龍神《喰ウ者》
4
「まずはここのアイランドキッチンの設備について説明しましょうか?」
「いや、この星とこの仮想世界についてを先に説明してくれ」
マイペースなムツミにとりあえず、定型句的な訂正をする。そんな瀬上の前には、市販のケーキ屋はおろかホテルのスィーツといっても通用する完璧な盛り付けで皿に置かれたティラミスがあった。ココアパウダーだけでなく金粉がまぶされ、カシスが混ざったチョコレートソースが直方体のティラミスを中心に円を描くように流されている。
「まぁいいわ。じゃあ、瀬上さんも認識しやすいように、そこの7.5chホームシアターと繋がっている55型4Kチューナー内臓有機ELテレビに映像として映しながら説明するわね」
さりげなく仮想世界のAV環境を自慢しながらムツミは説明を始める。
テレビにこの星のイメージ映像が映る。ムツミが話し始めずにチラチラと瀬上とティラミスを見る。先に食べろと言いたいらしい。
瀬上は何も言わず、一口ティラミスを食べる。期待を裏切らない最高の美味しさだ。思わず顔が綻ぶ。
それを確認して満足したらしく、ムツミはウンウンと頷き、話し始めた。
「そもそもこの星は人工的に生み出された星よ。それも想造によってね」
「じゃあ、この星はパレッタの作品なのか?」
「そうよ。時期としては五万年くらい前かな? 瀬上さんが行方不明になってそこまで経ってない頃だった筈、とデータではなっているわ!」
「随分あやふやだな」
「まぁそれは勘弁して。流石に仮想世界を何度も作り直しながら長い時間をここの中で生きていたのだから、自分の記憶はもうあてにならないわ」
チラッとムツミはリビングに飾られた写真を見て言った。それに釣られて瀬上も写真を見ると、ムツミとケンの写真であった。過去の記憶から復元したものとしては、明らかに彼の生きていた時代の地球とは異なる背景の写真もある。
つまり、そういうことなのだろう。
それを肯定する気も否定する気もない瀬上は何も言わず、テレビに視線を戻す。
「この星は私達の家であり、体としてパレッタに作ってもらったものなのよ」
「……アンタは分かるが、クーガーの体?」
「多分瀬上さんも気づいていたんじゃない? クーガーは無数の情報を視ることができる。かつては地球だけの範囲のことだったけど、宇宙に出てからはその情報量が比ではなくなったわ」
「あぁ」
確かにクーガーは宇宙へ進出してから次第に人前に顔を出すことが少なくなっていた。ほとんどの時間を目を閉じて瞑想して過ごす姿を度々目にしていた。
「それが限界に来たのよ。そこでこの星を作ってもらって、クーガーは星と一体化したの。そして膨大な情報を私が並列的に処理しつつ、星の防衛、制御も行なっているということ。つまり、私はただの管理人であって、星はクーガーそのものって言っても過言じゃないわ」
「そうだったのか……」
瀬上は静かに言った。
確かに。日本丸旅団が宇宙へと進出した40世紀からかなりの時間が経過した。元々いつの間にか集まって、パレッタが日本丸を作ったことから始まった「旅団」だった。メンバーも思い返せば入れ替わっていた。そして、次第に一人、また一人と船を降りていき、瀬上も船を降りた。また何かのきっかけで菜奈美のいるあの船に戻るだろうと思っていたが、罠に嵌められて例の星に囚われの身となってしまい、それっきりとなった。
喧嘩別れになって、別れ際にいつか戻って来いなんて格好をつけたことを言ったままにしてしまった仲間もいる。
改めて、自分がどれほどに長い時間を失ってしまったのかを思い知らされた瀬上の気持ちは沈んでいた。
しかし、それをクーガーは当然視ており、別に励ます訳でもなく、本当に今の瀬上に必要なことだけを口にした。
「ナナミさんは今この時代に存在していません。厳密には100年前から200年後までの時間軸から消滅していました」
「時間を飛んでいるのか?」
「いいえ。時間を切り取られたと言うべきでしょう。意図的に彼女はこの時代から隔離されています」
「つまり、それっていうのは?」
「ご想像の通り、「教団」による妨害工作です。彼らはギドラを龍神様と呼び、神として崇めています。そして、その神託を受けたというのが、教祖なる人物です。教祖はキール星人で、我々と同じ爾落人です」
「つまり、その教祖ってのを倒せば菜奈美を救い出せるってことだな」
瀬上が腰を浮かせて言うと、クーガーは掌を翳して待てと制する。
「残念ながら、そう簡単に倒せる相手でもありません。それにナナミさんの最後の消息は彼ら「旅団」の母星です。そして、その母星はこの星と同じように任意に移動することができます。厳密に言えば、あちらは元々辺境の恒星系にあった自分達の母星を改造して移動要塞にしたものになりますね。加えて、現在、その母星は地球に向かって移動しています」
「地球? 何でまた銀河系の外れに」
「私達の故郷ですよ。それに、佛の降臨の地でもあるので、それなりに宇宙でも名が通っています。でも、「教団」は宗教的な理由で目指している訳ではないでしょうね」
「勿体ぶるなよ」
「わかってますよ。地球にいるんですよ。空間の爾落人、世莉さんが」
「!」
今度は完全に立ち上がっていた。
瀬上はクーガーを見た。彼は静かに頷く。
つまり、地球が目的地なのだ。
「それに地球にはガラテアさんもいますね。もうほとんど人類は地球に残ってませんし、ほとんどが「G」による生態系になっている宇宙でもそこそこ危険度の高い星になってしまっています。残念ながら、他に地球、それに太陽系内で即座に共闘できる方はちょっといないみたいです」
「人のことは言えないけど、もう少しいそうなもんだけどな」
「いるんですが、ここ数万年で私自身もそうですが、かなりの歳月を生きた為、精神世界に生きる方が多くなっているみたいですね。コロニーや火星にも体はあるんですが、コールドスリープに入っている方がほとんどですね」
「まぁ、二人がいるだけでもありがたい」
「あぁ、世莉さんも眠りについてます。とは言え、変化の爾落人であるガラテアさんが管理する形でいるみたいなので、すぐに覚醒できるとは思います」
「それだけ聞ければ十分だ。それにこっちにはガラテアの主殿もいるからな」
「ご健闘を。……あぁ、それとお伝えするべきではないのかもしれないですが、一昨日までは視えていた未来が今は見えなくなっています」
「……念のため聴いておくが、ギドラは視えるか?」
瀬上が問いかけると、案の定クーガーは首を振った。
「視解も喰われてしまうらしく、全くその正体が視えません」
「わかった。……じゃあ、ムツミ。俺を戻してくれ。あと、ティラミス美味かったぜ。御馳走さま」
「お粗末様でした」
ムツミはニコリと笑い、指をくるくると回す。
そして、視界が静かに歪む。
「はっ」
目を開いた瀬上が体を起こすと、銀河が立っていた。
「あ、おはよう」
「ははは、ムカつくくらい呑気な挨拶だな」
「まぁ、大体予想はできているよ?」
銀河は山に視線を向けて言った。
瀬上も山を見る。今となっては想像に難くない。山ではなかった。
それは無数の巨大なケーブルが複雑に重なって山の様に見えていたものだった。
そして、ケーブルは途中で細い線にいくつも分かれており、沢山の侵入者達が接続されていた。
「会えたかい?」
「まぁな。聞きたいことも聞いた」
「じゃあ、後で詳しく聞かせてくれ?」
「あぁ。……なぁ、出発前にこの中に寄ってもいいか?」
瀬上が聞くと、銀河は頷いた。
二人が近づくと、ケーブルが動いて通路が現れた。
そして、山の内部に入ると中は広い空間になっており、天井が空いていた。
その中心に地面と空から伸びている細いケーブルが幾重にも絡まって作られたソファーに楽に腰を下ろしているクーガーの肉体があった。
瀬上はクーガーの近くに行くと、その顔を見て言う。
「今度はこっちでも会おうぜ。地球を探せばまだ例の能力封印グッズが一つくらいは残ってるだろうからよ」
そして、二人はクーガーの星を後にした。
――――――――――――――――――
――――――――――――――
「もうすぐ太陽系だ」
6時間後、和夜が瀬上と銀河に伝えた。
ギドラ出現から45時間がまもなく経過する。残り時間は3時間。
銀河のおかげでここから先の移動時間は計算しなくてもいいレベルなのは助かるが、決して余裕のある時間とは言えない。
「ふむ。少し揺れるかもしれない」
和夜がそう言い、進行方向を指差した。
方角的に太陽系の中心に向かう進路で、既に外殻惑星軌道には来ているので、厳密な言い方だと太陽系の中ともいえる。とは言え、数十年から数百年かけて一周する為、星に偶然出会わないとその実感はない。太陽系の法定領域になるというだけにしか過ぎない。そもそも一時期爆発的に増えた太陽系内の人口もどうやら過疎化しているらしい。所々宙域を漂う古い宇宙コロニーの残骸が見えてくる。
「ん? ……って、ちょっと多くないか?」
初めはポツリポツリであったが、あっという間に小惑星帯に突入したかのように無数の人工物の残骸が迫ってきた。
「コロニーや宇宙船だけじゃないな? 宇宙戦艦。それも艦隊規模の残骸だな?」
銀河がそれらを見回して言う。
時々ランドモゲラーが揺れるが、接触しそうな残骸は和夜が接触前に消滅させている為、艦内は静かなものだ。
次第に残骸の大きさも大きくなり、数も増えていく。それこそ月と同等のサイズのものであろう巨大機動要塞まで見えるようになってきた。中にはかつて和夜が出現させたデススター級の対惑星破壊兵器らしきものまである。
「ここで宇宙大戦でも行われてたのか?」
「それに匹敵する戦力が太陽系に侵攻したのは間違いない。開発元の星系もまちまちだ。少なくとも太陽系を100回は滅亡できるほどの戦力がこの宙域だけでも散っているだろう」
和夜は淡々と瀬上に言った。
瀬上はゾクッと悪寒を覚えた。そして、土星軌道に差し掛かった彼はそれを確信に変える。
「あの光はなんだ?」
「ん? 拡大しよう」
瀬上が指差した土星周辺宙域を拡大した光景が壁に映し出される。
それはまさに大艦隊が土星に攻撃を仕掛けている光景であった。大艦隊は超ラ級規模の最も宇宙でスタンダードな規模の宇宙戦艦で構成されているが、その数は二百隻を超えている。それが土星に一斉照射撃を行なっていた。
しかし、土星に攻撃が当たる前にその全てが防がれていた。土星の輪が高速で回転し、土星を覆って攻撃を防いでいたのだ。
「聞くまでもないけど、俺の知る土星の輪は小惑星とかの集まりだったよな?」
「うん。俺の知るのもガスやチリ、小惑星が衛星軌道に集まってできたものって習ったな?」
「あれ、全く別物だろ」
「ふむ。僕の見立てではアレは自動制御された人造の「G」だね。能力は反射かな? 防衛設備としてはかなり優秀だ」
「んな、悠長な感想を……ん? 反射?」
瀬上は嫌な予感がした。
案の定、和夜が「少し揺れるよ」というと、ランドモゲラーを大きく動かす。
同時に土星の輪が光り、先程防いだ光線を円環状に拡散させて放ち始めた。
次々に上下、左右、斜めの軌道で襲いかかってくる光線を回避する。流石に艦内も激しく揺れる。
床をボールのようにコロコロと転がされて壁や天井にバンバンぶつかる銀河を尻目に、必死に電磁石を使い、床へ這いつくばって転がらないようにする瀬上は大艦隊の様子を見る。
瞬く間に、あの大艦隊は細切れにされ、先程まで見ていた残骸の塊となり、宙域を漂っていた。
「どうするんだ? 地球に向かって逃げるにしても、かなり面倒だぞ!」
「そうだね。逃げるというのも僕の趣味ではない。1分程のロスになるが、ちょっと寄り道させてもらうよ!」
和夜がそういうや、ランドモゲラーはぐるりと急旋回し、土星に向かって突っ込み始めた。
「ひぇぇぇえっ!」
瀬上の叫び声を尻目に和夜はその体を消滅され、次の瞬間にはランドモゲラーの尖端にあるドリルの切っ先に出現していた。そして、構える。
一方、土星の輪もランドモゲラーに反応し、高速で回転を始める。
「いい気概だ。気に入った!」
土星の輪に突撃する瞬間、和夜は右掌を土星の輪に向かって翳し、そして突きつけられたその掌と輪が接触した。
刹那、土星の輪は光り輝くと、そのまま粒子に変わ、形を変える。
「変換! 今からお前は、スターファルコンだ!」
その言葉通り、土星の輪は形を変え、ランドモゲラー同様、有翼機型のもう一つのMOGERAであるスターファルコンの超巨大版の姿になった。
「よし、着いてこい」
腕を下ろすと、和夜はランドモゲラーの中に戻った。
「今のは?」
「物質の分解、再構成は万物の十八番だよ」
和夜は問いかける瀬上に笑顔で答えた。
そして、和夜はスターファルコンに先導させ、ランドモゲラーを再び地球に向かわせた。
木星周辺宙域も同様に大量の残骸が漂い、ゲートタイプの惑星軌道防衛設備が設置されていたものの、スターファルコンの反射が盾の役割を担い、難なく突破できた。
そして彼らは火星軌道へと到達した。
火星軌道にも防衛設備があった。丁度火星は太陽の反対側にいるらしく、彼らの前に現れたのはかつて地球が宇宙との貿易で栄えた宇宙時代初期の全盛期に作られた巨大な惑星規模の宇宙コロニー、マザーIIであった。一時期は六十億とも八十億ともいわれる人々が暮らし、宇宙経済の中でも要所の一つとされる程にまで発展したそのコロニーも老朽化、過疎化によって遠い昔にその役割を終えたはずである。
しかし、そこにあったマザーIIは構造の骨子こそ元のコロニーを流用されているものの、随所に改造が施され、そしてデススター級の巨大なレーザー砲を始め、無数の武装がされていた。
「コロニーレーザー砲。確か、かなり昔に好戦的な恒星系の星間国家が開発したんだったな。そして紛争でいくつもの星が消滅して宇宙全体で禁止された兵器の一つだったはずだ。なんだって、あんなものが太陽系に」
瀬上はかつて船で見たことのあるそれを思い出す。一撃で地球サイズの惑星が消滅させ、多くの星の人々、生命が一瞬にして失われた。
それに対してどうしても身構えてしまう瀬上だが、銀河は冷静に答える。
「宇宙全体の取り決めを無視しているということは、宇宙全体と戦争をしているととらえるのが妥当だろうな?」
「どういうことだよ!」
思わず語気を強めてしまう瀬上に対し、静かに和夜が告げる。
「直接聞くのが一番だが、「教団」と考えるのが状況的に自然だろう。「教団」が全宇宙規模の影響力を持っていた。そしてターゲットである地球は地球圏全体を武装して全宇宙と戦っている。地球側が過剰な戦力を有したというより、それほどの火力を設ける必要があったと判断するべきだと僕は思う」
その時、コロニーレーザー砲のチャージが始まった。
すぐに和夜が確認をする。
「こちらに反応して起動した訳ではないらしい。ターゲットはここから火星軌道上を時計回りに1億キロ離れた場所にある物体。先の艦隊はあれの一部隊だったと考えるのが妥当か」
「じゃあ、それが「教団」の母星なのか?」
瀬上の問いに和夜は首を横に振り、その宙域の様子を壁に映し出す。
宇宙戦艦というよりも月などの衛星と同じくらいの巨大な二等辺三角形の形をした戦艦が映し出された。
瀬上の知っている宇宙戦艦のシリーズの一つだ。太陽系からはかなり遠く離れた銀河系でいくつもの恒星系を束ねる国家の旗艦として運用され、その保有総火力は要塞化された惑星でも鎮圧できると評され、星の破壊者、スターデストロイヤーと呼ばれている。
禁忌とされているコロニーレーザー砲のマザーIIとは大きさも破壊力も劣るが、十分に対抗しうる戦力といえる。
「どうする?」
「……先を急ごう。巻き込まれれば、それだけ時間が失われる」
和夜はランドモゲラーを加速させ、火星軌道から離れる。すでに目視でも地球の位置は見えている。加速はしたものの、これまでの速度と比較すればかなり減速され、光速となっている為、到着までは13分要する。
一方、火星軌道の戦いは唐突に始まった。
スターデストロイヤー周辺に障壁が展開され、同時に一斉射撃がマザーIIに向かって行われる。
マザーIIはまだチャージを続けている。
そして、ランドモゲラーが月の軌道に到達。ムーンベルトを突破し、銀河はスターファルコン共々重力を操作し、地球との衝突や引力による影響を防ぐ頃、マザーIIはスターデストロイヤーの攻撃を受け、爆発が起きる中、コロニーレーザー砲を発射した。
「よし、地球に降りるぞ」
和夜に促され、三人は地球に自由落下する。勿論、摩擦も無効化されているので、隕石のように燃えることはない。静かに大気圏へ向かって降りていく。
そして、三人が地球の旧日本列島にあたる山岳地帯に降り立った時、地球は夜明け前であった。
「ん?」
薄暗い空が一瞬キラッと赤く線を描く様に光った。
「決着が着いたな」
和夜が空を見上げる瀬上に告げた。
「どっちが勝った?」
瀬上が問いかけると和夜は興味なさげに視線を前に戻して言い捨てた。
「相打ちだ」
「まずはここのアイランドキッチンの設備について説明しましょうか?」
「いや、この星とこの仮想世界についてを先に説明してくれ」
マイペースなムツミにとりあえず、定型句的な訂正をする。そんな瀬上の前には、市販のケーキ屋はおろかホテルのスィーツといっても通用する完璧な盛り付けで皿に置かれたティラミスがあった。ココアパウダーだけでなく金粉がまぶされ、カシスが混ざったチョコレートソースが直方体のティラミスを中心に円を描くように流されている。
「まぁいいわ。じゃあ、瀬上さんも認識しやすいように、そこの7.5chホームシアターと繋がっている55型4Kチューナー内臓有機ELテレビに映像として映しながら説明するわね」
さりげなく仮想世界のAV環境を自慢しながらムツミは説明を始める。
テレビにこの星のイメージ映像が映る。ムツミが話し始めずにチラチラと瀬上とティラミスを見る。先に食べろと言いたいらしい。
瀬上は何も言わず、一口ティラミスを食べる。期待を裏切らない最高の美味しさだ。思わず顔が綻ぶ。
それを確認して満足したらしく、ムツミはウンウンと頷き、話し始めた。
「そもそもこの星は人工的に生み出された星よ。それも想造によってね」
「じゃあ、この星はパレッタの作品なのか?」
「そうよ。時期としては五万年くらい前かな? 瀬上さんが行方不明になってそこまで経ってない頃だった筈、とデータではなっているわ!」
「随分あやふやだな」
「まぁそれは勘弁して。流石に仮想世界を何度も作り直しながら長い時間をここの中で生きていたのだから、自分の記憶はもうあてにならないわ」
チラッとムツミはリビングに飾られた写真を見て言った。それに釣られて瀬上も写真を見ると、ムツミとケンの写真であった。過去の記憶から復元したものとしては、明らかに彼の生きていた時代の地球とは異なる背景の写真もある。
つまり、そういうことなのだろう。
それを肯定する気も否定する気もない瀬上は何も言わず、テレビに視線を戻す。
「この星は私達の家であり、体としてパレッタに作ってもらったものなのよ」
「……アンタは分かるが、クーガーの体?」
「多分瀬上さんも気づいていたんじゃない? クーガーは無数の情報を視ることができる。かつては地球だけの範囲のことだったけど、宇宙に出てからはその情報量が比ではなくなったわ」
「あぁ」
確かにクーガーは宇宙へ進出してから次第に人前に顔を出すことが少なくなっていた。ほとんどの時間を目を閉じて瞑想して過ごす姿を度々目にしていた。
「それが限界に来たのよ。そこでこの星を作ってもらって、クーガーは星と一体化したの。そして膨大な情報を私が並列的に処理しつつ、星の防衛、制御も行なっているということ。つまり、私はただの管理人であって、星はクーガーそのものって言っても過言じゃないわ」
「そうだったのか……」
瀬上は静かに言った。
確かに。日本丸旅団が宇宙へと進出した40世紀からかなりの時間が経過した。元々いつの間にか集まって、パレッタが日本丸を作ったことから始まった「旅団」だった。メンバーも思い返せば入れ替わっていた。そして、次第に一人、また一人と船を降りていき、瀬上も船を降りた。また何かのきっかけで菜奈美のいるあの船に戻るだろうと思っていたが、罠に嵌められて例の星に囚われの身となってしまい、それっきりとなった。
喧嘩別れになって、別れ際にいつか戻って来いなんて格好をつけたことを言ったままにしてしまった仲間もいる。
改めて、自分がどれほどに長い時間を失ってしまったのかを思い知らされた瀬上の気持ちは沈んでいた。
しかし、それをクーガーは当然視ており、別に励ます訳でもなく、本当に今の瀬上に必要なことだけを口にした。
「ナナミさんは今この時代に存在していません。厳密には100年前から200年後までの時間軸から消滅していました」
「時間を飛んでいるのか?」
「いいえ。時間を切り取られたと言うべきでしょう。意図的に彼女はこの時代から隔離されています」
「つまり、それっていうのは?」
「ご想像の通り、「教団」による妨害工作です。彼らはギドラを龍神様と呼び、神として崇めています。そして、その神託を受けたというのが、教祖なる人物です。教祖はキール星人で、我々と同じ爾落人です」
「つまり、その教祖ってのを倒せば菜奈美を救い出せるってことだな」
瀬上が腰を浮かせて言うと、クーガーは掌を翳して待てと制する。
「残念ながら、そう簡単に倒せる相手でもありません。それにナナミさんの最後の消息は彼ら「旅団」の母星です。そして、その母星はこの星と同じように任意に移動することができます。厳密に言えば、あちらは元々辺境の恒星系にあった自分達の母星を改造して移動要塞にしたものになりますね。加えて、現在、その母星は地球に向かって移動しています」
「地球? 何でまた銀河系の外れに」
「私達の故郷ですよ。それに、佛の降臨の地でもあるので、それなりに宇宙でも名が通っています。でも、「教団」は宗教的な理由で目指している訳ではないでしょうね」
「勿体ぶるなよ」
「わかってますよ。地球にいるんですよ。空間の爾落人、世莉さんが」
「!」
今度は完全に立ち上がっていた。
瀬上はクーガーを見た。彼は静かに頷く。
つまり、地球が目的地なのだ。
「それに地球にはガラテアさんもいますね。もうほとんど人類は地球に残ってませんし、ほとんどが「G」による生態系になっている宇宙でもそこそこ危険度の高い星になってしまっています。残念ながら、他に地球、それに太陽系内で即座に共闘できる方はちょっといないみたいです」
「人のことは言えないけど、もう少しいそうなもんだけどな」
「いるんですが、ここ数万年で私自身もそうですが、かなりの歳月を生きた為、精神世界に生きる方が多くなっているみたいですね。コロニーや火星にも体はあるんですが、コールドスリープに入っている方がほとんどですね」
「まぁ、二人がいるだけでもありがたい」
「あぁ、世莉さんも眠りについてます。とは言え、変化の爾落人であるガラテアさんが管理する形でいるみたいなので、すぐに覚醒できるとは思います」
「それだけ聞ければ十分だ。それにこっちにはガラテアの主殿もいるからな」
「ご健闘を。……あぁ、それとお伝えするべきではないのかもしれないですが、一昨日までは視えていた未来が今は見えなくなっています」
「……念のため聴いておくが、ギドラは視えるか?」
瀬上が問いかけると、案の定クーガーは首を振った。
「視解も喰われてしまうらしく、全くその正体が視えません」
「わかった。……じゃあ、ムツミ。俺を戻してくれ。あと、ティラミス美味かったぜ。御馳走さま」
「お粗末様でした」
ムツミはニコリと笑い、指をくるくると回す。
そして、視界が静かに歪む。
「はっ」
目を開いた瀬上が体を起こすと、銀河が立っていた。
「あ、おはよう」
「ははは、ムカつくくらい呑気な挨拶だな」
「まぁ、大体予想はできているよ?」
銀河は山に視線を向けて言った。
瀬上も山を見る。今となっては想像に難くない。山ではなかった。
それは無数の巨大なケーブルが複雑に重なって山の様に見えていたものだった。
そして、ケーブルは途中で細い線にいくつも分かれており、沢山の侵入者達が接続されていた。
「会えたかい?」
「まぁな。聞きたいことも聞いた」
「じゃあ、後で詳しく聞かせてくれ?」
「あぁ。……なぁ、出発前にこの中に寄ってもいいか?」
瀬上が聞くと、銀河は頷いた。
二人が近づくと、ケーブルが動いて通路が現れた。
そして、山の内部に入ると中は広い空間になっており、天井が空いていた。
その中心に地面と空から伸びている細いケーブルが幾重にも絡まって作られたソファーに楽に腰を下ろしているクーガーの肉体があった。
瀬上はクーガーの近くに行くと、その顔を見て言う。
「今度はこっちでも会おうぜ。地球を探せばまだ例の能力封印グッズが一つくらいは残ってるだろうからよ」
そして、二人はクーガーの星を後にした。
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「もうすぐ太陽系だ」
6時間後、和夜が瀬上と銀河に伝えた。
ギドラ出現から45時間がまもなく経過する。残り時間は3時間。
銀河のおかげでここから先の移動時間は計算しなくてもいいレベルなのは助かるが、決して余裕のある時間とは言えない。
「ふむ。少し揺れるかもしれない」
和夜がそう言い、進行方向を指差した。
方角的に太陽系の中心に向かう進路で、既に外殻惑星軌道には来ているので、厳密な言い方だと太陽系の中ともいえる。とは言え、数十年から数百年かけて一周する為、星に偶然出会わないとその実感はない。太陽系の法定領域になるというだけにしか過ぎない。そもそも一時期爆発的に増えた太陽系内の人口もどうやら過疎化しているらしい。所々宙域を漂う古い宇宙コロニーの残骸が見えてくる。
「ん? ……って、ちょっと多くないか?」
初めはポツリポツリであったが、あっという間に小惑星帯に突入したかのように無数の人工物の残骸が迫ってきた。
「コロニーや宇宙船だけじゃないな? 宇宙戦艦。それも艦隊規模の残骸だな?」
銀河がそれらを見回して言う。
時々ランドモゲラーが揺れるが、接触しそうな残骸は和夜が接触前に消滅させている為、艦内は静かなものだ。
次第に残骸の大きさも大きくなり、数も増えていく。それこそ月と同等のサイズのものであろう巨大機動要塞まで見えるようになってきた。中にはかつて和夜が出現させたデススター級の対惑星破壊兵器らしきものまである。
「ここで宇宙大戦でも行われてたのか?」
「それに匹敵する戦力が太陽系に侵攻したのは間違いない。開発元の星系もまちまちだ。少なくとも太陽系を100回は滅亡できるほどの戦力がこの宙域だけでも散っているだろう」
和夜は淡々と瀬上に言った。
瀬上はゾクッと悪寒を覚えた。そして、土星軌道に差し掛かった彼はそれを確信に変える。
「あの光はなんだ?」
「ん? 拡大しよう」
瀬上が指差した土星周辺宙域を拡大した光景が壁に映し出される。
それはまさに大艦隊が土星に攻撃を仕掛けている光景であった。大艦隊は超ラ級規模の最も宇宙でスタンダードな規模の宇宙戦艦で構成されているが、その数は二百隻を超えている。それが土星に一斉照射撃を行なっていた。
しかし、土星に攻撃が当たる前にその全てが防がれていた。土星の輪が高速で回転し、土星を覆って攻撃を防いでいたのだ。
「聞くまでもないけど、俺の知る土星の輪は小惑星とかの集まりだったよな?」
「うん。俺の知るのもガスやチリ、小惑星が衛星軌道に集まってできたものって習ったな?」
「あれ、全く別物だろ」
「ふむ。僕の見立てではアレは自動制御された人造の「G」だね。能力は反射かな? 防衛設備としてはかなり優秀だ」
「んな、悠長な感想を……ん? 反射?」
瀬上は嫌な予感がした。
案の定、和夜が「少し揺れるよ」というと、ランドモゲラーを大きく動かす。
同時に土星の輪が光り、先程防いだ光線を円環状に拡散させて放ち始めた。
次々に上下、左右、斜めの軌道で襲いかかってくる光線を回避する。流石に艦内も激しく揺れる。
床をボールのようにコロコロと転がされて壁や天井にバンバンぶつかる銀河を尻目に、必死に電磁石を使い、床へ這いつくばって転がらないようにする瀬上は大艦隊の様子を見る。
瞬く間に、あの大艦隊は細切れにされ、先程まで見ていた残骸の塊となり、宙域を漂っていた。
「どうするんだ? 地球に向かって逃げるにしても、かなり面倒だぞ!」
「そうだね。逃げるというのも僕の趣味ではない。1分程のロスになるが、ちょっと寄り道させてもらうよ!」
和夜がそういうや、ランドモゲラーはぐるりと急旋回し、土星に向かって突っ込み始めた。
「ひぇぇぇえっ!」
瀬上の叫び声を尻目に和夜はその体を消滅され、次の瞬間にはランドモゲラーの尖端にあるドリルの切っ先に出現していた。そして、構える。
一方、土星の輪もランドモゲラーに反応し、高速で回転を始める。
「いい気概だ。気に入った!」
土星の輪に突撃する瞬間、和夜は右掌を土星の輪に向かって翳し、そして突きつけられたその掌と輪が接触した。
刹那、土星の輪は光り輝くと、そのまま粒子に変わ、形を変える。
「変換! 今からお前は、スターファルコンだ!」
その言葉通り、土星の輪は形を変え、ランドモゲラー同様、有翼機型のもう一つのMOGERAであるスターファルコンの超巨大版の姿になった。
「よし、着いてこい」
腕を下ろすと、和夜はランドモゲラーの中に戻った。
「今のは?」
「物質の分解、再構成は万物の十八番だよ」
和夜は問いかける瀬上に笑顔で答えた。
そして、和夜はスターファルコンに先導させ、ランドモゲラーを再び地球に向かわせた。
木星周辺宙域も同様に大量の残骸が漂い、ゲートタイプの惑星軌道防衛設備が設置されていたものの、スターファルコンの反射が盾の役割を担い、難なく突破できた。
そして彼らは火星軌道へと到達した。
火星軌道にも防衛設備があった。丁度火星は太陽の反対側にいるらしく、彼らの前に現れたのはかつて地球が宇宙との貿易で栄えた宇宙時代初期の全盛期に作られた巨大な惑星規模の宇宙コロニー、マザーIIであった。一時期は六十億とも八十億ともいわれる人々が暮らし、宇宙経済の中でも要所の一つとされる程にまで発展したそのコロニーも老朽化、過疎化によって遠い昔にその役割を終えたはずである。
しかし、そこにあったマザーIIは構造の骨子こそ元のコロニーを流用されているものの、随所に改造が施され、そしてデススター級の巨大なレーザー砲を始め、無数の武装がされていた。
「コロニーレーザー砲。確か、かなり昔に好戦的な恒星系の星間国家が開発したんだったな。そして紛争でいくつもの星が消滅して宇宙全体で禁止された兵器の一つだったはずだ。なんだって、あんなものが太陽系に」
瀬上はかつて船で見たことのあるそれを思い出す。一撃で地球サイズの惑星が消滅させ、多くの星の人々、生命が一瞬にして失われた。
それに対してどうしても身構えてしまう瀬上だが、銀河は冷静に答える。
「宇宙全体の取り決めを無視しているということは、宇宙全体と戦争をしているととらえるのが妥当だろうな?」
「どういうことだよ!」
思わず語気を強めてしまう瀬上に対し、静かに和夜が告げる。
「直接聞くのが一番だが、「教団」と考えるのが状況的に自然だろう。「教団」が全宇宙規模の影響力を持っていた。そしてターゲットである地球は地球圏全体を武装して全宇宙と戦っている。地球側が過剰な戦力を有したというより、それほどの火力を設ける必要があったと判断するべきだと僕は思う」
その時、コロニーレーザー砲のチャージが始まった。
すぐに和夜が確認をする。
「こちらに反応して起動した訳ではないらしい。ターゲットはここから火星軌道上を時計回りに1億キロ離れた場所にある物体。先の艦隊はあれの一部隊だったと考えるのが妥当か」
「じゃあ、それが「教団」の母星なのか?」
瀬上の問いに和夜は首を横に振り、その宙域の様子を壁に映し出す。
宇宙戦艦というよりも月などの衛星と同じくらいの巨大な二等辺三角形の形をした戦艦が映し出された。
瀬上の知っている宇宙戦艦のシリーズの一つだ。太陽系からはかなり遠く離れた銀河系でいくつもの恒星系を束ねる国家の旗艦として運用され、その保有総火力は要塞化された惑星でも鎮圧できると評され、星の破壊者、スターデストロイヤーと呼ばれている。
禁忌とされているコロニーレーザー砲のマザーIIとは大きさも破壊力も劣るが、十分に対抗しうる戦力といえる。
「どうする?」
「……先を急ごう。巻き込まれれば、それだけ時間が失われる」
和夜はランドモゲラーを加速させ、火星軌道から離れる。すでに目視でも地球の位置は見えている。加速はしたものの、これまでの速度と比較すればかなり減速され、光速となっている為、到着までは13分要する。
一方、火星軌道の戦いは唐突に始まった。
スターデストロイヤー周辺に障壁が展開され、同時に一斉射撃がマザーIIに向かって行われる。
マザーIIはまだチャージを続けている。
そして、ランドモゲラーが月の軌道に到達。ムーンベルトを突破し、銀河はスターファルコン共々重力を操作し、地球との衝突や引力による影響を防ぐ頃、マザーIIはスターデストロイヤーの攻撃を受け、爆発が起きる中、コロニーレーザー砲を発射した。
「よし、地球に降りるぞ」
和夜に促され、三人は地球に自由落下する。勿論、摩擦も無効化されているので、隕石のように燃えることはない。静かに大気圏へ向かって降りていく。
そして、三人が地球の旧日本列島にあたる山岳地帯に降り立った時、地球は夜明け前であった。
「ん?」
薄暗い空が一瞬キラッと赤く線を描く様に光った。
「決着が着いたな」
和夜が空を見上げる瀬上に告げた。
「どっちが勝った?」
瀬上が問いかけると和夜は興味なさげに視線を前に戻して言い捨てた。
「相打ちだ」