Hurt Locker
窃盗の嫌疑からしばらくして新天地にて新生活を送るメロゥノ。最近ようやく要領を得てきた仕事の帰りの出逢い。日系人女性がショートヘアの青髪をなびかせてすれ違った。惹かれて振り返ってみたが違和感を感じた。こんな夜遅くに一人で出歩くなんてここの治安の悪さを知らない観光客かもしれない。警告しようと追いかけたが案の定、彼女は路上に屯していた男性二人にナイフを突きつけられ路地裏に消えていった。
『こちら112。事件ですか?』
メロゥノはすぐさま緊急対応機関へ通報した。しかし警察が駆けつけるまで彼女が無事でいられるはずもない。自分は数百年前にエザヴェルから受けた仕打ちは忘れもしない。あの時を思い出せば彼女を助けに行くか逡巡したが、御守り代わりにハンドバッグに忍ばせた拳銃を思い出す。まともに撃った事はなかったがこれで威嚇して助け出し、逃げるイメージをつけると再び前へ歩く。角を曲がった先で繰り広げられているのは凄惨な光景に違いない。
「あが」
小さいが悲鳴と、何かが断たれるような鈍い破裂音によって立ち止まる。それが数十回は繰り返され、路地は目の前だが覗き込めず震え上がる。想像できない状況にメロゥノの正義感は儚くも消し飛ばされ、引き返そうにも足がすくんで動けなくなった。
「あーあ」
悲鳴とは裏腹に、元気そうな女性の声に安堵したメロゥノはゆっくりと路地裏を覗き込んだ。照明が暗くてよくは見えなかったが一瞬だけ差した月明かりに照らされた光景はそれこそ凄惨の二文字では言い表せない状況だった。壁から垂れる水溜りに佇む件の女性。男性二人は逃げ出したのか不在だ。しかし水溜りが不自然に赤く着色されている理由に合点がいった時、女性の足元に転がる塊の正体に戦慄した。手段は分からないが男性二人は原型も留めないほどに細切れの肉塊に成れ果てていたのだ。
「誰ぇ?見てたよね?隠れてないで出てきなよ」
口を両手で押さえて隠れるメロゥノに迫る女性。断絶の能力を獲得していた長瀬依子は後ろ手に指を組むとペットと戯れるような軽い足取りで向かった。脅しとばかりに周辺のアスファルトやゴミ箱を切り刻む。しかしノーリアクションを貫くメロゥノはそれと引き換えに動けずにいた。依子が爾落人であると思い込み、その力が初めて直接危害を及ぼそうとしている。
「見間違い…かな!?」
想定外に早く迫るパトカーのサイレンに依子は驚く。通報時に偶々付近を警邏していたパトカーが急行していたのだ。
「あれ…早ぁ」
依子は目撃者の有無を確認できないまま足早にその場を立ち去っていく。この時ばかりは自分の気配の薄さに感謝できた。メロゥノは脅威が去った安心感からか、遅れて胃から込み上げてきたものを口から吐き出した。