銀河vsデストロイア in三保

5


 翌朝、銀河達は中々起きる気になれなかった。
 謎の大地震は、三保半島の先端付近を壊滅的なまでに破壊したものの、それは研修館を中心とした極小規模なもので、二キロも離れていないであろう瀬戸内のアパート付近は無事であった。
 バレれば、確実に警察に拘留されるだろう行為をした関口の号令で、一同はボロボロになった車に乗り、一番近い距離の瀬戸内のアパートへ逃げ込んだのだ。部屋に上がった彼らは、床に倒れ、死んだ様に眠った。

「おい、怪我とかしてないか?」

 仰向けに倒れたまま関口が聞いた。誰も返事をしない。

「じゃあ、生きてるか?」
「あぁ」
「なんとか」
「一応」

 結局、皆怪我は殆どしていない。精々擦り傷程度だ。
 銀河はおもむろに話しかける。

「なぁ……お前らは、見たか?」
「何を?」
「……研修館が崩れた時に、粉塵の奥にいた巨大なデストロイア」
「見てないけど」
「んな、どれくらい?」
「多分、四十メートルくらいか?」
「んな、馬鹿な。幾ら巨大化するとはいえ、そんな巨大になんて……。それは、ブロッケン現象で粉塵に生き残った一匹の体が巨大に映し出されたんだろう」

 関口が言った。他の二人もうんうんと言う。

「大体、それだけの巨大怪獣になって、どこに消えたんだ?」
「………」

 関口に言われ、銀河はおもむろに立ち上がった。三人が銀河を見る。

「だったら、確認しに行くか? ………あそこで隠れる場所っていえば、海しかないだろ?」




 
 

「何だって?」

 気象研究室で教授陣が聞き返した。

「だから、某星丸を出して欲しいんです!」

 関口が机に両手をついた。

「研修館で戦ったデストロイアは、未成熟期……幼体だったんです」
「しかし、それが本当に巨大化したデストロイアだという保障が……」
「だったら、この跡はなんですか!」

 関口は渋る中目黒教授に携帯電話の画面を見せる。画面に映る画像は、三保半島の駿河湾側の砂浜に残る無数の穴であった。撮影したのは、研修館のすぐ裏で、砂浜との間にある松林は昨晩の揺れの為にしても不自然な程に薙ぎ倒されていた。

「デストロイアは巨大化して、今も駿河湾内に潜んでいるんです! 某星丸がダメなら、他の調査用の小船でも構いません。兎に角、三保半島近辺の海中の音波調査を行ってください!」
「確かに、関口君のお陰で、デストロイアのサンプルが更に二つも手に入った。それは素晴しいことだし、様々な問題は残しつつも、結果的には警察や消防にも謎の局地的な地震という事で研修館での戦闘は研修館と共に存在しなくできた。……まぁもっとも大学の上層部も色々と手回しをしているらしいが」
「そんな、大人の事情はこの際関係ありません。もうデストロイアは洒落にならないデカさになっているんです!」
「……だから、やらせないとは言っていないんだ。やりたくても、無理なんだということだよ!」

 澤木教授も言った。

「本日の某星丸は文化祭の見学会で使われている。せめて陸上戦なら、今度は我々も総力を上げてデストロイアに向かい打てるのだが……」

 永原教授が溜息と共に言った。

「待って下さい! 見学会って、少し船を港から出しますよね?」
「確かに、折戸湾から駿河湾へ三保半島を迂回する様に進み、また戻ってくるというコースだ。しかし、仮にそのときにデストロイアを確認できてもどうしようもない。見学者がいる以上、危険な事はできない」
「……ですよね」

 関口は落胆した。
 その時、不意に銀河が声を挟んだ。

「あのー……」
「ん?」
「それって、裏を返すと見学者が一人もいなければ、その船を我々で使えるってことですよね?」
「確かに。……しかし、見学希望者に見学させない様にしたりするのは、大学のマイナスイメージに繋がる。許されないことだ」
「では、偶然……その、何となく見学する気がなくなって、文化祭とか他に流れたとしたら?」
「まぁ、偶然なら。……だけど、そんな事ができるのかい?」

 永原教授の質問に、銀河はニヤリと笑った。

「俺はちょっとした手品というか、催眠術みたいなことを心得ているんです。俺なら、大学に損害を与えずに見学者をゼロにします!」
「「「!」」」


 


 

 一時間半後、某星丸は一般見学者を一名だけ乗せて清水港の停泊していた岸壁から離れた。

「……本当に誰も乗らなかった」
「しかも、全員が大学の文化祭に行きたいからという理由」
「それも後藤君が少し言葉を交わしただけで」
「さ、見学者の希望です。三保半島周辺海域の音波探査をしてください」

 関口達三人が呆然と後部甲板に立って、離れる清水港を見つめながら各々が言っていると、唯一の一般見学者である銀河が船員達に笑顔で言った。
 それを聞いた船員達は、その希望に応えた。某星丸は駿河湾を移動しながら、海中にあるモノを音波探査する。漁船に搭載しているものとは目的が違う為、魚群探査機としての機能は乏しいが、相手は四十メートル級の巨大生物である。多少の精度差は問題ではなく、むしろ測定可能な水深の深いこちらの音波探査の方が適しているといえる。
 まもなく、音波探査で海底が水深約三百メートルの三保の松原から近い距離にある地点で、海底付近にいる巨大生物の存在が確認された。

「さて、これからどうする? 深海がある駿河湾全体からすると極浅い場所だが、三百メートルといえば東京タワーの先端が海面からやっと出ているくらいの深さだ」
「石でも落とすか?」
「後藤君、関口の馬鹿が移った? 精々釣りとか言いなさいよ」

 土方が銀河の暢気な意見に呆れ気味に言った。その直後、彼女の後ろで関口が瀬戸内と教授達に自信満々に言う。

「後は釣りをしましょう!」

 銀河の目の前で土方のテンションがみるみる下がる。

「まぁ、類は友を呼ぶって言いますし」
「それ、フォローになってないし。……でも当たっている気も、無きにしも非ず」

 土方が悲壮感をただ寄らせている最中、関口は船員達が後部甲板にある大型クレーンのつながれているフレームを展開させる様子を眺めている。クレーンの先端には、巨大な碇が付けられている。

「………え! アレって、まさか!」
「安心してくれ。アレはこの船の予備の碇だよ。……いや、本当は一号館の前に置かれたシンボル的な碇、アレを使いたかったんだが、全員から猛反対されてね」

 焦る銀河に関口は腕を組んで不満そうに説明した。それを聞いて、銀河は胸をなでおろした。

「着水!」

 船員の一人が声を張り上げた。他の者もそれを復唱する。
 碇が海底に達したのは、十分程経過してからであった。しかし、ここからが問題である。

「ここからは、中目黒先生に教わったイセエビの釣り方を応用します」
「……つまり、船を動かして、デストロイアに碇を引っ掛けるんだな?」
「はい」

 二人の会話を聞いて、船員達の顔が引きつる。
 言う事は簡単だが、それを大型船舶で行うのは無謀な行為である。沈没の恐れも当然ある。しかし、そもそも操船しない時に着底させて船が流されないようにする為の碇なのだ。それを海底で引きずるというのは、船に相当な負荷をかける事になり、今クレーンを支えているフレームも簡単に折れてしまう可能性がある。実に危険な行為である。

「丁度よくこの船を新しくする機会だと思って、やってしまいましょう! 後藤君、宜しく」
「………へっ?」

 関口の最後の一言で、船員達が一斉に銀河を見る。一目で堪忍袋の緒が切れているのが分かる。隙があれば海に捨てようかと、本気で考えていそうな、そんな鬼気迫る形相をしている。
 銀河は罪悪感と命を天秤にかけた。

「デストロイアを釣ります。船を走らせてください」

 銀河は命を選んだ。同時に彼は自身の運命と、己の弱さを呪った。
 まもなく、某星丸はゆっくりと動き出す。クレーンの滑車が、フレームが軋む音を立てて、小刻みに揺れる。
 彼らの脳裏に、碇が海底の土砂を巻き上げながら引きずられている情景が浮かぶ。

「まもなく、巨大な影を捉えた地点です」

 甲板から出入りができるドライ研究室の中で、音波探査の映像を出力させた画面を見ながら永原教授が船員に伝えた。彼は頷くと、船内放送で注意を促す。恐らく、海洋調査船に勤める彼にとって、本来は一生言う事のないはずの言葉である、それを言い放った。

「衝撃用意っ!」

 そして、全員確りと固定がされている所を掴み、衝撃に備える。
 直後、激しい衝撃が船を襲った。




 
 

 衝撃が収まり、船が大きく揺れる。
 銀河は床に倒れていた。体の上に色々なものが乗っかっていた。本やら測定用の道具、文具、そして後頭部の上にかかる柔軟性のある荷重。

「あ、ごめん」

 上から身長が低い割に胸の大きい土方の声がした。

「………仰向けに倒れなかったのは失敗だったか?」
「そしたら今頃ぶっ殺してたよ」

 当人は笑っているつもりであろうが、全くもってそう聞こえない凄みのある声で言うと、後頭部にかかる重さがなくなった。
 体の上に落ちていた他のものを退かすと、銀河はふらつきつつも、壁にしがみつきながら立ち上がった。他の皆も無事であった。

「甲板に出よう!」

 関口に一同頷き、甲板に出る。日差しが眩しい。
 まず、目に飛び込んできたのは案の定、衝撃で折れて甲板に倒れている巨大なフレームであった。そして、続いてそこから伸びる太いロープがピンと張ったまま海中に伸びていたのに気づいた。ただ伸びているのではない、ゆっくりとその角度が変わっている。

「動いている」

 瀬戸内が言った。関口が頷く。

「あぁ」
「巻かなくて、いいんですか?」

 銀河が聞くと、関口は首を振った。

「今、巻いてみろ。船はデストロイアに沈められる。………中目黒先生!」

 中目黒教授は関口に頷く。そして、声を張り上げた。

「よし! レールガン用意!」

 彼の号令で、船員達が船の中から引き出してきたケーブルを、即席で用意した砲台に設置した関口の手製レールガンの電極部に接続する。レールガンの弾装填も既に完了している。

「この船の総電力を一度に使うんです。恐らく、その際の発生するプラズマの圧力や熱は相当なものでしょう。一発で砲身は大破してしまうはずです」

 関口が中目黒教授に言った。

「そんなのわかっている。問題は、命中させられるかだ。海面に体を見せた瞬間に撃つという方法で……!」


 中目黒教授が話している途中で、突然船が揺れた。

「引っ張られているのか?」

 銀河は揺れる甲板にしゃがみ、小刻みに振動するロープを見つめて呟いた。隣で関口が船員に聞く。

「デストロイアの位置は、わかりますか?」
「少し待ってろ」

 船員の一人が船内通信機を掴むと船橋に連絡を取る。

「………え? 本当ですか? わかりました! ……一体何を釣ったんだ? 相手は緊急浮上をする潜水艦……いや、魚雷の様な速度で海面へ急浮上しているらしいぞ!」

 通信機から口を離した船員が関口に大声で言った。一同に衝撃が走った。

「ありえない! あの体の形はこんなことが出来るような形体ではない。後藤君、君の見たデストロイアはあの幼体と同じ姿だったんだよな?」

 関口に聞かれ、頷く銀河。

「まさか! 最初と幼体では形が全く異なっていた。今回も、更に別の姿に変化しているのか! ……だとしたら、澤木先生!」
「あぁ。関口君の考えと私の考えは恐らく同じだ。相手は遊泳能力に長けている。……音波探査のデータだ!」

 澤木教授は叫ぶと、ドライ研究室へ駆け込み、音波探査の過去データを呼び起こす。

「早くしろ!」
「………でた!」

 関口が叫んだ。パソコンの画面に音波探査データのプロットが表示される。碇がデストロイアを釣った直後のものだ。
 一方、甲板では海面へ迫るデストロイアを撃つ為に、レールガンの砲身をデストロイアが海面に出てくると予想される位置に向ける。
 プロットを見た関口は、脱兎の如く素早さでドライ研究室から飛び出した。

「まだ撃つなぁああああああ!」
「何!」

 中目黒教授が関口の声に振り向く。

「デストロイアは、空中へ飛び出す! だから、海面で狙っても、海水が邪魔をして照準が定まらない!」

 刹那、レールガンの砲口が狙う位置の水面が盛り上がり、水柱が上がった。その中には、赤い生物の影が見えた。
 デストロイアの姿はやはり変化していた。頭部は一本角が生え、口には爬虫類の様に鋭く生えた歯と顎が確認でき、肩からは飛行機の翼の様なものが伸び、胴の先には長い尾が生えている。しかし、それがデストロイアである事を、銀河はすぐに察した。
 同時に、他の危険も察し、声を張り上げた。

「ロープを切れぇええええ!」
「「「「「!」」」」」

 船員達がそれに反応して、ナイフを出してロープを切る。しかし、太いロープは中々切れない。ロープは空中へと飛翔したデストロイアに引っ張られ、ピンと張る。

「ダメだ! 間に合わない! 切るのをやめてロープから逃げろぉおおおお!」
「「「「「!」」」」」

 船員達が銀河の心理で、ロープから逃げた直後、ロープはそれを巻き取る大型のリール装置ごと船から吹き飛んだ。固定されていた床板の破片が甲板に飛び散る。リール装置とロープの如くしなって、海面にぶつかり、水しぶきを上げなら、海面をすべる。

「………! みんな、伏せろ!」

 関口が叫んだ。皆、その意味に気が付き、慌てて伏せる。
 旋回したデストロイアに引かれて、リール装置が某星丸へ戻ってきたのだ。リール装置は、某星丸の洋上観測装置にぶつかり、レーダーなどと共に海中へ吹き飛んだ。その衝撃でデストロイアから外れた碇が放物線を描いて海面に豪快な水柱を上げて落下した。碇につながれていたロープは大きく弧を描き、某星丸の右舷に直撃した。
 右舷の廊下にある柱が折れ、二階部分の床がロープの半分から末端部分が直撃し、変形して一階に落下する。

「くっ! 動きが早すぎる!」

 関口が地団駄踏む。
 一方、デストロイアは口を開き、破壊光線を放った。破壊光線は、海面に当たり水柱を上げながら、某星丸に迫る。

「畜生! 当ててやる!」

 関口はレールガンの砲身をデストロイアに向ける。しかし、照準が定まらない。
 破壊光線の第一波は某星丸の横をかすめ、激しい水柱と揺れを上げただけに留まったが、更にデストロイアは第二波を放つ。
 その時、銀河の目に船員が落とした信号弾の発射銃が目に止まった。すばやくそれを掴むと、中の信号弾の信管を外す。
 そうしている間に第二波が某星丸の船首に直撃し、船が激しく揺れ、船首側に船体が傾く。浸水したらしい。
 しかし、銀河はそんなことを構う余裕はない。信管を外し、信号弾の先端に護符を貼り付けて、銃に入れる。
 その直後、デストロイアは某星丸の直上を通過した。レールガンの砲身はそれを追うことができないが、銀河の信号弾はそれを捕捉した。
 軽い発砲音を上げ、信号弾はデストロイアの腹部に命中した。
 刹那、デストロイアは硬直し、海面に向って落下する。

「今だ!」

 銀河が声を上げたのと、ほぼ同時に関口はレールガンを放った。レールガンの砲身は瞬間的に激しい閃光と衝撃、そして戦車の砲撃の如く爆音を上げて勢い良く後退した。しかし、発射された弾は激しいスパークを弾道に残しつつ、デストロイアに直撃した。
 デストロイアは鈍い呻き声を上げ、弾け飛んだ破片を海に落下させながら、自身も海中に墜落した。一際大きな水柱を上げて、デストロイアは海の藻屑となった。

「倒した………」

 瀬戸内が呆然としつつ言った。
 空気は摩擦で焦げたのか、煙い。レールガンの砲身は完全に変形し、ただの鉄の塊と化していた。一部は湯気をあげ、瞬間的に溶解した形跡すらある。

「………デストロイア、恐ろしい敵だった」
「あぁ。………ところで、関口」
「ん? なんだ土方? こういう危機的状況下で生まれた恋ってのは長続きしないんだぜ?」
「なにをほざくか! いや、デストロイアの死骸、海の藻屑となったけど、サンプルがなくてもいいの?」
「「「「………あっ!」」」」

 関口だけではなく、三人の教授達も絶句した。
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