終焉
1
56億7000万年後。遥かな未来、かつて太陽系と呼ばれていた恒星系は巨大な矮星を残し、周辺には星屑もない空間が広がっていた。
その空間に突如、一人の高校の制服を着た少女が現われた。
「!」
咄嗟に、自分自身を結界で守り、真空の宇宙で即死することを防いだ。
しかし、全く見知らぬ空間に少女は不安気に周囲を見渡す。
「待っていたよ、蒲生五月ちゃん」
「56億7千万年の時を経てよくぞ来た」
蒲生五月の目の前に真理の佛、後藤銀河と万物の佛、和夜が姿を現した。
「! あなた達は一体? 私を殺そうとした奴の仲間?」
突然現われた二人を警戒する五月に、銀河は首を振った。
「いいや、俺達は五月ちゃんの仲間だ」
「! ……あなた、もしかして後藤銀河?」
両親から聞いていた真理の爾落人の名前を言った。
銀河は笑顔で頷いた。
「あぁ。そうだ」
そして、五月の背後に巨大なゾグが現われた。
「これは?」
驚く五月に和夜が告げた。
「全ての記憶はゾグが覚えている。時が来たのだ。次元の佛、今こそ覚醒せよ!」
刹那、五月の体とゾグは重なりあい、一体化した。彼女の中にゾグの記憶が流れ込む。宇宙の歴史、地球の出来事、そしてレイア・マァト、マイトレアとしての記憶が彼女の体に溶け込み、一つになる。
五月は、この瞬間、次元の佛として覚醒した。
「! 始まったな」
「いよいよだ」
五月の覚醒とほぼ同時に宇宙の中心から星の明かりが消えていき、それが彼らに迫ってくる。
銀河と和夜が身構える。五月も1秒の何万分の一の短い間に、覚醒し、それを理解して構える。
それは生命では認識すら不可能なほどの一瞬の出来事であった。宇宙の中心に存在するブラックホールが星々を飲み込んでいる。しかし、これはそれの極一部の視点からの観察に過ぎない。
それは、宇宙そのもので起きている出来事だった。この宇宙はこの時、限界まで膨張していた。宇宙は膨張し続けるが、無数に存在するブラックホールがその膨張する力を抜いていた。それはまるで空気を送り続ける風船に無数の極小さな穴を空けて圧力を調整しているようなものであった。しかし、今その穴から抜ける空気よりも多くの空気が風船に送り続けられ、膨張した風船はいよいよ空いていた穴で最も大きい古い穴から裂け、刹那の内に割れてしまったのだ。つまり、宇宙の終わりだ。
宇宙は1秒よりも遥かに短いほぼ存在を認識することすらできないほどの短い時間の中で、突如巨大化して誕生し、同じくらい短い時間で消滅をした。
時間の概念も、物質の概念も、理も存在しない無がかつて宇宙が存在していたところにあった。しかし、無は空間ではない。何一つの概念も存在しないそんな無の中に三佛は残された。
いや、宇宙は存在をなくし、彼らだけが存在する闇があった。
――――――――――――――――――
――――――――――――――
「王よ、接見にみえた旅人にございます」
曇天の下、巨大な神殿の奥に鎮座する魔王に、神官が伝えた。
魔王の隣には天女のごとき妖しい美しさをもつ魔女が腰を下ろしている。
「うむ、通せ」
魔王の言葉に、神官は手ほどの小さな男を案内した。
「お前が旅人か? やけに小さい。なるほど、この世界の種族ではないな」
魔王の言葉に、旅人は頷いた。
「名はなんと申す?」
魔王の問いに旅人は顔をあげた。一つに括った長い髪が揺れる。
「朱雀火漸と申す。しがない剣客の身の上だが、仰る通りにこの世界の者ではない。様々な世界をこの刀と共に旅している」
朱雀火漸の言葉に、魔王は頬杖をついて、ほうと興味を示し、話を促す。
「その中でもこの世界は特異だ。何せ、たった三人の意識だけしか存在しないのに、存在する世界だ。そう、これは鳥籠だ。……差し詰め、お前達よりも上手な相手にとらわれてこの世界に閉じ込められたのだろう」
「朱雀といったな。何を申しておる?」
「思い出せと云うことだ」
刹那、火漸は腰に携えた颯霊剣を抜刀し、神官、魔王、魔女を切り裂いた。すると、彼らの姿は消え去り、銀河、和夜、五月の姿が現れた。更に、空間が裂け目から消えていき、何もない真っ白な世界に放り出された。
「思い出したか?」
「朱雀さん、ありがとうございます」
銀河は火漸に礼を言う。
「何、大したことではない。恐らく、お前達の求めた助けに呼ばれて、鳥籠の世界の中に入れただけのこと。戦いの最中なのだろう?」
「はい。朱雀さんは?」
「もう次の世界に行く」
「わかりました。お元気で」
「お前達こそな。では」
火漸は剣を宙に振るうと、空間が裂け、彼の姿は一瞬で消えた。
そして、真っ白な鳥籠の世界もガラスが割れるかのように、瞬く間に砕けた。
――――――――――――――――――
――――――――――――――
時間の概念も存在しない無の世界で、どれほど前のことかを考えるのは無意味に等しい。
しかし、三佛が鳥籠の世界の中にとらわれる前、彼らは確かに無の世界にいた。
「G」の世界である彼らの宇宙は、唐突に寿命を終えて終焉を迎えた。宇宙が消えたが、共に消滅することを次元の力で回避した三佛は、宇宙の外にある無の世界に放り出された。
無の世界は、時間も空間もない、漆黒の闇が支配し、上下左右すらもわからない。ただひとつはっきりと彼らにわかることは、無の世界こそ、宇宙を生み出した世界であり、異世界と呼ぶ彼らの知らない理が存在する次元も、この無の中から生み出された別の宇宙であり、この無の世界はすべての世界と共有されている根源となるところということだった。
そして、無の世界で三佛は、彼らと「G」の世界を生み出した根源と戦いをした。
戦いの理由は、「G」の世界を終焉させる為だ。五月は宇宙が完全に消滅するよりも、ほんの僅かに早く「G」の世界から脱出し、「G」の世界はまだ完全に消えておらず、分子ほどに小さな大きさながら宇宙は時間が固定されている。分子といっても、宇宙の単位としては素粒子とは比べ物にならないほどに大きく、まだ彼らの宇宙としての時空、物質、理が存在している。
根源は、「G」の世界を失敗作とし、三佛が顕現した地球が存在した太陽系の死をタイムリミットにした。それは宇宙の終焉ではなく、世界の消滅を意味していた。
個々の世界は終焉を迎えた時に、その世界の物語は終わりを迎えるが、その物語、世界の記憶は残されて永遠に存在し続ける。世界の記憶として輪廻が回り続ける。
しかし、世界の消滅は異なる。文字通り無に帰す。世界の記憶も残されない。
つまりは、リセットボタンを押そうとする世界の想像主を止めるために、三佛は無の世界に来たのだ。
しかし、先の戦いは三佛の完敗であった。
「な、なんだこれは?」
「次々と強力な「G」が!」
銀河達は成す術がなかった。
根源は彼らに自らを“ ”と名乗った。
『我は、宇宙の創造主、根源の“ ”だ』
「え?」
『“ ”は、お前達の想像するあらゆる概念が入る。それが根源たる我の力』
根源“ ”は姿すら存在せず、概念を生み出すことができ、また概念を顕現させることもできた。
つまり、彼らが何かを想像してしまうと、それが根源“ ”の姿の一つとして現れてしまうのだ。
既に、三佛の周りには彼らの想像した恐怖などの概念を具現化した「G」が無数に現れ、取り囲んでいた。
「それでもやるしかない! 宇宙戦神! 烈怒ぉ爆閃咆ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「万物消滅斬っ!」
宇宙戦神を纏った銀河の全身が光に包まれ、蛇韓鋤剣の切っ先から烈怒爆閃咆を放った。和夜も、大魔人阿羅羯磨を纏い、全身を黒い粒子に包み、剣の刃から黒色の光の剣戟を放つ。
対するのは、四神の玄武だが、その目は白く、表皮も荒々しく尖っている。銀河が敵になったら驚異となる強力な存在として想像してしまったアヴァンガメラである。
二つの最強の鎧の力を受け、アヴァンガメラは吹き飛ばされるが、消滅はまだしない。
後方からは、全身の表皮が炎の様に紅くなったゴジラが灼熱の赤い熱線を放ってくる。背後に回ったゾグが光線で応じる。
「ゴジラが燃えたバーニングゴジラなんて、誰が想像したの! 私だったら形態変化とかを想像するわ」
「おい! やめろ!」
「あっ!」
和夜に言われた五月が気づいた時には遅かった。
彼らの目の前に、オタマジャクシのような黒いシルエットと長い尾を持つ第一形態、地を這う様に蠢くエラと脚のある第二形態、それが二足歩行可能な姿になった第三形態、そしてゴジラの姿にかった第四形態が出現した。
「誰だ、あいつ! ゴジラからのイメージでどうやったら、あんな形態変化が思いつくんだ!」
「私もわからないわよ」
「ごめん。五月ちゃんの言葉を聞いて、俺がラブカを元にした途中の姿を想像した」
銀河が謝るが、既にそれを咎める余裕はない。
第三形態までは難なく倒せたが、第四形態のゴジラは背鰭や尾からも熱線を放つ反則技まで繰り出し、三佛は苦戦する。
そうしている間も、他の怪獣、怪物が襲いかかってくる。
五月のゾグに、金色に輝く体と観音のような複数の腕を持つタケ魔神が襲いかかる。
『おい、お前っ! なんだこのやろう! バカ野郎! ほれっ! ネチコマ! ネチコマ!』
「ひぃぃぃ!」
片方の肩を上下させながら、がに股で鼠径部に沿って腕を上下させてハイレグのラインを描きながらタケ魔神が迫る。
五月は悲鳴を上げながら、応戦する。
「嫌ぁぁぁ、止まってぇぇぇ!」
『赤信号、皆で渡れば怖くない!』
「ひゃぁぁぁー!」
五月がタケ魔神に苦戦をしている一方で、更に銀河の想像でゴジラ第四形態は尾の先端から次々と小さいヒト型のゴジラ第五形態が分離していく。
無数に分離した第五形態は、和夜の体にまとわりつき、一斉に熱線を吐きいて阿羅羯磨に浴びせ、その固い鎧を溶かす。
「五月ちゃん! 和夜! ……そして、お前らか?」
銀河の周りには、アヴァンガメラ、イリス、プルガサリ、ヤマタノオロチ、そしてヒト型の怪物。その怪物はヒトと同じ体型をしながら、ヒトよりも遥かに大きく、口にはヒトよりも多い歯がある。中には巨大な表皮すら無くした人体模型の如く、筋肉がむき出しになった複数の巨人が現れていた。
それらが一斉に銀河へ牙をむく。
「うわぁぁぁーっ!」
銀河は宇宙戦神を砕かれながら、悲鳴を上げた。
そして、それ以降の記憶は曖昧だ。恐らく、彼ら三佛は敗北し、鳥籠の世界に閉じ込められたのだ。
再び、三佛は根源“ ”が支配する無の世界に放り出された。
もしかしたら二度目ではなく、三度目、四度目かもしれない。しかし、三佛はそれを気にせずに根源に挑む。
「終わりあるものはいつか、終わりを迎える!」
「だけどな? それを無かったことにはやっぱりできないんだぁぁぁっ!」
「私は最後まで戦うわ」
そして、宇宙戦神、阿羅羯磨、ゾグの3つの最強の鎧がそれぞれの必殺技を無心で発動させる。
三佛の秘策は、理性や思考を棄てること。ヒトであることを棄て、彼らはがむしゃらな光線を周囲に放つ。
確かに手応えを感じる。世界の壁を破壊しているのだ。
「あ、お腹がすいたな……! しまった!」
銀河が気づいた時は既に遅かった。マシュマロの怪獣、マシュマロマンが具現化してしまった。
ハンターが得物を狙うが如く鋭い目が銀河達佛を狙う。そのフワリフワリとした動きで、三佛を追い詰め、翻弄しようとする。
しかし、銀河は声を張り上げた。その声は如何なる理にも左右されず、残り二つの佛の心に直接響く。
「五月ちゃん! 和夜! 俺に考えを任せろ! 俺が戦いを終わらせる!」
「「!」」
その瞬間、マシュマロマンは姿を消した。
そして、その代わりに彼らの前に漆黒の板が現れた。周囲も闇が支配するにも関わらず、不思議なことと、その闇の中にその漆黒の板が三佛に認識できる。
それの名を仮に付けるならば、モノリス。銀河の想像した根源“ ”の具現化した姿でありつつも、これまでのイメージのものでない。厳密には根源“ ”の力を佛の認識できる次元で用いる為のツールとしての姿でありつつも、三次元の人間には理解のできない存在で、漆黒の石柱状の形だけが認識できる存在としての姿だ。
当然ながら、三次元の力では移動することは愚か接触すらままならない。つまり、銀河達佛のルールが有効となり、宇宙の創造と消滅を含むあらゆる宇宙の事象に介入できるツールとしての能力を付与した存在である。
これは、佛ですら介入できない根源の次元にモノリスを介することで、介入可能な佛の次元の存在に下ろし、宇宙を終焉、完結をさせることで銀河達は宇宙の消滅を回避させるという銀河の策略によるものだ。
そして、策略に嵌まった根源“ ”は、モノリスとして「G」の世界の補完を始めた。
銀河は蛇韓鋤剣を放り投げた。
刹那、剣はキーとなり、モノリスに刺さった。
そして、鍵が開く音と共に、モノリスが起動した。「G」の世界の記憶が、残り僅かな宇宙がモノリスと同化し、一つとなる。
「これで完了だ!」
こうして、次の宇宙にモノリスの形で残すことで補完し、モノリスとして三佛の精神の一部、そして「G」の世界の記憶を補完した。
遠い、遥か未来。新たに生まれた世界に人類が生まれ、骨を投げていた猿が、いつの間にか宇宙を駆ける知的生命体へと進化した。
そして、その一人が三佛の記憶と接触し、一度老人になるまでその固定された密室の空間に囚われた後、新たな佛、宇宙の、「G」の記憶を宿す生命体として誕生し直した。
これこそ、スペースベイビー誕生の瞬間であり、「G」の世界と三佛が根源に勝利し、輪廻の輪が周り始めた瞬間であった。
『これで……戦いは終わるな』
『永かった。しかし、時間にしては一瞬であった』
『それこそが、終焉の本当の終わりの物語よ。確かに一瞬だった。しかし、それは永劫よりも長い無を越えた先の世界です』
『そうだ。俺達の物語はここまでだ』
『あぁ、我々は深い眠りにつく。それぞれの望む最高の終わり』
『そう。物語のエピローグへ。私達は終焉を迎えた。私の意識のヒトの部分が訴える。……そう。待っている世界がある。私の心は再び爾落人として、「G」の世界の中に帰るわ』
次元の佛が言った。
『そうか。俺は既に未練はない。新たな世界で万物の司る歴史に身を埋める』
万物の佛が言い、新しい世界に散った。
『なら、俺は……。ヒトらしい、締め括りをして、理に帰る』
銀河は最後に言った。
刹那、銀河の意識は消滅し、真理の力が新たな世界の科学という名の理として残された。そして、銀河の意識は遥か彼方の遠い過去へと行き、そのままもう一つの魂と共に消えていった。
モノリスによって、遥か彼方の遠い未来、遥かな銀河のどこかで、新たな世界の人々は、「G」の世界に気づき、そして混沌に帰する世界から世界を救う者達が、再び世界の記憶の補完の為に根源と戦う。
しかし、それは「G」の世界とは別のお話である。
そして、「G」の世界は、一瞬でありながら、永遠に長い時間の中に、終焉を迎えた。
【終】
56億7000万年後。遥かな未来、かつて太陽系と呼ばれていた恒星系は巨大な矮星を残し、周辺には星屑もない空間が広がっていた。
その空間に突如、一人の高校の制服を着た少女が現われた。
「!」
咄嗟に、自分自身を結界で守り、真空の宇宙で即死することを防いだ。
しかし、全く見知らぬ空間に少女は不安気に周囲を見渡す。
「待っていたよ、蒲生五月ちゃん」
「56億7千万年の時を経てよくぞ来た」
蒲生五月の目の前に真理の佛、後藤銀河と万物の佛、和夜が姿を現した。
「! あなた達は一体? 私を殺そうとした奴の仲間?」
突然現われた二人を警戒する五月に、銀河は首を振った。
「いいや、俺達は五月ちゃんの仲間だ」
「! ……あなた、もしかして後藤銀河?」
両親から聞いていた真理の爾落人の名前を言った。
銀河は笑顔で頷いた。
「あぁ。そうだ」
そして、五月の背後に巨大なゾグが現われた。
「これは?」
驚く五月に和夜が告げた。
「全ての記憶はゾグが覚えている。時が来たのだ。次元の佛、今こそ覚醒せよ!」
刹那、五月の体とゾグは重なりあい、一体化した。彼女の中にゾグの記憶が流れ込む。宇宙の歴史、地球の出来事、そしてレイア・マァト、マイトレアとしての記憶が彼女の体に溶け込み、一つになる。
五月は、この瞬間、次元の佛として覚醒した。
「! 始まったな」
「いよいよだ」
五月の覚醒とほぼ同時に宇宙の中心から星の明かりが消えていき、それが彼らに迫ってくる。
銀河と和夜が身構える。五月も1秒の何万分の一の短い間に、覚醒し、それを理解して構える。
それは生命では認識すら不可能なほどの一瞬の出来事であった。宇宙の中心に存在するブラックホールが星々を飲み込んでいる。しかし、これはそれの極一部の視点からの観察に過ぎない。
それは、宇宙そのもので起きている出来事だった。この宇宙はこの時、限界まで膨張していた。宇宙は膨張し続けるが、無数に存在するブラックホールがその膨張する力を抜いていた。それはまるで空気を送り続ける風船に無数の極小さな穴を空けて圧力を調整しているようなものであった。しかし、今その穴から抜ける空気よりも多くの空気が風船に送り続けられ、膨張した風船はいよいよ空いていた穴で最も大きい古い穴から裂け、刹那の内に割れてしまったのだ。つまり、宇宙の終わりだ。
宇宙は1秒よりも遥かに短いほぼ存在を認識することすらできないほどの短い時間の中で、突如巨大化して誕生し、同じくらい短い時間で消滅をした。
時間の概念も、物質の概念も、理も存在しない無がかつて宇宙が存在していたところにあった。しかし、無は空間ではない。何一つの概念も存在しないそんな無の中に三佛は残された。
いや、宇宙は存在をなくし、彼らだけが存在する闇があった。
――――――――――――――――――
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「王よ、接見にみえた旅人にございます」
曇天の下、巨大な神殿の奥に鎮座する魔王に、神官が伝えた。
魔王の隣には天女のごとき妖しい美しさをもつ魔女が腰を下ろしている。
「うむ、通せ」
魔王の言葉に、神官は手ほどの小さな男を案内した。
「お前が旅人か? やけに小さい。なるほど、この世界の種族ではないな」
魔王の言葉に、旅人は頷いた。
「名はなんと申す?」
魔王の問いに旅人は顔をあげた。一つに括った長い髪が揺れる。
「朱雀火漸と申す。しがない剣客の身の上だが、仰る通りにこの世界の者ではない。様々な世界をこの刀と共に旅している」
朱雀火漸の言葉に、魔王は頬杖をついて、ほうと興味を示し、話を促す。
「その中でもこの世界は特異だ。何せ、たった三人の意識だけしか存在しないのに、存在する世界だ。そう、これは鳥籠だ。……差し詰め、お前達よりも上手な相手にとらわれてこの世界に閉じ込められたのだろう」
「朱雀といったな。何を申しておる?」
「思い出せと云うことだ」
刹那、火漸は腰に携えた颯霊剣を抜刀し、神官、魔王、魔女を切り裂いた。すると、彼らの姿は消え去り、銀河、和夜、五月の姿が現れた。更に、空間が裂け目から消えていき、何もない真っ白な世界に放り出された。
「思い出したか?」
「朱雀さん、ありがとうございます」
銀河は火漸に礼を言う。
「何、大したことではない。恐らく、お前達の求めた助けに呼ばれて、鳥籠の世界の中に入れただけのこと。戦いの最中なのだろう?」
「はい。朱雀さんは?」
「もう次の世界に行く」
「わかりました。お元気で」
「お前達こそな。では」
火漸は剣を宙に振るうと、空間が裂け、彼の姿は一瞬で消えた。
そして、真っ白な鳥籠の世界もガラスが割れるかのように、瞬く間に砕けた。
――――――――――――――――――
――――――――――――――
時間の概念も存在しない無の世界で、どれほど前のことかを考えるのは無意味に等しい。
しかし、三佛が鳥籠の世界の中にとらわれる前、彼らは確かに無の世界にいた。
「G」の世界である彼らの宇宙は、唐突に寿命を終えて終焉を迎えた。宇宙が消えたが、共に消滅することを次元の力で回避した三佛は、宇宙の外にある無の世界に放り出された。
無の世界は、時間も空間もない、漆黒の闇が支配し、上下左右すらもわからない。ただひとつはっきりと彼らにわかることは、無の世界こそ、宇宙を生み出した世界であり、異世界と呼ぶ彼らの知らない理が存在する次元も、この無の中から生み出された別の宇宙であり、この無の世界はすべての世界と共有されている根源となるところということだった。
そして、無の世界で三佛は、彼らと「G」の世界を生み出した根源と戦いをした。
戦いの理由は、「G」の世界を終焉させる為だ。五月は宇宙が完全に消滅するよりも、ほんの僅かに早く「G」の世界から脱出し、「G」の世界はまだ完全に消えておらず、分子ほどに小さな大きさながら宇宙は時間が固定されている。分子といっても、宇宙の単位としては素粒子とは比べ物にならないほどに大きく、まだ彼らの宇宙としての時空、物質、理が存在している。
根源は、「G」の世界を失敗作とし、三佛が顕現した地球が存在した太陽系の死をタイムリミットにした。それは宇宙の終焉ではなく、世界の消滅を意味していた。
個々の世界は終焉を迎えた時に、その世界の物語は終わりを迎えるが、その物語、世界の記憶は残されて永遠に存在し続ける。世界の記憶として輪廻が回り続ける。
しかし、世界の消滅は異なる。文字通り無に帰す。世界の記憶も残されない。
つまりは、リセットボタンを押そうとする世界の想像主を止めるために、三佛は無の世界に来たのだ。
しかし、先の戦いは三佛の完敗であった。
「な、なんだこれは?」
「次々と強力な「G」が!」
銀河達は成す術がなかった。
根源は彼らに自らを“ ”と名乗った。
『我は、宇宙の創造主、根源の“ ”だ』
「え?」
『“ ”は、お前達の想像するあらゆる概念が入る。それが根源たる我の力』
根源“ ”は姿すら存在せず、概念を生み出すことができ、また概念を顕現させることもできた。
つまり、彼らが何かを想像してしまうと、それが根源“ ”の姿の一つとして現れてしまうのだ。
既に、三佛の周りには彼らの想像した恐怖などの概念を具現化した「G」が無数に現れ、取り囲んでいた。
「それでもやるしかない! 宇宙戦神! 烈怒ぉ爆閃咆ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「万物消滅斬っ!」
宇宙戦神を纏った銀河の全身が光に包まれ、蛇韓鋤剣の切っ先から烈怒爆閃咆を放った。和夜も、大魔人阿羅羯磨を纏い、全身を黒い粒子に包み、剣の刃から黒色の光の剣戟を放つ。
対するのは、四神の玄武だが、その目は白く、表皮も荒々しく尖っている。銀河が敵になったら驚異となる強力な存在として想像してしまったアヴァンガメラである。
二つの最強の鎧の力を受け、アヴァンガメラは吹き飛ばされるが、消滅はまだしない。
後方からは、全身の表皮が炎の様に紅くなったゴジラが灼熱の赤い熱線を放ってくる。背後に回ったゾグが光線で応じる。
「ゴジラが燃えたバーニングゴジラなんて、誰が想像したの! 私だったら形態変化とかを想像するわ」
「おい! やめろ!」
「あっ!」
和夜に言われた五月が気づいた時には遅かった。
彼らの目の前に、オタマジャクシのような黒いシルエットと長い尾を持つ第一形態、地を這う様に蠢くエラと脚のある第二形態、それが二足歩行可能な姿になった第三形態、そしてゴジラの姿にかった第四形態が出現した。
「誰だ、あいつ! ゴジラからのイメージでどうやったら、あんな形態変化が思いつくんだ!」
「私もわからないわよ」
「ごめん。五月ちゃんの言葉を聞いて、俺がラブカを元にした途中の姿を想像した」
銀河が謝るが、既にそれを咎める余裕はない。
第三形態までは難なく倒せたが、第四形態のゴジラは背鰭や尾からも熱線を放つ反則技まで繰り出し、三佛は苦戦する。
そうしている間も、他の怪獣、怪物が襲いかかってくる。
五月のゾグに、金色に輝く体と観音のような複数の腕を持つタケ魔神が襲いかかる。
『おい、お前っ! なんだこのやろう! バカ野郎! ほれっ! ネチコマ! ネチコマ!』
「ひぃぃぃ!」
片方の肩を上下させながら、がに股で鼠径部に沿って腕を上下させてハイレグのラインを描きながらタケ魔神が迫る。
五月は悲鳴を上げながら、応戦する。
「嫌ぁぁぁ、止まってぇぇぇ!」
『赤信号、皆で渡れば怖くない!』
「ひゃぁぁぁー!」
五月がタケ魔神に苦戦をしている一方で、更に銀河の想像でゴジラ第四形態は尾の先端から次々と小さいヒト型のゴジラ第五形態が分離していく。
無数に分離した第五形態は、和夜の体にまとわりつき、一斉に熱線を吐きいて阿羅羯磨に浴びせ、その固い鎧を溶かす。
「五月ちゃん! 和夜! ……そして、お前らか?」
銀河の周りには、アヴァンガメラ、イリス、プルガサリ、ヤマタノオロチ、そしてヒト型の怪物。その怪物はヒトと同じ体型をしながら、ヒトよりも遥かに大きく、口にはヒトよりも多い歯がある。中には巨大な表皮すら無くした人体模型の如く、筋肉がむき出しになった複数の巨人が現れていた。
それらが一斉に銀河へ牙をむく。
「うわぁぁぁーっ!」
銀河は宇宙戦神を砕かれながら、悲鳴を上げた。
そして、それ以降の記憶は曖昧だ。恐らく、彼ら三佛は敗北し、鳥籠の世界に閉じ込められたのだ。
再び、三佛は根源“ ”が支配する無の世界に放り出された。
もしかしたら二度目ではなく、三度目、四度目かもしれない。しかし、三佛はそれを気にせずに根源に挑む。
「終わりあるものはいつか、終わりを迎える!」
「だけどな? それを無かったことにはやっぱりできないんだぁぁぁっ!」
「私は最後まで戦うわ」
そして、宇宙戦神、阿羅羯磨、ゾグの3つの最強の鎧がそれぞれの必殺技を無心で発動させる。
三佛の秘策は、理性や思考を棄てること。ヒトであることを棄て、彼らはがむしゃらな光線を周囲に放つ。
確かに手応えを感じる。世界の壁を破壊しているのだ。
「あ、お腹がすいたな……! しまった!」
銀河が気づいた時は既に遅かった。マシュマロの怪獣、マシュマロマンが具現化してしまった。
ハンターが得物を狙うが如く鋭い目が銀河達佛を狙う。そのフワリフワリとした動きで、三佛を追い詰め、翻弄しようとする。
しかし、銀河は声を張り上げた。その声は如何なる理にも左右されず、残り二つの佛の心に直接響く。
「五月ちゃん! 和夜! 俺に考えを任せろ! 俺が戦いを終わらせる!」
「「!」」
その瞬間、マシュマロマンは姿を消した。
そして、その代わりに彼らの前に漆黒の板が現れた。周囲も闇が支配するにも関わらず、不思議なことと、その闇の中にその漆黒の板が三佛に認識できる。
それの名を仮に付けるならば、モノリス。銀河の想像した根源“ ”の具現化した姿でありつつも、これまでのイメージのものでない。厳密には根源“ ”の力を佛の認識できる次元で用いる為のツールとしての姿でありつつも、三次元の人間には理解のできない存在で、漆黒の石柱状の形だけが認識できる存在としての姿だ。
当然ながら、三次元の力では移動することは愚か接触すらままならない。つまり、銀河達佛のルールが有効となり、宇宙の創造と消滅を含むあらゆる宇宙の事象に介入できるツールとしての能力を付与した存在である。
これは、佛ですら介入できない根源の次元にモノリスを介することで、介入可能な佛の次元の存在に下ろし、宇宙を終焉、完結をさせることで銀河達は宇宙の消滅を回避させるという銀河の策略によるものだ。
そして、策略に嵌まった根源“ ”は、モノリスとして「G」の世界の補完を始めた。
銀河は蛇韓鋤剣を放り投げた。
刹那、剣はキーとなり、モノリスに刺さった。
そして、鍵が開く音と共に、モノリスが起動した。「G」の世界の記憶が、残り僅かな宇宙がモノリスと同化し、一つとなる。
「これで完了だ!」
こうして、次の宇宙にモノリスの形で残すことで補完し、モノリスとして三佛の精神の一部、そして「G」の世界の記憶を補完した。
遠い、遥か未来。新たに生まれた世界に人類が生まれ、骨を投げていた猿が、いつの間にか宇宙を駆ける知的生命体へと進化した。
そして、その一人が三佛の記憶と接触し、一度老人になるまでその固定された密室の空間に囚われた後、新たな佛、宇宙の、「G」の記憶を宿す生命体として誕生し直した。
これこそ、スペースベイビー誕生の瞬間であり、「G」の世界と三佛が根源に勝利し、輪廻の輪が周り始めた瞬間であった。
『これで……戦いは終わるな』
『永かった。しかし、時間にしては一瞬であった』
『それこそが、終焉の本当の終わりの物語よ。確かに一瞬だった。しかし、それは永劫よりも長い無を越えた先の世界です』
『そうだ。俺達の物語はここまでだ』
『あぁ、我々は深い眠りにつく。それぞれの望む最高の終わり』
『そう。物語のエピローグへ。私達は終焉を迎えた。私の意識のヒトの部分が訴える。……そう。待っている世界がある。私の心は再び爾落人として、「G」の世界の中に帰るわ』
次元の佛が言った。
『そうか。俺は既に未練はない。新たな世界で万物の司る歴史に身を埋める』
万物の佛が言い、新しい世界に散った。
『なら、俺は……。ヒトらしい、締め括りをして、理に帰る』
銀河は最後に言った。
刹那、銀河の意識は消滅し、真理の力が新たな世界の科学という名の理として残された。そして、銀河の意識は遥か彼方の遠い過去へと行き、そのままもう一つの魂と共に消えていった。
モノリスによって、遥か彼方の遠い未来、遥かな銀河のどこかで、新たな世界の人々は、「G」の世界に気づき、そして混沌に帰する世界から世界を救う者達が、再び世界の記憶の補完の為に根源と戦う。
しかし、それは「G」の世界とは別のお話である。
そして、「G」の世界は、一瞬でありながら、永遠に長い時間の中に、終焉を迎えた。
【終】