The ending of a hero


「来ねぇ…!」


一行が地球を発つ前日。一樹は瀬上邸のリビングで両手両膝をついて大昔のアスキーアートと同じポーズを取っていた。その背中をお立ち台にひーちゃんはヒーローの変身ポーズを決めている。瀬上は奇異な物を見る眼差しで一樹へ近づくとひーちゃんを抱き上げて距離を離した。


「…リョー君来ないね」
「諦めろって。やっぱあいつ昔の仲間とは関わらないようにしてるんだぜ」
「いや…実際そうだとショックだな」
「おじちゃんもうこないの?」
「んー、そうかもしれないね…」


雰囲気の重い一同。俯き、天を仰ぐ全員を見渡して落胆を悟ったひーちゃんは閃いたように顔を上げた。


「そうだ!来れないならお電話すればいいよ!」
「電話ねぇ…一樹は凌の連絡先調べられるの?」
「できると思うけどさ、向こうが通話ボタン押さなきゃ意味ないしね」
「おじちゃんケータイ持ってないの…?」
「持っているんだけどね、凌おじさんはオレ達をシカトしてるんだよ」
「しかと?」
「おいそこ!変な言葉教えんな!」


ひーちゃんは目を固く閉じてアイデアを捻り出す。その様子が俗語のインプットに見えた瀬上はそれを妨げるように割って入る。


「じゃあひーはお手紙書く!」


一同は感心したように声をあげた。ハイテク機器に囲まれた日常を送る一樹達にとっては手紙など遠い記憶の遺物だ。辛うじて地球暮らしの人間が稀に使う程度のものである。


「手紙か。凌ん家が分かるなら直接届けて投函するだけでいいな」
『隼薙などでは到底思いつかない味のあるアイデアだ。さすが瀬上殿の御令嬢』
「またお前は!」
「…盲点だ」
「オレ地球語まだ書けたっけ」
「いいわね。用意してくるから皆待ってて」


立ち上がった菜奈美は道具を探しに二階へ上がり、瀬上は後を追う。


「おいおい、まさか本当に書かせるのか?」
「ひーの教育にもなるし、いいんじゃない?」
「皆重要な事を忘れてるぜ。手紙を届けたところであいつが読んでくれるかは分からないだろ」
「そうかもしれないけど皆凌のために何かをした事実が欲しいのよ。もしかすると読んでくれたかもしれない。結局会えませんでした、それよりも想いを伝えた希望を抱かせて皆に旅立ってもらった方が良いに決まってるわ」
「そうかもしれないけどよ…」
「あ…あった。これこれ」


菜奈美はクローゼットの奥から鉛筆と紙を引っ張り出した。紙は少し変色しかかっていたが質に問題ないようだ。人数分を持ち出して一階に降りるとリビングのテーブルに開けっ広げ、皆思い思いに書き殴り始めた。瀬上を除いては。


「…あれ、瀬上さん手紙書かないの?」
「俺はいい。書かなくてもあいつとは嫌でも会うし。…お前字汚」
「またあんたはそんな事言って。直接言うより伝えやすい事があるんじゃない。ね?」
「…ねぇよそんなの」


瀬上はキッチンへ皿洗いへ逃げていった。他の皆はそれっきり瀬上を気にしなくなったが本人は時折こちらの会話に耳を傾けているようだった。菜奈美だけはそれに気づいているがあえてスルーし、時間はあっという間に過ぎていった。
6/11ページ
スキ