龍神《喰ウ者》

9


 「教団」の星の外である地球圏宙域では、大量の「G」や宇宙戦艦とMOGERAが激闘を繰り広げていた。
 既に取りこぼした一団が地球への攻撃を始めており、それを追撃する余力はMOGERAにも残されていなかった。
 MOGERAのコントロールにクーガーも戻り、彼の視解による最も合理的な攻撃方法でムツミが攻撃を実行し、防衛戦を続けているが、火力と守備が優れており、どんなに巨大であっても所詮は一機だ。圧倒的な物量を前にして、そして相手はMOGERAでなく、その背後の地球を攻撃対象にしている。どうしても守り切れるものではない。

「すまん。時間かかった!」

 瀬上が件の白くひたすら広い空間に転移されてきた。
 クーガーのホログラムが出現する。

『問題ありません。すでに状況は視ていましたから。それよりも貴方の力で援護してもらいます』

 クーガーの言葉とともに真っ白い壁が消え、外の様子が見えるようになった。この場所があるのはMOGERAの首元、かつてのベースとなったMOGERAではコックピットがあった場所だ。
 瀬上が覚醒していることは把握済みらしい。クーガーは淡々とした調子でヘッドギアを床に空いた穴から出現させる。

『これを装着して下さい。簡単にいえば、このヘッドギアを介して貴方の演算をかわりに私とムツキさんで処理します』
「つまり、あの米粒に写経をするような神経を使わなくていいってことか?」
『そうです。といっても、貴方は長年の経験により本当は無意識下でそれを行えるほどに感覚が既に研ぎ澄まされているはずなんですけどね』

 クーガーは、世莉曰くバーニング瀬上こと、キレた状態のことを言っているらしい。確かに一度出来たのだから不可能ではないのだろうが、どうしてもあれこれ考えて結局意識下での発動となってしまうのだから仕方がない。

「結果的に同じならこれを付けた方が楽だ」
『では、よろしくお願いします。あと、量子電磁に限らず、電磁の事象はすべて使えます。つまり、宇宙規模で起こる高エネルギー放射といったことも可能になります』
「それってどのくらいのものだ?」
『太陽フレア以上超新星爆発未満といったところですね』
「地球守るどころか跡形もなく消滅させるレベルじゃねぇか!」
『ふむ。……現実的な手段としてはレールガンの要領で粒子を高速で射出させる所謂荷電粒子ビームがありますね』

 確かに荷電粒子を高速でぶつけることはできそうだし、収束して発射させればビームになるだろう。
 周囲の敵の規模、数を考えてもこれが最も有効な武器になりそうだ。

「よし、それで行くぞ!」
『わかりました。あとはムツキさんの方で上手くやってくれると思います』
「わかった!」

 宇宙服なしで外に出られる時間はまだまだ余裕がある。瀬上は宇宙空間に出た。
 そして、MOGERAの周りにいる敵を見渡す。数は多いが大部分はMOGERAが排除している。瀬上が対処すべきはまず取りこぼした分だ。

「あれか!」

 MOGERAの足元を抜ける宇宙艦隊を見つける。艦隊は6隻。
 瀬上はターゲットの方角を見定め、自身を電磁カタパルトの要領でMOGERAの装甲を滑るように射出させる。
 加速した彼の軌跡はスパークした稲妻が迸り、艦隊目指して真っ直ぐ伸びる。

「更に!」

 MOGERAの腰に達した所で更にスパークさせ、加速させる。

「今だ!」

 瀬上は自身の周りに強力な磁場結界を発生させ、更にもう一段階加速させた。
 一方、瀬上が接近する艦隊も瀬上の周りで起きる発光でその存在に気付いていた。当初、それを彼らはレールガンによって射出された弾だと考え、対処を始めていた。
 しかし、初期速度から二度の加速により、現在の瀬上は通常の予想速度の三倍に達していた。
 当然宇宙戦艦の防壁は展開が間に合わず、そのまま瀬上の体当たりの直撃を受ける。
 もっとも、瀬上自身は磁場結界によって物理的に展開した電磁防壁により無傷である。艦上からの直撃により、爆発炎上した機関は延焼して次々に誘爆し、轟沈する。

「まずは一隻。……試させてもらうぜ!」

 瀬上は隣に浮かぶ戦艦を狙い、右手を伸ばす。イメージは何万、何億回と放ってきたレールガンの構えだ。そして、架空の弾丸を指に乗せる。ヘッドギアが瞬時に演算を行い、彼の手に荷電粒子が集まり、光が迸る。
 そして、放つ。
 刹那、荷電粒子ビームは青白いチャレンコフ光の伴った一筋の線となって放たれ、戦艦を貫通。そのまま隣のもう一隻も貫いた。
 そして、一瞬の間を置いて誘爆し、バラバラになった。

「荷電粒子ビームって、こういうことか……。3隻、あと半分!」

 使った当人が思わずその威力に思わず呆けてしまうものの、すぐに気を取り直してもう3隻にも狙いをつけ、一番近い戦艦に向かって再び自身を射出させる。
 稲妻を纏い、そのまま戦艦の装甲に電磁力のサポートを受けて着地。衝撃で装甲が瀬上の体の数倍の規模でクレーター状に凹む。
 そして、今度は威力を抑えるように心がけてて再び構え、発射。
 荷電粒子ビームは分厚い装甲をいとも容易く貫き、内部のエネルギー炉を破壊。最も効率よい破壊を成功させる。

「残り2つ!」

 戦艦が爆発する前に飛び立ち、艦上に着地。ブリッジを見つけると再び右手を構え、放つ。
 一瞬にして、ブリッジは消滅し、更に球体状に荷電粒子を光速で自身の周りに回らせる。瀬上の体が青白いチャレンコフ光の球体に変わり、そのまま一気に拡散させる。
 艦上から瞬く間にその光に飲み込まれ、装甲や砲台は融解し、そのまま艦首半分が四散し、後部も連鎖的に爆発する。
 そして、瀬上は前方を飛び、地球目指して加速した最後の一隻に右手を構える。最後の艦は既に覚悟を決め、地球に向かって特攻を仕掛けようとしていた。僅かに地球の重力下へ入り始めて加熱し始めていた。

「落とさせはしねぇ!」

 ヘッドギアが戦艦を貫通して地球に当たらないギリギリの出力を算出し、瀬上の構える右手に荷電粒子を集める。
 瀬上は戦艦の艦尾にある巨大な噴出口に向かって荷電粒子ビームを放った。
 刹那、戦艦は艦尾から内部を貫き、艦首を抜けた所で消滅した光線に串刺しとなり、無数の破片となって爆発四散する。無数の破片はどれも細かく、地上に降り注ぐ前に燃え尽き、流星群となった。

「よし! 次だ!」

 瀬上は別の「G」の集団に目を付け、加速する。
 しかし、その数は先よりも多く、的にし易い大物は数百メートルに及ぶ巨体だが、小さいものは瀬上と変わらない人間大の群勢も含まれている。

「このまま一気に削るっ!」

 瀬上は軍団の中心に突撃をしながら、中心にいる大物の「G」に向かって荷電粒子ビームを発射した。
 赤いゴツゴツとした棘状の隕石を彷彿としたシルエットからガラダマモンスターの一つだと思われるその巨体に先制攻撃の荷電粒子ビームは直撃し、相手が応戦する隙を与えずに爆砕する。
 渦中に飛び込んだ瀬上を周囲の「G」が一斉に襲いかかる。それを回避しながら、片っ端から荷電粒子ビームで滅し、それでも尚接近戦になる相手には量子レベルの分解をし、滅していく。
 敵側も鉄壁のMOGERAよりも機動性の高く高火力である瀬上に脅威を感じたらしく、瀬上が時間を要している人間大の「G」を大量に加勢させ、大物で押すのでなく、「教団」の得意な物量で押す作戦に変えてきた。
 しかし、一人ずつ相手にすることで時間はかかっているが、瀬上が優勢なのは変わらず、集まれば荷電粒子ビームで一掃することができる為、充分に対応できている。
 そんな中、ヘッドギアからムツキの声が聞こえる。

『瀬上さん、そんな連続しての使用……。演算処理が追いつかないです! というか、ヘッドギアの想定処理速度の限界を超えています! こんな負荷をかけ続けたら、壊れ……』

 ブツン! アンプのコンセントを抜いたような切断音が頭に響いた。

「えっ………!」

 突然制御が効かなくなった荷電粒子は一気に拡散し、瀬上も巻き込まれて吹き飛ぶ。
 宇宙を漂うデブリの塊にぶつかり、地球に向かって墜落することは免れたものも、衝撃で身体が先程のように動かない。
 磁場のコントロールで無重力で無意味にバランスを崩すことはないのが幸いで、宇宙船の装甲板らしき大きな鋼鉄板の上に立つ瀬上は、自身に迫る無数の「G」の軍団を見上げた。
 量子の操作よりは難易度が低いものの荷電粒子ビームをヘッドギアのサポートなしに使うには、集中が多分に必要となる。
 先程までの様な連続使用はできない。発射できるようにチャージする時間が必要であり、他のことを考えることもできないので、チャージ中は全く身動きが取れなくなる。
 見える範囲だけで、千はある敵を前にその選択をすることはできない。周囲のデブリを弾丸にしてレールガンを使うくらいしか、有効打は思いつかなかった。

「時間稼ぐ以前の問題だな。……何分持つかな?」

 デブリを電磁でレールガンとし、一斉照射する。確かに敵を一気に倒せた。しかし、貫通力に難がある。別に相手単体の能力が本来の瀬上に比べて低い訳ではない。これでもかなりの大技を使っていた。
 それでも削れた敵戦力はせいぜい数十体。全体からすれば数%だ。

「沼津を思い出すな」

 嫌な汗が滲むのを感じながら、瀬上は電撃を放って、襲いかかる敵を一体ずつ倒す。
 しかし、瀬上が押されるのはすぐのことであった。

「くっ!」

 電撃とレールガンで牽制はできているが、もはや相手の攻撃を防ぎ、回避することが増えている。攻勢に転じるのが難しい。

「しまった!」

 襲いかかってきたケムール人系の「G」をレールガンで攻撃するが、相手は空間系能力を持っていたらしく、宇宙の無重力空間を蹴り、全力疾走で走り、レールガンを回避する。
 そして、真っ直ぐ瀬上に襲いかかってきた。

「!」

 回避が間に合わない。
 諦めかけたその瞬間、突然ケムール人の身体が瀬上の目の前で真っ二つに切断された。

「な、なんだ?」

 瀬上が驚くのも無理はなかった。何もない宇宙空間に突然光の剣が現れ、ケムール人を一刀両断したのだ。
 そして、光の剣は姿を消し、代わりに瀬上の目の前にプレデターの仮面が現れた。

「えっ……」

 そして、光学迷彩が解除され、全身が現れる。宇宙戦闘にも対応できる為、宇宙全般で戦闘服として人気の高い密着性の良い黒い戦闘スーツを身につけ、上着には同じ黒のジャケットをつけている。これもかつて地球でも戦闘服として多用されていた汎用性の高いデザインのものだ。そこに小型爆弾やナイフ、手裏剣など多数の武器を取り付けている。更に背中には物干し竿の様に長い杖状の物をXにクロスさせて装備していた。

「お、お前は」
「………」

 瀬上の言葉にプレデターは無言で仮面に両手を当てると、ゆっくりとそれを外した。








 仮面の下にあった素顔はプレデターとは全く異なるものであった。
 地球人。しかも瀬上のよく知る顔。元々目つきは鋭い方ではあったが、それが更に鋭くなって瀬上を睨みつけていた。
 それは間違いなく、かつて共に日本丸に乗って旅をし、最後は瀬上と決別して船を降りた東條凌であった。

「東條!」
「瀬上、とうとう監獄行きになっていると思っていたが、まさかこんなところで会うとはな」

 凌は手の先に光剣を出し、瀬上に突きつけて言った。
 口調もそうだが、全身に纏う雰囲気がまるで別人のようだった。それに彼の手に持つプレデターの仮面も無数の傷が付いており、並大抵ではない数の死戦を経験していることを物語っていた。

「東條、随分雰囲気変わったな」
「っ! ……六万年も生きれば変わる。瀬上、力だけは強くなったみたいだが、中身はそのままだな」

 口を開くよりも先に身を翻して光刃を放ち、襲いかかってきた敵を切り落とす。そして、上から目線でフッと笑みを浮かべて言った。

「うっ!」

 何も言い返すことはできない。実際、六万年間、瀬上は特に何もしないで時間だけが加速して過ぎてしまったのだ。既に凌の方が以前の歳の差とは比べ物にならない程の差をつけて歳上になっている。
 そんな瀬上を尻目に凌はジャケットから小型爆弾を取り出し、対象を見ずに投げ、次の対象に光刃で斬撃する。そして背後で爆弾が爆発し、対象は木っ端微塵に吹き飛んだ。
 そのまま瀬上に凌は言った。

「船を降りて、俺は変わった。……ガラテアの訓練から逃げていた頃を懐かしく思うくらいにな」

 不意に哀愁を漂わせて凌は言った。彼がどこまで知っているのかわからない。それが過去に対してなのか、ガラテアに対してなのか判断はつかない。
 しかし、目の前にいる東條凌が瀬上の記憶にいるどうにも青臭さの抜けない外見と共に精神的成長も止まった様な、瀬上へのコンプレックスを内に秘めていた頃の東條凌とは全く異なる人物になっていることは理解できた。
 二人は襲いかかる敵を倒しながら、話す。もっとも凌が語り、瀬上はそれを聴くのみの状態ではあった。

「俺は瀬上、お前を倒す。事に今回はターゲットの横取りまでされたからな。……相変わらずのコソ泥振りで安心したよ」

 皮肉を多分に含んだその物言いから、彼の言うターゲットが教祖だったのはすぐに気づいた。
 それにこの宇宙にプレデターはウルフしか生き残っていないはずだ。プレデターの仮面はプレデターに一人前と認められた証だと云われている。つまり、ウルフとは異なる仮面を付けている凌はウルフからプレデターとして認められているということを指す。
 また、彼の左腕にはウルフがつけていたものと同型のガントレットを着けていた。光学迷彩もそうだ。そして、次々に使う暗器や小型爆弾もプレデターの使用する隠密特化の装備だ。普通の兵士や戦闘員が身につける装備ではない。そこにターゲットが教祖である事実を合わせれば、自ずと凌の正体は浮き彫りになる。
 いつの時代にも影として生き、人知れず悪を討つ暗殺者は存在していた。今の時代のそれが、凌なのだ。

「邪魔な奴らだ!」

 光刃で接近戦に突入した敵を一気に討ち払う。相手も接近戦が不利と判断し、距離が取られる。
 凌は両肩に手を回すと、背中に付けていた物干し竿の様な黒い棒を両手に掴むと背中から抜いた。同時に棒の半分から先端にかけて左右に割れ、↑型になる。
 そして、その先端から針状になった光撃が放たれた。まさに光の矢だ。凌は両手にもったそれから次々に光矢を放ち、敵を撃つ。つまり、あの物干し竿は凌の光撃を遠距離攻撃の光矢にして放つ彼専用のボーガンなのだ。
 同時に彼の装備がどれも暗殺に向いたものであるだけでなく、彼の光撃を補うものであった。本来は光刃や光剣など接近戦特化という印象の光撃だが、接近戦は当然ながら相手に接近する必要がある。自分のが優位な相手ならばそれでも問題ない。だが、互角以上の実力と接近前に攻撃が可能な相手にはその刃は届かない。
 しかし、隠密特化の装備、特に光学迷彩は少なくとも長距離戦から接近戦に持ち込む上でかなりの優位性がある。更に今は視界が悪くなるから外しているのだろうが、プレデターの仮面には様々索敵機能が付いていることを以前、ウルフから聞いたことがあった。サーモグラフィーや音響探査、暗視など。特にサーモグラフィーは同じく光学迷彩を使うことのできる瀬上も逃れられないで苦しんだ覚えがある。つまり、所謂ミラーマッチでも対応可能なのだ。
 そして、それでも補い切れない場合を想定しての殱滅用の武器として小型爆弾、長距離戦でも対応できるように光矢のボーガンを用意している。
 戦闘に向いた瀬上をもってしても一対一戦闘であれば勝てるかわからない。いや、むしろ負ける可能性が高い。凌のそれらは瀬上の特技を尽く潰している。というよりも、対瀬上戦を想定して設計された戦闘スタイルといっても過言ではない。否、むしろそれ以外に考えられない。
 瀬上に対しての態度、自信、それが対瀬上を想定しての実力を培ってきたことによるものであれば、理解できる。凌は常に瀬上を仮想敵として対峙し、我流の道を模索した末に行き着いたのがプレデターであり、暗殺者だったと考えられる。根っからの正義漢故に恐らく本気で悪のみを討つことを貫いているのだろう。そして、その善悪は自分自身の物差しのみで判断する。
 確かに昔とは違う。しかし、本質は何も変わっていない。

「やっぱりもう一度ぶん殴んなきゃいけなくなるかもな……」
「当然だ。但し、殴るのは俺で、殴られるのは瀬上、お前だ」

 どうやらリベンジマッチと勘違いしているらしい。やはり本質というのは数万年生きた程度で変わるものではないらしい。

「わかったよ。何度だって相手してやる!」

 二人は次々に襲いかかる敵を倒していく。
 まだ余裕もあった。
 しかし、それは彼らがこの後に更に一億体の「G」が投入されてくることを知らなかったからである。
9/12ページ
スキ