‐Geek‐ 好きこそモノの上手なれ











それから一年後、2040年・3月10日。
ここは某国某所に佇む、パレッタのアトリエ。
住宅街から離れた郊外にあるにも関わらず、奇抜を通り越して異質と形容する者もいるかもしれない、世界中のあらゆるテーマパークを探しても存在しないと断言出来る、フィクションから抜け出して来たかのような・・・としか言い様の無い、だがしかし「パレッタのアトリエ」と言えば不思議と納得の行く、存在そのものが不条理の塊である建物。
その内部、何故か出入口の無い筈のアトリエの部屋の一つで、主のパレッタは大いに悩んでいた。
彼女の目の前には、見た目だけは完成した「G」動力炉・・・つまりは動力器官の無いただのガンヘッドのエンジンがあり、あとは永久機関さえあれば完成するのだが、その永久機関の処遇にこの一年を要していた。




『うーん、うーん・・・太陽炉にスーパーソレノイド機関は無理・・・次元連結システムならチェリィに協力して貰えれば大丈夫かもだけど、反物質を動力にするのはマズいだろうし・・・やっぱりブラックホールエンジンかなぁ?』




悩めども、悩めども・・・パレッタの頭に解決策は浮かばず、ただ時間と脳のカロリーを消費しただけに終わる。
この一年で何百も繰り返して来た、結果の出せない徒労の一時。
その後に、彼女が取る選択は・・・






『・・・そうだ、富士山行こう!』




・・・そう、息抜きだ。
思い立ったが吉日とばかりに、パレッタは杖を使って鏡型転送装置ーーこのアトリエの出入口の一つーーを即座に造り、脳裏に富士の絶景を思い浮かべながら、鏡の中に入る。
主が姿を消したアトリエは、もぬけの殻となり・・・








『とうちゃ~く☆』




暫し後、パレッタの姿は山梨県・富士河口湖町にある「天下茶屋」にあった。
標高1300mの高所に立ち、太宰治が代表作「富獄百景」を執筆した場所として有名な、「太宰治文学記念室」を兼ねる富士山の絶景スポットの一つであり、バス・車を使っても河口湖駅・中央ICから30分は掛かる絶景への道程も、一度訪れた事のあるパレッタにかかれば1分も掛からなかった。




『「富士には 月見草が よく似合ふ」・・・その通りだね、オサム君!』




天下茶屋付近の遊歩道にある、「富獄百景」の一節が刻まれた文学碑を見ながら、パレッタは太宰とこの地で偶然出会った時の回顧と共に、一節を呟く。
遊歩道を出て、天下茶屋を一歩外に出るや・・・パレッタの目に飛び込んで来たのは、富士山と河口湖の絶景であった。




『うわっは~!!やっぱ、この景色はいつ見てもサイコ~!!「東方見聞録」を読んで初めて日本に来たあの時と、ほんっと変わらないね♪「東方見聞録」って言えば、一年前のニューヨーク会談であたしが飛ばされた後、まさか銀河君と言うか「旅人」がマルコちゃんに入れ知恵してた、って聞いた時はびっくりしたな~。まぁ民家や宮殿が全部黄金で作られてる!とか見た目はいいのに人を喰う!は怪しいって思ってたけど、それ以上のスゴいモノがジパング、と言うか日本にはあったから良しと・・・』










と、その時。
辺り一帯を突如として激しい地震が襲い、唐突に全身のバランスを崩したパレッタは急停止した電車の乗客の如く、後ろに倒れ込みかけた。




『おわっと!?』




すんでの所で杖を支えにし、パレッタは転倒せずに済んだが、近くで富士の絶景を撮影しようとしていた者達は続々と揺れ続ける地面に転び、太宰治記念館から慌てふためいた人々が辿々しい足取りで出て来るのが見えた。




『じ、地震?ほんといきなりだなぁ・・・もしくは巨大「G」が出て来たとか・・・あれ?でも「G」っぽい反応は・・・無い?』




怯える人々とは正反対に、約1000年余りの人生の間に様々な「G」に纏わる事件を経験して来たパレッタはさほど動じる事無く、未だ揺れ続ける地面とのバランスを保ちながら、震源と思われる「G」を考察していた・・・その刹那。





『・・・えっ?』





パレッタの目に飛び込んで来たのは、彼女の想像を超える全く信じられない事態・・・先程まで美しい白雪に包まれていた富士山の山頂が、耳を突ん割くかの様な轟音と共に大爆発を起こし、青空はみるみる内に黒々とした噴煙と火山灰に包まれた。
そう・・・富士山が、噴火したのだ。




『こ、これって・・・!?まさか、そんな!富士山が・・・!!』




余裕すら感じられた、今しがたまでの態度を180度変え、つい杖を手放し呆然とするパレッタ。
しかし、なおも止まらない地震は富士一帯の大地を割って行き・・・木々を、建物を、動物を、人々を、十把一絡げに亀裂の中に飲み込む。




『あ・・・っ!?』




そして、パレッタの足元を亀裂が走り・・・彼女の体は、深い裂け目の中へと落ちて行った。








『・・・パレッタ!!』






これが、歴史に名を残す大震災・・・
本震震度・マグニチュード9.7、死者・31368人、行方不明者・58679人もの被害を出し、関東・東海地方を壊滅状態に陥らせ、日本を絶望のドン底へと叩き落とした「第二次関東大震災」。
その大震災において、最大・最悪の被害を引き起こした「凰愛(おうあ)の大噴火」・・・その、あまりに突然過ぎる始まりであった。










「・・・それで、貴女はどうにか助かったものの一時期「想造」を使えなくなった、と。」




それから時が経ち、アメリカ某所。
全体的にゴリラを模したかのような形状をした、二足歩行型の銀色のロボット・・・コードネーム「メカニコング」が鎮座する巨大な地下ドックの中で、関口はメカニコングの足元で胡座を欠きながら、誰かと電話をしていた。




『そーなの!それでなくても「あの子」をどう造るか悩んでたのに、余計にどうすればいいか分かんなくなっちゃって、転送装置が出せないからアトリエに帰るのもめんどくさくなっちゃうしでさ・・・』




通話相手はいつもと変わらない平常運転のパレッタであり、彼女が話していたのはあの日巻き込まれた「凰愛の大噴火」以降のあらましであった・・・










『・・・・・・
う、うぅん・・・』



「凰愛の大噴火」、その翌日の昼下がり。
パレッタがようやく意識を取り戻した時、見えたのは見知らぬ黄色い天井と・・・




『あっ、パレッタがおきたデス!』
「気が付いたのね、パレッタさん。」




親友、チェリィと引田深紗の姿であった。




『チェ、リィ・・・?みぃ、ちゃん・・・?』
「おはよう・・・いえ、もうこんにちはかしら?ここは山梨県の病院で、わたしは鳳さん伝いでチェリィさんから連絡を受けて駆け付けたのだけれど、頭部の軽い打撲で済んだのが幸いしたわね。それも全て、チェリィさんが貴女を助けてくれたお陰よ。」
『ワタシ、パレッタがじめんにのみこまれるまえに「影」からたすけたデス!あたまにおっきないわがあたったのはなんとかできませんでしたが・・・それいがいはたすけられマシタ!』
『そうなんだ・・・また、ふたりに助けられたね・・・ありがとう・・・』
「それにしても、貴女も災難だったわね・・・観光していたら『第二次関東大震災』に居合わせるだなんて・・・」
『第二次、関東大震災?』
「昨日、貴女がまさに遭遇したあの地震と・・・『凰愛(おうあ)の大噴火』と呼ばれるようになったあの富士山の大噴火、更に厳密には先週の東海地震とそれによる『麒黎(きれい)の大津波』も含めての、「G」に依らない純粋な日本での最大級の大震災の総称よ。」
『凰愛の、大噴火・・・う、んしょっと・・・』




パレッタは上半身をゆっくりと起こし、おもむろに部屋の奥のテレビに視線を移すと、「第二次関東大震災」の現状と惨状を伝える緊急速報が流れており、テレビの前には被災者であろう入院患者達が集まっていた。




『・・・繰り返しお伝えします。現在、富士山の噴火及び地震は収まっていますが、「凰愛の大噴火」による火山灰は未だ関東一帯に降り注いでおり、昼にも関わらず夜のように暗い状態が続いておりますので、不要の外出や無理な自宅への立ち入りは極力控えて下さい。現在、確認されている死傷者は・・・』




『・・・みぃちゃん、ちょっと外がどうなってるか見せて?』
「外?今の貴女はあまり見ない方が良いと思うけれど・・・分かったわ。」




いつもとは違う、テンションもトーンも低い淡々とした声色のパレッタに指示され、渋々引田は部屋の窓のカーテンを開く。
窓の外から見える「現実」は、太陽が最も輝く昼間にも関わらず青空は暗雲に、空中は火山灰に包まれた事により、光が全く届かない真夜中の樹海、もしくは山中に放り込まれたかのような、灰色に染まった希望無き世界と化していた。




『・・・そっか。あれ、「G」と全く関係無かったんだね。地震・雷・火事・オヤジは怖いから気を付けろ、って言うしね・・・』
『パレッタ?』
『あたしね、約1000年生きて来て、災害なら数え切れないくらい見て来たし、富士山だってこれまで10回は噴火した事があるのは知ってる。でもね、偶然だと思うけど被災者になった事は無かったし・・・あたしがいた所って、ずっと昔にオサム君と富士山を見ながら色々話し合った、思い出のある所なんだ。』
「オサム・・・もしかして、太宰治の事?天下茶屋辺りにいたようだけれど・・・」
『うん。でも、あれじゃあもう跡形も無いよね・・・・・・
あたしって、ほんとちっぽけなんだなぁ。』










『・・・あれ?えっ?』




数日後、麒黎天皇の崩御によって凰華皇太子女が近代初の女性天皇に即位。
元号が「麒黎」から「凰華」へ変わりながらも、病院の外も関東・東海も変わらずお先真っ暗な中、頭の打撲が治ったパレッタがアトリエに戻ろうと、鏡型転送装置を出そうとしていたのだが・・・




「どうしたの?」
『なんでだろ、転送装置が出せない・・・何度も設計図を頭に浮かべてるのに、この子が反応してくれない・・・』
「杖が反応しない、と言う事?」
『うん・・・でもなんで?なんで?もしかして、この子壊れちゃった?あの時に・・・?』
「いえ、わたしが見た限り杖に異常は無いわ。ただ、杖の先の筆が七色に光っていないから、それが「想造」を使えないのと関係があるんじゃないかしら?」
『そうなの!この1000年でこんな事、一度も無かったんだよ!?何造ろうか悩んで造れなかった事は数えきれないくらいあったけど、造りたいモノがはっきりしてて、何度も何度も造ってるモノなんだよ!?なのに・・・なんで!?』
「・・・パレッタさん。もしかしたら壊れてしまったのは、貴女の心の方かもしれないわ。貴女、初めて被災者になった上に太宰治との思い出の場所が「G」に関係の無い、純粋な大自然そのものの猛威によって壊された・・・その経験によって、一種のPTSDを発症している可能性があるわ。」
『PTSD?あたし、鬱病って事?』
「厳密には違うけれど、遠からずと言った所ね。心の病である事に変わりは無いから。その病を治す、もしくは抑えない限り恐らく「想造」は無理かもしれないわ。」
『そんな・・・!そんなの困るよ!ダメだよ!イヤだよ!!あたし、詳しくは言えないけど5年以内に絶対造らないといけないモノがあるのに!約束したのに・・・何も造れない、生み出せない、想像力の無い・・・こんなあたしなんか、「あたし」じゃない・・・!!』




杖をベッドに投げ、自らもベッドに座り込みながら両手で顔を覆い、パレッタはひたすらに現実・・・今の自分への絶望に慟哭する。
想像を越える、悪意無き大地よりの脅威をその身に思い知らされた事により、パレッタは自分自身の一部とも言える、「想造」と言う力・・・またの名をアイデンティティを失い、何もかもが分からなくなった事で、「想像」が出来なくなってしまったのだ。
そんなパレッタを見た引田は彼女の右隣に腰掛け、パレッタの肩を左手で優しく掴みながら、彼女に語り掛ける。




「・・・パレッタさん、自分で自分を責めてはいけないわ。確かに「G」が使えなくなったショックは、ただの人間のわたしが理解するには限界がある・・・けれど自分が自分を否定してしまえば、存在そのものを否定する事になってしまう。それだけは爾落人であっても関係無い、人間として駄目な事なの。その頼まれ事も内容は分からないけれど、そうして無理に達成しようと思えば思う程に失敗を繰り返して、失敗する程に負の無限ループに陥りやすくなる・・・人間はそう出来てるの。」
『けど・・・だけど・・・!』
「まずは心を癒して、いつものペースを・・・「想造」では無く、『自分』を取り戻す事を最優先にして。大事な頼まれ事なのなら、余計にコンディションを万全にしないと。だからとりあえず今はゆっくりと休んで、心を・・・自分を労りなさい。
これは医師・・・いえ、貴女の親友(マブダチ)としての指示よ。」
『みぃ・・・ちゃん・・・』
「あと・・・泣きたい時に泣く、これも大切よ?感情のまま叫び泣く行為には、涙と共にストレスと体内の有害物質を排出して、脳内に鎮静化成分を分泌させる効果がある・・・つまり人間には、そうやって自力で心の病を治癒する術が備わっているのよ。
・・・わたしの胸くらいなら、いくらでも貸してあげるから。」
『・・・うっ、みぃちゃん・・・
みぃちゃああああああああああああああんっ!!』




その言葉に、パレッタの感情のリミッターが外れ・・・パレッタは引田の胸に顔を埋めながら、絶叫と共に大粒の涙を流し続けた。
引田もまた、まるで聖母のように黙ってパレッタを両手で抱き止めながら、彼女の洪水のような悲しみを受け止めるのだった。




『うわああああああああああああん!!
あぁぁぁぁんまりだよぉぉぉぉ!!』
「そうね・・・いきなり自分の力が使えなくなったら、不安に押し潰されるような気持ちになるわね・・・」
『みぃちゃあああああああん!!
だぁぁぁぁぁぁぁいすきだよぉぉぉぉぉ!!』
「分かっているわ。わたしも・・・好きよ。」
『みぃちゃぁぁぁぁぁぁんっ!!
また小ジワふえちゃってるよおおおおおおお!!』
「・・・これについては、言う必要は無いわね?」
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