爾落転換
『聞いてよ!』
「ねぇねぇリョーくん~」
「……しのぐ、です…」
ほぼ同時刻。厨房に向かう途中、想造の爾落人、日本丸機関長パレッタに見つかったのが運の尽き。日本丸戦闘員、光撃の爾落人である東條凌はこの日何度目か分からないため息をついた。
「戦う時にシュビ~って出す光の刃を出してみて!あれ綺麗なのよねぇ♪」
『一樹ったら私に仕事を放ってどっか行っちゃったのよ!ホントムカつくぅ!』
パレッタに有無を言わさず通信室へ引きずり込まれ、ホログラムのムツキに愚痴られる現状。凌は2人を聞き流しながら、助けも来ないのに天井を死んだ目で仰いでいた。
ただでさえ濃い日本丸の人間関係に飲み込まれてしまっている。
「リョーくんが返事しなぁい…」
「しのぐです…」
『あんなやつガラテアに扱かれればいいのよ!…そうだ!』
凌と一樹。マイペースな女性に振り回されるのが性なのか、長年生きてきた凌の対処法は
関わらないことだった。凌は2人に構わず扉を手にかける。
「光刃は瀬上…さんも出せますから、あの人にお願いしてみてください…あれ?」
開かない。ロックをかけられたのだ。日本丸主計長で電送の爾落人、ムツキの仕業だ。
御転婆なりにこちらへの対処法を見つけ出したらしい。こうなればと、凌は光の屈折を曲げて姿を消した。
「あれれ?消えちゃった…」
『えー塩対応なんだから』
部屋から出たと勘違いしたパレッタがドアを解錠した。
『待って!部屋にはまだ熱反応が…』
ムツキが制止するも遅く、凌は脱出。
「俺は、しのぐです」
「え!?」
自己主張と足音だけが去っていく恐怖現象に驚くパレッタを置いて、凌は通信室を後にした。
「ハイダさん、遅れました」
やっと厨房にたどり着いた。中には思念の爾落人、ハイダ。日本丸司厨がいた。
「逃げてきたようですね」
「分かってたなら助けてくださいよ」
凌の仕事は戦闘員。平時は八重樫やガラテアに扱かれるのが仕事のようなもの。決して無駄ではない訓練は凌自身を成長させていたが、さすがに連日が重なるのはキツい。そこで気分転換、趣味の開拓を兼ねて調理の手伝いを買って出たのだ。だがその崇めるべきハイダは既に調理を始めていた。
「もうほぼ終わってしまいましたよ」
「え?」
そんなに長い間通信室にいただろうか。
確かにハイダの調理は全てが効率的で緻密に計算された無駄のないやり方だ。おにぎりを念力で固めて量産していたのは、最初こそ絶句したものの、重量と成形、具の分量までもが均等に振り分けられた一品だった。光撃の凌にはとても真似できない芸当だが。しかしそれを差し引いても調理器具を使った料理も十分に上手いし、美味い。
「これは火を少し通せばいいだけですね」
そう言ったハイダは下ごしらえした肉を見つめた。
「じゃあ火を…」
率先する凌が調理器具を立ち上げる前に肉が火に包まれた。突然の発火現象におののく凌。肉から仰け反りながらハイダを一瞥すると、現状を読み取ったハイダが説明する。
「パイロキネシスです。前から練習していましたが今じゃ大分応用が効くようになりました」
「そ、そうですか」
やはり料理でハイダに及ぶことはなさそうだ。