が彼から離れ怯んでいる彼の背後に回った。息を合わせ、同時に同じ場所に蹴りを入れた。どすん、重い衝撃が彼の背中に響いた。だが、飛行形態を成している彼の結晶は全くの無傷だった。巨人たちは追い撃ちをかけるべく再度彼の正面に向かった。
体制を整えた彼を待っていたのは、巨人たちによる強襲だった。光線、光弾が次々に彼を襲い、その合間に巨人たちは体当たり、パンチやキックなどあらゆる限りを尽くした。それが攻撃対象を確実に殲滅するための有効手段なのか、あるいは自分たちの力の啓示のつもりなのか。数と能力の暴力ともいえるそれに、巨人たちはいつしか彼がどうなっているのか気にしなくなりだしていた。

「そろそろ終わりにしよう」

 彼の正面に出た巨人たちの隊長。胸の前で両手をL字に構えた。光線が放たれ、怪獣が爆発して敗れる。それが巨人たちの思い描いた、これまで繰り返してきたシナリオだった。
思いがけない形でそれは覆される。彼の全体を薄い結晶の膜、バリアーが覆った。激しく眩く光が発せられたと思うと、光線の向きが巨人たちの思惑と共に180度向きを変わった。巨人からすれば、自ら放った光線に自らが傷つけられた事になる。呆気に取られた様子の巨人たちだが、本当に気にしなければならなかったのは彼の様子だったことに果たしていつ気が付くだろうか。彼はバリアーを張ることができた。最初の攻撃もわざと受けたに過ぎない。落胆こそしたものの、皇帝が一目置いている巨人たちだ。どの程度までやれるのか。結局彼は興味を持った。ここで巨人たちに敗れるのであれば、ゴジラにも勝てない。実力がその程度だったと諦めることもできる。試したかったのだ。あの光線がピークだったようにも思えた。連携して相手を追い詰める戦術は確かにこれまでのどの相手よりも熟練されていたことは認められる。それでも尚、あの皇帝が自らが最強であると自負した理由の一つを彼は全身で感じた。勝てる。これだけの相手を前にしてそれ以外の感情が湧き上がる事は無かった。

「つまらない事に付き合わされたな。望み通り終わらせようか」

 瞬間、巨人の一人が鈍く重い音と共に弾き飛ばされた。彼の全速力のタックルが巨人を襲った。両者の質量には20倍近い差があった。そんな物体が光速で激突した時、それはまさに一撃必殺の猛攻をなった。彼の結晶の頑丈さも相まって、巨人が受けたダメージは気にするだけ無駄だった。生きていれば十分と言えるまでに。
巨人とて素人ではない。むしろ、栄えある宇宙警備隊の一員が光速で動く物体に反応できないとは、同朋が聞いたら呆れてしまうような失態だ。慢心していた。光線、打撃、全ての攻撃をまともに受けて尚、彼は抵抗した。そんな状況に陥った事が無い者達だからこそ、この状況があった。
彼は両肩から念力波を放ち、二体の巨人を捕らえた。両肘が脇腹の部分に固定されて、両足はというと、両膝が動かせないようになっていた。貼り付けに等しい状態で捕らえた巨人に対し、彼は光線を浴びせた。バリバリと音を立てて巨人の全身を駆け巡る彼のエネルギーは確実に、着実に巨人の身体を蝕んでいく。
 それをただただ黙って見ていられなくなった一体の巨人が彼に向かう。彼は念力波を操り、捕らえていた巨人を向ってくる巨人に突き放った。飛ばされた巨人を受け止めようとするが、彼の念力の射出スピードもそれなりのもので、体制を維持したまま受け止めることはできない。必然的に巨人同士はぶつかり合い、動きが奪われることとなった。
 彼はそんな巨人たちに光線を放った。捕らえていた巨人に内包され、微妙なバランスで現状を保たれていたエネルギーは、彼の光線を受けてそれが崩壊した。エネルギーは巨人の対外に放出され、それが大爆発を起こした。爆発した巨人も、それを受けた巨人も、無事では済んでいないだろう。
残りの巨人は二体。彼の次の手は決まっていた。自らの全身から放った無数の結晶を一体の巨人に全て放った。標的にされた側にはたまったものではないらしく、腕を十字にして放つ光線で結晶を迎撃する。しかし、それも間に合わない。彼の手数が巨人を上回っていた。最初は右腿。次は左手。左腿、右肩、左足の甲。結晶に串刺しにされていく様は巨人自身が結晶体になっていくような。そんな感覚にさせられる。だが、所詮は後付の作り物である。彼が生成する結晶の美しさには遠く及ばない。もう用済みだったので、彼はそれを爆発させた。
 残りは一体。向こうの隊長らしき巨人だ。

「こんな事って……」

 明らかな動揺を見せる。たった一体の怪獣にここまでされるなんて、最初に彼に対峙した時の様子からだと、夢にも思っていなかったのだろうと彼は納得する。彼が遭遇してきたどの惑星人、どの怪獣よりもその落差は大きかった。巨人たちの場合、自らの立場、その使命がのしかかっていた分あるのだろう。

「最後に言いたいことは何かあるか」

 柄にもなく、彼はそんな質問を投げかけた。一応、皇帝が気にしていた相手である。彼はそんな相手の遺言を聞いてみたくなったのだ。それを土産話の一つにできれば、というのも、それもまた実に粋狂な事である。

「……冥土の土産に聞かせてもらおうか」

 どうやら土産話を用意しようと考えたのは彼だけではなかった。巨人は誰に話すことができるかもわからない土産話を用意しようというのだ。そんな巨人の要望に彼が今更拒否する道理も無かった。

「何から言えばいい?」
「お前の目的は何だ。何故この先へ向かう?」
「地球という惑星の怪獣を倒す。我の当面の目的がそれだ」
「地球の怪獣だと? この宇宙に生きる怪獣が、地球外に出ようとしない怪獣と戦って何になる?」
「我は我の起源を求めて戦ってきた。その到達点がゴジラだ。ゴジラを倒してこそ、我という存在が始まる」
「ゴジラというのか。その怪獣は。だが、地球の生命を脅かすお前を何の保証もなしに太陽系に行かせる訳にはいかない。我々5名の命を奪ったのだ。何なら最期に僕が無抵抗でこの命を捧げる。だから、これ以上先には行かないでもらえるだろうか?」
「ふざけているのか?」

 これまでさんざん自問し、回答が出せず、ようやく皇帝の手引きによって得た答えをこの巨人は阻もうとしている。彼が生きてきた意味。これからの彼そのものを否定するような申し出に、そう彼には聞こえた。ここでこの巨人の運命は決まってしまった。

「な?」

 巨人が気が付いたときにはもう何もかもが終わっていた。巨人の後ろには、その身の丈の4倍はあろうかという結晶が5つ、根元の接合部を中心として五方面に均一に開いていた。それが巨人を丸呑みにし、巨人は結晶に封印された。結晶の中では何もかもが静止していた。何もできない、何も得られない。そんな永久の、恐らく巨人の同族が発見するまで続く静止した地獄の中に彼は閉じ込めてしまえた。
結局はこの通りだ。それだけで終わってしまった。

 
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