始まりの怪獣
「え〜、ニジカガチは完全には倒せません。時を経て回復すれば再び召還することは可能です。その時のコストや、敵か味方かはその人次第ですがね。それと首謀者の素性ですがーーー」
事件収束。首謀者は倒され、ニジカガチも倒された。翌日には関係各所を視解したクーガーの補足説明が有志の爾落人達に語られる。軍事行動でいうデブリーフィングといったところだ。
「ーーー幻視は間違いなく上級レベルの能力です。幻視は視解や捕捉のように常時発動型。周りに幻視させ続ける故に、誰にも自分自身を認識されない。その孤独さが招いた破滅願望。計画通りニジカガチが世界を滅ぼしてよし、阻止に来た誰かに殺されてもよし。首謀者にとってはどちらに転んでも良かったようですね」
「幻視を止めさせる手段ならいくらでもあるだろう。今時「G」封じの手段なんて昔より多いだろうにな」
「アイデンティティーを封じてまで自分を認めてもらうのは選択肢になかったのでしょう。かと言って愚行に走る理由にはなりませんが」
「結果、今回は国が一つ滅びかけましたしね」
「周りに一人でも理解者がいれば起きない事件だった、そうかもしれないわね…」
一同は事件の根本の原因や首謀者の素性、関連するニジカガチの情報をクーガーから洗い出して一樹が記録にまとめる。もう何回ともやっているが毎回違う事件が起きてはその動機に驚いてばかりだ。自然発生の脅威的な「G」を倒すだけならまだ楽だが、今回のように背後に黒幕がいる事件は人手を分散させる分厄介だった。
「さて、いつもならここで解散するところだけど…」
今回集まった各々には元々の生活があり、いつもなら世莉が転移で送迎する。というのも、定住する者もいれば旅を続ける者がいるからだ。その誰もが大規模な事件が起きては都度集まる世直し集団と化している。勃発後に駆けつける水戸黄門。メンバーに変化はあれど今回の面子が毎回参加の有志だ。
「ジャックさん、それはちゃんとした人に預けましょう!」
「これをアンタが持ってりゃ大惨事だろうがぁ!」
首謀者から押収した腕輪を掲げる男。装着こそしてないが、取り返そうと手を伸ばす瀬上と凌の手をのらりくらりと躱していく。その姿はいわゆるカボチャ男。カボチャの中身をくり抜いてツリ目とギザギザの口を彫った、ハロウィンのコスプレで真っ先にイメージするあの格好だ。
「人聞きの悪いことを言いなさんな。別に俺が持っとくだけだから使うことはない。…多分な」
ジャック・オ・レンジ。先日もレールガン待機の瀬上にくっついていた男、爾落人。有志参戦者の中で貢献度は低いが美味しいところを持っていこうとする。目の前の手柄にすぐ飛びつくかと思えば、数手先を読んだ行動を咄嗟に思いつける食えない人物だ。瀬上は奇抜なファッションを込みで、彼をずる賢いパレッタと評している。たぶん悪口ではない。
「分かってる分かってる。二人とも俺が邪な心を持ってると思っている。だからニジカガチには相応しくない。そうだな?」
「はい」
「当たり前だろ」
「二人とも即答は心外だぞ。まぁそこでだ。邪な心を持たないこの俺が提案するプロジェクトがある。まずは話を聞いてくれ」
瀬上は菜奈美にジャックの時間を止めろと目配せするが彼女は肩をすくめるだけだった。ジャックは先に話を通していたらしい。こういう取引を用いた立ち回りは敵いそうにない。
「ほらミス・四ノ宮」
「……」
「ほら」
ジャックは世莉に促すが、世莉は無視を決め込む。ジャックは再び身振りを加えて何かの転移を促すが、さらに知らん顔だ。プレゼンの出鼻を挫かれ、今度はわざとらしく咳払い。最終的には菜奈美を通じて世莉に指示を出した。
「あっ……」
「ん?……」
現れたのは「船」だった。事情を知らない者、瀬上と凌の二人だけが驚きの声をあげる。部外者は二人だけだった事実に両者が互いを憐れむように見つめ合った。
「諸君、定期的に起こる大事件。実に痛ましいことだと思う。なぜこんなことが起こるのか。理由は簡単、悪党が世界中にいるからだ。そこで、これからは大事件が起こる前に予防する。悪党だけじゃない、有害な「G」も兆候があれば倒す。つまり皆あの船で世界を廻って悪の芽を摘むんだ。二人ともお分かり?」
「まぁ、事件を未然に防ぐに越した事がないのは事実だが…」
「皆普段の生活もあるし…。第一、その腕輪を自分が欲しいために世直し旅を計画するっていうのも邪な気がするし」
「そこはあれだ。ジャックが道を踏み外したらいつでも腕輪を取り上げろってことだろ?」
過剰に頷くジャック。心にもないのは目に見えている。瀬上は左手に少しだけ電撃を纏わせて牽制し、バチバチと照らされるジャックの顔。しかし外付けのポーカーフェイスはその表情を読み取らせてはくれない。
「ったく…」
確かに事件の都度集まるのも手間だし、必ず後手になってしまいある程度の被害も出る。事件を予防できればそれに越したことはないのだが、個性派集団で旅をするのはどういうものだろうか。
「……」
「……」
あながち世のためになっている提案が癪なのか、何か言い返そうと思慮する凌と瀬上。それを察知したジャックは勢いで丸め込む。攻め時を弁えている。適任は彼女だ。
「実は船の名前も決めてある。想造者兼機関整備長のパレッタ!あとはよろしく」
「はいはーい!」
パレッタは「船」の甲板から身を乗り出して現れた。外観は船体とメーンセールが白の帆船だがそのサイズは巨大だった。長期間の航海と集団生活を前提にしているからだ。そしてぱっと見で武装を積んでいるかは判別できない。メンバーからして武器は必要最低限でいいとの判断か、威圧的なデザインは旅をする上で周りを警戒させてしまうという配慮だろう。そしてパレッタは大仰な肩書きを与えられて気が大きいのか、いつにも増して元気がいい。彼女は人差し指を天高く掲げて高らかに宣言した。
「この子の名前はね…日本丸よ!」
fin