The ending of a hero






「あんたといて俺が強くなれる事はない!俺は…日本丸を降りる!」


息の荒い凌が叫んだ瞬間、瀬上の拳が左頬に炸裂した。若干の電気を帯びていたらしく今のは効いた。凌がよろけるが何とか踏みとどまり転倒は免れる。同じく興奮気味の瀬上が掠れる喉に鞭打って叫んだ。


「他人のせいじゃねぇ事くらい分かってるだろうが!一人でじっくり考えろ!」
「……」
「いつか戻ってこい!」


瀬上の怒声を背に、凌は日本丸を降りた。東條凌、人生のターニングポイントだ。


当初、急いだのは対瀬上を想定した戦闘スタイルの確立からだった。今まで教わってきたガラテアと八重樫の教練に独学で試行錯誤を重ねた結果の賜。やがて形になっていき手数を増やしてた頃にさらなる転機が訪れた。


最初に殺したのはヅウォーカァ将軍。自星の平和維持の名の下に恒星間戦争を巻き起こし、極悪非道の限りを尽くしたレギュラン星人の戦争犯罪者。その時単独で宇宙進出していた凌は被害者側が募った有志の外人部隊として参加し、共に将軍を追い詰めて拘束手前まで追い詰めた。しかし将軍が悪足掻きの抵抗に転じたため咄嗟に反撃した凌の一撃が致命傷となり将軍は死亡した。凌の過失ではあったもののお咎めなしで解散した凌に生まれたのは不思議と罪悪感ではなかったのだ。そして今後の生き方が決まった。


それからは独自の物差しではあるものの、大衆の考える価値観と相違ないと断言できる自信の下正義を執行していった。元を辿れば仲間や一般人が安心して暮らせる世界を目指して今の道を選んだのだ。しかし終わりはなかった。まるで宿主を捨てた寄生虫が別の人間へ乗り換えていくように、巨悪は一定数が存在し続ける。自然界の理が悪という概念の抹消を許さないのか悪が途絶える事はないのだ。ならばその宿主なりうる器が根絶やしになるまで狩り続けてやろう。イタチごっこが終わるが先か自分が死ぬのが先か。対瀬上スタイルのブラッシュアップとプレデターという人生の指針はその時からブレていない。名実共にプレデターとなるためウルフを探してから認められるまでにそれこそ長い年月を要した。しかしようやく達成できた時には既に瀬上は消えていた。きっと呆気なく死んだだろう。そう思う事にしたがそれはそれで凌の心にポッカリと穴が空いていた。


そう思っていたのに。


呆気なかった。あれだけ探しても見つからなかった瀬上が教団本部に現れたと思えばターゲットを掻っ攫っていったのだから。突然の再会な上面子が立たない、以前受けていたような散々な仕打ち。しかしその苛立ちはすぐにどうでもよくなった。直後の瀬上が大軍を前にしてなお小さい背中を地球に向けている姿を見たからだ。能力だけは強くなっていたようだが勝ち目のない戦いに立ち向かうバカ正直さは変わってはいない。しかもさっきまでの大技はどこへやら、ガス欠を起こしたように静まりかえっているように見えた。あの時のままである性格に気づけば嘲笑じみた感情を向けていた。力だけが強くなってもその使い方、それを扱う状況判断が身に付かねば自滅する。その証拠に放っておいてもじきに物量に押し潰されて死ぬ。


…こんな事があってたまるか。


己の矛盾。他人の手によって超えるべき壁が今度こそいなくなってしまう虚しさは、暗殺という裏方に徹するポリシーを一瞬で捨てる判断にまで掻き立てた。故郷の地球を見捨てるのは自分の正義に反する、地球を守るには互いのためにも共闘せざるを得ないのだと言い聞かせてあの戦いに参戦した。





「……!」


思いに耽っていたのか、我に帰ったのはけたたましい噴射音が聞こえてからだった。そこそこな遠距離だがハッキリと聞こえる。あの近所迷惑な大排気量は先日一樹パレッタらが乗ってきた宇宙船のものだろう。今日が地球を発つ日だと手紙に書いてあった。凌は外に出て空を見上げた。


「……」


今の生き方は独自の正義であり私闘である。だからこそ一樹や八重樫、共に死線を潜った仲間を関わらせるなどあってはならない。一目見なくても彼らは生きている。それだけでも励みになる。凌は奮い立たせるため、手紙に光刃を充てた。ものの一瞬で消し炭に変わると決意を新たに立ち上がる。自分のルーツになった奴を超える。そうでなければ瀬上との関係は終われない。


「お、やっと会えたな。手紙…読んでくれたか?」


電脳巨艦の操縦室に座る一樹。大気圏を突破しながら艦外カメラを凌家の座標に固定したところやっと一目拝めた。ブロックノイズが走るモニター越しではあったもののこちらを見上げる凌。光学迷彩を使わずにあえて姿を晒した意図はせめてもの友情であると汲み取る事にした。しかし一樹は、それだけで満足げに地球を発っていく。


「生きてりゃまた会える…よな。じゃあな、凌」
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