始まりの怪獣



転移で飛んだ先は強烈な暴風雨だった。ここは住宅街。台風の目を抜けて僅か数メートルのところだが、既に別世界と化していた。住民の避難は完了しているが、暴風雨に晒され続けた建物は崩落が始まり、水没箇所やひっくり返った車輌も多い。今は昼間で視界が良好なだけあってその惨状は目に見えて悪かった。ニジカガチの移動速度が遅いせいもあって街の被害は甚大だ。


「酷いな」
「世莉、結界を」


舞台は最悪な中で世莉、ハイダ、八重樫、凌の四人が臨戦態勢で降り立つ。一瞬だけ雨水を吸った衣類が瞬く間に身体を重くするが、並の爾落人相手なら戦力に不足はない。人手をニジカガチに取られたのもあるが。


「手元が狂いやすい。同士討ちに気をつけろ」


八重樫は小銃サイズの対「G」向けレールガンをスリングの背面掛けで固定した。結界で雨風を凌ぐとはいえ想定以上の突風に使用は諦めたようだ。


「敵は近いのか?」
「すぐそこだ」


一同は八重樫の先導で移動する。捕捉では首謀者以外の人物がいないのは分かっていたが、他三人は三方向からの警戒を目視で行った。それも数ブロック走った先の丁字路に到達した時点で終わりだった。


「9時だ。目視できる」
「見つけた。行くぞ」
「風上に出ろ」
「分かってる」


遠目からだが四人ともが首謀者らしき人物を高台に確認した。現代でもよく見る屋根付きのテーブルとベンチ。そこは進行するニジカガチを一望できる絶好の場所だ。八重樫が腰のホルスターから電磁拳銃を抜きとるのが合図かのように、世莉は皆を転移させて首謀者を風上から扇状に包囲した。


「お前は!」
「なんで…」


一同は言葉を失った。そこにいたのは長身、黒髪長髪の男。丈の割れた黒いロングコート。それだけならありふれた特徴だ。露出する顔以外の全身を黒で包むが故、強烈な印象を残す赤い眼。見間違えるはずのない、殺ス者だった。声は聞こえなかったが常に余裕を見せる引き笑い。固まる世莉とハイダ。雨でずぶ濡れの肌が一瞬で冷や汗に変わった。


「!」


八重樫が発砲。一同に喝を入れるべく先陣を切ったか。瞬間、全員が転移してレリックから距離をとっていた。レリックの視界から消えるくらい遠くへ。台風の目圏内であったが殺ス者の近くよりかはニジカガチ寄りの方がマシだという世莉の判断だった。


「死にたいのか!レリックに銃なんて効くはずがない!」
「……」
「レリック?」
「何でレリックが出てくるの?」


世莉が見たことのない剣幕でまくし立て、ハイダは俯く。恐れていた事態。最悪。復活。この状況を言葉で表しきれない二人。一方で八重樫と凌は冷静だったが、それが余計に世莉の感情を逆撫でした。


「お前には奴が見えなかったのか!」
「落ち着け。首謀者は恐らく精神攻撃系の能力だろう。皆何が見えた?」
「…私もレリックです」
「俺は瀬上に見えました」


レリックというワードが出てきた事に、逆に凌と八重樫は安堵した様子だった。同時に仮説も立てられる。レリックの登場はあからさますぎだ。


「恐らく各人にとって恐れる者を見せるんだろう。幻視の爾落人といったところか」
「幻視…」
「思念と同系統でしたか。私としたことが不覚でした」
「別の問題があるぞ。誰か例の腕輪を見た者はいるか?」
「いえ…」


世莉とハイダが安堵したのも束の間、全員が首を横に振った。これが意味するものは、首謀者はそれぞれが記憶する人物の「全身」を再現していること。その問題点を見抜く。


「どうやら奴は顔だけでなく全身を幻視させるらしいな」
「それじゃあ奴が何か装備していても見えないと?」
「あぁ。現に腕輪はどちらの腕に着けているか分からない。それにさっきの銃撃は当たっていたとしても防弾の準備があれば大した怪我ではないはずだ。ハイダ」
「すいません。痛いなら痛いと読み取れるのですが…」


敵の思う壺だった。動揺していた二人のパフォーマンスに支障が出ては首謀者の確保が怪しい。八重樫は一抹の不安に駆られて凌を一瞥するが、イマイチ身が入っていない様子だ。


「落ち着け。レリックはもういない。瀬上も味方だ。皆いいな?」
「…分かってる」
「はい」
「ハイダ、皆に幻視を抑える暗示をかけろ。四ノ宮、次に奴に追いついたら結界で俺達ごと包囲、奴の両腕を転移で捥げ。切り離した腕から俺と東條が手探りで腕輪を探す」
「反撃の可能性は?幻視の能力という前提が間違ってるかもしれないだろう」
「そうだな。捥いだ後は奴を結界で隔離しておけ」


八重樫は背面の電磁小銃をスリングで自分の正面まで手繰り寄せた。対人相手ではやや過剰な武器だが、次も必要なら発砲する構えだ。先程世莉が指摘した通り、幻視という前提が間違っていて暗示の効果がなかった場合の保険だった。


「急ぐぞ。奴は北東へ移動している」


首謀者は走って逃げていた。風であらゆる乗り物が使えないのはお互い様だが、転移のアドバンテージは何にも勝るものだ。何の後ろ盾もない首謀者は偶然にも世莉達から遠ざかっていたが、四人は再度転移で立ち塞がった。首謀者は驚いて転倒するも、すぐに立ち上がる。ここでおかしい事に気づいた。雨風なく立てたかと思えば、四人と共に巨大な結界に閉じ込められていたのだ。


「……」


結界の内部は薄暗かったが視界は良好だ。それは首謀者から見ても同じことだが、能力や武器による攻撃の素振りはない。しかし先制攻撃すべき世莉のアクションがなかった。


「桐哉…?」
「綾さん…」
「…ジャンヌ」
「……」


今度ばかりは八重樫も攻撃を躊躇った。立射姿勢、電磁小銃のホロスコープ越しに映る人物。首謀者は対策されるのを見越して幻視させる条件を変えてきたか。今度は各人にとって攻撃しにくい者を幻視させてるのだろう。心理戦には慣れているようだが逃げ場はない。詰みの状況に開き直り、一人だけ武器を持っている八重樫へ突撃してくる首謀者。


「俺は撃つぞ」


周りから邪魔が入らないよう警告する以前に、八重樫も自分に言い聞かせているようだった。八重樫は人差し指を絞ったと同時に、結界内がマズルフラッシュで照らされた。
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