龍神《喰ウ者》

6


 教祖は東京ドームにも匹敵する巨大な礼拝堂にいた。そこはこの星を管理する中枢部にあり、核の管理、そしてエネルギーの抽出を行い、地表の各所にあるジェットパイプ基地へと供給されている。ジェットパイプから放出された推進力によって星を任意の方角へ移動させる。つまり、この星は巨大な球体宇宙船になっているのだ。
 そして、供給されるエネルギーは星の中に暮らす民の営みにも利用されている。地表に大気は存在せず、地表の大半は人工的に作られた隔壁によって覆われている。しかしながら、僅かに残る荒廃した大地には朽ちた建築物が残されており、遥か昔は地表に大気もあり、地上に生命が暮らしていた面影が残されている。
 礼拝堂内は金属の床が敷かれ、壁はパイプが伸びている。およそ礼拝堂からは程遠い造りだが、パイプに囲まれるように壁に設置された金色の龍を象った像やレリーフ、床に置かれた色の異なる敷板、そして正面に一際大きく置かれた三つの龍の首が絡み、二本の尾と翼が七芒星を描いた神像がここを礼拝堂と為している。そして、神像の前に聖職者然とした金の刺繍が施された黒に近い濃い紫色のローブを羽織った教祖が立っていた。
 そしてその頭上、礼拝堂の50メートルを超える高さの天井に漆黒のキューブがあった。それは吊り下げられているのでも置かれているのでもない。全く揺れることなく静止した状態で、一辺5メートルの立方体がそこに存在していた。
 教祖はキューブの前に現れた者達の存在にすぐ気づいた。

「ようこそ。我が「教団」本部へ。……残念ながら、それは空間を司る力でもどうすることはできませんよ。降りてきませんか?」

 教祖に言われた世莉達は結界で作った足場を降下させる。
 床に降りた瀬上は目の前に立つ教祖を見て言った。

「お前が教祖? ここは母星だと聞いていたが、お前はキール星人じゃないか?」
「如何にも、私はキール星人だ」

 教祖はローブのフードを外し、キール星人の特徴である棘の多い青いヘルメット状の仮面を露わにし、両手を広げて誇らしげに答えた。

「しかし、キール星の本星がすべての者にとっての母星という訳ではない。戦いの絶えない宇宙にあっても好戦的な種といわれる我々の祖先は支配下に置いた星を植民地とした。この星もその一つで、私もこの地で生まれた」

 しかし、この星は資源に乏しい星だった。
 言葉を紡ぎながら、教祖はこの星の過去を回想していた。
 爾落として生まれた彼がこの星の統治責任者となったのは親兄弟、友人が寿命を迎えた後だった。一介の民として生まれ育った頃の記憶にあまり良い思い出はない。支配を受け、隷属した先住民と大差はない。それが開拓の道具として植民地に送り込まれる力のないキール星人の扱いであった。爾落の力を持つ彼もそれは例外でなかった。秀でた戦闘能力など、優れた力を持つならば、それも違ったかもしれない。
 宇宙で脅威となるような「G」すらも利用するキール星人にとって、爾落人であること自体は死に難い長命な変異種程度の認識にしかならず、その能力が本星にとって有益でなければ、優遇されることもない。
 彼の能力は長らく「交信」や「交神」と言われていた。つまり、神格化されたそれの御言を受ける力。信仰の対象となっていた三佛の真理や万物の声も何度か耳にしたこともある。しかし、それで何かがあることもない。彼らからの救済を受ける訳でもない。ただ、神格化され、信仰の対象として人々から望まれた「神」の声が聴こえるだけの能力だった。
 しかし、星の資源に限界が来て、地軸や自転、核の活動低下といよいよ寿命が近づいた頃、植民地の統治をしていた有力者は早々に星の見切りをつけて宇宙へと去った。統治者を失い、宇宙に出ることが死よりも過酷な運命となることがわかっている貧しい人々は悲観していた。遠い未来の宇宙の救済でなく、目先にある絶望からの救済、そして死よりも過酷な運命への救済を人々が求める時、唐突に彼はこれまでとは全く異なる「神」の声を聴いた。

『それは「死」への羨望か? それとも「生」への絶望か? 輪廻もそこに救いがなければ、ただの地獄。世界から滅しようと、真なる終わりへの渇望は満たされぬ。世界を無に戻されては絶望も羨望も残らない。それは、当然だ。だが、それを佛に任せていれば救われるほど世界は恵まれた者たちで満ちてはいない。満たされたいのだろう? 輪廻に救いのない貴様達を救い、世界に正しき終わりをもたらそう。満たしてやる。ヤツらに出来ぬ、終わりの救済を』

 それは勝手に聴こえる「神」の戯言ではなかった。彼に向けられた「神」からの語らいであった。彼は初めて「神」と意思疎通をした。その「神」は自らを龍神、ギドラと称した。そして、運命を喰ウ者と語った。
 「教団」が今の宗教団体としての組織化、そして彼が教祖となり、滅びゆく星を改造して「教団」の本部である今の姿となるまでにさして時間はかからなかった。
 それは教祖の持つ能力によるものが大きい。彼の力はこれまで全く本来の力を発現できていなかったのだ。「神」を降す力。「降神」。それが、本当の力であった。
 一方的に「神」の言葉を聞いているだけでは全く意味がない。「神」が耳を傾け、相互で合意を形成し、その神格を降す。それは意思疎通だけではない。その神格を降臨させることや神器に宿すこと、それはつまりギドラの喰ウ力を使うことや神器に宿し、新たな「G」を作り出すことを意味していた。
 能力の特性上、周囲にその信仰者が多ければ多いほど、人々の望みは強い、そして濃くなる。礼拝堂で人々が祈る中、その力はもはや喰ウ者と同じ力を持つ程のモノになった。その力を使い、教祖は龍神の意思に従い、脅威となる悪しき存在、佛の片割れを誘き出し、ここに封じた。
 そして、今、運命の日に供物となるもう一つの片割れが彼の元に現れた。

「この記念すべき日にようこそいらっしゃいました」
「話が通じるとは思わないが………。菜奈美を返してほしい」
「彼女から佛の力を喰ウことができたなら、それも叶えてあげられますが、残念ながら私の力ではあの様に封じるのが精一杯なのです。申し訳ありませんが、すべての儀式が終わるまでお待ちください」
「儀式とやらが終わったら、この世界も終わっちまってるだろうが!」

 瀬上は語気を荒げ、全身から電撃が溢れる。金属性の床や壁のパイプも磁力の乱れを受けてガタガタと揺れる。

「瀬上、落ち着け。アイツの力じゃないと菜奈美を助け出すことができないんだ」

 世莉が瀬上を制して宥める。
 しかし、世莉自身としても戸惑っていた。空間の力で干渉できない空間が存在することは、三佛による理で存在しているこの世界において、本来あり得ないことであった。全く別の概念による干渉であっても、それは菜奈美を救出できないことになる要因になる可能性はあっても、その座標に干渉できない要因にはならないのだ。菜奈美の囚われたキューブは宇宙空間から切り離され、空間の力では存在しないと認識されてしまう。それは「空間」という、この世界において佛に次ぐ、二番目に優位性の高い力よりも優位の力が作用していることを意味する。世界の理や概念に直接影響を与える能力でも、現象としては打ち消しや無効化だ。全くの干渉不可能な領域ということは本来あり得ないことなのだ。

「身の程を理解されているようで安心しましたよ。空間よ、神は貴女を赦し、救うことでしょう。……さぁ、赦しをっ! その献身をもって乞うのですっ!」

 教祖が両手を掲げ、天を仰ぎ、叫ぶ。
 そして、彼のローブがはためき、全身を金色のオーラが包む。
 天を仰ぎ見たまま、だらりと両腕が降ろされ、ゆらりと右手だけ上がると世莉に向けて指をさした。そして、未だ天井を仰ぐ教祖の口から彼とは異なる低い嗤い声が漏れ出る。

【ククク……。クハハハハ………ッ!】
「っ! き、貴様はっ!」

 その瞬間、世莉は全身に電流が走るかの如く全身の毛が逆立った。忘れない。いや、この様な嫌な感覚は、忘れたくても忘れられない感覚であった。圧倒的な殺意。悪意。そして、敵意。
 世莉だけではなかった。瀬上とガラテアも有り得ない。あり得てはいけない存在に絶句と、そして疑うことのできない確信を覚えた。

「「「レリック!」」」
【ククク、すぐに気づいたとは。やはり佛どもと違い、二度も直接の邂逅をした貴様達は違うということか】

 その声はあっさりと認めてしまった。
 それは彼らにとって、明らかな矛盾であった。万物の片割れ、殺ス者。そのレリックは遥か昔、40世紀の地球で時空の力によって完全に滅ぼされたはずだ。そもそも自身の力の眷属ともいえる片割れの存在に対峙した万物の佛がそれと気づかなかったことも解せない。

「どうしてお前がいる!」
【四ノ宮世莉、聞いてくれて嬉しいぞ! 殺ス者を殺した貴様には私にそれを聞く権利が、否! 義務がある!】
「御託はいい!」

 世莉がレリックこと龍神を降している教祖に向けて手をかざし、結界を使う。
 しかし、結界は彼の体に触れた瞬間に消えた。これまでに感じたことのない感触が世莉を襲う。思わず彼女はその場に跪く。

「四ノ宮!」
「な、何だ? 結界を取り込まれた? というか、力を引き込まれたぞ」
【ククク。気の早い女だ。ゆっくり喰ウつもりなのだから、大人しく話を交わそうではないか。これでも私は私を殺したお前達に、敬意。……いや、感謝の念すらもっている】
「感謝だと?」
【私に死を満たし、完全なら敗北を与えてくれたのだからな。当然だ。……いや、厳密に云うならば、私ではなく、殺ス者というべきか】

 それを聞いて、ガラテアは気がついた。
 目の前に現れたレリックはレリックだが、殺ス者ではないことに。

「こいつはレリックだが、殺ス者とは全く異なる存在だ! わかる。……かつて私は真理から分かれて一つの独立した存在となった。ヤツも同じようなものだ。レリックであっても、かつてのレリックとは別の存在だ」
【その通り。同じ眷属から開放された者という事か。……殺ス者としての私は確かにあの時、お前達の召喚した次元の魔獣に滅ぼされた。しかし、抜かったな。……いや、本物の次元の佛でないお前達にはアレが限界だった。この世界から締め出され、本来なら完全に消滅する筈だった私だが、完全な消滅はあり得ない話だった。何故なら、万物の一つである殺ス力の概念をこの世界から消滅することは不可能。この宇宙において、殺ス者が二度と存在できなくなった。それだけに過ぎない。死を経験した私は殺ス者でなく、宇宙の概念の一つとなった。……いや、なった筈だった。しかし、死の淵で私はその死を恐れ、敗北に満たされ、消滅を拒絶した。……つまり、わかるか? ……いや、その所詮はこの宇宙と心中することが許される貴様達にはわかる筈もない!】

 レリックの声は威圧した。猛烈な悪意に、三人は吐き気を催し、立つこともできず、その場に跪くが、それも辛い。

【根源とやらまで外の存在ならば、それもまた良いだろう! だが、それも叶わない! 私はこの宇宙から外へと押し出された。お前達が中途半端な力によって殺ス者だけを殺したからなっ! 地獄の先にあるのはやはり地獄だった。フフフ……あのギドラというのは高位次元の生命体でな。勿論、私は喰われた。それは喰われたよ。何度も。何度も何度も! 何度も何度も何度も何度もっ! ……無限に喰われたが、いつの間にか私が喰っていた。………ククク。喰ウ側になったのだよ。そして、来たのだ。この世界を喰ウ為にな】

 復讐。それこそが、かつての殺意を上回る今のレリックのもつ悪意の正体であった。
 そして、彼らも理解した。言葉の通りのものだ。次元が違うのだ。レリックは戦う度にその力を強め、そしてこの宇宙の原理現象の象徴である「G」に対する悪意と憎悪を深めていたのだ。それが遂に宇宙を超越してしまった。

「タチ悪過ぎだろ」

 最早体を起こしていることもできず、うつ伏せになった瀬上がボヤいた。








 一方、星の外側である宇宙空間では、地球への攻撃が絶えず行われていた。
 地球にはスターファルコンの力によって直接被害をまだ与えられていないものの、次々と星から現れる軍団にランドモゲラーの火力も押し切れずにいた。

『なんなのよっ! 「教団」ってのは畑でとれるの?』
『そう云えてしまうのも無理もない圧倒的な物量ですね。まだまだあの星の中に戦力が待機しています。万単位ならこの巨大な二機の火力で物量にも対抗できますが、兆に達する数です。しかも地上であれば怪獣クラスの「G」として名を馳せる程のものも含まれています』
『……ムツミさん。少しここのコントロールを貴女にお願いします。負荷をかけてしまいますが、元々私よりこの手のことは貴女の方が向いています。それより、私はこの戦況そのものを何とかしようと思います』
『……わかったわ! それなら、コレをもっと使いやすい状態にするわね』

 ムツミは二機のコントロールを受け取った。そして、二機に変形の司令を出す。
 宙域の雰囲気が変わった。真理の力で地球への影響を避ける為に重力と引力を無効にしている。しかし、質量は物体として存在している以上、完全に無効化することはできない。
 巨大な質量の有する機体が変形を始める。
 それは地球上でも気流が乱れ、突然の嵐や高潮を起こすほどのものであった。故に、周囲に攻撃の為に近づいていた敵部隊は更なる影響を受けた。直接の影響はなくても、接触した小惑星やチリは流星群となって襲いかかり、宇宙線の流れも変化する。
 変形した二機の間には合体のサポートをする為の磁場が生じる。間に挟まれた師団級の
艦隊、怪獣規模の「G」がその強力なエネルギーに巻き込まれる。機械計器は軒並み破壊、「G」も内部から破裂。一瞬にして、そこは阿鼻叫喚の地獄と化した。

『MOGERA、合体っ!』

 ムツミの声が音のない静寂の爆発や破裂の連鎖が起きる宙域に轟いた。
 そして、沈黙の闇の中に無数の軍団やスターデストロイヤー級の艦隊を押し潰して二機は合体し、MOGERAがその姿を現した。それは「教団」の星に匹敵する大きさの超巨大ロボット兵器であった。

『稼げるだけ時間を稼ぐけど、そう長くはないわよ』
『わかっていますよ。では、よろしくお願いします』

 そして、クーガーはMOGERAから意識を離した。
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