銀河vsデストロイア in三保
4
正午を知らせるチャイムが清水中に響き渡る中、銀河達は1号館四階にある気象研究所にいた。
気象研究所は、元々は地震研究やその予知研究などが中心であったが、時代の経過と共に地球物理、海洋物理、流体物理、大気や気候の分野も組み込まれ、現在では小規模化した気象庁と表現できるほどの多彩なジャンルを扱う研究所となっている。それにも関わらず、この研究所は四階の1フロア分しか存在しない。その為、中は関係者でなければわからないほどにごちゃごちゃしている。
「つまり、一昨日の地震で蘇ったデストロイアと呼ばれる「G」がクマノミやマグロを消したということか」
「はい」
関口は力強く頷いた。今、銀河と関口の話している相手は、気象研究所の所長を兼任している永原物理学教授である。そして、災害対策委員会の前身であるサークルの元顧問であり、現在は委員会の助言者をしている人物でもある。
「現在、この大学はデストロイアという新たな災害の脅威に曝されようとしているのです。そして、「G」はこの世界から我々に突きつけられた科学の挑戦なんです!」
「しかし、学生を危険にさらすわけにはいかない」
永原教授は腕を組んで言った。それを聞いて、銀河は内心でほっと一安心した。
「だが、挑戦を受けないというのは、相手に失礼だ!」
「お、おい………相手って誰だよ?」
「我々は科学者だ。目の前に謎が存在するのに無視をしてはいけない! それこそが新たな発見に繋がり、そして僕達の成長に繋がるんだ!」
「その通りです!」
そして固く握手を交わす二人。
「ウチの先生、元高校球児で、大学時代はサッカーやフットサルをしてたバリバリの熱血スポ魂人間なんだよ」
自分の机で今まで様子を見ていた瀬戸内が銀河に近づき、小声で耳打ちした。
「よし、僕も「G」対策委員会に全面的に協力しよう!」
いつのまにか災害が「G」になっている。しかし、彼らはそれを気にする様子はない。
「早速、現役幹部を招集します」
言うが早いか、関口は携帯電話を取り出した。
「うん。大本営はこの研究所を使って構わない」
そう言う永原教授の視線は瀬戸内に注がれる。彼の顔が引きつる。
「したがって、現段階より当研究所は学生会「G」対策委員会に組み込まれる。連続観測などの持ち場から離れられない研究をしている者以外は、「G」対策委員会の特別会員とする。いいね?」
永原教授の宣言は、大統領の宣言と同じだ。うな垂れる瀬戸内の姿を見て、銀河はそれに「赤紙が届いた一般人」という題をつけた。
「何が起きたの?」
気象研究所に入ってきた小柄な女子学生が、うな垂れる瀬戸内とまた握手を交わしている関口と永原教授の様子を見て呟いた。
「宜しく頼むぞ、土方特別会員!」
関口が笑顔で歩み寄ると、彼女の肩をポンと叩いて言った。
「は?」
「総務課の全面協力を得てきたぞ。ついでに、田中管理の警備も配備を強化してもらった」
あの後すぐに気象研究所に関口の後輩の福田、安部、小泉と名乗る災害対策委員会幹部が駆けつけた。聞くと、緊急時に文化祭展示などをしている場合ではないと、閉鎖させてきたらしい。
それに前後して、澤木教授と中目黒教授も集まった。
すぐさま状況を一同に説明すると、関口は根回しをしてくると言って一時間程前にどこかへ出かけて行き、帰ってくるなり言ったのが先の台詞である。ちなみに、田中管理は大学が契約している総合管理会社である。
「流石は関口先輩!」
「委員会を設立させた影の支配者!」
「何を渡したん?」
後輩三人組が口々に感想を述べる。
「たいした事じゃないさ。総務課は港まつりや七夕祭りなんかで一緒に汗を流した仲間ってだけだし、田中管理はウチが委員会になる前には毎年誰かしらが清掃のバイトでお世話になってた馴染みってだけさ。……それから、丁度支援課の人もいたから、一杯軽くやりながら「G」の研究を行う為に大学の資材を使うときは事後報告で構わないと、許可を貰っておきましたから、後は先生方がそれぞれ都合の言いように書類を作ってください」
関口はさらりと言うと、教授陣の方を見て付け加える。
「助かるよ」
「これで許可待ちをする必要がなくなった」
「なら、いっその事、某星丸を使いますか?」
「しかし、それをすると我々の研究予算がなくなりますよ?」
「大丈夫! 我々にはデストロイアのサンプルが既にあるんだ! 何の成果を出せなくても、今年一年分の研究予算くらいは使い放題にできるはずだ」
「確かに、各学会で騒がれれば、それで十分な成果になりますからね!」
「「G」が発見されて日が浅くてよかったな」
「ホントですね。今なら打ち出の小槌ですよ!」
そして、肩を組んで高笑いをする三人のオヤジ。
「すげぇな?」
「でしょ。ここの人たち変人ばっかだから」
銀河が独り言を呟くと、隣に座っていた土方歳子という小柄な女子学生が言った。聞けば彼女は瀬戸内と同じ関口と同級生の院二年生らしい。
「いいや、俺が今言ったのは関口さんのことですよ?」
「え? 関口のどこが?」
銀河の訂正に土方は眉を寄せる。
「いや、十分にすごいのは事実だぞ。アイツのせいで事態がとんでもない事になっているのも事実だけど、それでもこうして実際に大本営としての機能が着々と準備されているんだから」
外の露店で買ってきた富士宮焼きそば風焼きそばを食べる瀬戸内が言った。
「関口さんって何者なんですか?」
銀河の疑問に瀬戸内が答える。
「面白そうなことを見つけると何でも飛び込む奴だよ。港まつりってのも、総踊りで大学の人と一緒に毎年参加しているらしいし、ここに集まっている先生達も一応教授とOBの関係だけど、普通に卒業後も連絡を取り合ってた横繋がりの方が強いみたいだから。そもそも、一応生徒会本部からの打診ってことにはなっているけど、一介のサークルが官職の委員会に格上げされるなんてあると思うか?」
「もしかして、関口さんが?」
「そんなニュアンスのことを前に話してたよ。それに、当時の生徒会と各委員会のうちらの同級生、つまり顔である現役役員よりも実権や発言力の強い元老的位置に就いている最高学年の幹部とよく会っていたみたいだし。一時はウチの学科の中で行動力ナンバー1と評されるほどの能力を見せてたから。当人の意識的なことか、無意識的なことかは兎も角、アイツが委員会を作ったことは誇大な表現じゃないよ」
「ふーん、アイツがねぇ」
瀬戸内の話を聞いて、銀河よりも土方が感心する。
「お前は何を見ていたんだよ。……いや、まぁ、確かに実績や実力以上の問題がアイツにはあるけども」
「問題?」
「後藤君も関口と一日も一緒にいたんだからもうわかっているだろう?」
「ま、まぁ………」
瀬戸内に言われ、銀河の脳裏に関口の奇行の数々が浮かぶ。
「つまり、色々とすごいのかもしれないけど、関口は馬鹿なのよ!」
「それにド変態だし」
「後、言動がキモいし、やたらしつこい」
「それは個人的な見解じゃないですか?」
拳を握って言う土方に銀河が言う。
一方、話題になっている当の本人はデストロイアの捕獲作戦で必要な事項について話合っていた。
「地質調査用の爆薬、保存用に液体窒素、バーナーもちょっと弄れば簡易の火炎放射器にはなります」
「しかし、大学内の施設を我々が破壊するのは、流石に不味いな」
「大丈夫です。全部「G」の仕業としてしまえばいいんです!」
関口の言葉に頷く教授陣。
銀河は急に恐怖を感じた。
「俺達、何かの犯罪に巻き込まれつつあるんじゃないか?」
そう言った銀河の両肩を瀬戸内と土方がそれぞれ叩いた。
そんな時、気象研究所の扉が勢い良く開け放たれた。銀河が扉の方向を見ると、続々と背広を来た学生達が雪崩れ込んできた。
「やっぱりあなたですか、関口先輩! 噂は先輩方から聞いていましたが、本当に面倒な人だ」
彼らの先頭に立った学生が関口を見るなり吐き捨てた。関口が立ち上がる。
「なんだ、突然入ってくるなり!」
「それはこっちの台詞です。一介のOBである先輩が、事もあろうに大学で勝手に文化祭運営を妨害しようとしている。我々の庭を勝手に荒らさないでください」
銀河は彼の言動で、彼の正体を思い出した。
学生会文化祭実行委員会会長として、文化祭パンフレットで挨拶文と掲載していた人物だった。つまり、彼らは文化祭実行委員会だ。
「文化祭開催期間の学生自治は我々に一任されている。平常時に災害対策委員会が勝手なまねをしないでいただきたい」
「しかし、既に大学への許可は得ているよ」
「それは施設利用についてでしょう? 学生自治はあくまで学生会の担当です。それは、同じ学生会である皆さんならご存知でしょう?」
「だからこそ、彼らが動いているんですよ。それをOBの俺が補佐して何がいけない?」
「災害対策委員会が学生自治を任されるのは災害時だ!」
「「G」が現れたんだ!」
「それが災害時になるわけがないだろう! 警察に任せればいいんですよ! それをどうして皆さん雁首揃えて文化祭そのものを脅かす様な物騒極まりない相談を。……学生運動の真似ですか?」
文化祭実行委員長はホワイトボードに書かれたダイナマイトなどの文字に目を向けて言った。
「兎に角、文化祭開催期間中の学生自治権は我々にあります。万が一、「G」がこの敷地内に現れた場合は、捕獲など馬鹿げたことは認めず、対処は然るべきところへ任せ、我々は学生や一般の方の避難と安全確保に務めます。これは決定事項です」
「そんな勝手な事が!」
「勝手なのはあなた達でしょうが! もしも文化祭の安全や実行に支障をきたすような行為をしたら、それを妨害工作と判断し、自治権を行使して大学敷地内への立ち入りを禁止します! いいですね!」
それだけ言うと、文化祭実行委員長は踵を返して出口に向う。扉の所で一度足を止めると、振り向きもせずに付け加える。
「それから、爆発物の移動や使用を事後報告で済まそうという考えを持っているようでしたら、改めた方がいいですよ。関口先輩ほどではありませんが、自分達も大学関係者とのパイプはあるので。不正は認められないことですからね」
そして、彼らはぞろぞろと気象研究室から出ていった。金属製の扉の閉まる音が研究室内に響いた。
「あいつらぁ! 勝手なことばかり言いやがって!」
関口は憤りを机に叩きつけた拳に込めた。
「でも、あの人達の意見、全部正論だったな?」
「後藤君、それを今更言っても仕方ないよ」
「これであの馬鹿も少しは目を覚ますでしょ」
後方で銀河達が感想を述べていると、関口が拳を机に突きたてたまま肩を震わせた。
遂に壊れたかと、三人は顔を見合わせた。
同時に、関口が遂には高笑いを始めた。
「面白い! こっちとさ、科学に生きてる人間だ! あの餓鬼共め、政治で世の中回ると思ったら大間違いだってことを教えてやるぜ」
拳を掲げて勝気に言う関口。やはり壊れたかと銀河は納得した。
夕方、銀河と関口は海洋博物館にいた。他に、瀬戸内と土方がついてきている。
「そろそろ二日目の終了時間だ」
時計を確認した関口が言った。
「現場百回って言うのはわかるけど、何でうちらまで一緒なのよ」
排水系や注水系の配管を調べる土方が文句を言った。
「仕方ないだろ? 後輩連中は文化祭実行委員会が目を光らせている以上、目立った動きをさせられない。むしろ、展示活動を表面的にでもやってもらって、彼らの注意をそっちに向けさせておく必要がある」
「それにしたって……」
「関口、土方はお前が捕まるのに自分も一緒に捕まるのが嫌なんだと」
「そう言う訳じゃ………」
土方は言い淀む。
「別にアレを実際に犯罪で使わなかったら捕まりはしないさ。土方だって、見よう見まねでも簡単に作れただろ?」
「アンタのお陰で、一生縁のないはずの知識を手に入れた」
「すぐに役に立つさ」
関口が言った。それを肯定するかの様に、まさにその瞬間、彼の携帯電話が鳴った。
「はい、関口です。………今は海洋博物館に。え? ……わかりました。俺達も向います!」
電話を切ると、関口は三人に顔を向けた。笑っていた。
「「G」が現れた可能性がある」
「どこに?」
瀬戸内が聞く。関口が視線を外に向ける。
「すぐそこの大学の研修館。セキュリティーが作動したらしくて、田中管理の警備がこっちに向っている」
海洋博物館と研修館は間に道路と駐車場があるものの、向かい合わせと言える距離にある。関口の乗ってきた車も、その駐車場に止めている。
彼らは車に駆けつけると、車を研修館の入口前まで移動させ、すぐさまトランクを開けた。
「それぞれ、装備を確認しろ。運悪くデストロイアでなかったら、相手は強盗だからな」
「運良くの間違いじゃね?」
関口に土方は笑う。その手には複数のビンが入った鞄を持っている。
しかし、関口はその鞄を取り上げた。
「ちょっと!」
「土方にコイツは絵にならない。折角、重い思いして部室から持ってきたんだ、こっちを使って援護射撃に回ってくれ」
関口はトランクの中に置かれた大型のオイルコンデンサとケーブルで繋がれた二本の金属棒が並べられた物を土方に渡した。
「弾丸にゲーセンのコインを用意すべきだったんだが、現実的な方法を考えると絶縁体であるプラスチック片と導体にスチールウールということで勘弁してくれ」
「ほぉー……じゃあ試し撃ちしてみようか?」
ニヤリと笑って土方が棒の先端を関口に向ける。
「馬鹿、よせ! 俺はその幻想を壊せるような力はねぇ!」
「あたしだってそんなビリビリ能力持っちゃいないわよ!」
「だぁあああああ! だから、砲身を振り回すな!」
関口と土方が言い争う。
「バカとチビと超電磁砲」
「「何ぃ?」」
瀬戸内がボソリと言うと、二人は見事にハモって振り返る。
しかし、そんなやりとりも次の瞬間には止んだ。研修館二階のガラスが割れ、中から二メートルはある巨大な赤い物体が落ちてきたのだ。それは、無数の爪状の足がゴツゴツと棘のある胴から生え、そこから伸びる首、そして頭部はエイリアンなどの怪物を彷彿させるグロテスクな姿をした生物であった。
「! こいつ、デストロイアだぞ?」
銀河が叫んだ。姿も大きさも違う。共通するのは、甲殻類の様に硬く、そして血の様な赤色をした外骨格を持つという事だけだ。しかし、銀河にはその相手が放つ気配がカブトガニの様な姿をしたデストロイアと同様のものである事を感じ取った。
デストロイアは咆哮を上げると、目の前の駐車場にいる銀河達に気が付き、無数の爪状の足を動かし、迫ってきた。
「土方ぁ! うてぇええええ!」
耳を両手で塞いだ関口が叫んだ。土方は耳栓と耐熱手袋を付けて、金属の二本のレールが内臓された砲身を迫るデストロイアに向けた。銀河と瀬戸内も慌てて耳を塞ぐ。
刹那、凄まじい轟音と雷光に似た激しい閃光が放たれ、デストロイアの頭部が吹き飛んだ。
「流石は、レールガン……」
「熱っ!」
「あ、気をつけろ。スチールウールが蒸発してプラズマになるから、学生時代の工作で作った代物じゃ熱の問題とかを気にしてないから」
煙をあげる砲身を見て関口が今更、注意を言う。土方が睨む。
「じゃあ、次の発射は?」
「元々連射するものじゃないから仕方がない。それから、チャージが完了するまでに時間がかかるから、その間で、手袋で触れる程度には冷めるよ」
「じゃあ、次は?」
「あ……」
「馬鹿ぁあああああ!」
土方が叫んだ。関口は苦笑いをしながら言う。
「まぁ、この一撃でデストロイアも仕留められたんだからいいじゃないか」
しかし、研修館内から聞こえる咆哮が、関口の苦笑いすらも凍らせた。
「……まだ、科学の勝負は終わっちゃいない! こっちには対デストロイア用の武器があるんだ!」
関口は酸素マスクと耳栓を装着し、鞄に入ったビンを握り締めて言った。
それに応じるかのように、2匹のデストロイアが研修館の一階ロビーの中を移動する。その内の1匹が銀河達に気が付き、咆哮を上げ、口から例の破壊光線を放ってきた。
「避けろ!」
「「「!」」」
銀河の叫び声で、三人は瞬時に反応し、破壊光線を避ける。破壊光線は車のサイドミラーを吹き飛ばす。
「げっ! もうすぐ車検なのに! よくもぉおおおおお!」
関口は怒りに任せて、ビンの口に刺さっている待ち針を押し込む。ビンの中に入っている風船が割れ、中に入っていた水が出る。同時に、関口はそのビンをロビーにいるデストロイアめがけて投げ込んだ。
ビンはデストロイアの硬い表面にぶつかり、ガラスの鈍い音がした。
「………!」
ビンの当たった音に数瞬遅れて、激しい爆発音が轟き、ビンは粉々に砕け散り、それが足元にあったデストロイアは衝撃で後ろに倒れた。
「投げるぞ!」
関口はジェスチャーを交えて銀河と瀬戸内に言った。耳栓と爆音の為、何を言っているのか全く聞こえない。
しかし、意思疎通はでき、三人は次々に二匹のデストロイアに向けてビンを投げる。
デストロイアの周囲で燃えていた炎が見る見るうちに消えていく。酸素を消滅させているのが分かる。
しかし、既に関口達はそれを対策していた。
それを証明する様に、ビンは次々に爆発し、デストロイアを襲う。
「釣具屋で買ったものでこんな兵器になるなんて」
その光景を見ながら土方が呟く。しかし、当然その声は誰の耳にも届かない。
「アセチレンと酸素の混合気体の爆発性の高さは、化学の勉強をちょっとすりゃわかるさ。いい実験になっただろ?」
ポンと土方の肩を叩いて関口が言った。当然二人はお互いの声が聞こえていない。
「だから、そんな知識ほしくないっちゃ!」
土方がぶちきれる。しかし、当然その声は聞こえないはずである。
「あの二人は何やってんだ?」
銀河が二人の無声口論を見て呟くが、他の者に声は聞こえない。
「! しまった、もう残弾尽きた!」
銀河が叫び、隣にいた瀬戸内の肩を叩き、空の鞄を見せる。彼は首を振って、鞄の中身を見せる。同じく空だった。
二人は頷き合い、車に駆け寄り、関口達に空の鞄を見せる。
関口はトランクの中を見る。中には掃除用具と置き傘とレールガン用の大型コンデンサ、そして昨日彼が持っていた棒状の包みだけしか残っていない。既に武器は尽きていた。
「チャージは?」
「まだあと少し」
関口は土方にレールガンを指差して聞く。しかし、彼女は首を振った。
「……こうなったら、こいつを使うか」
彼はコンデンサの裏に寝かせてある包みを見つめて呟く。
その時、隣に立っていた銀河が動いた。
研修館にいるデストロイアに迫りながら、黒いマントの隠しから護符を取り出す。
後方で三人が何か声を上げるが、銀河は戻るどころか走る足を速める。酸素マスク用の小型タンクを用意してきているとはいえ、走るとその荷重が足に負担となってかかる。
しかし、銀河は真っ直ぐに迫り、デストロイアに護符を叩きつける。護符に書かれている「G」封じの方陣がデストロイアに触れた瞬間に、デストロイアの動きが止まった。その隙を逃さずに、銀河は能々管を掴む。
「消えろぉおおおおお!」
銀河は叫びながら、デストロイアに能々管を突き立てる。
しかし、デストロイアに変化は見られない。
そうしている間にもう一匹のデストロイアが破壊光線を銀河に向けて放つ。
「くっ!」
破壊光線は銀河の酸素マスクとタンクを繋ぐパイプを破壊する。空気の抜ける音が耳栓越しに聞こえる。
「………っ!」
銀河は背負うタンクを下ろすと、その底を右手で掴んで駆け出す。そして、破壊光線の第二波を放とうとするデストロイアの頭部に、タンクを突き立てた。
同時に、銀河は左手に護符の束を取り出し、デストロイアは破壊光線を放った。
刹那、タンクは破損し、空気が噴き出す轟音が鳴り響く。しかし、銀河は右手を更に押し込んだ。
タンクは遂に破裂した。
衝撃と共に、周囲に飛ぶタンクの破片が銀河の額に直撃する。銀河が倒れる。左手に持つ護符が宙に舞った。
しかし、その直後、吹き飛ばす風は吸い込む風に変わった。一度外側へ広げられたタンクは、一瞬にして今度は内側にめり込む。宙に舞った護符も一点に向って吸い上げられる。
タンクの破損で急激に上がった気圧が、酸素破壊によって空気の酸素が消滅した事で急激に下がったのだ。
銀河の体がロビーの床に倒れた時には、複数の護符がデストロイアの頭部に貼りつき、動きを封じられていた。
倒れた直後という事もあり、銀河の意識が朦朧とする。視界の隅で、もう1匹のデストロイアが護符の呪縛から逃れ、ロビーの奥にある大研修室の中へ消えていくのが見えた。
体を起こしたいが、力が入らない。視線を自分の体に向けると、護符の一枚が運悪く左手に張り付いていた。朦朧とする意識の原因もこれかと、銀河は察した。
銀河は下唇を噛み、意識を奮い起こすと、声を張り上げた。
「右手よ、動けぇえええ!」
ゆっくりと右手が動き、左手に貼りついた護符を剥がす。急に体が軽くなった。
同時に、三人の声が聞こえてきた。まだ左手に若干の痺れや痛みに似た感覚が残っている為、右手で右耳の耳栓を外した。
「どいて! レールガン、撃つから!」
土方の甲高い声が聞こえた。銀河は慌てて立ち上がり、逃げ出した。後方でデストロイアも護符が剥がれて起き上がっていた。
土方がレールガンを始動させる。デストロイアも破壊光線を土方とレールガンに向けて放とうとする。それに気が付いた銀河は、身を翻し、能々管を掴むとデストロイアの口に押し付けた。
「消し飛べぇええええええ!」
刹那、銀河の体はレールガンの弾丸に生じた衝撃波に吹き飛ばされる。弾丸はデストロイアの体を僅かにかすめ、ロビーの壁を破壊した。しかし、デストロイアの後頭部からは閃光が迸って大きな穴をあけ、その巨体はそのまま沈黙した。
土方のものらしい悲鳴が上がる。続いて、関口と瀬戸内が銀河を呼ぶ。
「痛ぇ………」
粉塵で視界の悪いロビー内で銀河は声を上げた。銀河は数メートル離れた下駄箱まで吹き飛ばされていた。違和感に気付き、腹部を見ると下駄箱の木が背中から貫通していた。
「……俺の内臓はどうなってんだ?」
不意に浮かんだ疑問を口にしつつ、痛みに呻きつつも、両手をつっぱり、突き刺さっている木から体を抜く。
ふらつきながらも入口に向って歩く。途中、床に転がっていた能々管を拾い、懐にしまった。
「大丈夫かい?」
「吹っ飛んでたけど、体……」
「怪我はない?」
外に出ると、駆け寄ってきた三人が口々に銀河に声をかける。
「俺は大丈夫だ。……それよりも、まだもう一匹生きているぞ?」
銀河の言葉で、安心した様子の三人であったが、すぐに表情が硬くなる。まだデストロイアは生きているのだ。
関口は、視線をトランクに向ける。トランクからは煙が立ち上がっている。
「だけど、頼みのレールガンはもう使えない。コンデンサがショートした。……当時の全財産をはたいて入手した代物だったんだが、やっぱりネット通販はダメだな」
関口はブツブツと海軍もダメだとか、輸入品は信用できないだとか愚痴をもらす。
一体どれほど危険な電圧のコンデンサを使っていたのかと思いつつ、銀河が気になったのは煙を上げるコンデンサの裏に置かれた包みの事であった。
「あの包み………」
銀河が言葉を発している途中、今度は地面が揺れた。
「地震!」
関口が声を上げた。しかし、他の者は声を上げられなかった。その地震は尋常でない揺れであった。研修館の周りを囲む石垣が崩れ、そこに盛られた土砂は泥の様に波打ちながら流れ、木々が倒れる。研修館も窓ガラスが割れ、柱などが崩れる。
一同の脳裏に東海地震という単語が浮かんだ。
「「「「!」」」」
遂に、目の前に立つ研修館が崩れた。瓦礫と粉塵が彼らを襲う。
その最中、銀河は粉塵の中に巨大な影を一瞬見た。先ほどのデストロイアに似た姿に見えたが、大きさがあまりにも違った。
正午を知らせるチャイムが清水中に響き渡る中、銀河達は1号館四階にある気象研究所にいた。
気象研究所は、元々は地震研究やその予知研究などが中心であったが、時代の経過と共に地球物理、海洋物理、流体物理、大気や気候の分野も組み込まれ、現在では小規模化した気象庁と表現できるほどの多彩なジャンルを扱う研究所となっている。それにも関わらず、この研究所は四階の1フロア分しか存在しない。その為、中は関係者でなければわからないほどにごちゃごちゃしている。
「つまり、一昨日の地震で蘇ったデストロイアと呼ばれる「G」がクマノミやマグロを消したということか」
「はい」
関口は力強く頷いた。今、銀河と関口の話している相手は、気象研究所の所長を兼任している永原物理学教授である。そして、災害対策委員会の前身であるサークルの元顧問であり、現在は委員会の助言者をしている人物でもある。
「現在、この大学はデストロイアという新たな災害の脅威に曝されようとしているのです。そして、「G」はこの世界から我々に突きつけられた科学の挑戦なんです!」
「しかし、学生を危険にさらすわけにはいかない」
永原教授は腕を組んで言った。それを聞いて、銀河は内心でほっと一安心した。
「だが、挑戦を受けないというのは、相手に失礼だ!」
「お、おい………相手って誰だよ?」
「我々は科学者だ。目の前に謎が存在するのに無視をしてはいけない! それこそが新たな発見に繋がり、そして僕達の成長に繋がるんだ!」
「その通りです!」
そして固く握手を交わす二人。
「ウチの先生、元高校球児で、大学時代はサッカーやフットサルをしてたバリバリの熱血スポ魂人間なんだよ」
自分の机で今まで様子を見ていた瀬戸内が銀河に近づき、小声で耳打ちした。
「よし、僕も「G」対策委員会に全面的に協力しよう!」
いつのまにか災害が「G」になっている。しかし、彼らはそれを気にする様子はない。
「早速、現役幹部を招集します」
言うが早いか、関口は携帯電話を取り出した。
「うん。大本営はこの研究所を使って構わない」
そう言う永原教授の視線は瀬戸内に注がれる。彼の顔が引きつる。
「したがって、現段階より当研究所は学生会「G」対策委員会に組み込まれる。連続観測などの持ち場から離れられない研究をしている者以外は、「G」対策委員会の特別会員とする。いいね?」
永原教授の宣言は、大統領の宣言と同じだ。うな垂れる瀬戸内の姿を見て、銀河はそれに「赤紙が届いた一般人」という題をつけた。
「何が起きたの?」
気象研究所に入ってきた小柄な女子学生が、うな垂れる瀬戸内とまた握手を交わしている関口と永原教授の様子を見て呟いた。
「宜しく頼むぞ、土方特別会員!」
関口が笑顔で歩み寄ると、彼女の肩をポンと叩いて言った。
「は?」
「総務課の全面協力を得てきたぞ。ついでに、田中管理の警備も配備を強化してもらった」
あの後すぐに気象研究所に関口の後輩の福田、安部、小泉と名乗る災害対策委員会幹部が駆けつけた。聞くと、緊急時に文化祭展示などをしている場合ではないと、閉鎖させてきたらしい。
それに前後して、澤木教授と中目黒教授も集まった。
すぐさま状況を一同に説明すると、関口は根回しをしてくると言って一時間程前にどこかへ出かけて行き、帰ってくるなり言ったのが先の台詞である。ちなみに、田中管理は大学が契約している総合管理会社である。
「流石は関口先輩!」
「委員会を設立させた影の支配者!」
「何を渡したん?」
後輩三人組が口々に感想を述べる。
「たいした事じゃないさ。総務課は港まつりや七夕祭りなんかで一緒に汗を流した仲間ってだけだし、田中管理はウチが委員会になる前には毎年誰かしらが清掃のバイトでお世話になってた馴染みってだけさ。……それから、丁度支援課の人もいたから、一杯軽くやりながら「G」の研究を行う為に大学の資材を使うときは事後報告で構わないと、許可を貰っておきましたから、後は先生方がそれぞれ都合の言いように書類を作ってください」
関口はさらりと言うと、教授陣の方を見て付け加える。
「助かるよ」
「これで許可待ちをする必要がなくなった」
「なら、いっその事、某星丸を使いますか?」
「しかし、それをすると我々の研究予算がなくなりますよ?」
「大丈夫! 我々にはデストロイアのサンプルが既にあるんだ! 何の成果を出せなくても、今年一年分の研究予算くらいは使い放題にできるはずだ」
「確かに、各学会で騒がれれば、それで十分な成果になりますからね!」
「「G」が発見されて日が浅くてよかったな」
「ホントですね。今なら打ち出の小槌ですよ!」
そして、肩を組んで高笑いをする三人のオヤジ。
「すげぇな?」
「でしょ。ここの人たち変人ばっかだから」
銀河が独り言を呟くと、隣に座っていた土方歳子という小柄な女子学生が言った。聞けば彼女は瀬戸内と同じ関口と同級生の院二年生らしい。
「いいや、俺が今言ったのは関口さんのことですよ?」
「え? 関口のどこが?」
銀河の訂正に土方は眉を寄せる。
「いや、十分にすごいのは事実だぞ。アイツのせいで事態がとんでもない事になっているのも事実だけど、それでもこうして実際に大本営としての機能が着々と準備されているんだから」
外の露店で買ってきた富士宮焼きそば風焼きそばを食べる瀬戸内が言った。
「関口さんって何者なんですか?」
銀河の疑問に瀬戸内が答える。
「面白そうなことを見つけると何でも飛び込む奴だよ。港まつりってのも、総踊りで大学の人と一緒に毎年参加しているらしいし、ここに集まっている先生達も一応教授とOBの関係だけど、普通に卒業後も連絡を取り合ってた横繋がりの方が強いみたいだから。そもそも、一応生徒会本部からの打診ってことにはなっているけど、一介のサークルが官職の委員会に格上げされるなんてあると思うか?」
「もしかして、関口さんが?」
「そんなニュアンスのことを前に話してたよ。それに、当時の生徒会と各委員会のうちらの同級生、つまり顔である現役役員よりも実権や発言力の強い元老的位置に就いている最高学年の幹部とよく会っていたみたいだし。一時はウチの学科の中で行動力ナンバー1と評されるほどの能力を見せてたから。当人の意識的なことか、無意識的なことかは兎も角、アイツが委員会を作ったことは誇大な表現じゃないよ」
「ふーん、アイツがねぇ」
瀬戸内の話を聞いて、銀河よりも土方が感心する。
「お前は何を見ていたんだよ。……いや、まぁ、確かに実績や実力以上の問題がアイツにはあるけども」
「問題?」
「後藤君も関口と一日も一緒にいたんだからもうわかっているだろう?」
「ま、まぁ………」
瀬戸内に言われ、銀河の脳裏に関口の奇行の数々が浮かぶ。
「つまり、色々とすごいのかもしれないけど、関口は馬鹿なのよ!」
「それにド変態だし」
「後、言動がキモいし、やたらしつこい」
「それは個人的な見解じゃないですか?」
拳を握って言う土方に銀河が言う。
一方、話題になっている当の本人はデストロイアの捕獲作戦で必要な事項について話合っていた。
「地質調査用の爆薬、保存用に液体窒素、バーナーもちょっと弄れば簡易の火炎放射器にはなります」
「しかし、大学内の施設を我々が破壊するのは、流石に不味いな」
「大丈夫です。全部「G」の仕業としてしまえばいいんです!」
関口の言葉に頷く教授陣。
銀河は急に恐怖を感じた。
「俺達、何かの犯罪に巻き込まれつつあるんじゃないか?」
そう言った銀河の両肩を瀬戸内と土方がそれぞれ叩いた。
そんな時、気象研究所の扉が勢い良く開け放たれた。銀河が扉の方向を見ると、続々と背広を来た学生達が雪崩れ込んできた。
「やっぱりあなたですか、関口先輩! 噂は先輩方から聞いていましたが、本当に面倒な人だ」
彼らの先頭に立った学生が関口を見るなり吐き捨てた。関口が立ち上がる。
「なんだ、突然入ってくるなり!」
「それはこっちの台詞です。一介のOBである先輩が、事もあろうに大学で勝手に文化祭運営を妨害しようとしている。我々の庭を勝手に荒らさないでください」
銀河は彼の言動で、彼の正体を思い出した。
学生会文化祭実行委員会会長として、文化祭パンフレットで挨拶文と掲載していた人物だった。つまり、彼らは文化祭実行委員会だ。
「文化祭開催期間の学生自治は我々に一任されている。平常時に災害対策委員会が勝手なまねをしないでいただきたい」
「しかし、既に大学への許可は得ているよ」
「それは施設利用についてでしょう? 学生自治はあくまで学生会の担当です。それは、同じ学生会である皆さんならご存知でしょう?」
「だからこそ、彼らが動いているんですよ。それをOBの俺が補佐して何がいけない?」
「災害対策委員会が学生自治を任されるのは災害時だ!」
「「G」が現れたんだ!」
「それが災害時になるわけがないだろう! 警察に任せればいいんですよ! それをどうして皆さん雁首揃えて文化祭そのものを脅かす様な物騒極まりない相談を。……学生運動の真似ですか?」
文化祭実行委員長はホワイトボードに書かれたダイナマイトなどの文字に目を向けて言った。
「兎に角、文化祭開催期間中の学生自治権は我々にあります。万が一、「G」がこの敷地内に現れた場合は、捕獲など馬鹿げたことは認めず、対処は然るべきところへ任せ、我々は学生や一般の方の避難と安全確保に務めます。これは決定事項です」
「そんな勝手な事が!」
「勝手なのはあなた達でしょうが! もしも文化祭の安全や実行に支障をきたすような行為をしたら、それを妨害工作と判断し、自治権を行使して大学敷地内への立ち入りを禁止します! いいですね!」
それだけ言うと、文化祭実行委員長は踵を返して出口に向う。扉の所で一度足を止めると、振り向きもせずに付け加える。
「それから、爆発物の移動や使用を事後報告で済まそうという考えを持っているようでしたら、改めた方がいいですよ。関口先輩ほどではありませんが、自分達も大学関係者とのパイプはあるので。不正は認められないことですからね」
そして、彼らはぞろぞろと気象研究室から出ていった。金属製の扉の閉まる音が研究室内に響いた。
「あいつらぁ! 勝手なことばかり言いやがって!」
関口は憤りを机に叩きつけた拳に込めた。
「でも、あの人達の意見、全部正論だったな?」
「後藤君、それを今更言っても仕方ないよ」
「これであの馬鹿も少しは目を覚ますでしょ」
後方で銀河達が感想を述べていると、関口が拳を机に突きたてたまま肩を震わせた。
遂に壊れたかと、三人は顔を見合わせた。
同時に、関口が遂には高笑いを始めた。
「面白い! こっちとさ、科学に生きてる人間だ! あの餓鬼共め、政治で世の中回ると思ったら大間違いだってことを教えてやるぜ」
拳を掲げて勝気に言う関口。やはり壊れたかと銀河は納得した。
夕方、銀河と関口は海洋博物館にいた。他に、瀬戸内と土方がついてきている。
「そろそろ二日目の終了時間だ」
時計を確認した関口が言った。
「現場百回って言うのはわかるけど、何でうちらまで一緒なのよ」
排水系や注水系の配管を調べる土方が文句を言った。
「仕方ないだろ? 後輩連中は文化祭実行委員会が目を光らせている以上、目立った動きをさせられない。むしろ、展示活動を表面的にでもやってもらって、彼らの注意をそっちに向けさせておく必要がある」
「それにしたって……」
「関口、土方はお前が捕まるのに自分も一緒に捕まるのが嫌なんだと」
「そう言う訳じゃ………」
土方は言い淀む。
「別にアレを実際に犯罪で使わなかったら捕まりはしないさ。土方だって、見よう見まねでも簡単に作れただろ?」
「アンタのお陰で、一生縁のないはずの知識を手に入れた」
「すぐに役に立つさ」
関口が言った。それを肯定するかの様に、まさにその瞬間、彼の携帯電話が鳴った。
「はい、関口です。………今は海洋博物館に。え? ……わかりました。俺達も向います!」
電話を切ると、関口は三人に顔を向けた。笑っていた。
「「G」が現れた可能性がある」
「どこに?」
瀬戸内が聞く。関口が視線を外に向ける。
「すぐそこの大学の研修館。セキュリティーが作動したらしくて、田中管理の警備がこっちに向っている」
海洋博物館と研修館は間に道路と駐車場があるものの、向かい合わせと言える距離にある。関口の乗ってきた車も、その駐車場に止めている。
彼らは車に駆けつけると、車を研修館の入口前まで移動させ、すぐさまトランクを開けた。
「それぞれ、装備を確認しろ。運悪くデストロイアでなかったら、相手は強盗だからな」
「運良くの間違いじゃね?」
関口に土方は笑う。その手には複数のビンが入った鞄を持っている。
しかし、関口はその鞄を取り上げた。
「ちょっと!」
「土方にコイツは絵にならない。折角、重い思いして部室から持ってきたんだ、こっちを使って援護射撃に回ってくれ」
関口はトランクの中に置かれた大型のオイルコンデンサとケーブルで繋がれた二本の金属棒が並べられた物を土方に渡した。
「弾丸にゲーセンのコインを用意すべきだったんだが、現実的な方法を考えると絶縁体であるプラスチック片と導体にスチールウールということで勘弁してくれ」
「ほぉー……じゃあ試し撃ちしてみようか?」
ニヤリと笑って土方が棒の先端を関口に向ける。
「馬鹿、よせ! 俺はその幻想を壊せるような力はねぇ!」
「あたしだってそんなビリビリ能力持っちゃいないわよ!」
「だぁあああああ! だから、砲身を振り回すな!」
関口と土方が言い争う。
「バカとチビと超電磁砲」
「「何ぃ?」」
瀬戸内がボソリと言うと、二人は見事にハモって振り返る。
しかし、そんなやりとりも次の瞬間には止んだ。研修館二階のガラスが割れ、中から二メートルはある巨大な赤い物体が落ちてきたのだ。それは、無数の爪状の足がゴツゴツと棘のある胴から生え、そこから伸びる首、そして頭部はエイリアンなどの怪物を彷彿させるグロテスクな姿をした生物であった。
「! こいつ、デストロイアだぞ?」
銀河が叫んだ。姿も大きさも違う。共通するのは、甲殻類の様に硬く、そして血の様な赤色をした外骨格を持つという事だけだ。しかし、銀河にはその相手が放つ気配がカブトガニの様な姿をしたデストロイアと同様のものである事を感じ取った。
デストロイアは咆哮を上げると、目の前の駐車場にいる銀河達に気が付き、無数の爪状の足を動かし、迫ってきた。
「土方ぁ! うてぇええええ!」
耳を両手で塞いだ関口が叫んだ。土方は耳栓と耐熱手袋を付けて、金属の二本のレールが内臓された砲身を迫るデストロイアに向けた。銀河と瀬戸内も慌てて耳を塞ぐ。
刹那、凄まじい轟音と雷光に似た激しい閃光が放たれ、デストロイアの頭部が吹き飛んだ。
「流石は、レールガン……」
「熱っ!」
「あ、気をつけろ。スチールウールが蒸発してプラズマになるから、学生時代の工作で作った代物じゃ熱の問題とかを気にしてないから」
煙をあげる砲身を見て関口が今更、注意を言う。土方が睨む。
「じゃあ、次の発射は?」
「元々連射するものじゃないから仕方がない。それから、チャージが完了するまでに時間がかかるから、その間で、手袋で触れる程度には冷めるよ」
「じゃあ、次は?」
「あ……」
「馬鹿ぁあああああ!」
土方が叫んだ。関口は苦笑いをしながら言う。
「まぁ、この一撃でデストロイアも仕留められたんだからいいじゃないか」
しかし、研修館内から聞こえる咆哮が、関口の苦笑いすらも凍らせた。
「……まだ、科学の勝負は終わっちゃいない! こっちには対デストロイア用の武器があるんだ!」
関口は酸素マスクと耳栓を装着し、鞄に入ったビンを握り締めて言った。
それに応じるかのように、2匹のデストロイアが研修館の一階ロビーの中を移動する。その内の1匹が銀河達に気が付き、咆哮を上げ、口から例の破壊光線を放ってきた。
「避けろ!」
「「「!」」」
銀河の叫び声で、三人は瞬時に反応し、破壊光線を避ける。破壊光線は車のサイドミラーを吹き飛ばす。
「げっ! もうすぐ車検なのに! よくもぉおおおおお!」
関口は怒りに任せて、ビンの口に刺さっている待ち針を押し込む。ビンの中に入っている風船が割れ、中に入っていた水が出る。同時に、関口はそのビンをロビーにいるデストロイアめがけて投げ込んだ。
ビンはデストロイアの硬い表面にぶつかり、ガラスの鈍い音がした。
「………!」
ビンの当たった音に数瞬遅れて、激しい爆発音が轟き、ビンは粉々に砕け散り、それが足元にあったデストロイアは衝撃で後ろに倒れた。
「投げるぞ!」
関口はジェスチャーを交えて銀河と瀬戸内に言った。耳栓と爆音の為、何を言っているのか全く聞こえない。
しかし、意思疎通はでき、三人は次々に二匹のデストロイアに向けてビンを投げる。
デストロイアの周囲で燃えていた炎が見る見るうちに消えていく。酸素を消滅させているのが分かる。
しかし、既に関口達はそれを対策していた。
それを証明する様に、ビンは次々に爆発し、デストロイアを襲う。
「釣具屋で買ったものでこんな兵器になるなんて」
その光景を見ながら土方が呟く。しかし、当然その声は誰の耳にも届かない。
「アセチレンと酸素の混合気体の爆発性の高さは、化学の勉強をちょっとすりゃわかるさ。いい実験になっただろ?」
ポンと土方の肩を叩いて関口が言った。当然二人はお互いの声が聞こえていない。
「だから、そんな知識ほしくないっちゃ!」
土方がぶちきれる。しかし、当然その声は聞こえないはずである。
「あの二人は何やってんだ?」
銀河が二人の無声口論を見て呟くが、他の者に声は聞こえない。
「! しまった、もう残弾尽きた!」
銀河が叫び、隣にいた瀬戸内の肩を叩き、空の鞄を見せる。彼は首を振って、鞄の中身を見せる。同じく空だった。
二人は頷き合い、車に駆け寄り、関口達に空の鞄を見せる。
関口はトランクの中を見る。中には掃除用具と置き傘とレールガン用の大型コンデンサ、そして昨日彼が持っていた棒状の包みだけしか残っていない。既に武器は尽きていた。
「チャージは?」
「まだあと少し」
関口は土方にレールガンを指差して聞く。しかし、彼女は首を振った。
「……こうなったら、こいつを使うか」
彼はコンデンサの裏に寝かせてある包みを見つめて呟く。
その時、隣に立っていた銀河が動いた。
研修館にいるデストロイアに迫りながら、黒いマントの隠しから護符を取り出す。
後方で三人が何か声を上げるが、銀河は戻るどころか走る足を速める。酸素マスク用の小型タンクを用意してきているとはいえ、走るとその荷重が足に負担となってかかる。
しかし、銀河は真っ直ぐに迫り、デストロイアに護符を叩きつける。護符に書かれている「G」封じの方陣がデストロイアに触れた瞬間に、デストロイアの動きが止まった。その隙を逃さずに、銀河は能々管を掴む。
「消えろぉおおおおお!」
銀河は叫びながら、デストロイアに能々管を突き立てる。
しかし、デストロイアに変化は見られない。
そうしている間にもう一匹のデストロイアが破壊光線を銀河に向けて放つ。
「くっ!」
破壊光線は銀河の酸素マスクとタンクを繋ぐパイプを破壊する。空気の抜ける音が耳栓越しに聞こえる。
「………っ!」
銀河は背負うタンクを下ろすと、その底を右手で掴んで駆け出す。そして、破壊光線の第二波を放とうとするデストロイアの頭部に、タンクを突き立てた。
同時に、銀河は左手に護符の束を取り出し、デストロイアは破壊光線を放った。
刹那、タンクは破損し、空気が噴き出す轟音が鳴り響く。しかし、銀河は右手を更に押し込んだ。
タンクは遂に破裂した。
衝撃と共に、周囲に飛ぶタンクの破片が銀河の額に直撃する。銀河が倒れる。左手に持つ護符が宙に舞った。
しかし、その直後、吹き飛ばす風は吸い込む風に変わった。一度外側へ広げられたタンクは、一瞬にして今度は内側にめり込む。宙に舞った護符も一点に向って吸い上げられる。
タンクの破損で急激に上がった気圧が、酸素破壊によって空気の酸素が消滅した事で急激に下がったのだ。
銀河の体がロビーの床に倒れた時には、複数の護符がデストロイアの頭部に貼りつき、動きを封じられていた。
倒れた直後という事もあり、銀河の意識が朦朧とする。視界の隅で、もう1匹のデストロイアが護符の呪縛から逃れ、ロビーの奥にある大研修室の中へ消えていくのが見えた。
体を起こしたいが、力が入らない。視線を自分の体に向けると、護符の一枚が運悪く左手に張り付いていた。朦朧とする意識の原因もこれかと、銀河は察した。
銀河は下唇を噛み、意識を奮い起こすと、声を張り上げた。
「右手よ、動けぇえええ!」
ゆっくりと右手が動き、左手に貼りついた護符を剥がす。急に体が軽くなった。
同時に、三人の声が聞こえてきた。まだ左手に若干の痺れや痛みに似た感覚が残っている為、右手で右耳の耳栓を外した。
「どいて! レールガン、撃つから!」
土方の甲高い声が聞こえた。銀河は慌てて立ち上がり、逃げ出した。後方でデストロイアも護符が剥がれて起き上がっていた。
土方がレールガンを始動させる。デストロイアも破壊光線を土方とレールガンに向けて放とうとする。それに気が付いた銀河は、身を翻し、能々管を掴むとデストロイアの口に押し付けた。
「消し飛べぇええええええ!」
刹那、銀河の体はレールガンの弾丸に生じた衝撃波に吹き飛ばされる。弾丸はデストロイアの体を僅かにかすめ、ロビーの壁を破壊した。しかし、デストロイアの後頭部からは閃光が迸って大きな穴をあけ、その巨体はそのまま沈黙した。
土方のものらしい悲鳴が上がる。続いて、関口と瀬戸内が銀河を呼ぶ。
「痛ぇ………」
粉塵で視界の悪いロビー内で銀河は声を上げた。銀河は数メートル離れた下駄箱まで吹き飛ばされていた。違和感に気付き、腹部を見ると下駄箱の木が背中から貫通していた。
「……俺の内臓はどうなってんだ?」
不意に浮かんだ疑問を口にしつつ、痛みに呻きつつも、両手をつっぱり、突き刺さっている木から体を抜く。
ふらつきながらも入口に向って歩く。途中、床に転がっていた能々管を拾い、懐にしまった。
「大丈夫かい?」
「吹っ飛んでたけど、体……」
「怪我はない?」
外に出ると、駆け寄ってきた三人が口々に銀河に声をかける。
「俺は大丈夫だ。……それよりも、まだもう一匹生きているぞ?」
銀河の言葉で、安心した様子の三人であったが、すぐに表情が硬くなる。まだデストロイアは生きているのだ。
関口は、視線をトランクに向ける。トランクからは煙が立ち上がっている。
「だけど、頼みのレールガンはもう使えない。コンデンサがショートした。……当時の全財産をはたいて入手した代物だったんだが、やっぱりネット通販はダメだな」
関口はブツブツと海軍もダメだとか、輸入品は信用できないだとか愚痴をもらす。
一体どれほど危険な電圧のコンデンサを使っていたのかと思いつつ、銀河が気になったのは煙を上げるコンデンサの裏に置かれた包みの事であった。
「あの包み………」
銀河が言葉を発している途中、今度は地面が揺れた。
「地震!」
関口が声を上げた。しかし、他の者は声を上げられなかった。その地震は尋常でない揺れであった。研修館の周りを囲む石垣が崩れ、そこに盛られた土砂は泥の様に波打ちながら流れ、木々が倒れる。研修館も窓ガラスが割れ、柱などが崩れる。
一同の脳裏に東海地震という単語が浮かんだ。
「「「「!」」」」
遂に、目の前に立つ研修館が崩れた。瓦礫と粉塵が彼らを襲う。
その最中、銀河は粉塵の中に巨大な影を一瞬見た。先ほどのデストロイアに似た姿に見えたが、大きさがあまりにも違った。