The ending of a hero


「……」


皆が寝静まった夜中、瀬上は一人リビングに立ち尽くしていた。目の前には封の閉じられた封筒が。人数分が詰まっているため封筒はそこそこな厚みになっている。どうやら翌朝には隼薙が届けに行くらしい。


「…まぁ、どうせ読まないだろうしな」


そう自分に言い聞かせてから封筒を開け、自分の書いた手紙を入れ込んだ。そして何事もなかったように封を閉じかけるが、ここで手が止まる。自分の娘は何を書いたか。そういえば娘が手紙を書くタイミングで庭の掃除に追い出されてしまっていたのだ。


「……」


後で自分で聞けばいいのは分かっている。だが折角なら娘の字を、成長を見たい。間違っても他の面子のものを取り出さぬよう、瀬上はもう一度辺りに誰もいないのを確認。娘のものだけを取り出し、四つ折りにされていた手紙を広げる。


「おぉ…」


率直に言うと感動した。字はまだ拙いが充分綺麗だ(父親フィルター)。菜奈美と二人して教えた文字を自分のものとして活用できているのが素直に嬉しい。がしかし、中身を読み進めていくとそんな感情は一瞬にして吹き飛んだ。


【おじさんまた来てね。パパとヒーローごっこするおじさんかっこいいよ。わたしが大きくなったらけっこんしてね。  ひーより】


呼吸も忘れるほどのインパクト。ご丁寧に空いたスペースには娘と凌らしき似顔絵が笑顔で手を繋いでいた。ショックのあまり声帯が活動を停止した。


「…っ…っ…っ…」


本来ならそのポジションは父親なのではないか。その歳なら父親だと言うはずだろう。なのに何故。瀬上は頭が思考停止のまま身体が動いた。瀬上フィルターに検閲された娘の手紙は最初の10文字だけを残し、後は鉛筆で漆黒に塗りつぶされた。念入りに、念入りに。凌の似顔絵は矢印をつけて【パパ】とつけ足す。鉛筆の芯を使い果たすまで行われた所業は狂気の沙汰だ。


「はっ…はっ…はっ…」


途中から目撃していた一樹。開いた口を両手で塞ぎながら瀬上の死角にうずくまり、必死に自分の気配を消している。まるでこの世のものでないものを見た気分は先程までの尿意を忘れ去らせていた。これは幻覚。夢。そう言い聞かせながら一樹は涙目で隼薙達の寝る部屋へと戻っていった。
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