Hurt Locker


それから月日は流れ、歴史的なターニングポイントがありながらも一切関わる事がなく帝国と連合の樹立まで生きてきた。それまでも紆余曲折はあったが大局的に見れば些細な問題でしかなく、数々の武勇伝を持つキャラクターと比べるとここで語られるようなエピソードはない。メロゥノにとって変わらない事は、不老長寿だから連合にも、爾落人としても弱いから帝国にも居場所はなかった。居心地の良い場所など昔からなかった。それでも月ノ民との決戦は避難した身でありながら生き延びたし、それから地球側も新たな局面を迎えた。これからは宇宙との交流も増えていくはずだ。そうしたら自分も宇宙に行ける日が来るだろうか。彼女が星を見上げる頻度は増え続けた。


結局のところ帝国に落ち着く運びとなり、念願だった宇宙の観測所に勤める運びとなった。メロゥノ最大の幸福の瞬間だった。めげずに努力を続けた賜物で、周りもまた性格に難のある爾落人ばかりではあったが充実した日々を送れるはずだった。多少の差別を受ける事はあってもこれから小さな幸せを見つけ続ければいい。そう前向きに思った時だった。


隕石落下。極めて小さいサイズであったし、落下予測地点もコロニー外だったため対応は静観。落下後にサンプル採取の段取りで調査チームとしてメロゥノも待機。深夜だったが落下直後に護衛の同僚と共に輸送艇で急行した。


「…思ってたより酷いな。各員単独行動は慎めよ」


調査チームのリーダーを出迎えたのは十数メートルに及んで穿たれたクレーターだった。落下時に衝撃波で薙ぎ倒された異界林、爆心地付近の隕石と思しき物体は今も燃え盛っていた。消火担当の爾落人が不活性ガスを用意しようとするが異変に気づく。


「見ろ。クレーターに人影がいないか?」


そもそも今の時代コロニー外へ人が住んでる事自体が稀有だし、ここは予め人払いも済んでいた。調査チームは自分達だけのはず。しかし炎に照らされて浮かび上がる人影が一人、確かにあった。全員がそれを目撃して互いが息を呑むのが分かる。そして映像にノイズが走ったかのように一瞬で消えた。


「……」


今のは見間違いだと安堵した時、それは間近まで迫っていた。人型のシルエットでありながら人間ではありえない姿に悲鳴が上がる。甲殻類を思わせる装甲で覆われた紫色の全身。左腕は大剣、右腕は鉤爪の先にレイピアを複合した武装。顔面も甲冑のような器官で覆われ、顎だけは歯茎を剥き出しにした口腔。殺戮のためだけに進化したかのような姿は地球上ではあり得ない軌跡を辿っていると直感した。つまり宇宙からの“外来種”。


腰を抜かしたメロゥノを見捨て、我先に逃げ出した同僚は外来種に容赦なく斬られ、刺されては裂かれた。抵抗する隙も与えられず、逃げた進路上に一瞬で先回りしては腕の一振りで片付けていく。小慣れた動きだ。地球を訪れる前もこうして殺戮を繰り返してきたのか。


「う…うぉおおお!」


勇敢に立ち向かう護衛の男性爾落人は空気を凝固させる攻守優れた能力の強者であったはずなのだが文字通り瞬殺だった。腕っぷしだけが取り柄だった爾落人の呆気ない最期を与えた外来種に立ち向かえるはずもなく、一人残されたメロゥノは無力でしかない。輸送艇も破壊され、逃げ道も断たれた彼女は死を待つしかないだろう。ゆっくりと歩いてくる外来種に目を背ける事ができず尻餅をついたまま後ずさる。外来種はメロゥノの左肩にレイピアを突き刺して持ち上げ、強制的に立ち上がらせた。痛覚が全身を抜ける。さらに大剣がメロゥノの下腹部を貫く。容易く肉を断裂させられ、傷口からは経験した事もない量の血液が溢れた。同時に吐血、鼻血。真っ白だった作業着が全身を真っ赤に染め上げる。外来種があと少しでも力を入れれば上下半身が真っ二つに裂かれるだろう。倒れる事も悲鳴をあげる事も許されず、自分だけ嬲り殺しに、じっくりと生気を吸い取られていく。やがて薄れゆく意識の中、外来種の口元が笑った気がした。


瞬間、外来種とメロゥノは宇宙から降り注ぐ真っ青なスポットライトに照らされた。青空のように穏やかではない、不健康なほどに真っ青な明度。直視しただけで目が焼けつくほど暗い、邪悪な光だった。外来種は光天を見上げ、息絶える寸前のメロゥノも流し目で見上げる。その視線の先に映る邪悪。


その夜、邪悪が二つ地球に降り立った。
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