‐Grasper‐ 捕らえしモノ達








「瀬上警部補、ご苦労様です。もうすぐ、予告の時間ですね・・・」
「はい。まさか、こんな場所にまで現れるとは・・・今度こそ、必ず逮捕しましょう。」




時間はあっと言う間に過ぎ去り、「G」ハンターが現れる日付変更線・0時をじきに迎えようとしていた待紋博物館の出入口で、眠気覚ましと暖を取る為のホット缶コーヒーを飲みながら、2人の警察官が話していた。
1人はまだここが山城町だった頃からの駐在である中年の巡査の男・加藤。
もう1人はツンツンとした黒いセミショートの髪と緑掛かった瞳孔が特徴的な、物静かで落ち着いた印象を与える高身長の男・瀬上浩介。
警視庁捜査二課に所属する、「G」ハンターに関する事件を主な専門とする警部補だ。




「当然です!・・・と、言いたい所なのですが、7歳になるウチの娘が実は「G」ハンターファンでして、「G」ハンターを捕まえたら二度と口を聞かない、って言われたんですよねぇ・・・」
「ふふっ、それは気まずいですね。世界の平和を取るか、家庭の平和を取るか・・・」




話している間に0時を迎え、「G」ハンター到来の瞬間が訪れた・・・その時。
突如、博物館のブレーカーが謎のショートを起こし、館内全ての電源と警備装置が停止した。




「なっ!?停電!?」
「これは恐らく、「G」ハンターの仕業です!奴はいつの間にか、中に潜入していたのか・・・すみませんが、中の応援をお願いします!俺は外で奴が出て来るのを待ちます!」
「はい!お願いします!ちっくしょ~!本当に来るなよ「G」ハンター!捕まえないと世界の平和が、捕まえたらウチの家庭の平和が・・・」




外の監視を瀬上に任せ、一気に缶コーヒーを飲み干してゴミ箱に捨て、全速力で博物館の中に入って行く加藤。
予告通りの「G」ハンターの到来に、現場の緊張が最高潮に達する中・・・ただ1人、瀬上だけは冷静な様子であった。
まるで、「G」ハンターの存在を全く気にしていないかの如く。




「・・・悪いな?あんたの家庭の平和は守らせてやるから、俺を全力で見逃しといてくれや・・・
さぁ、ゲームの時間だ!」




不適な笑みを浮かべた瀬上はそう呟くと缶コーヒーを飲み干し、全身と缶コーヒーを透明にして堂々とした態度で出入口から館内へと潜入する。
そう・・・この男・瀬上浩介こそが「G」ハンターの正体であり、同時に「電磁」の爾落人。
透明化は「電磁」の応用で一種の光学迷彩を全身に施したからであり、ブレーカーのショートは事前にブレーカーの位置を把握していた彼が両手から発した電磁波によるもので、警備装置の停止・自然な形での孤立状態・「G」ハンターが既に館内にいる、と言うブラフを張る・・・「一石三鳥」の状況を作り出す為に起こしたのだった。




ーー・・・まぁ、俺も見逃して貰った立場だけどな・・・




「G」ハンターがすぐ側をすり抜けているとも知らず、暗がりの中で館内の隅々を見渡す警察官達を横目に、目から発する赤外線によって暗視スコープのような視界を確保した瀬上は障害を悉く回避しながら、館内奥のターゲットを目指してひた走る。
昨年のクリスマスイブに起こった、ある苦い出来事を回顧しながら。









昨年のクリスマスイブ、瀬上は三重県警から出向して来た警部補の男・五井悟郎と行動を共にしながら、東京・上野の美術館にある宋時代の土人形を盗もうとした。
悟郎とは一度、2020年に瀬上が「G」ハンターとして活動をする切欠となった、「悪路神の火」と言う呪われし「G」に纏わる事件で共に捜査をした経歴があり、瀬上としては簡単な盗みになる筈だった。
・・・が、内心で典型的なマスオさんタイプの冴えない男だと悟郎を侮っていた瀬上は、五井悟郎と言う男の中に眠る非凡な洞察力と確固たる意思の強さに気付かず、ターゲットを盗んで悟郎の元に戻って来た所を彼が予め用意した「G」封じの罠に嵌まり、更に瀬上が「G」ハンターにして「電磁」の「G」を持っている事を暴かれてしまい、窮地に陥ってしまった。




『・・・そうか。わかった。』
『え?わかったって、どういう意味ですか?』
『言葉のままだよ。見逃す。
・・・ただし、条件が二つある。危険な「G」でなければ、盗んだものはリスクを犯しても、元通りに戻す。それと目的を達したら、足を洗う。これを守れなければ、僕は君を捕まえる。』
『そんな条件、俺が守るとは限らないし、俺が五井さんのことを話したらあなたも共犯だぜ?』
『瀬上君はそんなことをする人間じゃない。それから、もしも欲に負けて、ただの泥棒に成り下がったら、僕は捕まえるまで追うよ。どこまでも、地の果てまで。』




だが・・・悟郎はあえて、瀬上を見逃した。
警察官としての立場を度外視してでも、瀬上浩介と言う男が「ただの泥棒」では無い、原罪に身を置いてでも成し遂げる目的がある・・・それが分かっていたからだ。




『・・・』
『・・・』
『・・・はぁ。やっぱり五井さんには勝てないな。』








結局、悟郎に完全敗北した形で「G」ハンター・・・瀬上は再び世間に解き放たれ、窃盗事件は「「G」ハンターが何故か翌日盗んだ土人形を美術館に返却した」、と言う事情を知らない大衆からすれば奇妙な形で幕を閉じた。
しかし、瀬上の中からあの日の悟郎の決意の言葉と眼差しが消える事は無く、ターゲットにするべき物品を幾つも定めつつ、中々「G」ハンターとしてターゲットを盗めずにいた。
つまりは「スランプ」である。




ーー・・・でもな、こうして俺が悩んでる間にまた「G」によって、あんな醜い出来事が起こっちゃいけないんだよ・・・!
だから、これで俺は・・・「G」ハンターはまた復活する!




瀬上にとって、今回の活動は自分の中の悟郎への呪縛を解き放ち、「G」ハンターとしての自分を取り戻す為に必要不可欠であったのだ。




ーーしっかし、辺境の町の博物館だからってブレーカー落としただけで、ここまでザルになるんだな?
まぁ、前に入った美術館もザルなのに代わりは無かったけどよ・・・れっきとした警部補として、安全な先進国だって世界に自慢してる割には、情けない話だよな?
んで、もし停電になってもいいように、俺が正面から来ないと思って人の壁で物理的に守ろうとしたか?
お生憎様・・・透明になって、正面から堂々と来てんだよ!




暫し後、屈強な警備員達がバリケードを形成する「麒麟送子の剣」の手前に到着した瀬上は、部屋の中央で缶コーヒーを投げ、缶コーヒーへ向けて電流を放出。
電流は部屋中に拡散し、見えざる電気ショックで感電した警察官達が続々と力無く倒れて行き、ターゲットを守る頼りない最後の砦であるガラスを、あっさりと両手から発するレーザーナイフで切断した瀬上は剣を手に持ち、剣に光学迷彩を施して透明にすると、先程まで話していた加藤が地に伏しているのを一瞥しながら、入って来た出入口から脱出。




「・・・おやすみ、お父さん。」




黒焦げになった缶コーヒーが音を立て、床に落ちて跳ねた時にはもう既に、瀬上の姿は博物館に無く。
「G」ハンターの犯行は、無事達成されたのだった。
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