The ending of a hero
尋ね人はものの数十分で見つかった。一樹が使用したのはヴァイパー・プローブ・ドロイド。クラゲに似たシルエットの金属製ボディに、触手にあたる部分がひょろ長いマニピュレーターアームになっている偵察用ドロイドだ。各勢力に普及している量産型で数をばら撒いて偵察させるには持ってこいのコストパフォーマンスと評されている。活動時はそれこそクラゲのように浮遊移動するのが特徴的で、今回使われたのは大きな複眼が頭部に一つだけ配置された最もスタンダードな仕様である。
一樹は凌の人相を自分の脳からスキャンし、モンタージュを作成するとドロイド十五機を展開させたのだ。カタログ通り優秀であったのか、ただただ捜索範囲の狭さが好転したのか。噂に似合わずとにかく呆気なく発見できた。
「早いな…どれどれ」
一樹はリストコムから投影、空中に青白い光で構成されたホログラムが出現する。何秒かおきに波打つノイズを交えながら映し出されたのは野菜を買い物袋に提げて山道を歩く人物の後ろ姿だ。服は現地に流通しているものに準じていたが後ろ姿はどことなく懐かしさを感じさせ、凌だと直感できた。安堵する一樹だが、彼が尾けてくるドロイドをしっかりと一瞥した瞬間身の毛がよだつ。
「ん!?」
男の顔は確かに東條凌そのもの。皆と袂を別ってから凄絶な経験をしてきたのか、荒んだ表情を顔の筋肉を最大限に使って堅気の雰囲気を取り繕っているように見える。
『……』
「しまったなこりゃ…」
一樹は映像を受信し続けながら凌を見守るが、再び歩き始めた本人がこちらへ振り向かずとも警戒しているのは何となく分かった。無駄に身構えさせてしまったと反省し、一樹は同行を申し出る二人を断ると一人で彼の元へ向かう事にした。
「あーあぁ、すげぇキャラ変わってそうじゃん。オレの事知らないフリしないよな?」
実際のところ心中穏やかではない。このまま無防備に接触したところで即、ドロイドを差し向けた敵として反撃されるか。しかし変に装備を固めて会えばそれこそ敵性勢力として攻撃を受ける可能性もあるため結局丸腰で向かわねばならなかった。
「あー、ここか」
瀬上邸から徒歩15分ほど離れた郊外に凌のものと思しき住居があった。凌がこの建物に入ったところを確認済みでこれまた一般的な作りの平家だ。狩猟で生計を立てているのか周辺に民家はなく、年季の入った薪割り用の切り株とレンガの暖炉が程よい生活感を醸し出していた。
「いや普通かい!」
世を偲ぶつもりなど微塵もない生活だ。それも暗殺者として素性が割れてないのなら当然か。そもそも悪戯でプレデターの仮面をつけるヒューマノイド型宇宙人という発想には至らない。それにここまで堂々としていると逆に偽装にも思えてきた。
「ふぅ…」
あの壁の向こうに凌がいる。一樹はいよいよ足がすくんできた。どうにも心細く、ここにきてパレッタの底抜けの明るさが羨ましく思えてた。人の良さとは得てして本人が不在の時に感じるもの。しかし考え込んでも貴重な地球滞在時間が勿体なく、思い立った勢いでドアをノックした。
「とーじょーさーん、オレだけど。開けて?」
返事はない。
「オレだよオレ。オレだから昔からのよしみで開けて?」
「……」
「オレ宮代一樹なんだけどさ、さっきはドロイドで尾けてごめん。どうしても会いたくて紛らわしい方法を使っちゃった。てへへへ…」
「……」
「久しぶりなんだしさ、ちょっと喋ろうよ。聞いてる?」
「……」
見紛う事なき居留守。ノーリアクションの前に瀬上の言葉が反芻された。本当に関わりを断っているというのか。だとしたら寂しいが聞き耳を立てているのなら一方的に要件を伝えるに留める事にした。
「まぁ今会いたくないならいいや。じゃあ要件だけね。パレッタ一派とオレが帰郷してんだけど会いに来いよ。他の旧日本丸勢はいないから安心せえ。パレッタ一派は今度北極星に行くからいつ会えるか分からんよ~?オレも就職決まったから自由じゃなくなるし。とにかく今週いっぱいは瀬上邸に滞在するから一度でも顔出してな。そんじゃ帰るわ」
一樹は踵を返した。凌邸が見えなくなるまで一縷の望みをかけて何度も振り返る。が、本人が登場する様子はない。さすがに落胆しながら瀬上邸に戻った一樹を隼薙が出迎えた。
「おかえり!どうだった?」
「会えなかったけど手応えありだね。きっと出発までには顔出してくるよ」
「そりゃ楽しみだな」
「どれだけ背伸びしようとあいつの性格は変わらないよ。ふふふん」
結末とは裏腹にやりきった表情でお菓子をつまみ始めた。パレッタらは安堵して再びひーちゃんと遊び始めるが、側から聞いていた瀬上は手を洗えと一樹をリビングから追い出すと深いため息をついた。
「余計な事しやがって…」