見えざる侵略




私の名前はアリーン•ラインベルガー。合衆国陸軍の大隊長を務める中佐である。



某都市防衛戦。第三次防衛線中衛担当。作戦時、部隊は壊滅。部下や兵器を失い司令部との連絡も絶たれた。残存する兵士は防衛線を放棄。奴等から逃れるため徒歩で走る。



当初の目的だった都市の防衛、奴等の殲滅は絶望的。
やがて全てが滅びる前に、生き残る者がいると信じて、この手帳に一連の記録を書き記そうと思う。



あれは、2週間前の深夜だった。



2355時。今年一番の最低気温を記録したその夜、奴等は隕石に乗って飛来した。
奴等の隕石は森林地帯に落下。NASAから予め警告を受けていた私は、被害調査の為にNBC(核、生物、化学)に特化した部隊を率い、落下地点へ急行した。



山道を車輌で進行していくも、その道程は険しくなり、次第に車輌では通行できない道に差し掛かった。
兵士は仕方なく車輌から降車し、機材を抱えて山を進む。
積雪が行軍の若干の障害になりながらも、特に滞りなく迅速に到着した部隊だがその報告は、耳を疑うものだった。
衝撃波による隕石落下の痕跡はあるものの、残骸が見当たらないらしい。信じがたいが、隕石が地表に落下する際、本体に制動がかかった痕跡があると言うのだ。
結局、隕石の本体はおろか、欠片さえ見つけられないまま引き上げた。



その道中、部隊は緑に輝くオーロラ
を目撃する。オーロラは軍民間問わず付近一帯の人間が目撃しており、それがこれから起こる戦いの予兆だと、誰も予想しなかっただろう。



異変が起きたのは、それから3日後。



都市郊外の倉庫地帯にて、某企業資本のシリコンが盗難。その数、4トン。また、その際に居合わせた警備団員9名が惨殺。遺体の死因は大量失血。しかも死亡した後も傷めつけられた痕跡があり、オーバーキルが認められている。



あれだけの量を一晩にして持ち運ぶなど人間業ではない。倉庫は重機のようなもので突き破られており、所々荒らされた後があった。マスコミはその大胆な手口から今世紀最大の強盗殺人事件として世界中に報道した。規模が規模だけに警察も総力を挙げて捜査したが、指紋はおろか人間の痕跡すら見つけられなかった。



その時から、一部の軍関係者の間で不穏な噂が飛び交い始めた。
隕石に潜んでいたエイリアンが警備団員を殺害しシリコンを捕食している。
最初はB級映画の見過ぎだと一笑に伏していたが、直に裏付ける現象が起きる。



それから2日後。都市部地下鉄構内や地下駐車場において、高濃度の酸素が噴出。それにより駅員や乗客を含む706名に中毒症状が発症した。
しかし、実際に病院へ搬送された人数はそれを遥かに上回っていた。というのも、倒れた民間人と救助に入った警察やレスキュー隊は甲殻類に似た未確認生物に襲われたのだ。生存したのは一部のみで、死因のほとんどは未確認生物による外傷であった。
また、未確認生物の出現に関連するかのように巨大植物が発芽。花を咲かせる。その高さ数十メートル。



参謀本部は直ちに未確認生物の排除と巨大植物の破壊を命令。生物学者が口出しをしてきたがこれを跳ね除け軍を派遣する。



近隣住民の避難や重要物資に移動を完了してから爆撃機で焼夷弾を投下する作戦であった。私も現地へ支援に赴いたが、現場は謎の通信障害で統制に支障が出ていた。発光信号や信号弾で部隊間でコミュニケーションを取るがどうしてもタイムラグがあるのだ。



退避や避難誘導が思いの外時間がかかり、次第に日は暮れた。爆破まであと数十分。全員が息を呑んでいる中、私はまた緑のオーロラを目撃する。特に根拠はないが、時間がないのかもしれないと直感で感じたのと
、爆撃機が到着したのは同時だった。



司令部は早速爆撃機に空爆を要請した。一帯に充満している酸素を利用すれば、草体の爆破は容易だと判断したからだ。そしてあわよくば未確認生物ごと巻き添えにできればとも思っていた。
司令部が信号弾で通信障害圏外にいる部隊に爆撃の意思を伝えると、それを中継して爆撃機に指示を出させる。



結果は成功。植物は爆発四散し、地下の未確認生物は爆風に呑み込まれる。その時から通信回線が復旧し、
部隊は統制を取り戻した。



だが一息着くには早かった。



巨大植物の破壊に呼応するかのように未確認生物の群勢が地下から地上に湧いて出てきたのだ。直ちに待機させていた戦車他戦闘車輌に迎撃させるも、数で勝る未確認生物は車輌に群がり圧倒していく。通信回線は再び機能しなくなり、私は予備の信号弾で撤退を命令した。



その後をよく覚えている者はいない。
結果だけ言うと前線にいたほとんどの兵士が逃げ切れず犠牲になった。
いち早く車輌を放棄して逃げ出した兵士も残らず仕留められ、逃げ延びたのは後方にいた指揮車と支援部隊だけであった。
唯一覚えているのは、撤退する車中で狼狽する副官がうわ言のように聖書の単語を何度も呟いていた事だ。



レギオンと。



後の報告で知ったことなのだが、我々が撤退した後に地下から未確認生物の大型種が姿を現し、翅で飛行して逃亡。衛星で事態を確認した参謀本部は直ちに戦闘機にスクランブルをかけたが会敵する前に地底へ潜伏した。



索敵する軍は地中を潜行する大型種
を感知。予想進路には、かの大都市が想定されており、防衛作戦の実施は必至だった。参謀本部は陸、海、空軍に出動を命令。何重にも防衛線を構築する。
結局その生態や行動パターンなどの詳細は解明できないまま、第一次防衛線の戦車大隊と爆撃機編隊が攻撃を開始した。
砲弾が炸裂するも効果はなく、ミサイルに至っては軌道が湾曲され大型まで到達しない結果となった。
対する大型は頭部の大角が左右に展開、内部が露出したかと思うと青白い光線を放出、戦車大隊は一掃され蒸発。難なく突破を許してしまう。



続く第二次防衛線には27分後に到達した。腹部の卵巣のような器官から小型種の大群が生み出され、車輌や攻撃ヘリに群がる。これが攻撃開始前の出来事の為、今度は一撃すら与えられず大型の突破を許してしまう。



36分後、第三次防衛線に到達。
この時点で先に到達した小型は前衛と交戦、対空砲と高射砲で迎撃したが5匹のうち1匹が弾幕をすり抜けてしまう。それでも後衛が最後の砦となりなんとか侵攻を阻止していた。
大型は有線誘導の対戦車ミサイル、爆撃機の無誘導爆弾の投下によって頭部の角を破壊。ここにきて初めて戦果を挙げた瞬間だった。さらに爆撃機で爆弾の嵐を浴びせる。



誰もが撃破という希望を持って見守る中、爆煙が晴れるとそこにいたのは佇む大型だった。見ようには機能を停止しているようだったが、眼が赤く発光したかと思うと露出した内部から発生させる光鞭で反撃。素早く不規則に振り回される光鞭は地上部隊を薙ぎ払い、上空を飛行していた爆撃機をも捉え墜落に追い込んだ。それでも攻撃を続ける勇猛な部隊もいたが、その時点で戦線を放棄して逃亡する部隊も多く、私も戦線を放棄し逃亡、冒頭の状況に至る。




誰か。無駄だと分かっていても、誰かにこの手帳を見つけて欲しいと願い、私は無線のチャンネルを開く。
他に生き残った部隊はいないか、民間人でも良い。私を、この手帳だけでも見つけてくれるという僅かな希望を信じて。



生き延びる者へ。どうかこの記録を目にしたら、包み隠さず後世に語り継いで欲しい。奴等、レギオンが、どうやって大国を侵略していっーーー



「!」



小型に見つかった。こちらを胴体中央にあるその大きな眼で、私を見ている。パニックで足がもつれて転倒した私に、肉薄する小型。爪を突き立てて襲いかかる。



「ぐっ・・・!」



かわしきれなくなった爪が私の左肩に刺さる。貫通しそうだ。痛い。意識が朦朧としていくも、今間近にいる常識の通じない未知の生物に恐怖した。その衝動が、感情が、自動小銃を手にさせる。



「うぁぁぁぁああああ!」



銃爪を人差し指で何度も引き、弾丸を小型に浴びせる。弾が切れて我に帰ると、目の前には依然として無傷の小型が、残りの爪を私に振り下ろそうとしているのが見えた。











十数時間後、再び発芽した巨大植物が爆発。その際の凄まじい爆風が何もかもを巻き込んでいき、やがてアリーンの遺体を含む全てを呑み込んだ。





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