Hurt Locker


皮肉だがエザヴェルのおかげで自分のルーツを初めて知るに至った。だが人間と暮らす上で容姿が老けなければそれだけで異端者扱いされ、下手すれば魔女として処刑されかねない。迫害を恐れたメロゥノは生まれ育った街を捨ててまで自己保存を図る。数十年に一度街を引越しては住処を変え、身分を偽っては周囲に溶け込む努力を怠らなかった。そしてエザヴェルとの邂逅から数百年も経たない内に次の特異者と出逢う。


融沸の特異者スピナ。


彼は街全体から鼻摘み者と扱われながらも、頻発した盗賊撃退においては活躍していたため功績を讃えられていた。能力を誇示するように振る舞うが皆はその力を認め、多少の傍若無人さは黙認せざるを得なかった。


「君…美人だねぇ!このあと僕とどう?」


メロゥノはある時接触してみるとスピナからはエザヴェルと同じような違和感、気配を感じ取れた。彼は特にこちらを疑ってくる素振りを見せなかったため、気配については感じ取る側にも感じ取られる側にも個人差があるのだと推測できた。


「君も釣れないなぁ。僕が誰だか分かってないでしょ?」


誘いを断られるスピナは機嫌を損ねながらも自分がいかに偉大な人物であるか武勇伝を語る。明らかに誇張されたエピソードも含まれているだろうが、いかに薄っぺらな人物像であるかメロゥノが推し量るには十分すぎる情報を吐き出し続けた。


「僕は特異者の中でも選ばれた特異者。君達のようなただの“人間”とは比べものにならない権利があるのさ」


結局メロゥノを口説きそびれたスピナは無理矢理手を出そうと能力を使いかけたが、酒場の店主に睨みを効かされると呆気なく帰っていった。いつもなら暴れかねないらしいが今回は酒を飲みすぎて本調子ではなかったらしい。縄張りで痴態を晒したのが堪えたのかそれからスピナはすぐに街を出ていき、やがて国王に見初められて従軍した。特異者を集めた特殊な隊と聞いた。その数数人でありながら大多数の騎馬隊にも勝る戦力になったらしい。軍の中でもさぞかし優遇されたに違いない。


「……」


スピナの言葉が反芻される。自分はただの人間。確かにそう思えた。自分が持て囃されないのはこの地味な能力だからか。他人より多少外気温に耐性のあるだけの耐温の特異者。下手したら自覚も持てない、何の役にも立たない、普通の人間と対して変わらない、取るに足らない価値。特異者としての存在感が薄いためにエザヴェルらから見逃されてきたのかもしれない。しかし、だからこそ幼少期に蝶へ抱いた羨望を超える感情が自身の中で渦巻くのも事実だった。
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