‐Grasper‐ 捕らえしモノ達
「お兄ちゃん!アーク!瀬上さん!」
2人が防戦一方の中、穂野香はただ2人が苦戦する様を見守っていた。
・・・いや、目の前で繰り広げられる自分が踏み入れられない、踏み入ってはならないと本能が告げるその戦いを、見守る事しか出来なかった。
ーー・・・お兄ちゃん達なら倒せるって思ってたけど、もしかしたらダメそう・・・
なのに私は、見ている事しか出来ないなんて・・・!
分かってる。「火炎」の能力者の私が・・・アンバーのいない私が行っても、足手まといになるだけだって。
・・・でも、やっぱり嫌・・・!
このままお兄ちゃん達がやられるのを見ているだけなんて、イヤ!
こんな時、貴女がいてくれたら・・・
思い知らされる無力さと、それに屈してしまう自らの弱さに打ちのめされそうになりながら、それに抗う勇気の火種を心に宿し続ける穂野香は、おずおずと腰に巻いた琥珀の勾玉「蓐収」に右手を伸ばし、いる筈の無い「彼女」を求める。
ーー・・・。
「・・・えっ?」
ーー『どうか、貴女の心を信じて』?
まさか・・・貴女なの?
勾玉に触れた途端、穂野香が聴いた気がする「声」。
強く、優しく、美しく・・・懐かしくも愛おしい「声」は、穂野香の「心」に立ち込める暗雲をみるみると晴らして行き・・・
「・・・うん。分かったわ、アンバー。私は『心』を・・・私を信じる!
瀬上さんを、アークを・・・お兄ちゃんを、助けてみせる!!」
次の瞬間、穂野香は両手足に決意の炎を宿らせ、「心」の叫びと共にダイモンへ向かって行った。
「ほ、穂野香!!」
『穂野香様!?』
「おいおい、マジか・・・!」
ダイモンの分身を消し去った隼薙達も、ある意味最悪の事態に衝撃を禁じ得ず、つい声を漏らす。
「やめろ穂野香!そいつはお前が敵う相手じゃねぇ!」
『今すぐ退いて下さい!穂野香様!』
「あのバックルを壊せばいいんでしょ!それくらいならやってみせるわ!」
「今に限ってはシスコン兄貴の言う通りだ!勇気と無謀は違・・・」
「それでも、だとしても!やらないといけないの!私の心が、そう叫んでるから!!」
隼薙達の静止をあえて無視し、両手足の炎の温度を更に上げながら穂野香はダイモンへと飛び掛かる。
ーー・・・ホノカ・・・
ホノオ・・・
イノウ・・・
オンナ・・・!
ユルセン・・・ユルセン!
炎を纏って迫る穂野香を見た、ダイモンの脳裏から溢れ出る「記憶」。
まだ只の人間だった頃、バビロニアを炎と暴力で支配し、自分を炎で焼き尽くし、ダイモンとなって最初に殺した・・・「炎上」の女。
忘れ得ぬ忌まわしき女と、今まさに炎と共に迫る穂野香がダイモンの中で重なり・・・ダイモンの中に、数千年振りの怒りの炎が燃え上がった。
「ブレイズッ、キック!!」
穂野香はダイモンの目前でジャンプし、両足を揃え・・・火炎を纏った飛び蹴りをダイモンのバックルに浴びせる。
「やった!」
ーー・・・ムダダ!
勝利を確信した穂野香・・・だったが、バックルに少しヒビが増えただけで、破壊するには至らなかった。
パンチよりも一撃の威力が出せるキックを選択し、渾身の力を込めてもなお目標には届かなかった事を穂野香が察した、その瞬間。
「・・・えっ?そん・・・」
ーー・・・キエテシマエ!
ダイモンの魔笏から放たれた焔が、穂野香の全身を襲った。
「うああああああああっ!!」
『穂野香様っ!!』
「ほ、穂野香ぁ!!やめろぉぉぉぉっ!!」
「おい待て!下手に風を送ろうが逆効果になるだけだぞ!」
「はな、せぇ!!こうしてる間にも穂野香が、穂野香がぁ!!」
『・・・待て、隼薙!』
「アーク!てめぇもさっさと手伝・・・」
『穂野香様は、まだ燃え尽きてはいない!』
「!?」
目に入れても痛く無い程に大切な妹が目の前で火達磨にされ、激しく錯乱した隼薙は焔を一刻も早く消そうと、瀬上に右手を掴まれながらも左手から強引に強風を浴びせようとする。
だが、アークは焔の中に見た。
「・・・ううううううっ・・・!!」
全身を自らの炎で包み、ダイモンの焔に必死で耐える穂野香の姿を。
「ほ、本当かアーク!?」
『あぁ。穂野香様は魔人の火炎放射に焼かれる直前、その焔に匹敵する程の火炎を全身から出し、一種のエネルギーフィールドを生成する事で魔人の焔を防いでいる!』
「火事場の馬鹿力、ってヤツか・・・」
『だが、ここまでの炎を出すとなると体力だけで無く、酸素も急激に消耗する・・・!このままでは、穂野香様が先に倒れるのは一緒だ!』
「じゃあ、やっぱ早く助けに行かねぇと!」
「だから待てってんだシスコン!逆に今の妹・・・穂野香なら、逆転の一手を導ける可能性がある!それとも、あいつは結局誰かの助けがいる弱い女なのか?」
「ふざけんな、この野郎!穂野香はなぁ、最強のハートを持った最強の女なんだよ!心を失ってたあの時だって、帰ってきたそれからだって穂野香は・・・穂野香は・・・!」
『・・・炎が消え次第、奴を拘束するぞ!隼薙!』
「・・・あぁ!!」
ーー穂野香・・・頼む、負けんな・・・!
絶対帰って来て、俺に可愛いその笑顔を、見せてくれっ・・・!!
ーー息が・・・苦しい・・・
ごめん、お兄ちゃん・・・!アーク・・・!瀬上さん・・・!
今の私・・・やっぱり、足引っ張ってる・・・!
この手が、あいつのバックルにさえ、届いたら・・・!
その為にも・・・この焔を、あいつの焔を・・・消す!
こんな焔が、何よ!!私の中で燃えてる、私の心の炎はね・・・あんたの焔なんかに、絶対!負けないんだからぁ!!
「ウルトラ・・・ダイナ、マイトォォォォッ!!」
ーークッ・・・!
と、その時。
穂野香から発せられた凄まじい爆風がダイモンの焔を吹き飛ばし、多少全身の服と肌が焦げた穂野香と、爆風の衝撃によろめくダイモンの姿が隼薙達に露わとなった。
「ほ、穂野香・・・が、あいつの焔を吹っ飛ばした!?」
『爆風消火だ!爆発による爆風で火を纏めて消し去る、油田や森林等の大規模火災に用いられる消火法だ!』
「火を以て火を制す、って事か。本当に兄妹揃ってやる事が一緒だな!」
『穂野香様!好機です!』
「・・・穂野香!!」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。だって、女は・・・気合と、根性と、愛嬌!!」
ーー・・・コンドコソ・・・
「させない!あんたはこれで、終わりよ!!」
ダイモンは魔笏の尻部の三叉を穂野香に突き刺そうとするも、穂野香は勾玉を手に取って両手を再度加熱させ、勾玉ごとバックルに押し当てる。
ーーナニッ!?
「・・・お願い、ちょっとだけでいいから・・・力を貸して!アンバー!!」
ーー・・・今です、穂野香!
・・・その時、突如勾玉から一滴の雫が弾け出た。
穂野香の両手で急激に熱されたバックルに、氷のように冷たい冷水が当たり・・・その刹那、凄まじい爆発を起こす。
ーーウワアァァァァッ・・・!
大爆発によってダイモンのバックルが骸骨ごと砕け散り、緋色真珠の加護が無くなったダイモンは爆発の勢いのまま地に倒れ込む。
『これは・・・水蒸気爆発!?』
「だ、大丈夫か穂野香ぁ!!」
ダイモンや水蒸気爆発よりも、真っ先に穂野香の身を案じる隼薙は白煙の中に飛び込み、穂野香を探す。
「ほの・・・えっ?」
と、白煙の中で隼薙が見たのは、穏やかに吹くひんやりとした涼風に包まれ、酸素を補給する為に大きな呼吸を繰り返すも、水蒸気爆発の被害を全く受けていない穂野香の姿だった。
「ぶ、無事・・・なのか?」
「すうっ、はぁっ・・・あっ、お兄ちゃん!私なら、大丈夫!」
『この風がクッションとなり、水蒸気爆発から穂野香様を守ったのか?だがこれは隼薙の風では無いし、穂野香様にこんな力は・・・』