War Is Over
4
2時間後、E.T.はママチャリのカゴに戻り、ダース・ベイダーはママチャリとX星人達を拘束したワイヤーを繋ぎ、ママチャリに跨がった。
菜奈美の話によると、会談、交渉、話し合いという言葉のオブラートに包んだそれは、彼女の知らなかった恐ろしい者の片鱗を見た時間だったらしい。それは正しく言葉の戦争だった。
吉宗は言葉巧みに全宇宙連合の要求を掘り下げ、彼らが地球を外交上の勢力下に治め、宇宙最強勢力と称される地球の利権を外交的に優位な形で得ようと画策し、今回のX星人を泳がせ、身柄を引き取る名目で交渉をすすめようとしていた。
更に、サーシャとクローが地球側の要求を整理すると、吉宗はじわりじわりと相手から交渉カードを引き出し、次第に地球側の優位な交渉を持ち出し、全宇宙連合と対等な立場を獲得して会談は終了した。
具体的には地球側は、太陽系資源を所有権を持ち、交易には専門の窓口を設置し、それを介さない取引はすべて地球側の取り締まり対象とし、代わりに取引の関税は実質無償の自由貿易で、窓口の検閲で判断することに決まった。そして、その窓口の管理は地球側の協議で決め、窓口は地球側の管轄でトラブルに際して、全宇宙連合と個別に交渉を行うことに決まった。
つまり、地球側が受け身となる取引は基本的地球側の有利な条件であり、輸出側となる場合は全宇宙連合側が応じないと成立しない。そして、太陽系の自治権は完全に地球側が持つ。非常に保守的な外交条件だが、双方の利害の一致を見出だした。その最初の取引として、X星人の身柄引き渡しが決まった。前述の条約締結が引き渡しの代償となり、実質的には手数料なしの引き渡しとなる。
そして、日本出身の面々はこの外交を何と呼ぶかを知ってた。
「しかし、流石は本家本元の八代目江戸幕府将軍の徳川吉宗だな。出島外交を41世紀の地球で宇宙と成立させるとは」
ダース・ベイダーがママチャリを漕ぎ出す姿を眺めながら、菜奈美の隣で瀬上が呟いた。
それが耳に入った吉宗が苦笑しながら、瀬上に答える。
「余のはただの真似事じゃ。家光様の鎖国令とは趣がそもそも異なるしの。それよりも、広い宇宙の異国と貿易を始める瞬間に立ち会えたことを嬉しく思う」
「しかし、人種や文化どころじゃない違いのある相手との外交なんてうまくいくのかね?」
「そう簡単なものとは思っておらんよ。人生楽あれば苦もあるさ。……余が昔賜った言葉だ」
ダース・ベイダーとE.T.が乗るママチャリは、X星人達を引き摺りながら空に浮かび上がり、そのまま宇宙に消えていく。
吉宗も他の一同と一緒に、その姿を見送りながらも、宇宙よりも更に遠くを見る目で言った。
「幼少の候はまだ余は藩主の資格を持たぬ身だった。将軍であった父との接見も許されぬような。……その父との時間を下さったお方が、後に隠居し、わざわざ藩内に替え玉まで用意して御忍びの漫遊の旅に出てな、わざわざ余に会いに来て下さったことがあった」
「漫遊の旅? まさか……」
「光國様じゃ。若き日の武勇を語り、その上で色や酒を慎むことを余に教えて下さった。藩主となり、征夷大将軍となり、そして「帝国」の総領主となった今も、光國様からの教えは忘れておらぬ。そして、その教えがなければ、かような大役に余が賜ることもなかっただろう。……いや、あの方は当時まだ余自身も気づいていなかった爾落人としての才に気づいていたのかもしれぬ」
空の彼方へ去ってゆく異星人達の姿は、やがて見えなくなった。その後ろ姿を遠い昔に去っていった水戸光國公に重ね、吉宗は懐古する。嗚呼、人生楽ありゃ苦もあるさ、涙の後には虹も出る。しかし、泣いてばかりもいられない。争うばかりでもない。そう、戦は終ったのだ。決意を新たに、空を見る顔を下ろし、地上の仲間達に微笑む吉宗だった。
ーーー終ーーー
「次回予告が始まりそうな感じですが、まだ新極東コロニーの完成式典も修理もできてませんからね」
クーガーの言葉に、ムツキとパレッタも同意する。
「『そーよ! そーよ! クリパよ! クリパ!』」
そして、慌ただしくも楽しいパーティーの準備が始まった。
「じんぐるべぇー☆」
「じんぐるべぇー♪」
「「すっずっがぁーなるぅー、へいっ!」」
へいっ! の部分でパレッタとムツキがユニットで飛び跳ねた。
ここは「連合」新極東コロニーの中央にある司令センター前の広場だ。X星人との戦いで壊れた壁などを菜奈美が時間を戻して直し、ジプシー・デンジャーの回収とメンテナンスを終わらせ、急ピッチで準備をした野外のパーティー会場に一同はいる。日はすっかり落ちて、夜も更けていた。
最早、当初予定されていた式典のようなものもなければ、格式もない。有り合わせで用意された料理と酒を食べて飲んで盛り上がる立食の無礼講の宴だ。
そもそも格式張ってしまうと、『新極東コロニー完成記念&地球・全宇宙連合間交易通商条約締結記念&太陽系地球圏共同運営太陽系外取引連合会創設祈念&「連合」・「帝国」・「聖地」間交流正常化記念&クリスマスパーティー』となる為、序列も規模もとんでもなく面倒なことになってしまうので、最後のクリスマスパーティーをメインに他の記念祝賀会も兼ねてしまおうということになった。
この提案は、今全力でクリスマスパーティーを楽しんでいるムツキとパレッタの意見であったが、満場一致で受け入れられた。
「この光景を見ると、本当に争いってのが終ったんだな。人種や身分どころじゃない。宇宙人も爾落人も「G」も能力者も人間も関係ない。皆が同じ場所で同じように笑い、食べて、飲む」
広場の隅で凱吾がローシェの隣に立ち、夕涼みをしながら言った。
ローシェも微笑み、手に持つグラスの飲み物を飲む。
「そうですね」
「だが、平和とは得るよりも、維持することが難しい」
「そうかもしれませんね。でも、今日くらい、いいのではありませんか? だって、今日はクリスマスですから」
「……そうだな。武器も必要ない。いや、皆が望めば争いは終わる。もう今年も終わる。今年は「月ノ民」、佛達、殺ス者…まぁX星人もだな、兎に角、争いの多い年だった。新しい年がもうすぐ始まる。いい年になるよう願うばかりだ」
「そうですね。脅威のない世の中であればと」
そして、どちらともなく二人は向き合った。
お互い気を抜くことのできない日々に忙殺されていたこともあり、本当に久しぶりに互いの微笑みを見た気がした。
「年が明けたら私も地球圏取引連合会の細かな制度整理に参加するように連絡が降りてくると思います。しかし、新年までは少し休みが作れます」
「そうか。……少し仕事から離れるか」
「といっても、コロニーからは流石に離れられませんよ?」
「それでも高速移動艇で20分程度のところなら通信も届くし、大丈夫だろ?」
「どこか見当があるのですか?」
「雪原の先の森をちょっと奥に行くと大昔の温泉がある。湯屋はとっくに朽ちて基礎の一部くらいしか残ってなかったが、寒さを凌ぐ小さな納屋を建てたんだ」
「いつの間に?」
「警備の度に。勿論、休憩時間としてな。イヴァンとウルフも知っているし、時折手伝ってくれている」
「まぁ」
ローシェは苦笑した。男はいつまでも少年だと、かつて学舎の女寮母が事ある毎に苦言まじりに語っていたのを思い出す。なるほど、その通りだった。
そういえば、殺ス者との戦いが終わってから、久しく外に出ていないことをローシェは思い出す。近くても、ほんの一時だけでも、「連合」新極東コロニー代表からただのローシェとして、愛しい相手と温泉で息抜きをする時間はこれ以上ない魅力的な休暇になる。
ローシェは笑顔で頷いた。
「うん。それは大変魅力的な提案ですね。是非、一緒に行きましょう」
「あぁ」
凱吾も頷いた。
そこでローシェは、凱吾に限ってはないだろうが、日本丸の面々を始め、他の者達の印象から一抹の不安が過った。
「あと、その……それは私と凱吾の二人だけで過ごすということですよね?」
「ん? 嫌なら、他の連中も誘おうか?」
「いいえ! 凱吾と二人っきりです! 他の者まで居ては、私はローシェではなく、新極東コロニーの代表でなくてはならなくなります! 凱吾とであれば、護衛も必要ありません!」
珍しく鼻息を荒げてローシェは凱吾に詰め寄った。
凱吾は微笑みで返す。
「わかった。では、そうしよう」
そして、パーティーで盛り上がる人々の姿を見る。
その時、空から粉雪が降り始めた。
コロニーの気象コントロールで、日付が変わる瞬間から粉雪を降らすことにしていたのだ。
今宵はクリスマスだ。争いも今終わり、人々は誰だ彼だと拘らずに互いの手を取って、歌を唄い、踊り始めた。
凱吾とローシェも手を繋ぎ、その輪の中に向かって歩き出した。
歩きながら二人は微笑み合うと、今宵の決まり挨拶を交わした。
「メリー・クリスマス! ローシェ」
「ハッピー・クリスマス! 凱吾」
ーーー終ーーー
2時間後、E.T.はママチャリのカゴに戻り、ダース・ベイダーはママチャリとX星人達を拘束したワイヤーを繋ぎ、ママチャリに跨がった。
菜奈美の話によると、会談、交渉、話し合いという言葉のオブラートに包んだそれは、彼女の知らなかった恐ろしい者の片鱗を見た時間だったらしい。それは正しく言葉の戦争だった。
吉宗は言葉巧みに全宇宙連合の要求を掘り下げ、彼らが地球を外交上の勢力下に治め、宇宙最強勢力と称される地球の利権を外交的に優位な形で得ようと画策し、今回のX星人を泳がせ、身柄を引き取る名目で交渉をすすめようとしていた。
更に、サーシャとクローが地球側の要求を整理すると、吉宗はじわりじわりと相手から交渉カードを引き出し、次第に地球側の優位な交渉を持ち出し、全宇宙連合と対等な立場を獲得して会談は終了した。
具体的には地球側は、太陽系資源を所有権を持ち、交易には専門の窓口を設置し、それを介さない取引はすべて地球側の取り締まり対象とし、代わりに取引の関税は実質無償の自由貿易で、窓口の検閲で判断することに決まった。そして、その窓口の管理は地球側の協議で決め、窓口は地球側の管轄でトラブルに際して、全宇宙連合と個別に交渉を行うことに決まった。
つまり、地球側が受け身となる取引は基本的地球側の有利な条件であり、輸出側となる場合は全宇宙連合側が応じないと成立しない。そして、太陽系の自治権は完全に地球側が持つ。非常に保守的な外交条件だが、双方の利害の一致を見出だした。その最初の取引として、X星人の身柄引き渡しが決まった。前述の条約締結が引き渡しの代償となり、実質的には手数料なしの引き渡しとなる。
そして、日本出身の面々はこの外交を何と呼ぶかを知ってた。
「しかし、流石は本家本元の八代目江戸幕府将軍の徳川吉宗だな。出島外交を41世紀の地球で宇宙と成立させるとは」
ダース・ベイダーがママチャリを漕ぎ出す姿を眺めながら、菜奈美の隣で瀬上が呟いた。
それが耳に入った吉宗が苦笑しながら、瀬上に答える。
「余のはただの真似事じゃ。家光様の鎖国令とは趣がそもそも異なるしの。それよりも、広い宇宙の異国と貿易を始める瞬間に立ち会えたことを嬉しく思う」
「しかし、人種や文化どころじゃない違いのある相手との外交なんてうまくいくのかね?」
「そう簡単なものとは思っておらんよ。人生楽あれば苦もあるさ。……余が昔賜った言葉だ」
ダース・ベイダーとE.T.が乗るママチャリは、X星人達を引き摺りながら空に浮かび上がり、そのまま宇宙に消えていく。
吉宗も他の一同と一緒に、その姿を見送りながらも、宇宙よりも更に遠くを見る目で言った。
「幼少の候はまだ余は藩主の資格を持たぬ身だった。将軍であった父との接見も許されぬような。……その父との時間を下さったお方が、後に隠居し、わざわざ藩内に替え玉まで用意して御忍びの漫遊の旅に出てな、わざわざ余に会いに来て下さったことがあった」
「漫遊の旅? まさか……」
「光國様じゃ。若き日の武勇を語り、その上で色や酒を慎むことを余に教えて下さった。藩主となり、征夷大将軍となり、そして「帝国」の総領主となった今も、光國様からの教えは忘れておらぬ。そして、その教えがなければ、かような大役に余が賜ることもなかっただろう。……いや、あの方は当時まだ余自身も気づいていなかった爾落人としての才に気づいていたのかもしれぬ」
空の彼方へ去ってゆく異星人達の姿は、やがて見えなくなった。その後ろ姿を遠い昔に去っていった水戸光國公に重ね、吉宗は懐古する。嗚呼、人生楽ありゃ苦もあるさ、涙の後には虹も出る。しかし、泣いてばかりもいられない。争うばかりでもない。そう、戦は終ったのだ。決意を新たに、空を見る顔を下ろし、地上の仲間達に微笑む吉宗だった。
ーーー終ーーー
「次回予告が始まりそうな感じですが、まだ新極東コロニーの完成式典も修理もできてませんからね」
クーガーの言葉に、ムツキとパレッタも同意する。
「『そーよ! そーよ! クリパよ! クリパ!』」
そして、慌ただしくも楽しいパーティーの準備が始まった。
「じんぐるべぇー☆」
「じんぐるべぇー♪」
「「すっずっがぁーなるぅー、へいっ!」」
へいっ! の部分でパレッタとムツキがユニットで飛び跳ねた。
ここは「連合」新極東コロニーの中央にある司令センター前の広場だ。X星人との戦いで壊れた壁などを菜奈美が時間を戻して直し、ジプシー・デンジャーの回収とメンテナンスを終わらせ、急ピッチで準備をした野外のパーティー会場に一同はいる。日はすっかり落ちて、夜も更けていた。
最早、当初予定されていた式典のようなものもなければ、格式もない。有り合わせで用意された料理と酒を食べて飲んで盛り上がる立食の無礼講の宴だ。
そもそも格式張ってしまうと、『新極東コロニー完成記念&地球・全宇宙連合間交易通商条約締結記念&太陽系地球圏共同運営太陽系外取引連合会創設祈念&「連合」・「帝国」・「聖地」間交流正常化記念&クリスマスパーティー』となる為、序列も規模もとんでもなく面倒なことになってしまうので、最後のクリスマスパーティーをメインに他の記念祝賀会も兼ねてしまおうということになった。
この提案は、今全力でクリスマスパーティーを楽しんでいるムツキとパレッタの意見であったが、満場一致で受け入れられた。
「この光景を見ると、本当に争いってのが終ったんだな。人種や身分どころじゃない。宇宙人も爾落人も「G」も能力者も人間も関係ない。皆が同じ場所で同じように笑い、食べて、飲む」
広場の隅で凱吾がローシェの隣に立ち、夕涼みをしながら言った。
ローシェも微笑み、手に持つグラスの飲み物を飲む。
「そうですね」
「だが、平和とは得るよりも、維持することが難しい」
「そうかもしれませんね。でも、今日くらい、いいのではありませんか? だって、今日はクリスマスですから」
「……そうだな。武器も必要ない。いや、皆が望めば争いは終わる。もう今年も終わる。今年は「月ノ民」、佛達、殺ス者…まぁX星人もだな、兎に角、争いの多い年だった。新しい年がもうすぐ始まる。いい年になるよう願うばかりだ」
「そうですね。脅威のない世の中であればと」
そして、どちらともなく二人は向き合った。
お互い気を抜くことのできない日々に忙殺されていたこともあり、本当に久しぶりに互いの微笑みを見た気がした。
「年が明けたら私も地球圏取引連合会の細かな制度整理に参加するように連絡が降りてくると思います。しかし、新年までは少し休みが作れます」
「そうか。……少し仕事から離れるか」
「といっても、コロニーからは流石に離れられませんよ?」
「それでも高速移動艇で20分程度のところなら通信も届くし、大丈夫だろ?」
「どこか見当があるのですか?」
「雪原の先の森をちょっと奥に行くと大昔の温泉がある。湯屋はとっくに朽ちて基礎の一部くらいしか残ってなかったが、寒さを凌ぐ小さな納屋を建てたんだ」
「いつの間に?」
「警備の度に。勿論、休憩時間としてな。イヴァンとウルフも知っているし、時折手伝ってくれている」
「まぁ」
ローシェは苦笑した。男はいつまでも少年だと、かつて学舎の女寮母が事ある毎に苦言まじりに語っていたのを思い出す。なるほど、その通りだった。
そういえば、殺ス者との戦いが終わってから、久しく外に出ていないことをローシェは思い出す。近くても、ほんの一時だけでも、「連合」新極東コロニー代表からただのローシェとして、愛しい相手と温泉で息抜きをする時間はこれ以上ない魅力的な休暇になる。
ローシェは笑顔で頷いた。
「うん。それは大変魅力的な提案ですね。是非、一緒に行きましょう」
「あぁ」
凱吾も頷いた。
そこでローシェは、凱吾に限ってはないだろうが、日本丸の面々を始め、他の者達の印象から一抹の不安が過った。
「あと、その……それは私と凱吾の二人だけで過ごすということですよね?」
「ん? 嫌なら、他の連中も誘おうか?」
「いいえ! 凱吾と二人っきりです! 他の者まで居ては、私はローシェではなく、新極東コロニーの代表でなくてはならなくなります! 凱吾とであれば、護衛も必要ありません!」
珍しく鼻息を荒げてローシェは凱吾に詰め寄った。
凱吾は微笑みで返す。
「わかった。では、そうしよう」
そして、パーティーで盛り上がる人々の姿を見る。
その時、空から粉雪が降り始めた。
コロニーの気象コントロールで、日付が変わる瞬間から粉雪を降らすことにしていたのだ。
今宵はクリスマスだ。争いも今終わり、人々は誰だ彼だと拘らずに互いの手を取って、歌を唄い、踊り始めた。
凱吾とローシェも手を繋ぎ、その輪の中に向かって歩き出した。
歩きながら二人は微笑み合うと、今宵の決まり挨拶を交わした。
「メリー・クリスマス! ローシェ」
「ハッピー・クリスマス! 凱吾」
ーーー終ーーー