Date of Nativity


 二章 皇帝

 1

 このように繰り返されているのが今の彼の戦いだった。様々な惑星人、様々な怪獣が飛び交っている宇宙で、いかに強者であることが大事か、一応彼にも理解はできていた。
 意味もなく繰り返される闘争。強者を求めて、そして散っていく。これがこの宇宙における理の一部であるなら、彼もまたその上で踊っているに過ぎない。理が用意したシナリオを回すだけの、役者としての役割だけならば、何も彼が素直にそれに従う必要はなかったのだ。彼が求めている答えからは離れていく一方のような気がしてならなかったから。
一応、現状に対する弁護をするならば、これは理による教育の一環ということにしておく事もできる。果ても無い程の年月回り続けている宇宙からすれば、この宇宙から誕生して間もない彼は、赤ん坊にも等しい存在だ。当然、この宇宙の理は是が非でも叩き込まれなければならない。その為の過程ならば、それを拒絶する事は当然適わない。当ても無く、果ての無い戦いが彼の一部になっているのだから。
 だが、これだけははっきりしていた。自分で理解し、口に出すのを躊躇うまでもない。彼はこの宇宙全体で見ても、戦闘に長けている存在。強者なのだ。
 そんな時だった。彼の前に「皇帝」が現れたのは。

「貴様が噂の新参者か。面白い逸材と聞いている」

 面白いなどというこの場においては場違いな表現で彼が評される。理由は分かっていた。そいつが放つ圧倒的なオーラを前にしながらも、彼は笑みを浮かべ、笑い声を漏らしつつ対峙しているのだ。金色に輝く身体と翼。二股の尾と三つ叉の首。そう。彼が退けた連中の中に、その話をした者がいた。数多に広がる宇宙の怪獣を統べる宇宙の皇帝。聞いた名では、カイザーギドラと呼ばれているらしいが、それと見てまず間違いないようだ。
 確か、その話をした奴は怯えていたはずだった。皇帝が放つ畏怖と敬意を混じらせながら、口にすることすら躊躇っているような素ぶりすら見せていたのを覚えている。だからこそ、皇帝を前にした時、彼はどうするのかと考え、楽しみにしていたこともあった。ならば、今彼が抱いている感情は落胆が一番近いものであるのだろう。そんな彼の心情を剥き出しに、今眼前に浮かんでいる皇帝様にぶつけるように言い放った。

「宇宙の皇帝様が何の用だ?」
「言葉遣いから教えてやらねばならないか?新参者は手を焼くと聞くからな」
「どういう意味だ」

 他の者をどこまでも見下すその佇まいは、さながら暴君と言えよう。見渡す限りだと皇帝であるにしては取り巻きの腰巾着がいないのは、王としての本分を果たすだけの人徳を得ていない何よりの証のように思えた。あるいは、暴君どころではない振る舞いが、周囲に皇帝と呼ばせながらも恐怖が先行し、関わらない方がよいという定説を練り上げたのかもしれない。
彼がそんなことを考えている間も、皇帝は続けた。

「今までに何回か私の配下が挨拶に行ったのだが、誰も戻らなかった。仕方なく私が直々に行かざるを得なかった訳だ。そのせいか、どうも教育のやり方が分からないらしい」

 一応、部下らしき怪獣はいるようだ。だが、結局彼は倒した奴のことなど既に忘却していた。もう、これ以上付き合う必要がないのは明白だった。

「ならそのままでいいのではないか? 無理をすることはない。こちらも授業料を払うつもりは毛頭無い」
「はっはっはっは。減らず口も噂のままか。これは教育でどうにかなるような症状でもないぞ」

 鼻につくような笑いを納めない皇帝に、彼は何を考えていたのだろうか。だが、今一番真っ先に出る言葉でこの場を納めようと、彼は慣れない言葉でのもがきを試みる。

「お帰り願おうか。貴様と言葉を交わしている時間ははっきり言って無駄だ」
「言うではないか。それでいいのか? 私がその気になれば、貴様などいつでも殺せるんだぞ」
「本当にそうする気なら、最初からやればいい。気に入らないから殺すというのは分からなくもないが、だからと言って話途中で殺されてもかなわない」
「度量十分。か。見事に見抜かれたか。そうだ。私は何も貴様と戦う目的で来たわけではない。新参者に骨があるやつがいるという噂を聞いてな、一目見たくなった。しかも聞くところによれば、貴様はまだ誕生して間もないらしいではないか。そんな奴がこの宇宙を戦い渡っていると聞いて興味を示すなというほうが無理に近いんでな」
「ならもう目的は達せたじゃないか。いい加減我を引き留めるのはやめてもらいたい」
「まぁ聞け。教育するのは諦めたが、年長者の話は聞いていって損はない。暫く付き合え。時間がないとは言うが、特に急いではいないのだろう?」
「……」

 何故だろう。この皇帝様からは敵意は感じない。それどころか、興味が湧いた。向こうも、彼の力は感じている部分は少なからずあるはずだ。だが、この余裕の構えが理解できなかった。どうしてここまで悠然としているのだろうか。この宇宙に生きる怪獣、知的生命体のどれを取っても、彼と対峙する事を恐れぬ者などいなかったのに。それこそが皇帝の余裕なのだろうか。自問する彼ではあるが、自答はできない。
年長者と皇帝は言った。確かに、彼がこの宇宙に生まれてからまだ時間は経っていないのは事実だ。皇帝が生きてきた年月の規模は彼の知ったことではないが、彼が若輩者だと知って言った言葉であるのは間違いない。これが、年月の差であるのかと思い知ることがようやくできた。そう理解することにした彼は、ひとまずこの皇帝の長話に耳を傾けることにした。

それからどのくらいの時間がたったのか、そんな事ばかり考えたくなるほど酷い長話だった。時間の浪費について今度はこっちからいろいろ言ってやろうかとも彼は考えた。
要約すると、この宇宙には平行する複数の次元の宇宙があるらしい。ここまでの事を説明するのにこの皇帝様は遠くに見える惑星が一回転するほどの時間を使った。

「別の宇宙には別の最強の存在がいる。怪獣ではなく知的人型生命体が皇帝を名乗っている。そんな宇宙もある」
「この宇宙では貴様が最強だと言い張るのか?随分な自信だな。その根拠は何だ?」
「私の知る限り、私に勝てる惑星人も怪獣もいない。例え何匹かかって来ようとな。だから私はそう名乗っている」
「我はいつだったか、怪獣を見下している惑星人を見た。そういう認知はまだ隅々まで行き渡っていないらしいな」
「妄言吐きが多いのもまた宇宙だ。だから多用な惑星人がそれぞれの派閥を作り、それぞれで皇帝だのキングだのを名乗るんだ。私もその中の一つだという指摘をするならばそれも然り。だが、同時に私が皇帝であることも肯定することだ。その争いが私が皇帝であることをより強固にしていくのだから」
「常に最強を自称する者同士が戦ってやまないと」
「そうだ。妄言を事実にするための戦いだ」
「十分だ。もう同じことを繰り返して言う必要はない。結局貴様は何が言いたいんだ?」

 ここでようやくこの皇帝様は、彼が長話が好きでないと理解したらしい。一瞬、表情が沈んだのが分かった。だが、そんな表情を露わにしたのは向かって左側の頭だけ。真ん中の頭はあくまでその態度を崩さなかった。

「貴様がこの宇宙最強の存在を目指すなら、倒さなければならない者は三つだ。一つは秩序の保持者達。一つは貴様自身の起源。一つ
は私だ」

 所々気になる事を口走るものだ。どこまでも知ったような事を。しかし、そんな考察をする間もなく彼が一番気になった部分があった。彼の起源。確かに皇帝はそう言った。
もしかすると、それが彼の戦闘衝動の正体であり、それを追い求めている事をこの皇帝は見通した上で言っているのか。考えるときりがない。
 自分の生い立ち。彼はこれまで本能に従って行動をしてきた。それこそが、彼が突き進み、生きて行くにあたっての道しるべだったからだ。それで十分だった。それでたどり着けると信じていた。示されたのはそれ以上に確かな存在、彼の起源となれば、無視もできなかった。

「教えろ。我の起源とは何だ」
「気になるようだな。若輩者はこれだから困る。自分に有益な情報だけに興味を持ち、こっちが与えるものには何の興味も見せない。それで我らの会話が通じるとでも思ったか」
「それの何がいけない? 余計なものはいずれ自分で廃棄するものだ。ならば初めから持たなければいい。時間に無頓着な老害だけだ。そんな小さな拘りを押し付けるのは」
「言うじゃないか。生きる道筋を本能に任せていた畜生の分際で。私のように宇宙最強の称号を目指すわけでも無くか。戯けめ。それでは知を持たぬ怪獣畜生と変わらないじゃないか。まったく。自分に知があるのが当たり前だと思っているな?」

 さすがに皇帝は引かない。彼は内心、口では絶対には勝てないと一角の敗北宣言を自らに行った。しかし、どこか釈然としない。皇帝が彼に対し敵意を見せていないのがその原因なのは明らかなのだが、分かっていて尚、掴みどころを捉えられない事が彼にとっての不安要素だった。彼が返す言葉が見つからなかった。

「まあいい。若造相手に意地の悪い事をする必要はあるまい。お前の起源。それはこの先にある恒星の近くの惑星に答えがある」
「惑星……」
「一部の者共には、地球と呼ばれる星だ。私は直接行った事は無いのだが、その星にもいるようなのだ。強者が」
「それが我の起源だとでも?」
「確証はない。だが、過去その星に行った事のあり、尚且つ貴様を見た事がある惑星人の話では、貴様にそっくりな怪獣がいるらしい。気にならないか? 一個の惑星に在る怪獣と貴様に、どんな関係があるのだろうな?」

 挑発めいた口ぶりで問いかける皇帝だったが、彼はそんな事よりも気になっていた。地球にいるという、自分と瓜二つの怪獣。
黒い巨体。目の前には巨大な翼をもつ白い影と黒い影。ぼんやりとしかその姿を捉えられないが、確かに在る記憶だ。いや、その前にもっと気にかけるべき記憶がある。金色の身体と翼を持つ三つ首の竜。二足歩行という部分以外は、皇帝を思わせる風貌だ。
戦いの記憶。それはあるはずの無い記憶であり、鮮明に刻まれている記憶だ。これは、自分の記憶であって自分ので無い。本能とも違う。食い違う記憶に彼は頭を抱えた。流れ込み、蘇った記憶にどう対応したらいいか、どう理解したらいいか、彼だけではどうにもならなくなりつつある。それを皇帝は当たり前の事かのように眺めている。

「どうした? 自分の記憶が分からないか?」
「これが……我か? 知らない。こんなに美しい惑星で戦ったことなど、我には無い筈だぞ? これが我の起源なのか?」
「貴様の起源。地球ではこう呼ばれていたらしい。思い出した事があるなら言ってみろ。貴様の起源の名は、ゴジラ」
「な!」

 もはや何も詮索する必要すらなかった。それが答えだ。ゴジラ。彼の起源の正体だ。
 彼の中で何かが変わった。本能、起源。それが自分を蝕んで行く。憎しみ。怒り。そんな動物的本能が強すぎる。しかし、何よりも異常なのは、本当に倒すべきは、自分の紛い物である自分自身だという意識の発生だろう。彼は自分の手を薄れていく意識の中で注目しながら自我の保持を務めた。両手が震える。体の自由が利かない。精一杯の抵抗と自傷行為が鎬を削る。でももう限界だ。彼は自らの右手首に噛み付き、引き千切ろうとまでした。

「起源に飲み込まれたか。だから若輩者だというのだ」

 
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