爾落転換
衝撃の朝から、夜になり本日は食事を摂った日本丸一同は解散となった。当面の方針は能力を元通りにする方法の模索。何がなんだか分からないがやるしかない。とりあえずはギャラクトロン周辺に留まることになるだろう。
「あぁ…疲れた」
珍しく疲労困ぱいの瀬上。足取りが重いまま自室に向かう。まだ思念の制御が不安定で、ハイダ曰くパイロキネシスなんて夢のまた夢だそう。自分にとって思念は相性が悪そうだ。とにかく疲れた。早く寝て忘れてしまいたい。あわよくば、今日の事が悪い夢であってほしいもの。
「ちょっと、こっちきて」
小声で瀬上を呼び出す菜奈美。彼女は八重樫と甲板へ出て行く凌を目で追いながら瀬上を通路へ引き込む。
「凌に気をつけなさいよ。あんたがコンプレックスみたいなんだから」
「なんでだよ」
「「G」ハンターやってた時に一度戦ったでしょ?」
「あ?……あぁ!」
忘れかけていた。警視庁勤務の時に見つけた爾落人のヒヨッコに、危険な「G」を回収しがてら洗礼を浴びせたことがあったか。
「そういやそんなことあったな。まだ俺もあいつも警察官だった時か。結局あの時の「G」は大した脅威じゃなかったんだよな」
「…その時負かしたでしょ。それからずっとみたい」
「あいつ根に持ちすぎだろ!」
瀬上の叫びを知らず、凌は電磁石で運搬される武器と共に船外へ消えていく。
「それだけじゃないんだけど…沼津の時の死を完全に吹っ切れていないのもあるし。でも拗らせてる大部分があんたなんだから」
「おいおい…」
「まさかあんなに闇を抱えた子だったなんて…」
新たな悩みの種か。船長の役職である以上船員のケアも仕事だが、案件が多すぎて気の毒になる。
「お前…他の連中も視たの?」
「……目に入ってくるのよ。スリーサイズ詐称の子もいるし、八重樫さんの血に塗れた過去とか、一樹の性的嗜好とか。…もう目を見て話せないわ」
「おぉ、なになに?」
「言える訳ないでしょ!まぁ、警告はしたからね。それにしてもあんたも一人で旅してる間にも色々あったみたいねぇ…」
菜奈美はニヤニヤしながら瀬上を見ている。目線はやや瀬上の頭上を向いているが、視解を使っているのは一目瞭然だ。菜奈美に視られて困る情報でもあるのか、瀬上はしきりに焦った。
「黙ってあっち向いてろ」
瀬上は菜奈美の頭を両手で挟んで視線を逸らさせた。だが手を離した後も菜奈美は瀬上を見ることはなかった。訝しむ瀬上。
「……」
「?」
まさかと、その時初めて思念の力を使ったのだと認識した。試しにもう一度、頭を触って念じてみる。
「後ろを向け」
「……」
ななみは素直に後ろを向いた。服従させた瞬間だった。
「(あ…やばい…)」
瀬上は男の性で邪な考えがつい、ほんの一瞬、本当に無意識で、想像してしまっていた。それは、男なら誰でも一度は考えてしまうことだった。先程一瞬と言ったが、瀬上にとっては何パターンもの展開を想像してしまっていた。これから実現できるかもしれない期待に、不思議と身体が熱くなってきていた。
「(思念はもしかして…アタリか…)」
だがそれは、背後から自分の首筋に突き立てられた光刃で我に帰った。
「思念の悪用は許しませんよ」
ハイダだ。彼女はまるで汚物を見るような、いや、全人類の女性の敵を見るような目で瀬上を見ていた。こんなに汚らわしいものはないと言わんばかりの視線だ。
「いや、違うんだ」
「その邪な考え、思念を使わずとも分かります」
「いや違うって」
ハイダは空いているもう一方の手の指を瀬上の心臓に突きつけた。光弾の発射態勢。
「その劣情に走っただらしのない表情、日本丸に合流してから私は見たことがありません」
「違うってば」
ハイダの指に力が篭る。今にも瀬上を殺りそうな殺気だ。
「思念の悪用でナナミを汚した時、その時は私が葬る」
ハイダは光刃を収め、菜奈美を瀬上から奪い取る。既に光撃を使いこなすハイダに、自分が虚しくなっていく。
「能力が元に戻るまで、ナナミは私が守ります」
そう吐き捨て、ハイダは去っていく。残された瀬上を、副船長としての痴態と年不相応な失態をした後悔の念が襲う。
「俺は…何を…」
呆然と佇む瀬上に、一部始終を物陰から目撃していた一樹が、哀れみの目で転移してくる。
「瀬上さん…」
「お前…」
一樹は瀬上の肩に手を置いた。瀬上にかけられる言葉は罵りか、同じ男として慰めの言葉か。今の瀬上にとってどちらも屈辱なのは間違いなかった。
「ドンマイです」
「見てんじゃねえよ!」