The ending of a hero


一行は瀬上の案内で街の外れ、花々が咲く広場のロッジへ案内した。実の瀬上邸だ。乾いた木造の壁が健康的な人の在り方だと示すように、こぢんまりとした立地がまるで風景画のような光景。それに加え小川の清流が聞こえてくるくらいにあまりにも長閑な佇まい。もう頑張らなくても良いと許された二人が隠居するには理想的な場所に思えた。仲間から見た家主の人生経験からすると不釣り合いなものにも見えてしまうくらいに。


「おぉ…」
「なんか似合わねぇ…」
「そりゃ悪かったな」


パレッタは着く直前のあたりでチェリィを呼び出し、一同は瀬上邸の中に入った。


「いらっしゃい」


出迎えたのは髪を短く切った菜奈美だった。以前の美少女の面影を残しつつも、母親としての逞しさが見えるバイタリティ溢れる雰囲気だ。その格好も家事や子育てで動きやすい服装であった。各々が祝福の言葉を口にする中、チェリィとパレッタだけは皆より一間置いていた。


「…菜奈美サンが瀬上サンのものになった話は本当だったんデスね…」
「いや、あのね、その言い方…」
「へぇ…ここが二人の愛の巣ね!」
「その言い方やめろ…」


既にグロッキーな瀬上。もうパレッタの応対をするのが手一杯だったためかチェリィの相手は全面的に菜奈美へ丸投げした。こちらを見向きもしない瀬上に菜奈美は口許を引きつらせ、早速チェリィの凝視する視線に気づく。


「……」
「どうしたの?」
「見ない間にがっちりしまシタね」
「太ってないわよ!」


事実太ったのではなくハードな育児とそれに加えた家事で筋肉がついていた。今までの旅路から最低限動けるだけの筋肉はついていたが、それまでとは違う部位を使っているらしい。


「そういや噂の娘さんは?」
「ほら、ひー、ちゃんと挨拶しな」


一樹が合図を出したかのように、菜奈美は半身身体をずらすと後ろから幼女が顔を覗かせた。身長からして4、5歳ほどか。不意に面前に晒された娘は驚愕の表情で菜奈美を見上げるが、澄ました顔をしている母親に圧倒的な敗北感を抱いたのかすぐにペコリと会釈した。


「こんにちは!」


屈託のない笑顔。夫婦二人の愛情を注がれているのだろう、その表情に全くの汚れを知らない。全身から放たれる清いオーラは洋服越しからでも輝いて見えた。その様子に一樹は直視する事ができない。


「あーん可愛い~!」
「ってぇ!」


その愛くるしい姿に射止められるパレッタ。目にハートマークを浮かべながら目の前にいた隼薙を撥ね飛ばすと娘まで間近に迫る。娘は危険を感じたのか再び菜奈美を盾にしてパレッタをガードした。


「菜奈美さんはともかく父親は全然似てないな…」
「どういう意味だコラ!今誰が言った?!」


タイミングよくそっぽを向く隼薙に照準を合わせる瀬上だが、パレッタからの防衛に手一杯で制裁は加えられない。瀬上は隼薙を睨みつけて牽制しながら一同を中へ招き入れる。


「玄関先で一悶着あったら堪らんから早く上がってくれ。俺が誰かさんをメッタメタにする前にな」
「んだと!やっぱり俺と一勝負やって…」
「再会で嬉しいのは分かるけどそういうのは今じゃない」
『失礼する。隼薙よ、風使いなのに空気を読めずどうする』
「上手い事言ったつもりかよ!」
「はいはい行くよ隼薙」
「お邪魔シマす」


一樹は暴れる隼薙の背中を押して瀬上邸へ入った。一同はリビングに通され、まず目に入るのは料理のもてなしだった。これ見よがしに並べられた和食。ドヤ顔の菜奈美。


「菜奈美ちゃん料理できるの!?すごーい!」
「できるわよそれくらい。母親なんだから」
「ひーも手伝った!」
「俺だって少しは手伝ったからな…」


娘も自慢げのようだ。久々に帰還した一同をもてなすには故郷の味、つまり和食が一番であり(パレッタは置いといて)、今までここを訪れた旧日本丸メンバーも同じように料理を振る舞った自信もある。今回も例に漏れず渾身の白米、味噌汁、焼き魚、漬物、だし巻きたまご、天ぷら…etcを用意していた。中には手間のかかる料理もあるが原料と道具を用意さえすれば仕込んで時間を進めれば良い。時間の爾落人にとって料理とは名実ともに朝飯前なのであり、辺り一面に広がる光景そのものが菜奈美の自信(丸々が単独の功績ではないが)として見てとれた。


「さぁ、できたてで時を止めてるから食べましょうか」
「よ!さすが時間の爾落人!」
「あんまり持ち上げんな。時間の力を濫用してるだけだから。いいから食うぞ」
「ちょっと!それは内緒!」


あっさりと暴露された事実に一同は苦笑いしながら席に着く。上座下座を気にする間柄でもないため適当に座り、いただきますと断ると料理を食べ始めた。


「……」


弦義がたくあんを一枚箸で掴むと連なってぶら下がった。薄切りが甘かったのだろう、端が繋がったままで完全に切られていない。言いようのない感情。宇宙進出してなお地球の感性を思い出させてくれるのは逆に感謝すべきかもしれないが、それでも困惑した表情で斜め前に座る菜奈美を一瞥すると彼女は薄ら笑いを浮かべていた。すると次の瞬間にはたくあんが綺麗な薄切りに様変わり。瀬上の暴露を裏付けているような光景だ。


「…いただきます」


まず話題は夫婦の愛娘。皆食いつくのはそこだ。世界の双璧を為している嫁と、顔の広い旦那。どんな事件に巻き込まれようと一緒にはならなかった二人がとうとうくっついたとなればその子供がどんな人物でどんな能力なのかは気になる。しかしパレッタだけは話そっちのけで娘の一挙一動を細かに観察していた。娘も異様な視線に気づいて怪訝そうだ。


「おねーちゃん?」
「ひーちゃん可愛いわぁ…妖精さんみたい!いいなぁ、私も自分の娘が欲しくなっちゃう!」
『「「「「「え?」」」」」』


一同は飲みかけの味噌汁を吹き出した。動揺する男性陣と菜奈美を尻目に目を輝かせるパレッタ。既に自分の娘を可愛がる光景を想像するのみでそこに至る過程は考慮していないようだ。


「こ、子供ならたくさんいるでしょ。想造品だって作りたい放題だし…」
「ちーがーうー!“子供”と娘は別腹よ。もう、ひーちゃんは私が持って帰っていい?」
「いやー!」
「ほら嫌がってるし」
「いや普通にダメでしょ…」
「そんなお願いよく通ると思ったな…」
「!」


懇願するパレッタを見た娘も何かを思い立ち、両手をついてテーブルに身を乗り出した。


「ママ、ひーも娘がほしい!」
「んー、ひーにはまだ早いんじゃないかな?」
「そうだぞ!ひーにはまだ早い!」
「じゃあ弟がほしい…」
「うーん、それなら…」


第一希望より実現しやすそうな第二希望の前につい瀬上は首を縦に振りかけた。しかし既のところで菜奈美に肘で小突かれて我に帰った。最初に吹っかけて後から真の要求を呑ませる交渉術のように思える。そこまでの意図はないはずなのだが。


「弟か妹かは分からないけどそれくらいなら近々叶うかもね。ねぇ?」
「こっち見んな宮代」
3/11ページ
スキ