銀河vsデストロイア in三保
3
「つまり、酸素を破壊し、有機物を消滅させてしまう力を持つプランクトン型の「G」ということかい?」
関口は頷いた。
現在二人は中目黒教授の研究室を後にし、9号館にある澤木教授の研究室で、彼にこれまでの話をし終えたところである。
澤木教授は生物学の教授で、関口の卒業研究時に指導担当をした人物でもあるらしい。
「確かに、南極で確認された二つの「G」は生物の姿をしていたという。しかも、ドラゴンと恐竜に似た怪獣という話だ。これに与えた生物学会への衝撃は壮絶なものだった。同時に、生物、物質、現象といった様々な存在への共通の言葉として「G」が使われる様になったのも事実だが。……しかし」
そこまで言うと、澤木教授は言葉を詰まらせた。そして、ぐっと堪える仕草をするが、ついには口を開いた。
「面白そうだ! いや、実に面白い! 怪獣の存在を実証する「G」という考え方もロマンがあってよかったが、微小生物……しかも、プランクトンで! しかも、水中の酸素を破壊するほどの力を持つプランクトン!」
「萌えますよね!」
「燃えるね! ロマンがあるよ! 果して、どんな生態をしているんだろうか? いや、そもそも有機物を消滅させる力があるんだ。自身を消滅させないのは、なんらかの防衛機能があるはずだ。興味を持たないはずがない!」
「わかります! これが俺の研究していたS9株にも応用できたら」
「とんでもない! 君のS9株は魚骨を分解する事でその栄養成分を液に溶出させるという最大の利点がある。その栄養成分まで消滅しては、意味がないではないか!」
「! そうですね! いや、惜しい。しかし、これは面白いですね!」
「うむ。本当に君は運がいいな!」
「いえいえ、俺の素質を開花させたのは先生のお陰ですよ!」
そして二人は肩を叩き合い大笑いする。
銀河は、今日一日で最も嫌な予感を心中で懐いていた。
「しかし、このままでは結局机上論だ」
「そうなんですよ。事件を起した原因がデストロイアである証拠を掴まなければ!」
「そうだな。デストロイアは、海洋博物館の排水から再び海へ出てしまったと考えるのが妥当だろうな。もう一度、現れれば採取できるのだが……」
「本当です。残念です!」
悔しがる二人に銀河は、どうしても理解できない疑問を聞いた。
「あのー、そのデストロイアって何ですか?」
そんな彼を二人はとてもキョトンとした顔で見る。
「何を言っているんだい? オキシジェン・デストロイヤーの力を持つプランクトンの名前に決っているじゃないか?」
「デストロイア以上の名前はないだろう? 常識的に考えて」
そして、再びどのような方法でなら採取できるかの話で二人は盛り上がり始めた。そんな光景を遠い目で見つめつつ、銀河は深く嘆息した。
そんな時、銀河の不安をより確かなものにする連絡が関口の携帯電話に入った。
「先生! 養殖場のマグロが消えました!」
電話を切ると関口は叫んだ。
それを聞き、澤木教授は鼻息を荒くして立ち上がった。
「よし! 採集セットを持て!」
「はい!」
その光景を見て、銀河は不安や予感がことごとく的中した事を理解した。
マグロ養殖場がある10号館の産学共同研究棟の前には人だかりができ始めていた。
澤木教授と助手として銀河と大荷物を背負う関口もマグロ養殖場のテントの中へ入る。やはり塩素臭と若干の息苦しさを感じる。
「すぐさま採集を!」
「はい!」
澤木教授の指示で、関口は素早く排水ポンプのバルブを操作し、排水を流す。そこへ関口が持ち込んだ大荷物の中にあったプランクトン採集ネットを通す。
「おい、澤木先生! 何をしているんだ?」
最初からずっと円筒形の養殖用水槽前に立ちつくしていた小太りの中年男性が澤木教授の強行に気がつき止めに入る。
「黙っていてください! 秋葉先生、今ならマグロを消滅させた犯人を捕まえられる可能性があるんです!」
澤木教授は、彼に熱い口調で訴えた。どうやら彼がこの養殖場での研究を行っていた水産学の秋葉教授らしい。
その時、テント内の塩素臭が強くなった。同時に唐突に頭痛と立ちくらみが起こる。
「入りましたぁー!」
関口はダイビング用ボンベに繋いだダブルホース式のレギュレータを咥えつつ器用にも叫んだ。このアルミ製5Lボンベとレギュレータを入れていたから彼の荷物は大きくなったようだ。他にも彼は保護用の為にダイビング用のマスクを装着している。
「うむ。採集ビンへ入れろ!」
澤木教授も荷物の中に入っていたもう一つの同型のボンベとレギュレータを装備して、同じく器用にも返答した。何故か彼の着用するマスクには角が付いている。
ちなみに、銀河の分の器材はなく、秋葉教授を連れて外へ脱出する。
「この疲労、絶対酸欠じゃねぇだろ?」
銀河が地面に座り込みつつ自問していると、テントの中から小さな採集ビンを片手に二人が出てきた。二人が何のつもりかの見当が付きつつも、銀河は彼らの呼吸音を聞いてフォースの暗黒面に落ちた騎士を思い出した。
「採集完了だ。この中に、デストロイアはいる」
関口は銀河に採集ビンを渡す。覗き込むと、確かに赤いカブトガニの様な姿をしたプランクトンが三匹泳いでいる。
「詳しく見てみないと分からないが、甲殻類。それもカイアシ類に近い姿をしている様だ。もしかしたら、世界で初めて採取された「G」の生物サンプルかもしれない」
澤木教授は器材を下ろしながら言った。
「さて、今晩は徹夜だな! 関口君も協力してくれ!」
「はい!」
関口は勢い込んで頷いた。それを見て、銀河は自分も一緒に徹夜だと予想した。
翌朝、銀河はソファーから起き上がると周囲を見渡した。記憶が蘇る。澤木研究室で二人は三匹のデストロイアを使って実験をしようとしていたのだが、結局深夜3時を過ぎた頃に力尽きて、それぞれソファーに倒れて深い眠りに落ちたのだ。
時計を見ると、時刻は9時すぎだ。寝坊した。
「あれ? 二人はどこだ?」
銀河は周囲を見渡し、関口と澤木教授を探して、隣に隣接した実験室に移動した。
二人は実験室の中にいた。
「おはようございます」
「あぁ」
「おはよう」
殆ど空返事をする。銀河は二人に近づく。案の定、デストロイアの入った採集ビンを眺めている。
「あれ? 何かデカくないか?」
「……よく見ろ、それだけじゃない」
「あ、二匹になってる。共食いか?」
銀河が呟くと、二人は首を振った。
採集ビンの中にいるデストロイアは、肉眼でしっかりとその姿が確認できる数センチほどの大きさになっており、そのもう一匹はその倍の大きさになっている。時折ビンの側面にぶつかっている。狭いのだろう。
「一晩で数十から数百倍に成長したんだ。しかも、俺が朝起きた時に見たのはそれどころのことじゃない」
「?」
「三匹の内の二匹が、一瞬で一匹になった。このデカい方がそれだ」
「……は? なんだそれ? そんなくっついたりできるものなのか?」
「できない! 少なくとも甲殻類ほどに細胞の分化が進んでいる生物にはありえないことだ」
「だから、残ったこの二匹も再びくっつくのか、今ずっと見ているんだ」
澤木教授は視線をビンから外さずに言った。
「……一体、何時からやっているんですか?」
「6時過ぎだったな」
「今何時だい?」
「……9時すぎです」
「3時間か」
「以外に早かったですね」
「しかし、周期があるのかもわからない。油断はできないな」
「そうですね」
この二人の会話を聞いていて、銀河は放置して朝飯を買いにコンビニへ行こうかと考えた。思い起こせば、バス通り沿いにあったなと考える。
「あぁあああああああ!」
「うぉおおおおおおお!」
確かに一瞬過ぎった予想を拭おうとするが、次の瞬間に実験室内に響いたガラスの割れた音に銀河は懐に手を差し入れる。
「伏せろ!」
「「!」」
銀河が振り返りざまに叫ぶと、二人は反射的に身を伏せた。
銀河の視線が、実験机の上の割れた採集ビンの破片の上で動く十数センチほどのデストロイアをとらえる。
デストロイアはカブトガニに似た体を起こし、甲羅の裏にある口を開く。
「うわっ!」
刹那、銀河が「G」封じの護符を投げつけるよりも速く、デストロイアの破壊光線が放たれた。護符が瞬時に消滅し、貫通した破壊光線が窓ガラスを破壊する。
しかし、銀河はすかさず護符をもう一枚取り出し、デストロイアに貼り付ける。デストロイアは奇声を上げてもがく。
銀河は穴の開いた窓ガラスを叩き、一番大きなガラス片を握りしめる。皮膚が切れ、手が痛む。しかし、それを堪えて、銀河はガラス片をデストロイアに突き刺した。
暫らくもがいたものの、デストロイアは絶命した。
デストロイアに刺さったガラス片から手を放すと、銀河は自分の手を見た。薄っすらと痕がついていたが、血は出ていない。
「後藤君、君は一体……」
「俺よりも、これって不味いんじゃないか? この三匹が全ての犯人だと思えないぞ?」
銀河は関口に言った。彼は、黙って頷いた。
「それで、どうするんだ?」
澤木研究室で関口がコンビニで買ってきたあんパンとパック牛乳で遅めの朝食をとりながら、銀河が聞いた。外では既に文化祭二日目が開始されている。
澤木教授は実験室でデストロイアの死骸を調べている。
「あんな化け物が大学に、しかもこの三保に現れたんだ。こうなってしまったら文化祭だろうと、仕方ないだろう」
「やはりしかるべきところに連絡をするんだな? この場合だと、警察じゃないだろ?」
銀河が思案しつつ言うと、関口が首をかしげた。
「後藤君、何を言っているんだい? 大学で現れた「G」を何で国家権力なんかに渡さなきゃいけないんだ?」
「………はぁっ?」
愕然とする銀河を無視して関口の口調は更に熱が篭る。
「酸素破壊という特徴だけでもノーベル賞クラスの大発見なのに、この上物質の破壊……消滅か? 兎に角そんな途方もない力を持っているモノがいるんだ。それを国家の謀略に利用させるわけにはいかない! これは世界平和の為だ!」
「ちょっと待てよな? 関口さん、デストロイアは貴重な深海生物や絶滅した古代生物とかじゃないんですよ? 「G」という得体の知れない……」
銀河が暴走する関口に言っている途中で、ドアを勢い良く開き、実験室から澤木教授が現れた。
「この世には不思議な事なんて何もないのだよ、関口君。そして後藤君」
「今度は何?」
「後藤君、今朝から口調が荒っぽくなっているよ」
澤木教授はやれやれと肩をすくめて言う。
「そうさせているのは、あんた達の行動だろ?」
銀河が小声で言うが、サワキイヤーは地獄耳である。
「何か言ったかい?」
「いいえ! ……それで、何がわかったんですか?」
銀河が話題を変えようと、話を振る。幸い澤木教授はすぐに話始めた。
「そうだった! 三匹のデストロイアの巨大化や融合による倍化などの謎はわからなかったが、デストロイアがどういう存在なのかは分かったよ」
「だから「G」だろ?」
銀河が言うと、澤木教授は指をチッチッチと言いながら振る。
「「G」という言葉で片付けてしまう考えは科学を衰退させるね。後藤君が先ほど言った通りだったんだよ」
「俺が? 何を?」
「デストロイアは絶滅した古代生物という意見だよ。実に的を得ている。勿論、君が言うように、デストロイアは生物学のあらゆる常識から考えて、生物ではありえない能力を有している。即ち「G」という存在であるのは事実だ。しかし、あのサンプルは融合したとはいえ、元は三匹のミリサイズの個体だった。したがって、それらの体内にあったものはそのままあのサンプルにも取り込まれていないとおかしい。その為、私は調べた訳さ。デストロイアの体内にある砂や泥などをね。一苦労だった。実際、存在するのは僅か数マイクロという単位のものだからね。だけど、見つけた」
話を聞きながら、銀河は十数センチの生物の中から数マイクロの砂や泥を探すイメージを浮かべた。想像できなかったので、値を10000倍にした。彼は1キロ強の敷地の中から1センチの小石を見つけたという事になる。
「……この人の方が在り得ないだろ?」
「まぁ、それを地質学の研究室で先ほど調べてきた。すると、駿河湾内の南海トラフで採れた物と成分が一致した。この事実から推測するに、一昨日の地震で起きた断層から蘇った太古の「G」という考えが一番自然だろう」
「俺には澤木教授の行動力が不自然ですが?」
「いやいや、これくらい海洋学部じゃ普通のことだ」
平然と肯定する関口。
文化圏を越えて、次元の違いに衝撃を受けていた銀河であったが、結局当初の問題が全く解決されていない事に気が付いた。
「ちょっと待てよな? デストロイアが何者かはこの際、どうでもいいだろ? 問題は、あの「G」をどうするかだろ? 逃げ出したペットを捕まえるのとは訳が違うんだぞ?」
「そうは当然さ。俺も考えているよ」
「………」
銀河はここへ来てからすっかり馴染みになった嫌な予感がよぎった。
「某大学海洋学部学生会災害対策委員会があるではないか!」
銀河の脳裏では、予感が確信にバトンタッチをしていた。
「つまり、酸素を破壊し、有機物を消滅させてしまう力を持つプランクトン型の「G」ということかい?」
関口は頷いた。
現在二人は中目黒教授の研究室を後にし、9号館にある澤木教授の研究室で、彼にこれまでの話をし終えたところである。
澤木教授は生物学の教授で、関口の卒業研究時に指導担当をした人物でもあるらしい。
「確かに、南極で確認された二つの「G」は生物の姿をしていたという。しかも、ドラゴンと恐竜に似た怪獣という話だ。これに与えた生物学会への衝撃は壮絶なものだった。同時に、生物、物質、現象といった様々な存在への共通の言葉として「G」が使われる様になったのも事実だが。……しかし」
そこまで言うと、澤木教授は言葉を詰まらせた。そして、ぐっと堪える仕草をするが、ついには口を開いた。
「面白そうだ! いや、実に面白い! 怪獣の存在を実証する「G」という考え方もロマンがあってよかったが、微小生物……しかも、プランクトンで! しかも、水中の酸素を破壊するほどの力を持つプランクトン!」
「萌えますよね!」
「燃えるね! ロマンがあるよ! 果して、どんな生態をしているんだろうか? いや、そもそも有機物を消滅させる力があるんだ。自身を消滅させないのは、なんらかの防衛機能があるはずだ。興味を持たないはずがない!」
「わかります! これが俺の研究していたS9株にも応用できたら」
「とんでもない! 君のS9株は魚骨を分解する事でその栄養成分を液に溶出させるという最大の利点がある。その栄養成分まで消滅しては、意味がないではないか!」
「! そうですね! いや、惜しい。しかし、これは面白いですね!」
「うむ。本当に君は運がいいな!」
「いえいえ、俺の素質を開花させたのは先生のお陰ですよ!」
そして二人は肩を叩き合い大笑いする。
銀河は、今日一日で最も嫌な予感を心中で懐いていた。
「しかし、このままでは結局机上論だ」
「そうなんですよ。事件を起した原因がデストロイアである証拠を掴まなければ!」
「そうだな。デストロイアは、海洋博物館の排水から再び海へ出てしまったと考えるのが妥当だろうな。もう一度、現れれば採取できるのだが……」
「本当です。残念です!」
悔しがる二人に銀河は、どうしても理解できない疑問を聞いた。
「あのー、そのデストロイアって何ですか?」
そんな彼を二人はとてもキョトンとした顔で見る。
「何を言っているんだい? オキシジェン・デストロイヤーの力を持つプランクトンの名前に決っているじゃないか?」
「デストロイア以上の名前はないだろう? 常識的に考えて」
そして、再びどのような方法でなら採取できるかの話で二人は盛り上がり始めた。そんな光景を遠い目で見つめつつ、銀河は深く嘆息した。
そんな時、銀河の不安をより確かなものにする連絡が関口の携帯電話に入った。
「先生! 養殖場のマグロが消えました!」
電話を切ると関口は叫んだ。
それを聞き、澤木教授は鼻息を荒くして立ち上がった。
「よし! 採集セットを持て!」
「はい!」
その光景を見て、銀河は不安や予感がことごとく的中した事を理解した。
マグロ養殖場がある10号館の産学共同研究棟の前には人だかりができ始めていた。
澤木教授と助手として銀河と大荷物を背負う関口もマグロ養殖場のテントの中へ入る。やはり塩素臭と若干の息苦しさを感じる。
「すぐさま採集を!」
「はい!」
澤木教授の指示で、関口は素早く排水ポンプのバルブを操作し、排水を流す。そこへ関口が持ち込んだ大荷物の中にあったプランクトン採集ネットを通す。
「おい、澤木先生! 何をしているんだ?」
最初からずっと円筒形の養殖用水槽前に立ちつくしていた小太りの中年男性が澤木教授の強行に気がつき止めに入る。
「黙っていてください! 秋葉先生、今ならマグロを消滅させた犯人を捕まえられる可能性があるんです!」
澤木教授は、彼に熱い口調で訴えた。どうやら彼がこの養殖場での研究を行っていた水産学の秋葉教授らしい。
その時、テント内の塩素臭が強くなった。同時に唐突に頭痛と立ちくらみが起こる。
「入りましたぁー!」
関口はダイビング用ボンベに繋いだダブルホース式のレギュレータを咥えつつ器用にも叫んだ。このアルミ製5Lボンベとレギュレータを入れていたから彼の荷物は大きくなったようだ。他にも彼は保護用の為にダイビング用のマスクを装着している。
「うむ。採集ビンへ入れろ!」
澤木教授も荷物の中に入っていたもう一つの同型のボンベとレギュレータを装備して、同じく器用にも返答した。何故か彼の着用するマスクには角が付いている。
ちなみに、銀河の分の器材はなく、秋葉教授を連れて外へ脱出する。
「この疲労、絶対酸欠じゃねぇだろ?」
銀河が地面に座り込みつつ自問していると、テントの中から小さな採集ビンを片手に二人が出てきた。二人が何のつもりかの見当が付きつつも、銀河は彼らの呼吸音を聞いてフォースの暗黒面に落ちた騎士を思い出した。
「採集完了だ。この中に、デストロイアはいる」
関口は銀河に採集ビンを渡す。覗き込むと、確かに赤いカブトガニの様な姿をしたプランクトンが三匹泳いでいる。
「詳しく見てみないと分からないが、甲殻類。それもカイアシ類に近い姿をしている様だ。もしかしたら、世界で初めて採取された「G」の生物サンプルかもしれない」
澤木教授は器材を下ろしながら言った。
「さて、今晩は徹夜だな! 関口君も協力してくれ!」
「はい!」
関口は勢い込んで頷いた。それを見て、銀河は自分も一緒に徹夜だと予想した。
翌朝、銀河はソファーから起き上がると周囲を見渡した。記憶が蘇る。澤木研究室で二人は三匹のデストロイアを使って実験をしようとしていたのだが、結局深夜3時を過ぎた頃に力尽きて、それぞれソファーに倒れて深い眠りに落ちたのだ。
時計を見ると、時刻は9時すぎだ。寝坊した。
「あれ? 二人はどこだ?」
銀河は周囲を見渡し、関口と澤木教授を探して、隣に隣接した実験室に移動した。
二人は実験室の中にいた。
「おはようございます」
「あぁ」
「おはよう」
殆ど空返事をする。銀河は二人に近づく。案の定、デストロイアの入った採集ビンを眺めている。
「あれ? 何かデカくないか?」
「……よく見ろ、それだけじゃない」
「あ、二匹になってる。共食いか?」
銀河が呟くと、二人は首を振った。
採集ビンの中にいるデストロイアは、肉眼でしっかりとその姿が確認できる数センチほどの大きさになっており、そのもう一匹はその倍の大きさになっている。時折ビンの側面にぶつかっている。狭いのだろう。
「一晩で数十から数百倍に成長したんだ。しかも、俺が朝起きた時に見たのはそれどころのことじゃない」
「?」
「三匹の内の二匹が、一瞬で一匹になった。このデカい方がそれだ」
「……は? なんだそれ? そんなくっついたりできるものなのか?」
「できない! 少なくとも甲殻類ほどに細胞の分化が進んでいる生物にはありえないことだ」
「だから、残ったこの二匹も再びくっつくのか、今ずっと見ているんだ」
澤木教授は視線をビンから外さずに言った。
「……一体、何時からやっているんですか?」
「6時過ぎだったな」
「今何時だい?」
「……9時すぎです」
「3時間か」
「以外に早かったですね」
「しかし、周期があるのかもわからない。油断はできないな」
「そうですね」
この二人の会話を聞いていて、銀河は放置して朝飯を買いにコンビニへ行こうかと考えた。思い起こせば、バス通り沿いにあったなと考える。
「あぁあああああああ!」
「うぉおおおおおおお!」
確かに一瞬過ぎった予想を拭おうとするが、次の瞬間に実験室内に響いたガラスの割れた音に銀河は懐に手を差し入れる。
「伏せろ!」
「「!」」
銀河が振り返りざまに叫ぶと、二人は反射的に身を伏せた。
銀河の視線が、実験机の上の割れた採集ビンの破片の上で動く十数センチほどのデストロイアをとらえる。
デストロイアはカブトガニに似た体を起こし、甲羅の裏にある口を開く。
「うわっ!」
刹那、銀河が「G」封じの護符を投げつけるよりも速く、デストロイアの破壊光線が放たれた。護符が瞬時に消滅し、貫通した破壊光線が窓ガラスを破壊する。
しかし、銀河はすかさず護符をもう一枚取り出し、デストロイアに貼り付ける。デストロイアは奇声を上げてもがく。
銀河は穴の開いた窓ガラスを叩き、一番大きなガラス片を握りしめる。皮膚が切れ、手が痛む。しかし、それを堪えて、銀河はガラス片をデストロイアに突き刺した。
暫らくもがいたものの、デストロイアは絶命した。
デストロイアに刺さったガラス片から手を放すと、銀河は自分の手を見た。薄っすらと痕がついていたが、血は出ていない。
「後藤君、君は一体……」
「俺よりも、これって不味いんじゃないか? この三匹が全ての犯人だと思えないぞ?」
銀河は関口に言った。彼は、黙って頷いた。
「それで、どうするんだ?」
澤木研究室で関口がコンビニで買ってきたあんパンとパック牛乳で遅めの朝食をとりながら、銀河が聞いた。外では既に文化祭二日目が開始されている。
澤木教授は実験室でデストロイアの死骸を調べている。
「あんな化け物が大学に、しかもこの三保に現れたんだ。こうなってしまったら文化祭だろうと、仕方ないだろう」
「やはりしかるべきところに連絡をするんだな? この場合だと、警察じゃないだろ?」
銀河が思案しつつ言うと、関口が首をかしげた。
「後藤君、何を言っているんだい? 大学で現れた「G」を何で国家権力なんかに渡さなきゃいけないんだ?」
「………はぁっ?」
愕然とする銀河を無視して関口の口調は更に熱が篭る。
「酸素破壊という特徴だけでもノーベル賞クラスの大発見なのに、この上物質の破壊……消滅か? 兎に角そんな途方もない力を持っているモノがいるんだ。それを国家の謀略に利用させるわけにはいかない! これは世界平和の為だ!」
「ちょっと待てよな? 関口さん、デストロイアは貴重な深海生物や絶滅した古代生物とかじゃないんですよ? 「G」という得体の知れない……」
銀河が暴走する関口に言っている途中で、ドアを勢い良く開き、実験室から澤木教授が現れた。
「この世には不思議な事なんて何もないのだよ、関口君。そして後藤君」
「今度は何?」
「後藤君、今朝から口調が荒っぽくなっているよ」
澤木教授はやれやれと肩をすくめて言う。
「そうさせているのは、あんた達の行動だろ?」
銀河が小声で言うが、サワキイヤーは地獄耳である。
「何か言ったかい?」
「いいえ! ……それで、何がわかったんですか?」
銀河が話題を変えようと、話を振る。幸い澤木教授はすぐに話始めた。
「そうだった! 三匹のデストロイアの巨大化や融合による倍化などの謎はわからなかったが、デストロイアがどういう存在なのかは分かったよ」
「だから「G」だろ?」
銀河が言うと、澤木教授は指をチッチッチと言いながら振る。
「「G」という言葉で片付けてしまう考えは科学を衰退させるね。後藤君が先ほど言った通りだったんだよ」
「俺が? 何を?」
「デストロイアは絶滅した古代生物という意見だよ。実に的を得ている。勿論、君が言うように、デストロイアは生物学のあらゆる常識から考えて、生物ではありえない能力を有している。即ち「G」という存在であるのは事実だ。しかし、あのサンプルは融合したとはいえ、元は三匹のミリサイズの個体だった。したがって、それらの体内にあったものはそのままあのサンプルにも取り込まれていないとおかしい。その為、私は調べた訳さ。デストロイアの体内にある砂や泥などをね。一苦労だった。実際、存在するのは僅か数マイクロという単位のものだからね。だけど、見つけた」
話を聞きながら、銀河は十数センチの生物の中から数マイクロの砂や泥を探すイメージを浮かべた。想像できなかったので、値を10000倍にした。彼は1キロ強の敷地の中から1センチの小石を見つけたという事になる。
「……この人の方が在り得ないだろ?」
「まぁ、それを地質学の研究室で先ほど調べてきた。すると、駿河湾内の南海トラフで採れた物と成分が一致した。この事実から推測するに、一昨日の地震で起きた断層から蘇った太古の「G」という考えが一番自然だろう」
「俺には澤木教授の行動力が不自然ですが?」
「いやいや、これくらい海洋学部じゃ普通のことだ」
平然と肯定する関口。
文化圏を越えて、次元の違いに衝撃を受けていた銀河であったが、結局当初の問題が全く解決されていない事に気が付いた。
「ちょっと待てよな? デストロイアが何者かはこの際、どうでもいいだろ? 問題は、あの「G」をどうするかだろ? 逃げ出したペットを捕まえるのとは訳が違うんだぞ?」
「そうは当然さ。俺も考えているよ」
「………」
銀河はここへ来てからすっかり馴染みになった嫌な予感がよぎった。
「某大学海洋学部学生会災害対策委員会があるではないか!」
銀河の脳裏では、予感が確信にバトンタッチをしていた。