爾落転換
朝食の時間。
20世紀の一般家庭のようなレトロな円卓を、日系(一部中東、北欧系)の爾落人が囲んでいる。年齢と人種を考慮してみると中々シュールな絵面である。驚くべきは八重樫とガラテアが何事もなかったかのように隣同士で座っていたこと。
「お待たせしました」
ハイダと凌が運んできたのは日本食。白米、梅干し、味噌汁、卵焼き、焼き魚。特徴のないオーソドックスなラインナップだからこそ、腕が試される一品だ。
「日本食か!本格的なやつは懐かしいな」
感嘆する瀬上に頷く一同。冷めない内にと、菜奈美の号令でいただきますの復唱。
「ほーんと!美味しい♪」
味噌汁を啜ったパレッタが絶賛した。味噌汁は赤味噌に油揚げと豆腐、投入間もなくシャキシャキ感を維持している白ネギが良いはごたえになっている。寝ぼけ目だった彼女の目が見開かれる。
「出汁が入っているのか。コクがあるな」
卵焼きを頬張った瀬上が幸せそうだ。少ししみ出ている出汁が旨味を引き出していた。照明で光沢を出している半熟気味の黄身が食欲を掻き立ているのだ。
「美味いな。ハイダ、腕を上げたんじゃないか」
世莉も焼き魚をつまむ。骨は転移済みだ。躊躇うことなく咀嚼することで味付けの塩加減を堪能している。さらに箸を通したときの表面のパリパリが心地よい。添え物の大根おろしとほうれん草のお浸しも味のアクセントになっている。
「いえ、これはムツキさんのおかげですよ」
ハイダの言葉を待っていたかのように、部屋角の投影機からムツキのホログラムが出現した。等身大のムツキが宙を浮く。
『ふっふーん!レシピは私が探してきてあげたんだからね!』
フリフリのエプロンを着たムツキがウインクしながらふんぞり返る。
「さすがムツキ殿。カリスマ主婦を名乗るだけのことはあるな」
『当たり前よ!』
「情報を引っ張ってくる…オレとポジションかぶってる…」
衝撃を受けている一樹を尻目に、一同は箸を進めていく。絶賛の嵐の中深刻な不安に見舞われる一樹。
「……」
一番に完食した八重樫。感慨に浸っているのか今回の朝食では口数が少ない。気づいたハイダが少し不安げに聞く。
「口に合いませんでしたか?」
「いや、サソリやヘビを食べて凌いでた時期を思い出した」
「え」
「美味い飯を食ってると時たま思い出すだけだ。気にしないでくれ」
八重樫は飯と戦力に恵まれた良い時代になったとしみじみ耽っていた。
同じ時、異変は起きた。被害者は凌。
「ん?」
おかしい。最後に食べようと少し残していた
ほうれん草のお浸しが増えた気がする。少し残していたのは確かだが、こんなに残していただろうか。疑問に思いながらも総量の半分を食べる。
「あー!リョーくんお浸し残してるぅ!」
「凌殿、好き嫌いがあっては強くなれないぞ」
「しのぐです…え?」
パレッタが騒ぐ視線の先に絶句した。先程食べたはずの自分のお浸しが増えている。やはりおかしい!
一番そういうことをしそうなパレッタを疑うが、凌の皿は彼女の手から届かない。同じ理由で一樹も除外。クーガーは不在で、隣の菜奈美はそんなことしないしガラテアもしない。ムツキはそもそも飯を食えないし、ハイダは絶対にしない。八重樫なら箸でスローインできそうだが除外。瀬上は…多分しない。
となると残る容疑者は1人。しかもそれに置いて便利な能力。
「ちょっと!能力の乱用でしょ!」
推理の苦手な凌だが自信を持っていた。迷うことなく世莉を指差す。一瞬ピクリと反応する世莉。
「な、なんのきょと?」
もはや言い逃れはできなそうだ。