Date of Nativity


 2

 この戦いに挑んだことは間違いだっただろうか。話が違う。確かにある程度の実力がある相手だと聞いていたが、今俺が感じたこの威圧感。そんな。同族の中でも豪傑と呼ばれていた俺が圧倒されるかもしれない。そんな事実受け入れられるはずがない。

「や……やるじゃないか」

 自分でも嫌になるほど余裕が全くない、明らかに恐怖で震えてしまった声で俺はそう言った。

「どこでやるんだ。早く連れて行け」

 表情を変えずにこいつは返しやがった。俺がどういう心境下にあるのかわかって言っているのは間違いない。でなければ、ここまで感情を殺して言い放てるだろうか。冷たかった。とにかく、奴を取り巻く全てが極寒の感覚を俺に突き刺してきた。あるいは、奴の全身、背中から両足を覆い尽くしている結晶がそう感じさせているのだろうか。
 一つ一つが大きく、きれいな三角錐を成している。それが奴の身体から放射状に延びている。どれだけで奴の本体の3倍以上の大きさがある。奴を見つめる俺の視界は必然的に半分以上が白銀に覆われるのだ。視界の支配によって得る感覚は奴に支配された間隔のような気がして気味が悪かった。この結晶の虜になってはいけない。少なくとも俺はそう判断した。

「ああ、こっちに来い」

 俺は予定通りの位置に奴を連れていく。俺が進むと奴は以外にも素直についてくる。これは好都合だった。予定の場所にはもう一人の仲間と配下にしている双子怪獣を待機させてある。これは俺の保険であり、罠だ。さすがに4対1で勝ったなんて情報はない。
そして間もなく、俺と奴は予定のエリアに到着した。この惑星はというと、表面には何もない、岩石の山が延々と続くだけの寂しい風景の星だ。俺たちの奇襲戦法には丁度いい惑星でもある。俺が最初に降り立ち、向かってくる奴を待ち構える。

「さあ降りて来い! ここで勝負だ」
「フン」

 様子が変わった。奴の背中を覆っていた結晶がまばゆい光に変わり、その奥から足と長い尻尾が現れた。光は奴の背の突起に吸い込まれるように消えた。それは背びれだった。そして、奴が今見せている姿が怪獣としてのあるべき姿なのだろう。特徴的なのは、両肩から延びる結晶だ。それはどうするわけでもなく奴の身体の一部なのだ。
 奴は結晶体を内包した。では、結局のところ奴が内包したエネルギーはどれほどのものに変わったのだろうか。奴が飛行形態からの変化を終え、着地する。その衝撃だけで惑星全体が大きく揺れた。岩山以外は何もない軽い星だからかもしれないが、一個の惑星を揺らすのだ。半端なことではない。
 いや、何圧倒されたままでいるんだ俺は。これまで幾多の怪獣や惑星人を仕留めてきた俺が負けるはずがない。こんなの気のせいに違いない。とにかく、俺が受けた威圧感を倍以上にして返してやる。相手の士気を削いでしまえば、数で勝る俺らが負けるはずがない。

「さて。始めようか」
「ああ。そうだな。貴様を倒せば少しは俺の名前もさらに上がるというものだ。その肥やしになってもらうぜ」

 手筈通りだ。俺の挑発に奴の注意を向けさせる。奴は俺との距離を一歩一歩大きく踏み込んで近づける。俺には見えている。その背後には岩陰から姿を現した俺の相棒がいて、右手の槍を奴に向けている。奴とは対照的に、じりじりと音を立てずに間を詰める。
攻撃のタイミングは任せていた。だが、相棒の攻撃タイミングは少し早かった。一歩、そして二歩踏み込まなければ槍が届かない場所で左足を強く踏み込んだ。右足を着いて二回目の踏み込みで槍の狙いを奴の喉に定めた。その余計な時間の間に、奴が反撃、いや迎撃するとは相棒は考えていなかった。

「ぐおっ!」

 肉が裂け、骨が折れる音は響いた。相棒の腹には奴の尻尾が突き刺さって、いや突き破っていた。奴の尻尾の先端にも結晶体があった。尻尾を突き立てればどんなものでも突き破ってしまうような鋭さを誇っているその尻尾の威力は今この瞬間に証明されてしまったということになる。奴は尻尾を引き抜きその先端部を俺に向けた。尻尾に付いていた相棒の血が俺に振り付けられる。

「遅かったな」
「ぐっ……この! レッドギラス! ブラックギラス! 来い!」

 俺の合図と共に、また地面が大きく揺れだした。この惑星を揺らせるのは何も奴だけではない。地面が割れ、岩石の屑が宙を舞う。割れ目の中は岩石の屑を砂が暗闇の中を舞って、回っていたので何がどうなっているのか確認できる状態ではない。その中から赤く巨大な腕と黒く巨大な腕が伸び、地面を掴んだ。這い上がる巨体の頭頂部と背中には大きな角がある。双子怪獣の特徴だ。マグマ星人が配下にしている怪獣レッドギラスとブラックギラス。そいつらが今、奴の正面に全貌を露わにした。

「さあ行け!」

 双子怪獣を使った基本戦法は実に単純だ。双子が優位に立った時俺は初めて刃を向ける。
しばらくは高みの見物だ。
 俺の命令で奴に一斉に向かった双子共。先陣をっ切ったのはブラックギラスだった。拳を硬く握りしめ、奴に向かって左側から攻める。奴の右わき腹を狙って一発殴った。その時、何かが割れるような音がした。ブラックギラスには何も変わったところはない。今の音は結晶は砕けたような音に近かった。
ブラックギラスが後ずさりする。対して奴は攻撃を受けて弱った様子などどこにもない。
が、その時俺ははっきり見た。奴の脇腹、今ブラックギラスが攻撃した場所に新しい結晶体が生えている。いや、そう見えた。それは俺の視界に入ってすぐに消えた。あれはバリアーだ。
 これしきの事で怯む双子ではない。次はレッドギラスが先に出た。続けてブラックギラス。奴を左右から挟むように向かった。
瞬間だった。奴が双子に向かって手を伸ばすと、双子の身体がふわりと浮かび上がった。と思っている間に突き飛ばされ岩山に叩き付けられた。今度は念力波を使ったようだ。怪獣のくせに生意気な。

「惑星圏では思ったよりエネルギー消費が激しい。始末屋。そっちが自分の戦力を存分に使うのであればこっちもそうさせてもらう」

 奴はそう言い放ち、そして右足を大きく上げて、これまた星を揺るがしそうな勢いで踏み込んだ。
まただ。また地面が大きく揺れた。地面が割れてまた何か出てくるのか。答えは結晶だった。奴の結晶が俺たちを覆い尽くすように次々に延びていく。さながら結晶の牢獄ともいえる空間を今奴は作り上げているのだ。単体の怪獣が、自分の力だけで。俺の見える範囲は全て結晶の生える山となった。この牢獄に囚われ、その中にいるからだろうか。空気というか、空間そのものが変わったような気がした。岩の色はいつの間にか白く染まり、結晶から出ているらしい白い靄がかかっている。

「これが貴様の戦力か?」

 俺が質問すると、奴は答えた。俺たちを、まるで哀れむかのように見つめて。

「安心しろ。考える間もなく終わる」

 奴は自分の身体を浮かび上がらせた。その動きに連動するように浮かび上がっていく結晶もあった。そして、奴の口から放たれた光線がレッドギラスの胸に命中した。直線ではない、不可思議な軌道だった。奴に対し、真横を向いていたレッドギラスの胸に当てるのだ。光線の爆発はレッドギラスの上半身を吹き飛ばした。倒れたレッドギラスは衝撃のショックからまだ我を戻せていない。悶々としながら地面の上で体を左右に大きく動かしている。
レッドギラスに目を奪われたブラックギラスを奴の尻尾が襲った。空中で体を横に回転させて、鞭のように尻尾を動かし、ブラックギラスの頭に叩き付けた。その衝撃でブラックギラスは倒れる。ブラックギラスもまた、頭を大きく揺さぶられ、直立できないようでなかなか起き上がらない。
倒れている双子に、浮遊している結晶の先端部分が向いた。それは、奴の死刑宣告だった。奴が地面に再び降り立った瞬間、全ての結晶が双子怪獣に降り注がれた。結晶の先端が双子の身体に突き刺さり、当の結晶は爆発四散する。そんなことが何十も繰り返される。それでも尚聞こえる双子の悲鳴。嫌だった。これ以上戦うのも、これ以上攻撃を受けるのも。これ以上負ける姿を晒し続けるのも。これ以上ここにいるのも。俺の視界にあいつを入れるのも。俺の記憶にあいつを留まらせるのも。
 双子の悲鳴と爆発が収まった。奴は数本の結晶はまだ地面に残したままだった。残った結晶の先端から稲妻状のエネルギーが奴の両肩に送られるのが見えたが、そんな事はもうどうでもよかった。ただ許せなかった。このマグマ星人をここまで追い詰めたこいつが。怪獣を配下にして戦ってきた俺たちが、怪獣に負けるという事実が。俺は今の俺の思いをすべて吐き出しながら、奴に槍を向けて最期の悪あがきをしてみせた。

「この怪獣風情があああああああ!」

 もうどうにでもなった。最後に俺は奴の放った光線を喰らい、吹き飛ばされて倒れた。奴は俺の意識が、俺の命がなくなるまで何度も何度も光線を浴びせ続けた。

 
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