始まりの怪獣



晴天。

いや、晴天なのはある怪獣を中心にした半径10kmだけで、それより外は暴風雨に見舞われいた。台風の目の中心でゆっくり歩を進めるのは、ウミウシの触角に酷似した兜で頭部を覆う二足歩行型怪獣。全身も鎧のような装甲に覆われ、先端が剣になっている強靭な尻尾。体色はグレーがベースだが時折オレンジや赤の暖色に包まれ、禍々しく不気味な印象だった。まるでこの世の終わりかのような世界から隔絶された晴天が、怪獣を神々しく照らす。


「ニジカガチ、毎時4kmで移動中。変わらず中心の安全圏も追従。でも暴風雨は酷くなってますよ!」


古来より神話として語り継がれる「G」。「乾いた土地に恵みの雨をもたらす空の主」と伝えられる一方で、「心に邪な気持ちがあると、嵐を呼び全てを奪い去る災厄をもたらす荒神となる」とも言われている。その逸話を知らずとも、ただそこにいるだけ、何もしないだけでも存在感を示す。


「私達は首謀者を追う!」


その封印を解いた首謀者が邪な心の持ち主だったのだ。いや、邪な企てがあったからニジカガチの封印を解いたのだろう。首謀者がニジカガチの制御装置、四神でいう勾玉の役割を持つ腕輪を持っていると確認した彼らは、首謀者の確保、ニジカガチの進行阻止と二手に別れて行動しているところだ。


「首謀者の狙いは文明のリセット。地球全体を文字通り洗い流すことだ。会敵次第殺すつもりでいけ」


今この地で何世紀に一度の文明崩壊が迫ろうとしているのだ。ニジカガチに対し、当局の航空部隊は周囲の暴風雨で接近できず白兵戦を余儀なくされていた。だが当局が保有するロボット兵器では太刀打ちできない。そうくれば頼まれずとも駆けつけるのが菜奈美以下、九人の有志の爾落人だったのだ。


「作戦は聞いてたわね。ニジカガチに破壊光線を撃たせるために手数で攻めるの。いい?」
「まっかせて!」
『御覚悟ォ召サレヨォ!イザッ!』


ニジカガチと交戦を開始した喋る巨大ロボはパレッタが想造したものだ。


『ヒトダマ大車輪ン!』


黒い鎧武者をベースに「歌舞伎」を擬人化させたような純和風巨大人型カラクリロボット。メカムサシン。


『フジヤマ斬波ァー!』


武器としては和傘と日本刀を装備する。歌舞伎役者の隈取を顔面に施し、時折無駄な動作を挟んでは本物の歌舞伎役者の真似をしている。


『おぼろ突きィィ!』


その奇天烈なビジュアルと必殺技には誰も触れなかった。要求した水準の仕事をこなしていたのだから。


「さぁ瀬上君。出番は近いぞ」
「アンタもあれには無視かよ…」


多様な連続攻撃に晒されたニジカガチ。装甲を抜いてくるダメージではなかったようだが、メカムサシンは賢かった。左脚の付け根、関節を狙って攻撃を仕掛けたようだ。これには危機感を抱いたらしく、ニジカガチはその特徴的な兜を後立角として展開させる。すると瞳孔が横長な両目と、極彩色で彩る巨大な頭骨が露わになる。とても信仰対象とは言い難い凶悪な面構えだった。


「あれが…畏れ、敬うべきもの?」


菜奈美の問いかけを肯定するかのように、ニジカガチは高めの声質で吠える。それもまた凄まじく威圧的で、そして眉間のクリスタルが七色に輝く。自分を信仰してきた人類に対して敵意を見せる、明らかなエネルギーの放出態勢。クーガーは視解の情報を確認するまでもなく叫んだ。


「来ますよ!パレッタさん!」
『ウキヨ〜防壁ィ!』


クリスタルから放たれた極太の破壊光線、いわばニジカガチから生み出される直線の虹。対して、巨大な浮世絵のホログラムを浮かび上がらせてバリアとする構えのメカムサシン。互いの矛と盾が激突し、周囲の建造物を衝撃波で吹き飛ばしながらせめぎ合う。


「がんばってー!ムサシちゃん!」


攻防はメカムサシンの辛勝だった。ホログラムが乱れていく浮世絵だったが、先に破壊光線の先細りが始まる。ホログラムもいつ消えるか分からなかったが、光線の虹色が枯れていくのに反比例して浮世絵は安定を取り戻した。やがて光線は浮世絵に吸い込まれて収束し、メカムサシンは勝利の笑い声をあげる。


『ケェ〜ラケラケラケラケラケラ!』


これだけで終わるニジカガチではない。破壊光線でダメなら接近戦だ。この判断に思考はない。次の手を淡々と打つべく行動に移すことができる。だが一瞬、ほんの少しだけ隙ができた。破壊光線で放出させすぎたエネルギー不足が招く一瞬の「間」。


「コウさんも出番です」
「さぁ御目見だぞ。やってくれ」
「耳元で囁くな!」


狙い通り。ニジカガチの弱点であるクリスタルを一点狙撃する本命として待機していた瀬上は、レールガンを発射した。精密な操作かつ、パチンコ玉数十個を一塊に撃ったのは初めてだったが難なく着弾。弱点でありながら最高の硬度を誇るクリスタルは粉々と化す。


「っしゃあ!こちとらクレプラキスタンで経験済みなんだよ!」


ガッツポーズを取る瀬上だったが、余韻に浸る間もなくうずくまった。脳が揺れるくらいの、ニジカガチの悲鳴で大気が揺れたからだ。まるで音響兵器の如く。さらにニジカガチの額からは流血のように虹が溢れ出てきた。その光景に勝利を確信した瞬間だった。今度は怨嗟籠める低い咆哮と共に、流血の虹は自身の身長と同程度の直径を誇る巨大光輪へと形を変える。


「よく見ろ。様子がおかしい…」


それは半月状の七枚のプレートから成る七色の光輪だった。流血の治まったニジカガチはレールガンの飛んできた射線軸、つまりは瀬上達が潜伏するビルの屋上を見た。焦点の合わない目だが、しっかりとこちらを睨みつけているのが分かる。


「こっち見てるよな?」
「オレ目ぇ合ってんだけど…」
「来ますよ!」


ニジカガチは頭部を振りかぶった。一方で生成した光輪もその軌道に連動するように動き、頭部を振り切ると同時に光輪はその方向へ飛んでいく。瀬上のいるビルへ。


『待タレヨォ!!』


光輪の弾道を弾くべく、メカムサシンが刀を突き出しながら走るがニジカガチに阻まれた。先端、すなわち剣先で斬りつけるようにぶん回されたニジカガチの尻尾に脚を取られたからだ。そして光輪は丸鋸のように回転しながら射線軸の建造物を両断、しかしスピードを殺さず一直線に瀬上を目指していく。ニジカガチの怨嗟は、今この瞬間瀬上が一手に引き受けていた。


「菜奈美ぃ!」


今度は瀬上が悲鳴を上げた。


「っと!」


ビルの目前でピタリと止まる光輪。安堵する一同と、腰を抜かす一樹とパレッタ。菜奈美もこのサイズの光輪を時間停止するのは間一髪だったらしく、一拍置いてから逆再生。光輪をニジカガチへ送り返す。倍速以上の速度を加えられて帰ってきた光輪の前に、ニジカガチになす術はなかった。
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