爾落転換
おまけ。
「……ということがあったらしいのよ」
能力がシャッフルされてしまったその夜。八重樫と凌が自主トレしている裏で日本丸の菜奈美の自室には菜奈美、世莉、パレッタ、ガラテア、ムツキが集結していた。男性陣とハイダ以外の皆だ。話題は、今日の騒ぎの視解で視えてしまった八重樫の過去。
「じゃあ八重樫を更生させたのはハイダってことなのか?」
「それって命を助けられた以上の意味があるような気がする。特にダイス殿の場合は」
「あのリリーちゃん(ハイダ)と…深いのねぇ」
『そんなことがあったのにあの距離感!?』
過去からの事の顛末にムツキは納得がいっていない。
「二人ともあまり自分を語らないというか、そういうところがあるから…」
「確かにお互い一歩引いてる感じの距離があるな」
「あの人は合理的というか、なにかあっても利害でハイダを守りそう」
「恩人以上の感情はなさそうだな」
「そもそもサイコロ君とリリーちゃんに愛情なんてあるのかな」
『だからこそお似合いなんじゃない!』
「ハイダはまだ人間的だけど、八重樫は人間味に欠ける時があると思う」
「あの二人って何が起きようと冷静に物事を捉えて対処するわよね。クレバーというか。電磁バカは感情的になることが多いけど」
「八重樫から見てもハイダは仲間のような感じじゃないか?」
「うん。私達に等しく向ける戦友としての接し方が強いと思う」
『それでも見た目は釣り合ってると思うけどなぁ!』
皆は改めて、二人の容姿を思い起こす。
ハイダは欧州系特有の顔つきで、世の中に達観しているかのような光のない鋭い目。膝裏まで伸びた銀髪が特徴だ。また、身長も高めでスタイルも良い。効率よく身体を動かせる必要最低限の筋肉量と配置。
服装は襟のついた長袖の白いドレスに、ふくらはぎまで隠すスカート。さらに白のスキニーパンツのようなものを穿き、手袋とブーツで徹底的に肌を隠す。
イメージカラーは迷わず白と言える。初対面ではなんとなく話しかけ辛い感じ。それでいて肌の露出は顔と首だけだ。明らかに身持ちが堅い。
凛々しいその雰囲気から、パレッタからはリリーちゃんと呼ばれている。
対する八重樫。純正な日本人でありながらこちらもハイダ以上の体格で物理的な包容力も余裕だ。歩兵としてもアスリートとしてもフィジカルが良い。
顔立ちは日本人然としており、怒り眉が目立つ。髪は若干グレーがかった黒でショートのオールバック。垂れ目だが角度によっては鋭く厳つい目つき。
服装は武装したアサルトスーツ。時代に適応した軍用規格の素材で、タクティカルベストを重ね着している。オープンフィンガーグローブとあらゆる地形を踏破できるブーツ。さらには肘と膝と胸にはプロテクターを装着し、両腕にはブレード二種をマウント。この上でライフル等を持っているのだから見ているこちらが暑苦しい。状況によっては帽子やヘルメット、ゴーグルやサングラスも着用。日本丸の中では明らかに異質。
そして、推測だがスーツのネクタイを変えるのと同じ要領で装備を変えている。だとしたら身だしなみは手抜き。メインの紺色がイメージカラーと言えるが、これも戦地によって色を変えたりするので明確には言えない。
二人に共通して言えるのは、冗談が通じなさそうな雰囲気。
「お似合いなのは身長差だけのような…」
「ルックスだけで抜粋するとハイダが制服好きみたいな感じになっちゃうんだけど」
『やっぱりお似合いだと思うよ!』
「随分と二人を推すわね」
『だって面白そうじゃない?』
「でも、ハイダが思念である以上浮気やサプライズは絶対にできないわね」
「ダイス殿に二股する要領はないと思う」
「サイコロ君、戦闘や時事的な話題以外に何を喋るんだろう」
「パレッタとは何を話すの?」
「日頃の注意だけよぉ。ガミガミ煩いの…」
話がズレてきた。
「観光名所とか旅行に連れて行くような甲斐性はあるのだろうか?」
皆は想像を働かせる。
海。水着に着替えて海辺で海水を飛ばし合う八重樫とハイダ。じゃれ合う笑顔の二人。夕日が沈む中砂浜で追いかけっこを繰り広げる。
『「「「「ないない」」」」』
「サメでも狩り始めそうね」
「砂浜でランニングなら分かるけど」
花火。甚兵衛を着た八重樫と浴衣のハイダ。
うちわを持ち言葉を交わさず夜空を見上げる二人。河原で花火の光に照らされる二人。
「二人してそういう催しに行くイメージがないね…」
「うーん…」
レストラン。正装で行くような高級な雰囲気。デザートに出されたケーキを、人目も気にせずハイダにフォークで食べさせてもらう八重樫。
……はいあーん…
……んー、おいしいなぁ☆
『「「「「いやいやいやいや」」」」』
「誰がこんなのイメージしたの…」
買い物。欲しい服を即決のハイダ。試着したハイダを見て、これも即決でうなずく八重樫。
「二人とも、買うものもないのに街をぶらぶらする人じゃないっぽいわね」
温泉。特に緊張感もなく混浴に入る八重樫とハイダ。背を向け合い、本当に風呂に入りにきた感じ。何も間違いは起こらない。
『背中流し合いしないのかな?』
「それはさすがに想像できない」
雪山。完全防寒で上級者コースをスノボで駆ける八重樫とハイダ。黙々と麓まで滑り続ける二人。二人並んで肩を寄せ合いゲレンデのリフトに乗り込む。
『これは、一番微笑ましいショットかも…』
「捏造しすぎ…」
結婚式。タキシードの八重樫とウェデイングドレスのハイダ。無表情でケーキ入刀を敢行する八重樫とハイダ。さらに引き分けに終わるファーストバイト。
『ドレス似合いそう!』
「綺麗だろうね…」
「普段の白さからすると絶対似合うな」
「ファーストバイトはハイダ殿優勢では?」
「付き合ってすらいないのに皆何を言ってるの?」
『待って!それ以前に越えなければならない壁があるわ!』
デート。待ち合わせ場所に合流するハイダと八重樫。八重樫の考えた今日のデートプランを思念で読むハイダ。
……最後の項目ですが今日はダメです。
「これは、男の方は折れるのでは」
「いや、そもそもあの男の愛情表現がね」
……愛してる。ハイダ。
『「「「「いやいやいやいや」」」」』
「絶対に言わないわ」
「あの八重樫だぞ。きっと」
……なんでだ?お前の思念なら言わなくても分かるだろう。
「あぁ…」
「言いそう…」
『結婚した後もね』
「なんでそこまで話が進むの?」
ご飯の時間。醤油が欲しいと考える八重樫。それを思念で読み取ったハイダが念力で醤油を渡す。心の中で礼を言う八重樫。無言の食卓。箸だけが進む。
「ありそう…」
『なんだか倦怠期の夫婦みたいでしょ?』
「まぁ…八重樫は食べ物の好き嫌いがないし残さず食べるから作り甲斐はあるかもな」
「美味しいものを食べるというのはあるだろうけど」
「いくら好き嫌いがないからってサソリやタランチュラを食べるのはね…」
「えぇ!?」
『うっ…でもでも!やっぱり、ねぇ?』
「年齢だって正確には800歳くらい差があるはずだな。ハイダが年上になるんだっけ」
「リリーちゃんにとってサイコロ君は背伸びをする年下くらいの認識かしら」
「意外と年下好きかもしれないぞ?」
『クールビューティなハイダが年下好きなんて……アリだわ!』
「それ本人がそう言ったの?」
「1000年近いとなるとカルチャーショックが凄まじそうだな」
「家事は細かく割り振るだろうね」
『でも力仕事とか汚れ仕事は率先しそう』
「料理は絶対にハイダに丸投げだろうな」
「亭主関白よ、きっと」
「それ分かる」
「少なくとも嫁の尻に敷かれたくないタイプね」
「そういえば二人ともタバコ、ギャンブル、酒の影はないな」
「二人とも嗜んでも酒くらいだろうね」
『泥酔したところを見たことないわ』
「八重樫に息子がいれば、厳格な父親になるだろうな」
「ライオンみたいに崖から突き落としそうね」
「突き落として済むならいいが。ダイス殿なら谷底に落ちた息子をさらにジープで追いかけ回すかもしれない」
「息子を持つ二人…ね」
皆は想像を働かせた。
赤ちゃんの男の子を思念で読みオムツを淡々と替えるハイダ、真夜中に泣き出した息子を無表情であやす八重樫、幼稚園の着替えを念力で着させるハイダ、息子とのキャッチボールで容赦ない豪速球を投げる八重樫、分からない宿題を思念で読み取り的確に勉強を教えるハイダ、反抗期に突入した息子を殴り飛ばす八重樫、部活の朝練に向かう息子のために弁当を早起きして作るハイダ、一人前になった息子を腕を組みながら送り出す八重樫、人生の伴侶を連れてきた息子に何も言わず肩を叩く八重樫と頷くハイダ。
『「「「「……」」」」』
あまりにもシュールすぎる絵面に言葉を失う皆。
「そもそも、八重樫って性欲あるのか」
「そりゃあるでしょうよ。男の子なんだから」
『へぇ…』
やらしい事を考える八重樫。やらしい事をする八重樫。お堅いハイダをやらしい行為に誘う八重樫。強引な八重樫。乱暴な八重樫。八重樫八重樫八重樫。どれも想像がつかない。
『今度ハイダと二人きりにしてみる?』
「ハムスターみたいに増えるかもな」
「もう!この話はおしまい!こんな事を話し始めた私がバカだったわ。絶対に口外しちゃダメよ!」
「えー、菜奈美ちゃんだってノリノリだったくせにぃ…」
菜奈美の解散宣言の前に皆は渋々自室に帰っていく。他人の下世話な話はどうしてこうにも楽しいのか。非常事態でもあるのに、日本丸の夜更けは遅い。
次回第五章、1993年『みぎうで』