War Is Over

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 4010年12月24日。

「じんぐるべぇー☆」
「じんぐるべぇー♪」
「「すっずっがぁーなるぅー、へいっ!」」

 へいっ! の部分でユニットで飛び跳ねたのはパレッタと先日立体ホログラム化ができるようになったムツキだ。
 ここは日本丸の通信室で、二人の頼みもしないクリスマスソングを聴かされているのは言うまでもなく通信士の宮代一樹だ。
 彼は溜め息を吐きつつ頭を抱えずにはいられなかった。

「はぁ~」

 今朝からずっと二人はこの調子だ。他の船員達はこの二人からうまく逃れ、結局捕まったのが一樹というわけだ。

「ほらほらカズっちぃ~! 合いの手っ♪」
「へいへい」

 パレッタに強引に合いの手を入れさせられ、彼が思うことは己が境遇を呪うことのみであった。

「三人とも盛り上がっているな」

 そこへ現れたのは、穏やかな目で三人を見守るガラテア・ステラだった。
 日本丸に乗船して数か月、すでに彼女も船での生活に慣れ、甲板長やボースンとも呼ばれる掌帆長を担っている。
 ちなみに、ムツキは事務長やパーサーとも呼ばれる主計長で、パレッタは機関長を担っている。ムツキは日本丸のOSでもある為、一樹やパレッタと連携することが多い。

「ガラテア~」
「どうした一樹殿? そんな捨て猫みたいな顔をして」
「ガラテアも一緒に踊りましょう!」
「そうそう☆ 今日はクリスマスイブだもん♪」
「ムツキ殿、パレッタ殿、せっかくの誘いで申し訳ないが、今私は東條殿を探しているんだ。これから昼食までの間、後部甲板で戦闘訓練をする約束をしていたのだが、どこにも姿が見当たらないんだ」
「……凌、逃げたな」
「ん?」
「いや、なんでもない! 多分、昨晩当直で寝てなかったからどこかで寝ているんじゃないですか?」
「そうだな。……菜奈美殿が睡眠時間分を戻してくれると言っていたのに」

 そうつぶやきながら通信室をあとにするガラテアの後ろ姿を見送りながら、一樹は船内のどこかに潜伏している東條凌に合掌した。


 


 

 船橋では船長の桧垣菜奈美と副船長の瀬上浩介の二人が話をしていた。
 船橋には二人と舵の下で丸くなって寝息を立てる四ノ宮世莉だけだ。

「しかし、早いな。もう年末か」
「色々あった一年だったからね。でも、これで「組織」とも「機関」とも長く続いた戦いが終わって、その支配から人々は本当の意味で解放された」
「そうだな。……もう一つ早いといえば、「連合」の新極東コロニーだな」
「確かに。まぁ凱吾やウルフ、イヴァンもいるし、ローシェがまた代表になったのだから再建されて不思議なことでもないわ」
「そうだな。それより、いいのか? 俺たちまで新極東コロニーの完成パーティーに出席して」
「それはもう私から確認したわ。そうしたら、ローシェだけじゃなくて、サーシャ「連合」総合代表からも招待が送られてきたのよ。そこまでされたら、断る訳にもいかないでしょ?」

 菜奈美は二通の招待状を瀬上に渡した。
 ローシェからの招待状は丁寧な日本語で書かれた手紙であり、サーシャからはホログラムメッセージカードであった。

『日本丸「旅団」の皆様、先日は大変お世話になりました。この度のパーティーには是非、皆様にも参加して頂きたく、私からも招待状をお送り致した次第です。完成パーティーとは言いつつも、日程からお察し頂けたかと存じますが、砕けた言い方をすれば、新極東コロニーの完成に乗じたクリスマスパーティーです。畏まらずに、気軽に参加いただければと思います』

 ホログラムメッセージが消えると、菜奈美は瀬上を見た。

「だってさ」
「気軽にったて、気楽なもんじゃないだろう?」
「まぁ世莉やパレッタ達が今月に入って毎晩やってる『もういくつ寝るとお正月カウントダウンパーティー』とは訳が違うわね」
「あれと一緒にするな。あれはただの酒盛りだ。ガラテアが来て、一層飲酒回数が増えているからな……」
「そういうコウも幻になった日本酒をガラテアが大量に秘蔵していたことを知って大喜びしてたじゃない」
「それはそれ、これはこれだ。……大体、「連合」のお偉いさんだけじゃないだろう? 俺たちに声をかけてるってことは」
「そうね。ローシェに聞いてみたら、新しい「帝国」の総領主様もお見えになるらしいわよ」

 菜奈美が言うと、瀬上は記憶を辿る。

「確か、日系の爾落人って話だよな? 名前も能力も知らない胡散臭い奴だ。あの戦いでは月ノ民と戦ったらしいが。……てっきり三島がやると俺は思ってたんだが、意外だよな」
「どうもレイアさんが前もって後を任せられる人として第八十八地区領主に連れてきた人らしいわ。能力もかなりのものらしいし」
「あいつがか? ……まぁ考えあってのことだろうが、胡散臭いな」
「爾落人なんて大体胡散臭いものじゃない」
「他には?」
「一通りのコロニーには招待をしているみたいだけど、来れるかはわからないみたい。「聖地」からはクローが代表で来るみたいよ」
「珍しいな。月ノ民の時も「聖地」防衛のみに徹したんだろ? まぁ聖光鎧のこともあるから、月ノ民に目をつけられなかったのは最善だったかと思うが」
「目をつけるつけない以前に、月ノ民は聖光鎧を絶対に奪えないんだから当然の結果だったとは思うわ」
「ま、なんにしてもクローに会うのも久しぶりだな」

 瀬上が懐かしそうに日本丸の進む先の空を見つめる。
 そこへ段ボールを被った凌がガサガサと現れた。

「……何してんだ? お前」
「しっ! 俺は今死線を掻い潜っているんです!」
「死線?」
「ガラテアさんとの戦闘訓練があるんですよ! 瀬上さん、俺の代わりに相手をやってくれますか?」
「いや。俺は、ほら…「G」ハンターだから、物を盗るのであって命をとられる訳ではないから」
「俺だって命をとられる気はありませんよっ!」

 凌が段ボールを投げて立ち上がる。抗議をしようとする彼の肩をポンと指の細い褐色の手が置かれた。
 彼が青ざめた顔で振り返ると笑顔のガラテアがそこにいた。

「凌殿、探したぞ? クーガー殿に頼んでやっとここがわかった」
「ははは……それはお手数をおかけしました」
「構わない。ただ、訓練時間が少ないからな。形式的な基本の確認をしていくよりも実践訓練を行おうと思う。私も本気で行うから凌殿も本気でお相手願おう」
「よ、よろこんで」

 青い顔のままガラテアに連れ去られる凌を見送る瀬上は彼に合掌した。





 

 新極東コロニーでは、人々が慌ただしくパーティーの準備をしていた。
 パーティーというのは、コロニー中枢部での催しであるが、コロニー全体でも民衆が主催する祭りが催される予定となっており、コロニー全体がそれぞれ準備に追われていた。
 コロニーの城壁には様々な芸術作品が飾られ、城壁から放たれる予定の花火の準備も進められている。
 街中もパレードを行うこととなり、学舎の子ども達が武器演習場の敷地を借りて練習をしている。
 その様子を視察しながら、ローシェは隣を歩くイヴァンに話しかけた。

「準備は順調そうですね。……ところで、凱吾とウルフの姿が見えないのですが、知っていますか?」
「はい。彼らは、祝いの華やかな舞台よりも血生臭い戦場のが合ってる、とのことで、コロニー周辺の警備隊に参加しています。再建中も度々異界の「G」が出現していたので、警戒レベルを下げていないのは事実ですので」
「そうですか。……確かに、極東コロニー壊滅時に巣食った「G」がまだ周辺地域に多く残っているのは事実ですが、凱吾もウルフも一応要職の肩書きを設けているのですから、このような時まで戦わなくてよいのに」
「まぁ、「連合」の中でこの新極東コロニーが中央コロニーに匹敵する戦力を有していると評価されているのは、開拓段階の最東端コロニーに配備されている最新鋭の部隊の為というよりも、彼ら二人が一騎当千を体現しているからと言った方がいいですから」
「その話で思い出しました。イヴァン、新しい戦闘スーツを辞退したのは何故ですか?」

 ローシェは街を歩く足を止めて、イヴァンに聞いた。
 彼も足を止めると、身を屈めて答えた。

「先の戦いで自分自身の弱さを痛感しました。如何に戦闘スーツの力を引き出すかということこそ、我々「連合」の警備の力量ではあります。しかし、彼らを見て考えが少し変わりました。自分の力を発揮するのは、戦闘スーツを装着して戦うことだけではないと。如何に仲間を危険に晒すことのない警備を配置するか。警備責任者として、その任を全うする為に、自らが戦闘スーツを装着することをやめ、生身で在ろうと。これは自分なりの覚悟です。腰抜けの考えかもしれませんが、前線に立たず、前線の仲間を護る指揮官としての力量を高めたいと考えております」
「イヴァン、立派な考えですよ。貴方が立案し、採用している現在の新極東コロニーの警備態勢は、学舎でもイヴァン型として紹介される予定となっています。撃退の成功率としては、他のコロニーが採用している警備態勢よりも劣る点は確かにありますが、早期の「G」発見と速やかな他方向への誘導を可能とするイヴァン型は仲間を危険に晒す可能性を下げ、「G」と不必要な戦闘を避けることができ、人も「G」も死なせない、素晴らしいものだと私は考えていますよ」
「ありがとうございます。……しかし、昨夜凱吾さんにイヴァン型の弱点を指摘されました」
「弱点? どのような弱点ですか?」
「はい。外部からコロニーに接近する「G」との不必要な戦闘を避けるイヴァン型は、内部に潜入した工作員への防御が不得手であると」
「……なるほど。確かに、月ノ民が蛾雷夜「旅団」として潜入し、内部から破壊工作をされたことは極東コロニーの壊滅の一因といえます。しかし、戦闘を避けることで、コスト面では従来の警備態勢で戦闘をして「G」撃退を行っていた場合の一ヶ月にかかる警備総額と比較にならないほどの削減ができています。その削減されたコストを内部の警備に回せていますから、治安はかなりいいですよ。それに月ノ民がいない今、その警戒そのものが無用ともいえます」
「凱吾さんは、「連合」が平和とは考えていません。だからこそ、日本丸「旅団」に行かず、ここに残ったのです。昨夜、こうも言ってました。人の最大の敵は人だと」
「人の最大の敵は人……」

 ローシェは静かに言葉を繰り返した。

「その件は兎も角、内部の警備は強化しております。外部からの出入りもしばらく多いですし、ローシェ様や「連合」内部の方への悪意、敵意はなくとも、「帝国」や「聖地」の方を快く思わない人が皆無と言えませんので」
「……そうですね。外部からの侵入を見過ごす訳にはいきませんね」

 ローシェも頷いた。
 事実、彼らの立つ街の道にも、見慣れない他のコロニーの服装をした人の姿や派手な服装をした人の姿がちらほら見られる。
 芸人やサーカスは「連合」内にも存続し、帰属心の強い傾向にある「連合」の中でも、コロニー間を巡る「旅団」に近い存在として特別視されている。
 他にも旅の者と思われる杖をついて黄緑の衣を身に付けた老人とその付き人の姿もある。
 異民族の集団である「連合」でもコロニー単位で比較的民族が集中しやすい傾向があるため、今回のような行事がないと他のコロニーの民族集団が要り混ざって行き交う町の風景は見られない。

「……戻りましょう。イヴァン、内部の警備については、凱吾達の意見も参考に強化してください」
「御意」





 

「戦争は終わった……」

 世莉が珍しく操舵をしているところに、ボロボロになった凌が床に倒れ込みながら言った。

「ん。お前、毎日同じことを繰り返してて飽きないのか?」
「それはこっちの台詞だ! ……それと、お前って言うな」
「いや、毎日鍛えられているのに……」
「それ以上は言わないで」

 凌は手を前に出して、世莉の言葉を阻む。
 鍛えればそれなりに鍛えただけ筋力や体力も向上する。しかし、それなりなのだ。二千年も無駄に時間を過ごしていた訳ではない。だが、彼にはまだその時間と努力に付随する何かが見つかっていないように思えた。
 ただ辛いから訓練から逃げているのではない。と考えが次第に言い訳となっていることに気づき、嘆息する。

「ま、戦うことが物事の解決じゃないと前に誰かが言ってた」
「誰かって、誰?」
「覚えてない」

 世利との会話はそこで終わった。
 話題としての広がりがなかったこともあるが、ボロボロになった体がこれ以上の会話の継続を取り止めたのだった。

「飯までそうしてろ」

 操舵室の壁際の棚に無造作に放っていたコートを彼の上に転移させ、世莉は操舵を続けた。
 まもなく連合の統治地域に入り、進路を新極東コロニーに向けた。





 

 新極東コロニーはいよいよお祭り騒ぎの様相となっていた。
 皆何かしらの役割を与えられ、西へ東へと走り回り、様々な物を運んでいた。
 その最中、蒲生凱吾はコロニーの開拓エリアにいた。
 現代のコロニーは、完全な循環システムが確立されており、統治システムもローシェの手腕により、貧富の差を拡大させずに新しいコロニーを設立させることに成功している。
 しかし、この地域はかつての極東コロニーの跡地が残っており、瓦礫や廃墟が点在した荒野が広がっている。普段、警備部隊の演習で用いており、再開発はせずに利用することになっていた。
 一般人の立ち入りは当然制限するための壁を境界線には築いているものの、そもそも演習以外の目的で侵入する者がいない為、警備の目は少ない。犯罪行為を目的としても、そもそもの犯罪行為を抑制するには十分な環境が内部には整っており、外部からの侵入も制限している。
 それでも尚、何かしらの軽微な犯罪を目的としてこの立ち入り禁止区域に侵入する者がたまにいる為、凱吾は巡回を兼ねて単身訓練に来ている。

「しかし、極稀にあるんだ。……こういったことがな」

 凱吾は拳を鳴らしながら言った。視線の先は崩れた廃墟で、元々は司令塔の一つで、高さは二階建てと、凱吾がローシェと共にいた中央の施設よりも遥かに小規模であった。ドアや壁は崩れ、空洞が空いている。
 その中から何か胎動する音が聴こえてくる。
 凱吾はそのまま空洞の中に入った。
 中は廃墟の様相で、瓦礫や壊れた機械が散乱していたが、更に奥へと進むと急に様相は変わった。
 未来的な設備が壁を走る廊下が延びていた。

「「連合」の技術とは異なるな。いや、どちらかと云うと……」

 凱吾はそのまま奥へと進んでいった。
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