爾落転換
時間と空間が介入しないだけでも戦力としては心許ないはずなのに、七人はよく戦っている。それを遠目から眺めている一樹菜奈美パレッタ。三人の近くを一本の舌が徘徊していた。それに気付いたパレッタが一樹と菜奈美の肩を叩いて指差した。
「ちょっとあれ…」
「ひっ!」
ビビる一樹の悲鳴でこちらに気付いたのか、舌がゆっっくりと振り向いた。音か体温で獲物を探しているらしく、これと言った感覚器官を備えているようには見えない舌はやはり気持ち悪い。息を呑む三人。
「カズっち…早く転移を…」
「む…無理です…周りが…」
一樹の目で見える範囲はどこも舌との戦闘が繰り広げられており逃げ場はなく、林で視界
も開けない。ここに来て初めて一樹は空間掌握を果たせなかったことを後悔した。舌はじわじわとこちらに向かってきている。身震いする一樹とパレッタは身を縮こませて菜奈美の背後に隠れた。
「な…なに二人とも」
「菜奈美ちゃんごめん!」
「いや、ここは年長者なんで。6000歳の力、お借りします!」
「失礼でしょ!というか今の私視解だから!」
「こっち来てる!」
獲物がいると確信した舌が猛スピードで三人へ肉薄してくる。三人は悲鳴をあげることしかできない。一番手前にいた菜奈美が舌に捕まろうとしたその時だった。
「おい!」
舌をメーザーブレードで溶断した瀬上。仁王立ちで立ち塞がった瀬上は三人から見ても頼もしく見えた。副船長の面目躍如。本気で恐がったらしい菜奈美とパレッタは目に涙が浮かんでいた。一樹は腰を抜かしている。
「電磁バカ…遅いわよ…」
「せ、瀬上さん!」
「コーちゃん!」
「ったく、俺がいなけりゃどうなっていたか…うぉ!?」
瀬上は死角の足元から迫る舌に捕まった。三人の代わりはお前だと言わんばかりに両足を絡め取られ、穴まで一気に引きずり込まれる。
「オレの代わりに食べられてくれるということすね」
「ざけんな!」
メーザーブレードを手放してしまいなすがままの瀬上。砂埃と雑草にまみれ穴の手前まで引きずられる。しかし、舌は土壇場の断絶によって切断された。窮地は脱したのだ。瀬上は安心した様子で救世主である一樹を仰いだ。
「お前…」
「瀬上さん…」
瀬上は一樹を労おうと立ち上がり、違和感を感じた。歩行するときに左右の足に高低差を感じてしまうのだ。恐る恐る靴の裏を覗く瀬上。すると切断された靴底が目に入る。
「…殺す気か!」
「いやそこは感謝でしょう!」
「皆さん!根っこを叩きます!」
クーガーは両手を地面につき、舌が伸びている地面を溶岩に変化させる。舌から熱が伝導したグローラーは、地響きと共にイナゴの頭に酷似した口を出現させた。
「また気持ち悪い…」
「あれはグローラーの尻尾よ」
「あれが尻尾?頭じゃないのか?」
「どちらにせよ嫌悪を誘う見た目ですね」
グローラーは隠れていたブルードを舌で捕まえると口まで引きずり出し捕食していた。無残な光景に思わず女性陣は顔をしかめた。
「炙り出してやる」
このままでは爆撃の効果は薄い。全身を引きずり出さなければ意味はない。八重樫はマイクロ波シェル発射態勢に入り、他の皆を自分より後ろに退避させると一気に放出。地面は溶けだし、周りの木々は消し飛んだ。