龍神《喰ウ者》
10
一方、宇宙の果てへ転移した世莉と菜奈美の眼前には途方もなく巨大なギドラとそれに応戦する二つの鎧の姿であった。
宇宙戦神、阿羅羯磨ともに攻撃をするが、その攻撃はほとんど効果が見られない。
全く通じていないわけではない為、辛うじて抵抗はできているが、有効な攻撃にはなっていなかった。
しかしながら、それでもそれぞれにとっては過去に使用したこともないような大技であった。宇宙戦神は理ごと切断し、本来ならばあらゆる物質、現象を完全に切断され、それを防ぐことは不可能である。しかし、ギドラはその斬られた事実そのものを喰ってしまい、本来なら再生不可能な傷を完全に再生させてしまう。
阿羅羯磨も殺ス力を使った万物抹消の一撃を放つ。それはかつてレリックが殺ス者として最強の一切の干渉を受け付けないあらゆる物を事実ごと殺す一撃である。それも殺ス者よりも上位にあたる万物の力として行使している。本来対象が森羅万象である限り、存在自体を無かったものとし、防御も回避も不可能の絶技にあたる。しかし、ギドラはそもそもの実体自体を喰ってしまい、この世界から存在を消して回避する。
一方、ギドラの攻撃は至ってシンプルな噛みつきや首での体当たりであるが、攻撃が触れる瞬間のみ実体化する。その為、佛側の攻撃は通じず、ギドラの攻撃のみが通じている一方的な状況であった。そして、相手は喰ウ者である。攻撃を受ける度に彼らは何かしらを喰われていた。それは自身が司る力の一部であったり、宇宙の記憶であったり、体力、気力、ありとあらゆるモノが少しずつ喰われていた。
つまり、佛そのものの存在自体が喰われるまでのタイムリミットが残り僅かとなっているのだ。
「時間がないわ!」
「ん。やろう!」
世莉と菜奈美は頷くと、手を取り合って叫んだ。
「「来て! ゾグ・ビースト!」」
二人の体が閃光に包まれる。そして、漆黒の宇宙に割れ目ができ、中から七色の翼が肩に広がる怪物が現れた。四足歩行の下半身の上にある虹色の翼を肩に広げたもう一対の腕を持ち、頭部は大きくトカゲの様に開いた獰猛な口と頭頂部から首に伸びる鶏冠とも触手ともつかない真っ白く太い毛部が左右それぞれ2列に連なり、正面からはドレッドヘアーにも見える。正しくゾグのもう一つの姿であった。それは二体の鎧よりも大きく、ギドラには劣るものの充分に対抗可能な大きさであった。次元の力によって、物質世界の限界を超えたサイズにすることができたのだ。
「今度こそ本当に滅ぼし尽くすわよ!」
【愚かなり。その様な紛い物のせいで私は永遠の苦しみを味わう事になったのだ!】
菜奈美の言葉に対して、ギドラことレリックが怒りを露わらにする。
しかし、ゾグ・ビーストは気にせずギドラを攻撃する。ギドラはその事実を喰おうとするが、ゾグ・ビーストの爪はギドラを確かに捉え、傷を負わせた。
「この次元に留めた」
「次元のゾグならこの宇宙から逃がさないわ!」
二人は勝利を確信し、そのままギドラの首を捕まえて噛みつく。ギドラが初めて悲鳴を上げた。
それを見て銀河が声を上げる。
『いけるか?』
『……不味い! 離れろ!』
和夜が叫んだ。
しかし、ゾグ・ビーストの反応は僅かに遅れた。他二本の頭から黄金色の光線が放たれた。光線は直線でなく曲線で予測不能な軌道を描きゾグ・ビーストを噛まれた自身の首諸共吹き飛ばす。
「「きゃぁぁぁっ!」」
ゾグ・ビーストの頭部が消滅し、内部から彼女達の悲鳴が上がる。
すぐさまゾグ・ビーストの頭部は時間を戻して再生させるが、すでにギドラの首は再生していた。首からを喰ったことを喰ったのだ。そして、三つの光線がゾグ・ビーストに襲いかかる。
今度は時空間を転移し、攻撃を回避するが、次元が裂けてギドラの首がゾグ・ビーストに巻きつき、そのまま逃げた時空間から引き摺り出される。
【ククク。それでこそ紛い物だ! ギドラはこの世界の外、高次元の存在だ! 所詮下位次元でどこに逃げようと捕まえるのは容易い!】
「そんな……」
「まるで相手になってないなんて……」
二人は少なからずのショックを受けていた。時間と空間の力が合わさり、時空の力を使える。そしてゾグがいれば更に高位の次元すら扱うことができるはずだ。
しかし、それもより高位の次元にいる相手には何もやっても子どもの折り紙やお絵描き同然、本物にはなれない。
勝利など程遠い。
菜奈美の脳裏に本物の時空の爾落人が浮かんだ。しかし“彼女”はこの時代にいない。遥か遠い未来まで“彼女”が世界に干渉することはない。それは時間の爾落人である菜奈美が一番よく知っている。そして、その歴史を変えることは菜奈美の力ではできない世界そのものの在り方として確定してしまっていることだ。
それでも菜奈美は強く望んでいた。もしここに“彼女”がいたら、もしギドラの脅威をもっと早くに宇宙中に散った仲間達が知っていたら、この窮地を乗り越えられたのに、と。
そして、願いが強まると共に、現実への絶望が強まる。
それは、諦めであった。
菜奈美は虚ろな目で呟いた。
「私に、歴史を変える力があれば……」
ゾグ・ビーストはギドラに噛み付かれ、どんどんとその身を喰われていく。
そんな最中、ゾグ・ビーストの中から微かに緑色の光が一瞬、灯った。
地球の衛星軌道上では億を超える敵勢を前に瀬上と凌は、尚も戦い続けていた。
前方で戦うMOGERAも遂に装甲の限界がきて至る所が攻撃によって損傷し始めていた。敵もMOGERAの反射を発動させない攻撃の方法やタイミングを掴んでいるようだった。
多勢に無勢というものだが、それも度を越せば一騎当千すらも打ち負かしてしまう。
今がまさにそれだった。
「東條、……大丈夫か?」
「無論だ。……瀬上、俺がヤるまで死ぬんじゃないぞ!」
二人ともスペースデブリを壁にして攻撃を防ぐが、そもそも守備に回り過ぎるとその隙に地球へと敵を侵攻させてしまう状況にある為、是が非でも衛星軌道上を死守し、攻撃を続ける必要が彼らにはあった。
既に凌も仕込んでいた武器は使い果たし、光刃と光矢の二刀流で何とか遠近両方に対応していた。既に二本あったボウガンの内一つは新たなデブリとなっている。
瀬上も周囲のデブリを弾にできる為、弾切れの心配はないが、次第に出力が低下しているのを感じていた。無理もない。人生の中でこれほどの規模の戦闘自体数える位しか経験していない上に、それはどれも多くの仲間がいた。たった二人で相手にする数ではない。
「東條、この戦いを生き残れたら、その時は相手になってやるよ」
「強がれるのも今のうちだぜ」
そして、凌は瀬上の前に顔を近づけて光刃を瀬上の顔の横に突き立てた。目を見開く瀬上。
「今の俺はお前より強い!」
それだけ言うと凌は瀬上から離れ、敵の渦中に飛び込む。
最早凌の姿は見えない。
瀬上はゴクリと生唾を飲み込むと、自身も最大出力の電磁で周囲一帯のデブリを自分の周りに高速で回転させる。
そして敵陣に突っ込み、高速で飛び交うデブリを武器に奮闘した。
しかし、上手くいったのは初撃位だった。次第にデブリは砕かれ、更に特攻攻撃する者まで現れた。僅かな時間でその勢いは無くなり、群がる敵を一時的に後退させるに留まった。
凌の方を見ると、群がる敵の中から飛び出した姿が見えた。辛うじて脱出したというところか。死んではいないが、これ以上戦えば死んでしまうだろう。
すべての敵を瀬上が一人で引き受けるしかない。
「やるっきゃないか」
右手に神経を集中させる。右手に荷電粒子が集まり、青白い光になる。
まだ放てない。
「ガハッ!」
隙を作った以上、敵の集中砲火を浴びる。全身が傷だらけになり、辛うじて急所を避けたが、腹部と背部を思いっきり抉られ、血液の球体が周囲を漂う。
それでも瀬上は自力で荷電粒子ビームを放った。
「いっけぇぇぇぇぇぇーっ!」
青白い光の筋が漆黒の闇の中に集まる敵の一部を瞬時に滅ぼした。
確かに数は削れた。千? 万? しかし、残る敵は数千万に及ぶ。
あと何発打てれば勝てるか? 百? いや、千か。
「ははは……」
乾いた笑いを浮かべることしか瀬上にはできない。
いよいよ潮時ということか。
死を強く意識した瞬間、不意に菜奈美の顔が頭に浮かんだ。
そう言えば、恋人として過ごした時間こそ沢山あるが、本気で生涯を共に生きるようなものでは無かったなと、ふと思った。もしも生きて帰れたら、その時は地球で根を張ってもいいかもしれない。ガラテアに頼まれたのもある。あの小さな地球最後の村に自分達の家を作ろう。小さな家で良い。愛する者と共に生きるのに充分な広さ。でも何か育ててみたいな。本当は父親になるのを考えたこともあった。しかし、それは難しいのだろう。何となくだが、役割があるのだ、爾落人には。それぞれ生まれ持った能力という。時間と電磁の子、どんな役割になるというのか。やはり難しいのだ。
しかし、ふとその思考の先に微かな気配を感じた。顔の見えない一人の少女が笑いかけた。そして、時間の概念を超越して電磁波にも干渉するような量子の世界を飛び交う素粒子を操る少女のイメージが浮かんだ。
その瞬間、瀬上は現実に引き戻された。
「死んで……死んでたまるか!」
再び彼は荷電粒子を集める。
当然の如く、敵は一斉に瀬上へ襲いかかる。
「っ!」
しかし、その瞬間、瀬上の目の前で敵は燃え上がった。何も燃える要素はない。
ガラテアのいない今、そういう発火ができる人物は一人心当たりがあった。
続いて宇宙全体で主流となっているビームライフルによる狙撃で確実に敵の急所が撃ち抜かれた。流用と信頼性の高い量産品を好む人物に心当たりがあった。
更に特大級のプラズマ火球が敵を一掃する。覚えがあった。かつて日本近海にいた「G」の姿に。
それだけではなかった。地球から次々に宇宙にいる敵に向かっていく「G」達が瀬上の目に見えた。
「どういうことだ?」
まさに狐に摘まれた気分だ。
居ないはずの者達。目覚めるはずのない「G」達が一斉に敵の前に現れたのだ。
「遅くなってすみません」
「東條は俺が保護する。宮代、援護を頼む」
「ハイダ、八重樫」
ハイダと八重樫が瀬上を保護すると、八重樫は通信機に呼びかける。一樹もいるらしい。
更に、ハイダと瀬上に迫る敵を払うように高速回転ジェットで彼らの周りを周回するのは四神の玄武こと通称ガメラだった。
ガメラだけではない。四十世紀の月ノ民戦を上回る数の「G」が地球から宇宙に上がり、加勢していく。
「どういうことだ?」
「正直、私にもよくわからないのですが、声が聴こえたんです。どこかで聴いたことがあると気がするんですが、誰の声か思い出せないのですが、女の声でこの危機を伝えたんです」
「声?」
あまりにも都合の良すぎる展開でにわかに信じられないが、事実として圧倒的な数の加勢により、形勢は逆転した。
最早瀬上が何もしなくても戦いの終結は近い。それがわかると、一気に疲労が出た。
何がどうしてこうなったか、それは後でクーガーに聞けばいい。瀬上はとりあえず目を瞑ることにした。
その時、何が起こったのか正確に理解できていたのは恐らく当事者ただ一人であった。
突然ゾク・ビーストの体が光り、ギドラと佛達を巻き込み、気がついた時には周囲の様子が一変していた。
そこは宇宙空間ではなかった。墨汁が混ざるようなモノトーンの背景に上下左右も何もない。しかし、一つの面で並べられたように立体的な動きのできない空間。それは誰も知るはずのない世界だった。
『ギドラ……いえ、レリック。貴方はやり過ぎたのよ』
どこからか聴こえる声。
ギドラもその対象を探す。そして一同は気づく。ギドラの前にいるのが、いつの間にか怪物の姿でなく、純白の女性像の様な姿をした根源破滅天使ゾグ本来の姿になっていたことに。
そして、ゾグ内部の菜奈美と世莉も気づいた。いつの間にか自分達の他にもう一人いたのだ。
その人物を菜奈美も確かに知っていた。
「レイア……」
「はい。菜奈美さん、はじめましていうべきでしょうか?」
直接の面識はほぼないと言えるが、互いに間接的には縁深い相手と言えた。なので、一目でその相手が時空の爾落人、蒲生五月ことレイア・マァトであることはすぐに気づいた。
レイアは笑顔で言った。恐らく赤子の時に一度、それと「帝国」極北領で一度接触はあるが、レイアとしても正体の露見を避ける為だろう。直接日本丸の面々とは顔を合わせなかった。その為、彼女の言い方は正しい。
加えて、その状況を把握していること、何よりもその身に纏った雰囲気から四十世紀の戦いの後のレイアであることは間違いない。
「あの……」
「あぁ。そうですよね。私は4010年の戦いを終えて超古代に転移したレイアです。予定ではもう間も無く死ぬ運命にある悲劇のヒロインですよ」
非常に爽やかに言ってのけるあたり、間違いなくレイアだった。
「いえ、そうではなくて……」
「何故私がいるか?」
「はい」
「菜奈美さん、貴女が私を呼んだのですよ」
レイアは微笑み、菜奈美の手を指さした。
菜奈美はその手を確認すると、割れた神器があった。
「流石に私を呼び出すなんてことをしたら耐えきれませんよね。……菜奈美さんも少し休んで下さい。時間の爾落人だったから歴史改変の負荷が軽く済んだのでしょうけど、本体が割れる程のことをしているのですから、かなりの反動があるはずです」
確かに体がふらつく。
菜奈美はその場に崩れた。世莉が菜奈美を支える。
「世莉さん、よろしくお願いします。折角の機会なので、お二人はそのまま見ていて下さい。ゾグの使い方をお見せします」
そして、レイアは根源破滅天使ゾグに意識を向けた。
【貴様! 何をした?】
「レリック、高次元の力を手に入れたのが嬉しいのはわかりますが、少し大人気ないとは思いませんか?」
【何?】
「喧嘩はフェアじゃないと。それとも新しい玩具を手に入れたから虐められっ子に自慢するお金持ちのお坊ちゃんでしたか? まぁお可愛いこと」
ゾグは頬に手を当てギドラを嘲笑う。
【ふざけるなぁ!】
ギドラはゾグに向かって喰おうと口を開いて襲いかかる。
が、その首をゾグは手刀一つでなぎ払い、更に残り二本の首も掌底突きでそれぞれ突き飛ばす。
これまでにはない有り得ない展開であった。それもその筈だ。これまでであれば、手刀も掌底も通ることはなかったのだ。
ギドラも気づいた。実体化しているのだ。正確には既に高次元生命体としての状態になっていた。それにも関わらずゾグの物理攻撃が通用したのだ。
「ふざけていたのは貴方の方でしょ? 私は言ったはずですよ? フェアじゃないと、と。ここは私がわざわざ貴方の為に用意した決戦のバトルフィールドですよ。私、優しいですから。貴方に合わせてあげたんですよ」
レイアの声を聴いてレリックはこの空間の正体に気づいた。
そして、レイアはそれを告げた。
「貴方の居る高次元に、ね?」
【そんなっ! どうして、貴様達がここに存在していられる?】
狼狽するレリックの声にレイアが愉快そうに笑った。
「決まってるじゃないですか。私、いえゾグにとってこんな程度の低い次元に新しい空間を作るくらい、簡単なことなんですよ」
【………】
レリックは知らなかった。当然である。彼女が最上級の次元である無の根源『 』のいる空間に行ったのは遥か先の未来であり、ギドラが喰おうとしていた歴史そのものだ。
そして、レリックは考えていなかった。自分よりも高位の次元を相手にする状況を。
「まさか私がわざわざ来てあげたのにそのまま呆然としているのですか? 貴方は望んでいたんでしょ? 本当の死を、本当の敗北を、本当の恐怖を。そして、本当のゾグとの戦いを」
そしてゾグは宇宙戦神と阿羅羯磨を見る。
「銀河さんと和夜。ここは私に預けて下さい」
二人は頷いた。有無を言わさない雰囲気が彼女からはあった。
その回答に満足した様子でゾグはギドラに改めて対峙した。
全員が理解していた。レイアが、根源破滅天使ゾグがこの場に現れた瞬間に勝負は決していた。これは最早勝負ではない。儀式だ。
レリックも理解せざるを得ない状況であった。これはすべてレイアが自身の望みを叶えて滅する為の儀式なのだと。
「かかってきなさい」
そして、ギドラはゾグへ全力で襲いかかった。
【ならば次元の佛をも喰ってやる!】
ギドラは口から光線を吐きながら、全身が動いた。これまで全く動いていなかった翼を羽ばたかせて迫る。
対するゾグは高笑いを上げ、手をかざした。あらゆるモノを喰ってきた光線がゾクの手に触れた瞬間に消滅した。
そして、初めてゾグは腕以外を動かす。
スーッと両手で迫るギドラの首を掴むとそのままゾグは体を捻った。
ギドラは大きく円を描いて反対側に叩きつけられる。見事な一本背負いであった。
「お父さん直伝よ」
静かにレイアは告げ、そのままゾグはギドラに向けて右手を翳した。
ゾグ全身から白銀の光が溢れ出し、それは後光の如くゾグからさす。
【これが次元の佛。そして、これが絶対的な死の恐怖なのか】
レリックはどこか悟ったように淡々と呟いた。
それはゾグから放たれる圧倒的な存在感であり、全く勝てる要素の存在しない未知の次元の敵を前に完全なる敗北を自覚したからであった。
「安心しなさい。レリック、貴方は私の手で根源的な死を与える」
そして、ゾグの翳した右手からギドラに向けて光線が放たれた。
【嗚呼……。ありがとう】
光線はあらゆる次元においてもその存在を完全に抹消する。レリックの魂の根源を破壊し、高次元生命体ギドラ諸共消滅させた。
そして、光線が消えた瞬間、ゾグ達のいた空間も消え去り、彼らは元の宇宙空間に戻されていた。
一方、宇宙の果てへ転移した世莉と菜奈美の眼前には途方もなく巨大なギドラとそれに応戦する二つの鎧の姿であった。
宇宙戦神、阿羅羯磨ともに攻撃をするが、その攻撃はほとんど効果が見られない。
全く通じていないわけではない為、辛うじて抵抗はできているが、有効な攻撃にはなっていなかった。
しかしながら、それでもそれぞれにとっては過去に使用したこともないような大技であった。宇宙戦神は理ごと切断し、本来ならばあらゆる物質、現象を完全に切断され、それを防ぐことは不可能である。しかし、ギドラはその斬られた事実そのものを喰ってしまい、本来なら再生不可能な傷を完全に再生させてしまう。
阿羅羯磨も殺ス力を使った万物抹消の一撃を放つ。それはかつてレリックが殺ス者として最強の一切の干渉を受け付けないあらゆる物を事実ごと殺す一撃である。それも殺ス者よりも上位にあたる万物の力として行使している。本来対象が森羅万象である限り、存在自体を無かったものとし、防御も回避も不可能の絶技にあたる。しかし、ギドラはそもそもの実体自体を喰ってしまい、この世界から存在を消して回避する。
一方、ギドラの攻撃は至ってシンプルな噛みつきや首での体当たりであるが、攻撃が触れる瞬間のみ実体化する。その為、佛側の攻撃は通じず、ギドラの攻撃のみが通じている一方的な状況であった。そして、相手は喰ウ者である。攻撃を受ける度に彼らは何かしらを喰われていた。それは自身が司る力の一部であったり、宇宙の記憶であったり、体力、気力、ありとあらゆるモノが少しずつ喰われていた。
つまり、佛そのものの存在自体が喰われるまでのタイムリミットが残り僅かとなっているのだ。
「時間がないわ!」
「ん。やろう!」
世莉と菜奈美は頷くと、手を取り合って叫んだ。
「「来て! ゾグ・ビースト!」」
二人の体が閃光に包まれる。そして、漆黒の宇宙に割れ目ができ、中から七色の翼が肩に広がる怪物が現れた。四足歩行の下半身の上にある虹色の翼を肩に広げたもう一対の腕を持ち、頭部は大きくトカゲの様に開いた獰猛な口と頭頂部から首に伸びる鶏冠とも触手ともつかない真っ白く太い毛部が左右それぞれ2列に連なり、正面からはドレッドヘアーにも見える。正しくゾグのもう一つの姿であった。それは二体の鎧よりも大きく、ギドラには劣るものの充分に対抗可能な大きさであった。次元の力によって、物質世界の限界を超えたサイズにすることができたのだ。
「今度こそ本当に滅ぼし尽くすわよ!」
【愚かなり。その様な紛い物のせいで私は永遠の苦しみを味わう事になったのだ!】
菜奈美の言葉に対して、ギドラことレリックが怒りを露わらにする。
しかし、ゾグ・ビーストは気にせずギドラを攻撃する。ギドラはその事実を喰おうとするが、ゾグ・ビーストの爪はギドラを確かに捉え、傷を負わせた。
「この次元に留めた」
「次元のゾグならこの宇宙から逃がさないわ!」
二人は勝利を確信し、そのままギドラの首を捕まえて噛みつく。ギドラが初めて悲鳴を上げた。
それを見て銀河が声を上げる。
『いけるか?』
『……不味い! 離れろ!』
和夜が叫んだ。
しかし、ゾグ・ビーストの反応は僅かに遅れた。他二本の頭から黄金色の光線が放たれた。光線は直線でなく曲線で予測不能な軌道を描きゾグ・ビーストを噛まれた自身の首諸共吹き飛ばす。
「「きゃぁぁぁっ!」」
ゾグ・ビーストの頭部が消滅し、内部から彼女達の悲鳴が上がる。
すぐさまゾグ・ビーストの頭部は時間を戻して再生させるが、すでにギドラの首は再生していた。首からを喰ったことを喰ったのだ。そして、三つの光線がゾグ・ビーストに襲いかかる。
今度は時空間を転移し、攻撃を回避するが、次元が裂けてギドラの首がゾグ・ビーストに巻きつき、そのまま逃げた時空間から引き摺り出される。
【ククク。それでこそ紛い物だ! ギドラはこの世界の外、高次元の存在だ! 所詮下位次元でどこに逃げようと捕まえるのは容易い!】
「そんな……」
「まるで相手になってないなんて……」
二人は少なからずのショックを受けていた。時間と空間の力が合わさり、時空の力を使える。そしてゾグがいれば更に高位の次元すら扱うことができるはずだ。
しかし、それもより高位の次元にいる相手には何もやっても子どもの折り紙やお絵描き同然、本物にはなれない。
勝利など程遠い。
菜奈美の脳裏に本物の時空の爾落人が浮かんだ。しかし“彼女”はこの時代にいない。遥か遠い未来まで“彼女”が世界に干渉することはない。それは時間の爾落人である菜奈美が一番よく知っている。そして、その歴史を変えることは菜奈美の力ではできない世界そのものの在り方として確定してしまっていることだ。
それでも菜奈美は強く望んでいた。もしここに“彼女”がいたら、もしギドラの脅威をもっと早くに宇宙中に散った仲間達が知っていたら、この窮地を乗り越えられたのに、と。
そして、願いが強まると共に、現実への絶望が強まる。
それは、諦めであった。
菜奈美は虚ろな目で呟いた。
「私に、歴史を変える力があれば……」
ゾグ・ビーストはギドラに噛み付かれ、どんどんとその身を喰われていく。
そんな最中、ゾグ・ビーストの中から微かに緑色の光が一瞬、灯った。
地球の衛星軌道上では億を超える敵勢を前に瀬上と凌は、尚も戦い続けていた。
前方で戦うMOGERAも遂に装甲の限界がきて至る所が攻撃によって損傷し始めていた。敵もMOGERAの反射を発動させない攻撃の方法やタイミングを掴んでいるようだった。
多勢に無勢というものだが、それも度を越せば一騎当千すらも打ち負かしてしまう。
今がまさにそれだった。
「東條、……大丈夫か?」
「無論だ。……瀬上、俺がヤるまで死ぬんじゃないぞ!」
二人ともスペースデブリを壁にして攻撃を防ぐが、そもそも守備に回り過ぎるとその隙に地球へと敵を侵攻させてしまう状況にある為、是が非でも衛星軌道上を死守し、攻撃を続ける必要が彼らにはあった。
既に凌も仕込んでいた武器は使い果たし、光刃と光矢の二刀流で何とか遠近両方に対応していた。既に二本あったボウガンの内一つは新たなデブリとなっている。
瀬上も周囲のデブリを弾にできる為、弾切れの心配はないが、次第に出力が低下しているのを感じていた。無理もない。人生の中でこれほどの規模の戦闘自体数える位しか経験していない上に、それはどれも多くの仲間がいた。たった二人で相手にする数ではない。
「東條、この戦いを生き残れたら、その時は相手になってやるよ」
「強がれるのも今のうちだぜ」
そして、凌は瀬上の前に顔を近づけて光刃を瀬上の顔の横に突き立てた。目を見開く瀬上。
「今の俺はお前より強い!」
それだけ言うと凌は瀬上から離れ、敵の渦中に飛び込む。
最早凌の姿は見えない。
瀬上はゴクリと生唾を飲み込むと、自身も最大出力の電磁で周囲一帯のデブリを自分の周りに高速で回転させる。
そして敵陣に突っ込み、高速で飛び交うデブリを武器に奮闘した。
しかし、上手くいったのは初撃位だった。次第にデブリは砕かれ、更に特攻攻撃する者まで現れた。僅かな時間でその勢いは無くなり、群がる敵を一時的に後退させるに留まった。
凌の方を見ると、群がる敵の中から飛び出した姿が見えた。辛うじて脱出したというところか。死んではいないが、これ以上戦えば死んでしまうだろう。
すべての敵を瀬上が一人で引き受けるしかない。
「やるっきゃないか」
右手に神経を集中させる。右手に荷電粒子が集まり、青白い光になる。
まだ放てない。
「ガハッ!」
隙を作った以上、敵の集中砲火を浴びる。全身が傷だらけになり、辛うじて急所を避けたが、腹部と背部を思いっきり抉られ、血液の球体が周囲を漂う。
それでも瀬上は自力で荷電粒子ビームを放った。
「いっけぇぇぇぇぇぇーっ!」
青白い光の筋が漆黒の闇の中に集まる敵の一部を瞬時に滅ぼした。
確かに数は削れた。千? 万? しかし、残る敵は数千万に及ぶ。
あと何発打てれば勝てるか? 百? いや、千か。
「ははは……」
乾いた笑いを浮かべることしか瀬上にはできない。
いよいよ潮時ということか。
死を強く意識した瞬間、不意に菜奈美の顔が頭に浮かんだ。
そう言えば、恋人として過ごした時間こそ沢山あるが、本気で生涯を共に生きるようなものでは無かったなと、ふと思った。もしも生きて帰れたら、その時は地球で根を張ってもいいかもしれない。ガラテアに頼まれたのもある。あの小さな地球最後の村に自分達の家を作ろう。小さな家で良い。愛する者と共に生きるのに充分な広さ。でも何か育ててみたいな。本当は父親になるのを考えたこともあった。しかし、それは難しいのだろう。何となくだが、役割があるのだ、爾落人には。それぞれ生まれ持った能力という。時間と電磁の子、どんな役割になるというのか。やはり難しいのだ。
しかし、ふとその思考の先に微かな気配を感じた。顔の見えない一人の少女が笑いかけた。そして、時間の概念を超越して電磁波にも干渉するような量子の世界を飛び交う素粒子を操る少女のイメージが浮かんだ。
その瞬間、瀬上は現実に引き戻された。
「死んで……死んでたまるか!」
再び彼は荷電粒子を集める。
当然の如く、敵は一斉に瀬上へ襲いかかる。
「っ!」
しかし、その瞬間、瀬上の目の前で敵は燃え上がった。何も燃える要素はない。
ガラテアのいない今、そういう発火ができる人物は一人心当たりがあった。
続いて宇宙全体で主流となっているビームライフルによる狙撃で確実に敵の急所が撃ち抜かれた。流用と信頼性の高い量産品を好む人物に心当たりがあった。
更に特大級のプラズマ火球が敵を一掃する。覚えがあった。かつて日本近海にいた「G」の姿に。
それだけではなかった。地球から次々に宇宙にいる敵に向かっていく「G」達が瀬上の目に見えた。
「どういうことだ?」
まさに狐に摘まれた気分だ。
居ないはずの者達。目覚めるはずのない「G」達が一斉に敵の前に現れたのだ。
「遅くなってすみません」
「東條は俺が保護する。宮代、援護を頼む」
「ハイダ、八重樫」
ハイダと八重樫が瀬上を保護すると、八重樫は通信機に呼びかける。一樹もいるらしい。
更に、ハイダと瀬上に迫る敵を払うように高速回転ジェットで彼らの周りを周回するのは四神の玄武こと通称ガメラだった。
ガメラだけではない。四十世紀の月ノ民戦を上回る数の「G」が地球から宇宙に上がり、加勢していく。
「どういうことだ?」
「正直、私にもよくわからないのですが、声が聴こえたんです。どこかで聴いたことがあると気がするんですが、誰の声か思い出せないのですが、女の声でこの危機を伝えたんです」
「声?」
あまりにも都合の良すぎる展開でにわかに信じられないが、事実として圧倒的な数の加勢により、形勢は逆転した。
最早瀬上が何もしなくても戦いの終結は近い。それがわかると、一気に疲労が出た。
何がどうしてこうなったか、それは後でクーガーに聞けばいい。瀬上はとりあえず目を瞑ることにした。
その時、何が起こったのか正確に理解できていたのは恐らく当事者ただ一人であった。
突然ゾク・ビーストの体が光り、ギドラと佛達を巻き込み、気がついた時には周囲の様子が一変していた。
そこは宇宙空間ではなかった。墨汁が混ざるようなモノトーンの背景に上下左右も何もない。しかし、一つの面で並べられたように立体的な動きのできない空間。それは誰も知るはずのない世界だった。
『ギドラ……いえ、レリック。貴方はやり過ぎたのよ』
どこからか聴こえる声。
ギドラもその対象を探す。そして一同は気づく。ギドラの前にいるのが、いつの間にか怪物の姿でなく、純白の女性像の様な姿をした根源破滅天使ゾグ本来の姿になっていたことに。
そして、ゾグ内部の菜奈美と世莉も気づいた。いつの間にか自分達の他にもう一人いたのだ。
その人物を菜奈美も確かに知っていた。
「レイア……」
「はい。菜奈美さん、はじめましていうべきでしょうか?」
直接の面識はほぼないと言えるが、互いに間接的には縁深い相手と言えた。なので、一目でその相手が時空の爾落人、蒲生五月ことレイア・マァトであることはすぐに気づいた。
レイアは笑顔で言った。恐らく赤子の時に一度、それと「帝国」極北領で一度接触はあるが、レイアとしても正体の露見を避ける為だろう。直接日本丸の面々とは顔を合わせなかった。その為、彼女の言い方は正しい。
加えて、その状況を把握していること、何よりもその身に纏った雰囲気から四十世紀の戦いの後のレイアであることは間違いない。
「あの……」
「あぁ。そうですよね。私は4010年の戦いを終えて超古代に転移したレイアです。予定ではもう間も無く死ぬ運命にある悲劇のヒロインですよ」
非常に爽やかに言ってのけるあたり、間違いなくレイアだった。
「いえ、そうではなくて……」
「何故私がいるか?」
「はい」
「菜奈美さん、貴女が私を呼んだのですよ」
レイアは微笑み、菜奈美の手を指さした。
菜奈美はその手を確認すると、割れた神器があった。
「流石に私を呼び出すなんてことをしたら耐えきれませんよね。……菜奈美さんも少し休んで下さい。時間の爾落人だったから歴史改変の負荷が軽く済んだのでしょうけど、本体が割れる程のことをしているのですから、かなりの反動があるはずです」
確かに体がふらつく。
菜奈美はその場に崩れた。世莉が菜奈美を支える。
「世莉さん、よろしくお願いします。折角の機会なので、お二人はそのまま見ていて下さい。ゾグの使い方をお見せします」
そして、レイアは根源破滅天使ゾグに意識を向けた。
【貴様! 何をした?】
「レリック、高次元の力を手に入れたのが嬉しいのはわかりますが、少し大人気ないとは思いませんか?」
【何?】
「喧嘩はフェアじゃないと。それとも新しい玩具を手に入れたから虐められっ子に自慢するお金持ちのお坊ちゃんでしたか? まぁお可愛いこと」
ゾグは頬に手を当てギドラを嘲笑う。
【ふざけるなぁ!】
ギドラはゾグに向かって喰おうと口を開いて襲いかかる。
が、その首をゾグは手刀一つでなぎ払い、更に残り二本の首も掌底突きでそれぞれ突き飛ばす。
これまでにはない有り得ない展開であった。それもその筈だ。これまでであれば、手刀も掌底も通ることはなかったのだ。
ギドラも気づいた。実体化しているのだ。正確には既に高次元生命体としての状態になっていた。それにも関わらずゾグの物理攻撃が通用したのだ。
「ふざけていたのは貴方の方でしょ? 私は言ったはずですよ? フェアじゃないと、と。ここは私がわざわざ貴方の為に用意した決戦のバトルフィールドですよ。私、優しいですから。貴方に合わせてあげたんですよ」
レイアの声を聴いてレリックはこの空間の正体に気づいた。
そして、レイアはそれを告げた。
「貴方の居る高次元に、ね?」
【そんなっ! どうして、貴様達がここに存在していられる?】
狼狽するレリックの声にレイアが愉快そうに笑った。
「決まってるじゃないですか。私、いえゾグにとってこんな程度の低い次元に新しい空間を作るくらい、簡単なことなんですよ」
【………】
レリックは知らなかった。当然である。彼女が最上級の次元である無の根源『 』のいる空間に行ったのは遥か先の未来であり、ギドラが喰おうとしていた歴史そのものだ。
そして、レリックは考えていなかった。自分よりも高位の次元を相手にする状況を。
「まさか私がわざわざ来てあげたのにそのまま呆然としているのですか? 貴方は望んでいたんでしょ? 本当の死を、本当の敗北を、本当の恐怖を。そして、本当のゾグとの戦いを」
そしてゾグは宇宙戦神と阿羅羯磨を見る。
「銀河さんと和夜。ここは私に預けて下さい」
二人は頷いた。有無を言わさない雰囲気が彼女からはあった。
その回答に満足した様子でゾグはギドラに改めて対峙した。
全員が理解していた。レイアが、根源破滅天使ゾグがこの場に現れた瞬間に勝負は決していた。これは最早勝負ではない。儀式だ。
レリックも理解せざるを得ない状況であった。これはすべてレイアが自身の望みを叶えて滅する為の儀式なのだと。
「かかってきなさい」
そして、ギドラはゾグへ全力で襲いかかった。
【ならば次元の佛をも喰ってやる!】
ギドラは口から光線を吐きながら、全身が動いた。これまで全く動いていなかった翼を羽ばたかせて迫る。
対するゾグは高笑いを上げ、手をかざした。あらゆるモノを喰ってきた光線がゾクの手に触れた瞬間に消滅した。
そして、初めてゾグは腕以外を動かす。
スーッと両手で迫るギドラの首を掴むとそのままゾグは体を捻った。
ギドラは大きく円を描いて反対側に叩きつけられる。見事な一本背負いであった。
「お父さん直伝よ」
静かにレイアは告げ、そのままゾグはギドラに向けて右手を翳した。
ゾグ全身から白銀の光が溢れ出し、それは後光の如くゾグからさす。
【これが次元の佛。そして、これが絶対的な死の恐怖なのか】
レリックはどこか悟ったように淡々と呟いた。
それはゾグから放たれる圧倒的な存在感であり、全く勝てる要素の存在しない未知の次元の敵を前に完全なる敗北を自覚したからであった。
「安心しなさい。レリック、貴方は私の手で根源的な死を与える」
そして、ゾグの翳した右手からギドラに向けて光線が放たれた。
【嗚呼……。ありがとう】
光線はあらゆる次元においてもその存在を完全に抹消する。レリックの魂の根源を破壊し、高次元生命体ギドラ諸共消滅させた。
そして、光線が消えた瞬間、ゾグ達のいた空間も消え去り、彼らは元の宇宙空間に戻されていた。