龍神《喰ウ者》
8
「おい、起きろ」
瀬上の声に菜奈美は目を薄っすらと開け、安心したような顔をすると再び目を閉じた。
「いやいやいや! 寝るなよ!」
「んん。もうちょっとだけ」
「寝ぼけるな! 俺達が助けるのにどんだけ大変だったと思うんだ!」
「えっ! あれ?」
はっと目を開いた。どうやら現実を思い出したらしい。
そして、改めて瀬上のことを見た。
「助かったの?」
「それはどっちの意味だ? 俺か? お前か?」
「どっちもよ!」
半泣きで瀬上に飛びつく菜奈美。どうやら混乱もあって情緒が不安定らしい。
「とりあえず、今は時間がないんだ」
瀬上が菜奈美に状況を理解させようと引き離す。
しかし、その時は既に今し方の不安定な様子から一変し、いつもの菜奈美に戻っていた。
「わかったわ。クーガーからも状況を聞いたし、もう私も落ち着いた」
「……何時間こうしてたんだ?」
「3時間程」
今までにも何度も経験した瀬上はすぐに菜奈美が時間を操って一瞬にして数時間以上も過ごしたことを理解した。
更にこの様子だとクーガー経由で今の状況も、菜奈美と瀬上の身に起きたことも、そしてガラテアのこともちゃんと理解し、冷静さを取り戻した後ということらしい。
そして、立ち上がると世莉の元に近づく。
「世莉ももう大丈夫? そろそろ3日間体を休ませた頃だけど」
「ん。助かった。……その神器とやらの負荷は単純な時間だけでなくならないみたいだが、ダメージは回復した」
世莉はゆっくりと体を起こして、菜奈美に答えた。
そして、それを確認すると菜奈美は二人に言った。
「クーガーから伝言よ。ギドラの方も時間がないけど、目先の地球も危ないみたい。今も「教団」の総攻撃が続いていてMOGERA単体じゃ防ぎきれなくなっているみたい」
「っても、俺達の加勢だけだ物量相手にどうにかなるのか?」
「もう一度バーニング瀬上になればどうにかなるんじゃないか?」
世莉が瀬上に真顔で言う。どうやら先程の瀬上のことをそう呼んでいるらしい。
「そのネーミングに対して物申したいところだが。……正直、今すぐもう一回ってのはキツい。冷静な頭で量子レベルの分解をするなんて、気が狂う」
「余計なことを考えないほどキレないとダメなのか。やっぱり瀬上は瀬上だな」
しかし、瀬上も強過ぎる力を制御できない自分が情けなく思う。ことに目の前にいる世莉は突然自分が空間の爾落人だと知って尚、すぐにその力を使って戦った過去がある。
瀬上は目を閉じ、改めて量子の世界に存在する電子に意識を向ける。この世のすべては電子なしでは成立しない。例外なのは同じ量子の世界に存在する素粒子くらいだが、それすらも全く無関係ではない。そして、自身の力がこの宇宙のあらゆるエネルギー、あらゆる物質の存在を左右することのできるものであり、更に時間の不可逆性の通用しない量子の世界に干渉できるということは、三佛すべてに関わる現象に影響を与えることができ、同時にそれぞれの要素に触れていることで、そのどれにも属さない独立した存在だと気づく。かつて佛達が示したそれぞれが世界を生み出し、維持する分担を思い出す。
次元はゲーム盤、万物は駒、真理はルールをそれぞれ司り、その三つが揃うことで世界というゲームは成立している。
だが、その理屈に当てはめると自身のこの力はどうだ? 量子の世界では時間の概念に捉われない。そして、その世界の中だけだがワープといえる位置の変化も当然起きる。そして、大それたものを扱うことはできないが、分解ができれば原子を作り、集めることで分子レベルならきっと合成もできる。思考の操作や世の理を変えることはできないが、電気的なエネルギーに変換可能な現象なら殆どに干渉が可能だ。つまり、ゲーム盤を自在に移動し、駒を好きに出し入れし、ルールを破らない限りは何でもできる。まるでチェスのクイーンを将棋で貼るようなチート行為だ。
更に、繊細過ぎて本当に気が狂うものであるが、意識下で電荷の陰陽関係を操る。不可能ではない。それが結論だった。その気になれば、電荷を逆転させて反物質すら作れる。
改めて、理解した。自分は三佛の世界にありながら、三佛から逸脱した存在。その様なゲームのシステムに組み込まれながら、チートのようなゲームバランスを崩す存在をバランスブレイカーという。正攻法以外の決着をゲームに与えたり、秩序そのものを揺るがすような駒をあえて盛り込むことで変化をつけ、ゲームの再挑戦への負荷を軽くさせるギミックに採用される存在だ。
佛直系能力を持つ爾落人達が所謂正攻法の最強駒であるならば、その秩序を無視した最強駒になる自分はまさにバランスブレイカーだ。
そして、再度今の状況に当てはめる。本来この世界のゲームオーバーは根源とやらと佛が戦いを挑む果てしなく遠い未来のことだ。しかし、ギドラという横槍が入り、ゲームのバランスは崩れ、打ち止めとなる危機に瀕している。そんな時、自分はバランスブレイカーの役割を帯びてしまった。
「これはヤレってことか」
瀬上は結論を出すと、嘆息して体を伸ばした。
その様子に目を丸くする二人。だが、瀬上は思う。こういう時くらいはかっこよく言ってもいいだろうと。
「お前らはギドラのところへ行って、さっさとゾグの力でこの危機を終わらせろ。地球は俺が護る!」
「電磁バカ……」
「菜奈美、惚れ直しているみたいだけど、元々それしか方法はないよ」
世莉の一言で一気に場が醒めた。
瀬上達がそれぞれの場所に転移した頃、「教団」母星内部はまだ教祖の死亡の事実を知らない者達が地球総攻撃の部隊を次々に送り出していた。
先陣を切っていたのは「教団」内部の関係者ではなく、地球攻略やギドラの世界滅亡によって利を得られる銀河系最大勢力にあたる軍事国家の部隊であった。
もっとも人的資源を湯水の如く浪費するこの地球との戦争が、先時代的な資本主義思想と真逆の思想に基づいていることに疑問を抱いているものも少なくはなかった。
しかし、その中枢部は「教団」思想と同じく、永劫の生にある意味に価値を求めており、ギドラによる救済は彼らにとって利益の生産に他ならなかった。故に、それを阻みその価値を暴落させようとする地球とは、この新たな価値観の中において倒さなければならない敵に他ならなかった。
そして、客観的な疑問を抱くのは所詮戦いの外にある第三者であり、当事者たるこの場にいる兵士たちはただ任務に忠実であり、政治的、宗教的なことを考え、悩むことはない。優秀な兵士教育の賜物ではあるが、実際のところは人的資源の大量投入が可能な理由と同一の理由である。
かつての地球でも倫理性の評価は時代や社会によって異なっていた。そうした文明を持つ星が無数にある宇宙となれば、倫理性など星の数ほど存在する。全宇宙で結ばれている法もまた、厳密にいえば法ではなく、条約や宣誓に該当する。ガラテアが太陽系を武装したのも、正しくは違法行為でなく、条約無視になる。同様に、「教団」に配された兵は軍事利用を目的としての精神洗脳を制限する決まりを無視して用意されている。制限なのは種の生存戦略上、寄生や精神洗脳を行い文明を発展させてきた場合、それこそがその種にとっての倫理的行為になる為だ。
いずれにしても、大量生産と精神洗脳によってそれこそ製造工場の如く人的資源は生み出され、大量消費する物量戦を可能にしている。
残存勢力はまだ多数残っており、「教団」に直属する者も含めるとまだ星の中に待機する戦力だけでも最盛期の地球に匹敵する規模となっていた。ほとんど人工物で改造された星は大きく五層構造で、大気圏の代わりに生命を守るかつての地表の直下部に広がる深さ1キロの第一層、その下部に更に600メートルの深さで広がる第二層、同じ深さの第三層と第四層、そして最下層は礼拝堂と同じ天井までの高さが他よりも低い第五層となっている。部隊が待機するのはこの第一層であり、居住区は存在せず、星を移動させる巨大噴射装置や部隊の待機している宇宙港のような広大な平地が広がっている。
二層から四層に本来の星で暮らす為に存在する必要のある居住区が無数に存在しており、森や海も存在している。
そして、最下層である第五層、教祖のいた礼拝堂に近いエリア。この層は星を支える構造体が大部分を占めている為、礼拝堂のように箱状のブロック単位で空間が分けられており、ブロック間は通路で結ばれている為、星の内部というよりも建築物の内部構造に似ている。
そのブロックのひとつに「教団」で教祖から無機物で構成されたものであらば遠隔操作が可能となる能力を持つことから神格を与えられ、信仰対象となっている柱の一人が待機していた。
教祖同様、「教団」のローブを羽織ったその柱の顔は地球の昆虫のセミに酷似していた。セミに似た特徴を持つ人類は、地球人やグレイ、ケムール人など、宇宙全体に似た特殊を持つ知的生命体としてメジャーな種の一つである。彼はその内のチルソニア遊星人で、首から下は地球人などと同じヒトの特徴を有している。
彼はMOGERAと戦う地球攻略の戦況が映るテーブルを立ったまま見つめている。
彼のいる空間は礼拝堂に比べてかなり狭い。一辺10メートル程度の立方体であり、部屋と呼ぶべき規模のものであった。部屋に彼以外の者はおらず、彼の見つめる大テーブル以外に室内の物もない。金属製の床や壁も装飾は一切ない、実に殺風景な部屋であった。
そのような空間の中、彼は戦況を見つめて腕を組み、独り言を呟いていた。
「まだ教祖様の死は我ら柱しか知らない。指揮系統も我々で十分に機能する。……ならばこのまま隠すのが最善といえるか」
教祖の死は教祖と降神で繋がっていた神格を与えられた柱だけである。直接現場の確認をしていないため、まだ誰もその相手が瀬上であることは愚か、菜奈美が開放されたことも知らない。そして、実際に現場へ誰かが赴いて確認をすることは教祖の死を隠蔽する上で大きなリスクとなる。
戦闘の只中である現状において、実際に教祖が生存していないといけない理由はさして高くない。今ここにいるセミ人間の彼はその能力故にこの星のコントロールや指揮系統を教祖に代わり、実質的にその司令を行なっていた。つまり、彼がいる限り、指揮系統にさした問題は生じないのである。
そこに「教団」のマークである七芒星の紋章が描かれた軍服を着た地球人型の少女が入室した。見た目は地球人の十歳程度の子どもだが、彼女は「教団」の部隊のリーダー格の一人だ。
「報告! これより「教団」部隊の投入を始めます」
「有無。……教祖様には私から伝えよう」
「御意」
「よし、下がれ」
彼の言葉を受け、少女は両腕を上にし、万歳のポーズを取る。これはそれぞれの腕がギドラの首を表しており、「教団」にとって龍神への敬意を表した最上級の敬礼にあたる。
彼も両手を上げ、礼を返すと、少女は部屋を出て行った。
教祖の死は隠蔽することにした。残り僅かな時間を稼ぐだけで、「教団」の目的が果たされる。教祖は一足先に救済されただけに過ぎない。
「しかし、教祖様を殺せる者がいるとは。……この戦いの果てに我らの救いは間違いなくある」
彼は細笑んだ声を上げる。ギドラの勝利は目前である。ならば、この段階での死はすでに救済を約束されていると言って差し支えない。勿論、喰ウ力や教祖の能力を上回る存在の可能性は否定できないが、それは限りなくゼロであり、現実的とはいえない。
最も可能性が高い死因は力を使う隙もなく死んだ場合。つまり、暗殺だ。
「暗殺者はまだこの星の中か。……しかし、教祖様が気づかないほどの隠密技能を有する暗殺者など」
広い宇宙であってもごく僅かだ。故に候補も彼が耳にしたことのある腕利きの者になる。
もっとも可能性が高い存在が浮かんだ。姿を完全に消せる光学迷彩を使い、己の正義で悪となる者のみをターゲットにする伝説的な暗殺者。
そして、仮に教祖がターゲットなら、それは果たして教祖だけなのだろうかという疑問が頭をよぎった。
この争いに終止符を打つ為の暗殺であれば、教祖だけでは不十分だ。実際に戦いの指揮をしている者をターゲットにする必要が生じる。
「私も狙われて…いっ! グハッ!」
突然、胸が光剣によって背後から貫かれた。
そして、光剣が消えると彼はその場に崩れる様に倒れた。
その背後には何もなかったが、一瞬ノイズが走り、仮面が現れ、次の瞬間には再び消えていた。
宇宙一のハンターとも云われる民族。プレデターのそれであった。
「おい、起きろ」
瀬上の声に菜奈美は目を薄っすらと開け、安心したような顔をすると再び目を閉じた。
「いやいやいや! 寝るなよ!」
「んん。もうちょっとだけ」
「寝ぼけるな! 俺達が助けるのにどんだけ大変だったと思うんだ!」
「えっ! あれ?」
はっと目を開いた。どうやら現実を思い出したらしい。
そして、改めて瀬上のことを見た。
「助かったの?」
「それはどっちの意味だ? 俺か? お前か?」
「どっちもよ!」
半泣きで瀬上に飛びつく菜奈美。どうやら混乱もあって情緒が不安定らしい。
「とりあえず、今は時間がないんだ」
瀬上が菜奈美に状況を理解させようと引き離す。
しかし、その時は既に今し方の不安定な様子から一変し、いつもの菜奈美に戻っていた。
「わかったわ。クーガーからも状況を聞いたし、もう私も落ち着いた」
「……何時間こうしてたんだ?」
「3時間程」
今までにも何度も経験した瀬上はすぐに菜奈美が時間を操って一瞬にして数時間以上も過ごしたことを理解した。
更にこの様子だとクーガー経由で今の状況も、菜奈美と瀬上の身に起きたことも、そしてガラテアのこともちゃんと理解し、冷静さを取り戻した後ということらしい。
そして、立ち上がると世莉の元に近づく。
「世莉ももう大丈夫? そろそろ3日間体を休ませた頃だけど」
「ん。助かった。……その神器とやらの負荷は単純な時間だけでなくならないみたいだが、ダメージは回復した」
世莉はゆっくりと体を起こして、菜奈美に答えた。
そして、それを確認すると菜奈美は二人に言った。
「クーガーから伝言よ。ギドラの方も時間がないけど、目先の地球も危ないみたい。今も「教団」の総攻撃が続いていてMOGERA単体じゃ防ぎきれなくなっているみたい」
「っても、俺達の加勢だけだ物量相手にどうにかなるのか?」
「もう一度バーニング瀬上になればどうにかなるんじゃないか?」
世莉が瀬上に真顔で言う。どうやら先程の瀬上のことをそう呼んでいるらしい。
「そのネーミングに対して物申したいところだが。……正直、今すぐもう一回ってのはキツい。冷静な頭で量子レベルの分解をするなんて、気が狂う」
「余計なことを考えないほどキレないとダメなのか。やっぱり瀬上は瀬上だな」
しかし、瀬上も強過ぎる力を制御できない自分が情けなく思う。ことに目の前にいる世莉は突然自分が空間の爾落人だと知って尚、すぐにその力を使って戦った過去がある。
瀬上は目を閉じ、改めて量子の世界に存在する電子に意識を向ける。この世のすべては電子なしでは成立しない。例外なのは同じ量子の世界に存在する素粒子くらいだが、それすらも全く無関係ではない。そして、自身の力がこの宇宙のあらゆるエネルギー、あらゆる物質の存在を左右することのできるものであり、更に時間の不可逆性の通用しない量子の世界に干渉できるということは、三佛すべてに関わる現象に影響を与えることができ、同時にそれぞれの要素に触れていることで、そのどれにも属さない独立した存在だと気づく。かつて佛達が示したそれぞれが世界を生み出し、維持する分担を思い出す。
次元はゲーム盤、万物は駒、真理はルールをそれぞれ司り、その三つが揃うことで世界というゲームは成立している。
だが、その理屈に当てはめると自身のこの力はどうだ? 量子の世界では時間の概念に捉われない。そして、その世界の中だけだがワープといえる位置の変化も当然起きる。そして、大それたものを扱うことはできないが、分解ができれば原子を作り、集めることで分子レベルならきっと合成もできる。思考の操作や世の理を変えることはできないが、電気的なエネルギーに変換可能な現象なら殆どに干渉が可能だ。つまり、ゲーム盤を自在に移動し、駒を好きに出し入れし、ルールを破らない限りは何でもできる。まるでチェスのクイーンを将棋で貼るようなチート行為だ。
更に、繊細過ぎて本当に気が狂うものであるが、意識下で電荷の陰陽関係を操る。不可能ではない。それが結論だった。その気になれば、電荷を逆転させて反物質すら作れる。
改めて、理解した。自分は三佛の世界にありながら、三佛から逸脱した存在。その様なゲームのシステムに組み込まれながら、チートのようなゲームバランスを崩す存在をバランスブレイカーという。正攻法以外の決着をゲームに与えたり、秩序そのものを揺るがすような駒をあえて盛り込むことで変化をつけ、ゲームの再挑戦への負荷を軽くさせるギミックに採用される存在だ。
佛直系能力を持つ爾落人達が所謂正攻法の最強駒であるならば、その秩序を無視した最強駒になる自分はまさにバランスブレイカーだ。
そして、再度今の状況に当てはめる。本来この世界のゲームオーバーは根源とやらと佛が戦いを挑む果てしなく遠い未来のことだ。しかし、ギドラという横槍が入り、ゲームのバランスは崩れ、打ち止めとなる危機に瀕している。そんな時、自分はバランスブレイカーの役割を帯びてしまった。
「これはヤレってことか」
瀬上は結論を出すと、嘆息して体を伸ばした。
その様子に目を丸くする二人。だが、瀬上は思う。こういう時くらいはかっこよく言ってもいいだろうと。
「お前らはギドラのところへ行って、さっさとゾグの力でこの危機を終わらせろ。地球は俺が護る!」
「電磁バカ……」
「菜奈美、惚れ直しているみたいだけど、元々それしか方法はないよ」
世莉の一言で一気に場が醒めた。
瀬上達がそれぞれの場所に転移した頃、「教団」母星内部はまだ教祖の死亡の事実を知らない者達が地球総攻撃の部隊を次々に送り出していた。
先陣を切っていたのは「教団」内部の関係者ではなく、地球攻略やギドラの世界滅亡によって利を得られる銀河系最大勢力にあたる軍事国家の部隊であった。
もっとも人的資源を湯水の如く浪費するこの地球との戦争が、先時代的な資本主義思想と真逆の思想に基づいていることに疑問を抱いているものも少なくはなかった。
しかし、その中枢部は「教団」思想と同じく、永劫の生にある意味に価値を求めており、ギドラによる救済は彼らにとって利益の生産に他ならなかった。故に、それを阻みその価値を暴落させようとする地球とは、この新たな価値観の中において倒さなければならない敵に他ならなかった。
そして、客観的な疑問を抱くのは所詮戦いの外にある第三者であり、当事者たるこの場にいる兵士たちはただ任務に忠実であり、政治的、宗教的なことを考え、悩むことはない。優秀な兵士教育の賜物ではあるが、実際のところは人的資源の大量投入が可能な理由と同一の理由である。
かつての地球でも倫理性の評価は時代や社会によって異なっていた。そうした文明を持つ星が無数にある宇宙となれば、倫理性など星の数ほど存在する。全宇宙で結ばれている法もまた、厳密にいえば法ではなく、条約や宣誓に該当する。ガラテアが太陽系を武装したのも、正しくは違法行為でなく、条約無視になる。同様に、「教団」に配された兵は軍事利用を目的としての精神洗脳を制限する決まりを無視して用意されている。制限なのは種の生存戦略上、寄生や精神洗脳を行い文明を発展させてきた場合、それこそがその種にとっての倫理的行為になる為だ。
いずれにしても、大量生産と精神洗脳によってそれこそ製造工場の如く人的資源は生み出され、大量消費する物量戦を可能にしている。
残存勢力はまだ多数残っており、「教団」に直属する者も含めるとまだ星の中に待機する戦力だけでも最盛期の地球に匹敵する規模となっていた。ほとんど人工物で改造された星は大きく五層構造で、大気圏の代わりに生命を守るかつての地表の直下部に広がる深さ1キロの第一層、その下部に更に600メートルの深さで広がる第二層、同じ深さの第三層と第四層、そして最下層は礼拝堂と同じ天井までの高さが他よりも低い第五層となっている。部隊が待機するのはこの第一層であり、居住区は存在せず、星を移動させる巨大噴射装置や部隊の待機している宇宙港のような広大な平地が広がっている。
二層から四層に本来の星で暮らす為に存在する必要のある居住区が無数に存在しており、森や海も存在している。
そして、最下層である第五層、教祖のいた礼拝堂に近いエリア。この層は星を支える構造体が大部分を占めている為、礼拝堂のように箱状のブロック単位で空間が分けられており、ブロック間は通路で結ばれている為、星の内部というよりも建築物の内部構造に似ている。
そのブロックのひとつに「教団」で教祖から無機物で構成されたものであらば遠隔操作が可能となる能力を持つことから神格を与えられ、信仰対象となっている柱の一人が待機していた。
教祖同様、「教団」のローブを羽織ったその柱の顔は地球の昆虫のセミに酷似していた。セミに似た特徴を持つ人類は、地球人やグレイ、ケムール人など、宇宙全体に似た特殊を持つ知的生命体としてメジャーな種の一つである。彼はその内のチルソニア遊星人で、首から下は地球人などと同じヒトの特徴を有している。
彼はMOGERAと戦う地球攻略の戦況が映るテーブルを立ったまま見つめている。
彼のいる空間は礼拝堂に比べてかなり狭い。一辺10メートル程度の立方体であり、部屋と呼ぶべき規模のものであった。部屋に彼以外の者はおらず、彼の見つめる大テーブル以外に室内の物もない。金属製の床や壁も装飾は一切ない、実に殺風景な部屋であった。
そのような空間の中、彼は戦況を見つめて腕を組み、独り言を呟いていた。
「まだ教祖様の死は我ら柱しか知らない。指揮系統も我々で十分に機能する。……ならばこのまま隠すのが最善といえるか」
教祖の死は教祖と降神で繋がっていた神格を与えられた柱だけである。直接現場の確認をしていないため、まだ誰もその相手が瀬上であることは愚か、菜奈美が開放されたことも知らない。そして、実際に現場へ誰かが赴いて確認をすることは教祖の死を隠蔽する上で大きなリスクとなる。
戦闘の只中である現状において、実際に教祖が生存していないといけない理由はさして高くない。今ここにいるセミ人間の彼はその能力故にこの星のコントロールや指揮系統を教祖に代わり、実質的にその司令を行なっていた。つまり、彼がいる限り、指揮系統にさした問題は生じないのである。
そこに「教団」のマークである七芒星の紋章が描かれた軍服を着た地球人型の少女が入室した。見た目は地球人の十歳程度の子どもだが、彼女は「教団」の部隊のリーダー格の一人だ。
「報告! これより「教団」部隊の投入を始めます」
「有無。……教祖様には私から伝えよう」
「御意」
「よし、下がれ」
彼の言葉を受け、少女は両腕を上にし、万歳のポーズを取る。これはそれぞれの腕がギドラの首を表しており、「教団」にとって龍神への敬意を表した最上級の敬礼にあたる。
彼も両手を上げ、礼を返すと、少女は部屋を出て行った。
教祖の死は隠蔽することにした。残り僅かな時間を稼ぐだけで、「教団」の目的が果たされる。教祖は一足先に救済されただけに過ぎない。
「しかし、教祖様を殺せる者がいるとは。……この戦いの果てに我らの救いは間違いなくある」
彼は細笑んだ声を上げる。ギドラの勝利は目前である。ならば、この段階での死はすでに救済を約束されていると言って差し支えない。勿論、喰ウ力や教祖の能力を上回る存在の可能性は否定できないが、それは限りなくゼロであり、現実的とはいえない。
最も可能性が高い死因は力を使う隙もなく死んだ場合。つまり、暗殺だ。
「暗殺者はまだこの星の中か。……しかし、教祖様が気づかないほどの隠密技能を有する暗殺者など」
広い宇宙であってもごく僅かだ。故に候補も彼が耳にしたことのある腕利きの者になる。
もっとも可能性が高い存在が浮かんだ。姿を完全に消せる光学迷彩を使い、己の正義で悪となる者のみをターゲットにする伝説的な暗殺者。
そして、仮に教祖がターゲットなら、それは果たして教祖だけなのだろうかという疑問が頭をよぎった。
この争いに終止符を打つ為の暗殺であれば、教祖だけでは不十分だ。実際に戦いの指揮をしている者をターゲットにする必要が生じる。
「私も狙われて…いっ! グハッ!」
突然、胸が光剣によって背後から貫かれた。
そして、光剣が消えると彼はその場に崩れる様に倒れた。
その背後には何もなかったが、一瞬ノイズが走り、仮面が現れ、次の瞬間には再び消えていた。
宇宙一のハンターとも云われる民族。プレデターのそれであった。