爾落転換


「どうかな?」


翌朝、起床したパレッタをクーガーに視解させる一樹。


「もう大丈夫ですよ。どうやら昨日のことは忘れているみたいです」
「え?あれだけのことがあったのに?」
「はい。凌さんを外に出しても危険はありません」
「ならいいんだけど…オレ呼んでくるよ」


一樹は凌を呼びに行った。


「結局あのロボットは誰が何のために送り込んできたのか分からないままだったな」
「深く考えるのはやめよう」


ギャラクトロン凌機の処遇だが、チェリィの協力を経て昨晩の内に跡形もなく消え去らせた。殿要員で残しておく案もあったが、パレッタの精神衛生上の理由で本人の知らぬ間に破棄が決定されたのだった。
菜奈美と瀬上、世莉はチェリィにこっそり耳打ちをして礼を言う。


「あのロボット、消してくれてありがとう」
『あんなの「対消滅」のちからをつかえばかんたんデスよ』
「どうせ倒すならわざわざ鎧を使わなくてもよかった気が…」
「それは言わないで」
「本当に、もう戻るのか?」
『はいデス』


聞けばチェリィは元の場所に戻るという。昨日の今日でゆっくり話せないままだが、見送るために全員が甲板に出てきている。朗報を聞いて遅れて顔を出す凌。凌を見つけたチェリィの表情が変わった。


『やっぱりいまシタね。パレッタをおこらせるなんて、ゆるさないデス』


チェリィは自分の影に手を入れると中から鎌を取り出した。漆黒の鎌は柄尻についた鎖でチェリィの影と繋がっており、刃の部分を除けば得物としては十分にメインアーム足りうる代物だ。


「え?クーガー、脅威は去ったんじゃないの」
「パレッタさんのことについてはですね」
「うわ、すごい…」


昨晩の雑談で能力を知ったとはいえ実際に見てみると衝撃は大きい。一同は感嘆した。


「ちょっと!」


身の危険を感じた凌は光学迷彩で姿を消すも、チェリィは日本晴れに照らされる影を見逃さない。


『にがさないデス』


凌の影から伸びてきた黒い触手が、全身にまとわりつく。四肢、膝、肘を取られ身動きが取れなくなる。光学迷彩を解除させられる凌。膝裏を折り、跪かされる。さらに口も塞がれ悲鳴もあげられない。


「なにこれ、なんでまた修羅場になってるんすか?」
「知るか」


チェリィは鎌を携え、凌の元へ歩いていく。


「影からの拘束、やはり初見殺しだな。東條!」


八重樫は用意していたフラッシュグレネードを凌の影に向かって放り投げた。意図を理解した凌は顔を伏せて目を瞑る。間も無くあがる破裂音と共に影が照らされ消えた。一瞬だけ生じたチャンスに脱出する凌。


『めが…まぶしいデス…』


目を覆うチェリィの隙に凌は交戦…することはせず、鍛えられた身のこなしで障害物をかわしながらチェリィの視界外へ逃亡した。


「ダイス殿…なんであんなものを持っていたんだ?」
「俺の性だ。味方だとしても対抗策を考えてしまう。反影レベルだと気休めにしかならないだろうし、二度目はないな…」


最後に一同が目撃したのはダクトへ中腰の匍匐(ほふく)前進で進入する凌の姿だった。その手際は八重樫に仕込まれたレスキュー隊員のそれだった。


『にがしまセン』


視界を回復したチェリィは再び前進した。ここで初めてパレッタが声をあげる。


「ちょっとチェリィ!私怒ってないわよ」
「え?」
「私がいつリョーくんに怒ったの?」
「ええっ!?」


今度は瀬上たちが素っ頓狂な声をあげた。


『パレッタがそういうなら、みのがしマスけど…』


チェリィは鎌を自分の影に収納した。そしてパレッタの影に立つ。


『パレッタ、いじめられたらいってくだサイ。こらしめにきマス』
「あんまり殺気立っちゃダメよ。笑顔笑顔☆」
「元気でやれよ」
「また会おう、チェリィ殿」
「たまには遊びに来てね!オレは歓迎するよ!」
「さようなら」
『元気でね!チェリィ!』
「さようなら!またね!」
『さようならデス』


チェリィはパレッタの影にゆっくりと沈んでいく。逃亡したままの凌を除いて、一同は見送った。
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