爾落転換
「そこのお嬢ちゃん、このツインテール美味いよ!」
露店のおっちゃんが世莉と菜奈美を呼び止めた。だが2人ともツインテールの髪型ではない。不思議がる菜奈美に驚くおっちゃん。
「君、ツインテール知らないの?」
「?」
「両生類の「G」だよ。この三半規管は珍味だし、尾の触覚も全身余すとこなく食べられる。定番は刺身、天ぷらや炙り焼き。グドンていう天敵の「G」に常食にされているくらいなんだから。流通するのはここにあるくらいの大きさだけど個体によっては巨大怪獣並みのサイズがいるんだよ!」
「気持ち悪いからいらないわ」
即答の菜奈美。誰がこんなものを食べようと言い出したのか、気が知れない。
「それに昨日食べたしな」
世莉の言葉に青ざめる菜奈美。
「う、嘘よね」
「エビの味をした刺身だよ。菜奈美が一番食べてたじゃないか」
思い出した。エビそのものだと思って食べていたアレだ。美味しかったわりには一樹が残していたり、食べている自分を瀬上がニヤニヤしながら見ていたのも納得だ。
「安いし美味しいし、扱いやすいとかでハイダがずっと前から重宝して…」
菜奈美の耳に世莉の言葉は届かない。打ちひしがれている。しかも自分から進んで食べていたいう事実に。
「い、いらない!」
自分を自制しながら早足で露店から立ち去る菜奈美。しかしすぐにショックは吹き飛ぶことになる。
「あれ?パレッタがいない」
「またか」
「あそこにいた!呼んでくるからちょっと待ってて」
「ああ」
少し目を離しただけでこれだ。幸い本人の派手なファッションのおかげ人探しも容易い。
パレッタの元へ小走りの中、再び瀬上への怒りがこみ上げる。
「(何よあいつ…刺身のこと教えてくれたって…)」
雑念が祟ったか、通行人とすれ違い様に肩がぶつかってしまう。
「あ、ごめんなさ…!」
菜奈美が驚愕したのは通行人がジーンズという少し時代錯誤な服装だったからではない。少しふっくら目の体格をしてフードを被っているそれは人間に見えた。
異常なのは頭だ。顔に鼻はない。目は目玉もなく甲殻系のそれを思わせる直線状の複眼が備わっており、口から剥き出しになった歯茎と牙。紛れもなく「G」だった。
人間に擬態している______バグバズンブルードは口から少量の催涙ガスを噴射してきた。
「そん…な」
熟練者でも気付かない気配の「G」の前に、不意を突かれた。ガスの即効性で身体の自由が利かなくなる。さらに時間を戻すこともできない。意識が途切れる菜奈美が最後に見たのは、ブルードの別個体に同じようにして気を失っていたパレッタの姿だった。