War Is Over

2


「見えたわよ!」
「おぉ! 前よりも立派なんじゃねぇか?」

 奈菜美がブリッジで新極東コロニーを指差して言うと、隣で瀬上も歓声を上げた。
 かつての極東コロニーを知っているのは瀬上だけだ。

「あと5分くらいで上空待機できるところまで行く。そしたら私がコロニーにみんなを転移させる」
「あぁ、頼んだ」

 世莉に瀬上が頷く。そして、奈菜美に視線を向け直す。

「で、居残り組は誰になるんだ?」
「東條さんが希望しているわ」
「あぁ……」

 瀬上はそれだけで察し、凌に同情する。

「ま、久しぶりのコロニーだ。物資調達も抜かりなく頼むぜ」
『まっかせなさい! このカリスマ主婦がついていますからー!』

 ムツキがホログラムで彼らの前に現れると、ブリッジの充電スタンドに置かれた携帯端末の中に入った。
 つまり、自分を誰か連れていけということだ。

「憑いていくの間違いだな」
『せめて持っていくと言いなさい! って訳で、よろしくね?』
「じゃぁ、調理との兼ね合いもあるから、ハイダと一緒に行ってもらうわ」

 瀬上はそんな奈菜美を内心で逃げたなと思いながら眺める。

「なに?」
「いや。……あ、そうそう。凱吾やウルフにも久しぶりに会うな」
「そうね。元気なのは間違いないけど、うまくやってるのかしら」
「何だかんだ連合の奴らとうまくやってるんだろうよ」

 瀬上が言うと、奈菜美は嘆息する。
 如何にも、やれやれといったジェスチャーもつけている。

「相変わらず電磁バカね。ローシェと凱吾のこ、と、よ!」
「あ? あぁー……。相変わらず好きだな、そういう話」
「女子ですから!」
「さいですか」

 とは言え、瀬上も他の面々とは全くことなる恋愛をしていそうな二人に興味を持った。
 そこへクーガーがやってきた。

「お、来たな。もうすぐ着くぞ」
「皆さん、もうすぐ「G」が現れます! それも複数です」
「何だって!」

 その時、コロニー内部から爆発音と煙が上がった。
 そして、日本丸の眼前、コロニーの側の雪原が割れ、地中から巨大な「G」が現れた。
 その姿は、頭部に二本の触覚をつけたUFOを被せた二足歩行する緑色のトカゲであった。

「なんだ、あの「G」は? おい、クーガー」
「宇宙怪獣ギララです。遠い宇宙に生息する「G」でエネルギーを吸収して巨大化します。あれは、吸収後の最大サイズですね。60メートルあります」
「なんだって、そんなやつがここに?」
「当然、人為的に運び込まれています。つまり、宇宙人の仕業ですね」
「な、なんだってぇぇぇー!」

 瀬上が大袈裟に驚く。

「といっても、ウルフも宇宙人だし、『月の民』と戦った後だからね」
「今さら宇宙人の仕業って言われても驚けないな」

 奈菜美と世莉は淡白な反応をする。
 眼下ではギララが咆哮を上げ、新極東コロニーに接近していた。





 

 新極東コロニーは素早くギララへの防衛戦を展開させていた。
 ローシェは手慣れた様子でローブを纏い、目の前の宙に表示された戦況とコロニー内での爆発の被害状況を確認しながら、イヴァンに指示を出す。

「内部の爆発は、訓練用の旧市街区域です。近くの警備部隊に近隣地域住民の安全確保と必要に応じての避難誘導、そして現場の状況確認をしてください。必要な場合、「G」に対する戦闘を許可します」
「了解」
「イヴァン、あなたは部隊を連れて外の巨大「G」からコロニーを防衛してください。作戦は、同一想定のA5号をマニュアルとして用います。メーザー含む殺獣兵器の使用を許可します」
「了解」
「凱吾は?」
「それが姿を見ていないんです。ウルフも行き先を聞いていないらしく、どうも爆発のあった訓練区域の通行許可を取っているのですが、退去した記録がありません」
「じゃあ、凱吾はあの爆発に?」
「巻き込まれたか、まだわかりません」
「わかりました」

 通信を切り、ローシェは爆発のあった方角を見た。まだ肉眼でも立ち上る白い煙がみえる。
 まもなくイヴァン達の警備部隊がメーザー兵器でギララへの攻撃を始めた。
 しかし、ギララは攻撃をもろともせずに口から白い火球を放った。炎に部隊は苦戦している。

「火球の攻撃は、装甲を上回ることはないのですが、エネルギーを吸収する特性があるようで、メーザーの出力が低下しています」
「それは厄介ですね」

 ローシェは廊下を進み、貴賓室を開けた。
 貴賓室にいたVIP達が彼女に視線が集まる。

「外では何が?」

 「連合」総合代表のサーシャが問いかけた。隣にはトーウンもソファに座っている。

「巨大な「G」が外に現れ、警備が今戦っています。それと内部で原因不明の爆発がありました」
「そうですか。「G」との戦況は?」
「劣勢ではありませんが、苦戦しています」
「なるほど」
「心配ないよ。彼らは驚異とはならない。僕達にはもっと強い味方がたくさんいます」

 トーウンが二人に笑顔を向けて言った。
 そして、視線を部屋の反対側のソファに座る者達に向けた。

「俺達に戦わせるのか? 客人だろ?」
「無理にとは言いません」
「そう言われると断りにくいの知ってて言うんだからなぁー。どうするアーサー?」
「下らない。だが、招かれざる客が好き放題していることを無視できない。全くホモ・サピエンスどもにすっかり毒されたらしい。行くぞ、クロー」

 全身の体毛が濃く、前屈みの立ち姿は人よりも猿を彷彿させる。紛れもなく、彼は唯一の人類、ホモ・ネアンデルターレンシルの生き残りにして、伸縮の爾落人であるアーサーだ。
 そして、声をかけられた青年、クローは硬化の爾落人であり、その体内に最強の勇者の鎧、宇宙戦神の力を模した聖光鎧を宿している。
 二人とも、「連合」とも「帝国」とも独立した数世紀以上も昔の統一国家時代に作られた最古の独立コロニー、「聖地」の四人の守護者、四聖である。
 元々、外界との交流が少ないこともあり、「連合」の民にとって伝説上の存在となっていた。
 彼らは立ち上がると、ドアではなく、窓辺に向かい、テラスに出ると呆然とその様子を眺めるローシェ達を一瞥した。
 ローシェが一声かけようと、口を開きかけた僅かな時間で、彼らはテラスから飛び下りた。
 刹那、巨大な猿と金色に輝く鎧を纏ったクローがコロニーの先に見えるギララに向かって飛んでいるかのような跳躍で移動していた。


 


 

 日本丸から瀬上、世莉、八重樫大輔、ガラテア・ステラがギララの前に転移すると、丁度コロニーの外壁を越えてアーサーとクローが彼らの側に降り立った。

「皆さん、お久しぶりです」
「へっ、敬語が使えるようになったみたいだな」

 クローが丁寧な挨拶をすると、瀬上はニヤリと笑って言った。それに彼は苦笑する。

「数世紀も前の話を持ち出さないで下さい。……ガラテア・ステラさんですね。初めまして、「聖地」のクローと申します。こっちはアーサーです」
「うむ。貴方達の噂は聞いている。主殿の力を持つと」
「正確には、蛾雷夜さんが宇宙戦神を模して生み出した模造品です。俺には十分過ぎる鎧ですけどね」
「蛾雷夜さん、か。「月ノ民」でなく、浮島「旅団」であった頃の彼の最大の功績が「聖地」だもんな。……んじゃあ、始めるか」

 瀬上の言葉に、一同は一斉にギララへと向かった。
 ギララはエネルギーを吸収する。彼らは物理的な攻撃を主軸に攻撃をする。瀬上は石に金属を付着させ、その金属をレールガンにし、石を超高速に加速させて攻撃を行う。
 世莉は結界を腕に纏わせ、重い一撃を与える。クローも硬化させた聖光鎧を纏った拳で殴る。
 八重樫もメーザーでなく、実弾武装をし、弾幕を張りつつギララの足元へ接近、その足にC4を爆薬にした爆弾を付着させる。彼がギララの足元から退避した直後、爆発が起こり、ギララはバランスをいよいよ崩し、雪原に倒れる。
 雪が舞い上がり、周囲の視界を白いベールが包む。
 等身大の彼らは世莉の転移で距離を取り、そこへアーサーが咆哮を上げ、ドラミングで空気を震わせると、倒れたギララに飛びかかり、馬乗りになって巨大な拳を繰返し叩きつける。
 ギララは抵抗し、口を開き、白い火球をアーサーに放とうとするが、逆にアーサーはその開いた口に両手を突っ込み、歯を食い縛るとその怪力でギララの顎を外す。
 骨の砕ける鈍い音がし、更に両足で首元を踏みつける。始めは、くぐもった声を喉から鳴らし、舌を伸ばすが、遂に首からも骨の砕ける音が響き、外れた顎からだらりとヨダレと舌が垂れた。

「こんなものか」

 アーサーは傷と顎から飛んだ血を振り払いながら吐き捨てると、体を元の大きさに縮ませ、世莉達の元に歩いてくる。
 それはまさに霊長類の王と呼ぶべき風格であった。

「キングコング。そう大猿になったアーサーを「聖地」の民達がいつしか呼ぶようになった。「聖地」の守護神の一つさ。本人はコングというところが気に食わないみたいだけど」

 クローが瀬上に耳打ちした。なるほど、と納得したが、歩いてきた本人にはその話に触れないことにした。

「さて、一段落だけど、クーガーはあのギララを送り込んだ宇宙人がいるって話だ」
「しかし、コウ殿。怪獣クラスの「G」を倒されて、顔を出すとは思えないが?」
「だよな。まぁ、クーガー達に探してもらうかな……えっ!」

 瀬上が頭を掻きながら話していると、コロニーの壁で爆発が起こった。
 一同が視線を向けると、そこには同じ顔と同じ黒い服を着た男達が立っていた。つり上がった目と口、高い鼻が特徴的でありながらも端整な東洋人の顔立ちで、短い黒い短髪をした長身の日本人男性に見える。

「よくも俺達が遠い宇宙から連れてきたギララを倒してくれたな。計画の順番が狂ってしまったぜ。……いいか、お前達! 俺達はこの広い宇宙の支配者となる崇高なる種族、その名もぉぉぉ……」

 彼らの一人が声を張り上げる。そして、両腕を顔の前で交差させ、声を揃えて叫ぶと同時に飛び上がった。

「「「「「「「「「「X(エェックスッ)!!」」」」」」」」」」

 思わず一同、口をポカンと空けて呆然とその姿を眺めている。
 その様子に気づいたX星人の一人が隣のX星人に話しかける。

「やっぱりこっちのポーズのが良かったんじゃないか?」

 X星人は両腕と両足を広げ、体全体で「X」を表現してみせる。

「いやいや、あれは格好悪いと多数決で却下されただろ」

 あまりにも下らない論議を始めたX星人達を眺めながら、世莉は声をクーガーに転移させる。

「あいつらは何者だ?」
「彼らの言う通り、X星人です。遠い宇宙から着た侵略者ですね。ちなみに、あの姿は21世紀に活躍していた超人気俳優がモデルになっているようで、すべての個体が身長178センチ、体重68キロとその超人気俳優のプロフィール通りになっています。コミカルな役だけでなく、気障な役からシリアスな役まで幅広くこなせます」
「……んで、ギララがやられてから姿を現してもどうしようもないんじゃないか?」
「まだ秘策があるからですね」

 クーガーは含みのある言い方をした。既に苦戦することのない相手だとわかっており、自分が必要以上に助言することもない。傍観に徹するという意思表示だ。
 そして、X星人達は手を空にかざして叫んだ。

「ええい! 攻撃するぜ! いでよ、巨神兵ぇぇえ!」





 

 X星人の叫びに呼応して新極東コロニーの爆発現場の地面が盛り上がり、地中から巨大な頭蓋骨めいた影がむくりと現れた。
 地面を砕き、這い出てきた巨大な手は警備部隊をその抵抗虚しく土砂と巨体に埋めていく。
 地鳴りをさせて現れた上半身は、また咆哮を上げることで大地ともども空気を震わせる。
 その巨大な上半身だけで50メートルを超えている。全高は100メートルを優に超えるだろう。
 その口をゆっくりと開く。中から舌でなく、砲台が姿を現す。純粋な生物ではないことを示す無機質な筒は、捻りながら砲口を展開し、エネルギーのチャージを始める。
 背中を覆った土砂が弾け飛び、光り輝く、細く薄い帯状の翼が6本展開される。
 そして、開かれた口が光り、砲口から光線が発射された。
 コロニーの城壁を直撃し、瞬く間に強固な壁が溶解し、穴が開いた。

「ふははははぁっ! 見たか、これが巨神兵の力だ!」

 X星人は体を反らして瀬上達を見下し、右手人指し指を突きつけて嘲笑う。そして左手はわざわざ額に添える。かなり背筋に負荷がかかる威圧のポーズだ。

「あの格好を実際にやる奴がいること自体に驚きだ」
「それよりも、あの光線の破壊力はヤバすぎだろう! 聖光鎧でも耐えられるかわからないぞ」
「その心配には及びません」

 クーガーの声が彼らの耳に直接届く、世莉が転移させているのだ。

「ご覧ください。巨神兵の体を」

 クーガーの言葉に促され、一同は壁に空いた穴の先に見える巨神兵を見た。
 巨神兵はゆっくりと立ち上がろうとするが、膝を立てることができず、両手を地面につく。そして、その衝撃で背部が裂け、骨が暴露する。
 背中に展開されていた光り輝く翼も最下の一対が消失する。
 頭部も、頬の皮が溶け、顎と歯が剥き出しになる。

「どういうことだ? もう大丈夫なはずだろう?」
「さっきの爆発じゃないか? あれで解凍が不十分だったんだ」
「あの爆発は俺達の起こしたものじゃなかったのか?」
「誰が言った?」
「いや、誰も言っていなかった。だが、俺もそう思った」
「つまり早すぎたのだ!」
「あぁ全くだ!」
「ちっ、早すぎたか。腐ってやがる!」

 X星人達は口々に言い争う。

「ええい! 放ってしまえ! 崩れる前に乱射だ、乱射ーっ! 無差別に地球人どもをやってしまえ!」

 X星人の荒ぶった声に反応し、再び巨神兵の口が光り始める。

「そうはさせるかぁぁぁっ!」

 巨神兵の下から凱吾の叫び声が轟いた。
 刹那、地中を砕き、凱吾が飛び上がり、そのまま巨神兵の顎をアッパーで打ち上げる。
 そして、その拳に巨神兵の砲口と背中の翼と同じ光りが宿る。

「装ぉぉぉぉぉぉぉ着っ!」

 凱吾の声と共に彼の体は真スーツに変身する。
 そして、腕の光は肩に広がり、肩に巨神兵と同じ光の翼が二枚展開される。腕は尚も光り輝き、そのまま拳を握り、構える。

「俺の拳が輝き光るぅぅぅー……。お前を倒せと轟き叫ぶぅぅぅー……。よくも、ローシェの大切なこのコロニーの壁に穴を開けてくれたなぁぁぁっ! ひっさぁぁぁーっつ!」

 凱吾は空に飛び上がった。そして、巨神兵の顔の前に来る。

「シャイニングゥゥゥー、フィンガァァァァァーっ!」

 凱吾の光り輝く拳は、巨神兵の砲口にぶつかり、そのまま砲口を砕く。更に、体もろともその口内に突っ込み、頭部を弾丸の如く貫き、延髄を破って飛び出した。
 飛び散る肉片は瞬く間に光の塵に変わり、周囲が光に包まれる。
 巨神兵はゆっくりとその巨体を崩れさせた。
3/5ページ
スキ