Date of Nativity


 2

 寸刻の出来事だった。彼は皇帝が放つ光線の中にいた。何故この状況になっているのか。彼はまるで他人事かのように周囲を詮索し、現在状況の確認をする。そして、その答えが出るのに時間はかからなかった。彼の右手。そこに刻まれていたのは、深々としたそれでいてたった今できた生々しい傷だった。

「余計な手間をかけさせるな。久々にてこずったではないか」

 彼に聞かせるようにはっきりと放たれた皇帝の声。そう。自傷行為に走った彼を止めたのは他でもない皇帝だった。皇帝の影響下では、身体を自由に動かせないようだ。この場合、彼は皇帝に助けられたという事実ができてしまった。お互いそんな認識はない筈であったが、これは結果であり、彼はそれを受け入れなければならない。だが、それに対して彼が用意できる言葉など存在しないようだ。それみたことかと彼を罵倒したくもなった皇帝だが、それよりも先に言わねばならないことがあった。

「どうやら、貴様の起源は思ってた以上に危険らしいな。あそこまで露骨に自分以外の自分を許さないとは思わなかった」
「どういう意味だ?」
「貴様を成しているゴジラは知らないかもしれないが、ゴジラにはその細胞を分かち合った分身と言える怪獣がもう一つあった。その両者は互いの存在を察知し合い、そして己の限界が来るまで殺し合った。ゴジラの本能が許さなかったのかもしれないな。自分とは違う自分。あるいは、同じ細胞を持つ他者が。だが、貴様は自分に牙を向けた。それはなぜだと思う?」
「……」
「貴様がまだ貴様自信を認識できていないからだ。貴様の起源が自分の姿を認識した時に感じたのだろう。自分の細胞を持った偽物だと。この際、偽物かどうかは置いてもだ、自分以外の自分を許さないゴジラ細胞が貴様を否定したんだ。それが表す意味とは何なのか、貴様には理解できるか?」

 皇帝も、彼が言葉にできなくなっているのを承知で問い詰める。皇帝にその自覚はないが、実に意地の悪い事ではある。これが皇帝の、今彼にするべき精一杯の罵倒の一部だった。これまで彼が行ってきた戦いは無意味とまでは行かなくても、結局は彼の身勝手という結末で一旦幕が閉ざされた。戦いを繰り返してきて尚、彼が彼を一個の存在として受け入れていなかった。皇帝が彼を罵倒した裏には、そのことに内心腹を立てていたからだとも言えた。しかし、それでも皇帝は甘いと感じていた。
 本来であれば、彼は皇帝のテリトリーを荒らした謀反者に他ならない。すぐに殺さず、ここまでの温情を与えるなど、皇帝らしからぬ行動だった。何かを彼に感じているにしても、それが何なのか、皇帝にも出せる答えはなかった。

「貴様は自分でも自分を何かの偽物だと認識していた。それか、自分とは何なのか、それを自分以外に依存していたのではないか?」
「……」
「自分の起源を求めて当てのない戦いを繰り返す。そこで自らの起源を求めるのは結構。だが、今現在の自分自身を求めたことはあったのか? 今現在の自分自身を認識し、理解したことはあったのか?」
「――必要ない」

 何ということか。ここまで言い込まれた彼ならば、どうにかして自分を奮い立たせ、小さくても反論の一つ二つ来るものだと構えていた皇帝の予想になかった返答だ。そして、一番期待しなかった返答だった。何故なのか、皇帝は問い詰めるように言った。

「必要ない?」
「ああ。もう我の起源が何なのか、はっきりした。貴様の言う通り、我はまだ己を知れなさ過ぎるのかも知れない。それでもいい。いや、それしか我は知らない。カイザーギドラ。我は貴様のようにはなれない。ただ戦うことしか前に進む術を知らないんだ。だから戦ってきた。これからもそれは変わらない。それで十分だ。本物偽物がいるというのであれば解決する方法は簡単だ。そのゴジラがいなくなれば、我は完全に唯一無二の我になる事が出来る。ならばそうしよう。そうして自分自身を示そう。それだけでいい」

 胸を突かれたような思いだった。皇帝は目の前の若輩者の滑稽かつ神妙であった。思わず口元が緩む。思わず声が漏れそうになる。喉の奥から微かに漏れそうになる声。それを抑えようとする為か、小刻みに上半身が揺れる。

「どうした」
「ふ……いいじゃないか」

 どうにか抑えられた。危うく、皇帝カイザーギドラの希有な振る舞いを彼に晒すところであった。皇帝は体の動きを抑え、彼に言った。

「いいだろう。見届けてやる。私からはこれ以上何も言うまい。この先にある銀河系の端に地球がある恒星系がある。気が向いたらまた会おう。その時には、ゴジラを倒し、貴様が本当の意味で貴様になった姿を見せてみろ」
「皇帝。その時はたとえ貴様相手でも容赦しない」

 彼はその眼差しの向きを変え、飛び去って行った。後に残った皇帝の表情は、どこか期待に満ちたようだった。

 
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